上 下
29 / 35

28、繋ぐ手の良いのと悪いのと

しおりを挟む
湖は既に多くの人で賑わっていた。

草原に入る入り口には柵が設けられ、馬車停めも乗り合い馬車や、箱馬車がひしめき合っている。そんな中、何とか空いている場所へ乗っている馬車を停めて貰い、私達は馬車から降りた。
私達の乗って来た貸し馬車は明日も予約してあるので、御者にはこれから自由な時間を過ごして貰う。

やっと馬車を降りられたエドは、早速回復薬と吐き気止めを飲んでいた。少し足元がふらついている。帰りを考えると、今日はゆっくり寝て欲しいところだ。

「随分と賑わっているな」

フェリクス様は人混みに驚いているのか、興味深げに柵の先を眺めている。しかしその顔は、認識阻害の魔道具であるあの眼鏡を掛けていて、喜んでいるのかは分からない。
どうやら、無表情に設定しているらしく、表情の変化が頭に入って来ないのだ。勿論、金の瞳が分からない為の措置だ。

言葉通り確かに草原の前から中の方まで沢山の人が賑わっている。どうやら湖開きは昨日からだった様で、出遅れたと気付いた私とマキナは目配せをして、溜め息を吐いた。

きっと昨日は小舟も沢山出ただろうし、湖畔を散歩していた者も多いだろう。角の価値を知っている者が居たのなら、回収されていてもおかしくはない。そうでなくとも、記念に拾う人も居るだろう。

一縷いちるの望みに掛けて、とりあえず私達は今夜泊まるゲルの予約を入れる事にした。

流石の人出に入り口近くの屋台が多い便利な場所はどれも満杯で、私達は湖の奥側の少し賑やかさからは離れた場所の貸し出し場に予約を入れる事になった。

「ゲル一つで、毛布を四枚。まだ寒いかな?  敷物何敷いてる?  」

慣れた感じで予約を入れて行くマキナに感謝して、私達は今夜泊まるゲルを見に行った。

鮮やかな色彩の織物が敷かれたゲルは、入って左側が男性の居住、右側が女性の居住と決まっていて、真ん中にかまどが設置されている。今日はこれで、屋台から購入した食べ物を温めたりする予定だ。夜寒ければ、暖も取れる。

「待て。まさか男女共に寝るのか?  」

いそいそと寝る為の羊の毛皮の上に毛布を用意している私達に、フェリクス様は酷く驚いた様子で訪ねて来た。勿論、この混雑で二つもゲルを借りたら顰蹙ひんしゅくものなので、そんな事は出来ない。

「あー……ルーセント様には有り得ない状況だと思いますが、俺達雑魚寝は慣れっこで」

「そうそう、魔物増加の折りは徹夜で薬作ったりしますから」

「騎士達も日を跨ぐ見回りでは雑魚寝が当たり前の様ですし、砦勤務では雑魚寝は慣れておいて損は無いですよ?  」

エド、マキナ、私ににっこりと鉄壁の笑顔を向けられ(エドは笑ってないけど)、彼はその後の言葉を飲み込んでくれた。そうして準備も終え、次の行動を考える。

「どうしようか、湖を散策する?  」

「この混み具合だ、屋台で飯買っといた方が良いんじゃねーの?  」

マキナとエドの言葉に頷いて、私達は屋台に買い出しに行く事にした。屋台の区画はどれも長蛇の列になっていて、買うのに苦労しそうだ。

「アルバーグ名物焼き飯と湖魚の塩焼きは外せないだろ」

「後は野菜も食べたい所ね。スープ売ってる屋台ってどの辺かな?  」

探すにしても、四人で歩くには狭く、屋台も多い。

「どうしようか、二手に分かれて買って来る?  」

「じゃあ、俺とマキナは何だっけ?  スープ?  と、何か肉買ってくから、焼き飯と焼き魚はそっちで宜しく」

「あ!  焼き飯はとっても熱いからこの布持って行ってね!  」

私はマキナから布を受け取ると、二人は人の間をするすると避けながら、奥へと行ってしまった。

「焼き飯と焼き魚ですね。私達も参りましょう」

私とフェリクス様も、人の溢れる列の間をすり抜ける。直ぐに焼き魚の屋台は見つけた。けれど、何軒かあるのでどれが良いのかが分からない。

「屋台の数も多いので、どれが美味しいのか……」

「あの屋台はどうだ?  列が物凄いが、美味いということではないのか?  」

フェリクス様が指を指した方向には、二十人程並んでいる焼き魚の屋台があった。

「確かに、人が沢山居た方が美味しそうに見えますが、凄い行列ですね」

「しかし、並ばねば買えないのだし、大人しく並ぶ他あるまい」

私達は列の最後尾に並ぶ事にした。しかし、焼き魚は結構時間が掛かるものだ。列も全く動かない。焼き飯の屋台を見つけて買うには、まだ時間が掛かるしその内に売り切れてしまいそうだ。
私は持っていた財布から幾ばくかのお金をフェリクス様に手渡した。

「焼き飯の屋台を探して買いに行って参ります。これじゃ、待っていたら他が売り切れてしまいそうですから。焼き魚四本、お願いしますね?  」

「待て、 一人で行くつもりか?!  」

「大丈夫ですよ、フェリクス様も何事も経験しない事には」

「一人になるのを焦っている訳ではない!  お前が一人になるのが問題だと言っている」

「大丈夫ですよ、布を持ってますし。行って参りますね?  」

「せめて気配を消して行け!  」

フェリクス様の懸念も最もだと思う。こういった場所はスリも多い。けれど、気配を消してしまうと、人にどんどんぶつかられてしまうので、考えものだ。

私は人混みを掻き分けて、更に悪へ進んで行く。まだ後ろでフェリクス様が何か言っている様な気がしたが、屋台探しに夢中でしっかりと聞いていなかった。



焼き魚の屋台から離れ、暫くうろうろすると焼き飯の屋台を見つけた。
焼き飯も焼き豚入りや、野菜たっぷりのものもあって迷う。どうしようかと思っていると、突然肩を叩かれた。
マキナとエドがもう買い終えたのかと後ろを振り返ると、そこには全く知らない男性が立っている。

「あの、何か?  」

「お姉さん一人?  一緒に飯食わない?  奢るよー?  」

「いえ、連れが待ってますので。これで」

やっぱりアルバーグ名物瓜入り焼き飯にしよう。こういうのは名物を食べて雰囲気を味わうのも大事だ。そう思って、瓜入り焼き飯の方へ行こうと足を踏み出すと、今度は腕を取られた。その瞬間、ぞわっと毛が逆立って、私は男の顔を睨みつけた。

「連れって女の子?  女の子だけじゃこんなに人が居る所なんて危ないって。帰るまで護衛してあげようか?  」

「生憎と待ち合わせ相手は男性ですから。護衛も必要としておりません」

寧ろ、過剰防衛で相手の息の根を心配しないといけない方と一緒なのだ。護衛なんて余りある。

「えっ!  女の子に買い出しに行かせるとか、酷い男もいるもんだね?!  そいつより絶対俺と一緒に居た方が良いよ」

寧ろ私から買い出しに出て来たのだけれど……そうか、こういう場所で女性の一人歩きは良くないらしい。次からは気をつけよう。

「兎に角、私は貴方を必要としておりませんからお構いなく。腕を離して下さい」

「きっと君はそいつがどんなに酷い奴か気付いてないんだよ。普通、女性に一人で屋台に買い出しさせる男なんて居ないよ。心配だし、俺と一緒に居た方が良いよ!  」

話が通じない。そして掴まれた腕が気持ち悪い。そもそも、私にとって危ないのは目の前の貴方だと言って良いのだろうか?  これはあれか?  まだ練習中の蔦でぐるぐる巻きとかにしてやった方が良いのだろうか?  けれど、こんなに人が居る所で魔法を使うなんて……。

どうしたものかと考えていると、掴まれていた方の手が思い切り引っ張られ、その拍子に男の手が離れた。

「やっと見つけた。だから一人で行くなと言っただろう?!  怪我は?  変な事はされていないか?!  」

私の目の前にフェリクス様が居る。

「え?  あの、大丈夫です。フェリクス様、お魚は……?  」

「そんな事を気にしている場合か。おい、そこの。連れが何か粗相でも?  」

フェリクス様の声は地を這う様に低くて、男に対して言った言葉で、私まで背筋に冷たいものが走る。

「は?!  いえ、一人でお困りの様だったので、助けてあげようとっ」

「ですから、私は全く困っていないし、貴方の手助けなど無用です」

「……だそうだが?  まだ何かあるか?  」

フェリクス様が忌々しげに言い放つと、男は足早に私達の前から去って行った。

「……何だったのでしょう」

「何だも何も、世に言うナンパだ。だから気配を消せと言ったのに」

「ナンパ……フェリクス様以外にされたのは初めてです」

「おい。俺がいつナンパをした」

「出会って始めに、何処かで会ったか?  って聞いてたじゃないですか。ナンパの常套句かと思いました」

「……あー……そうだったか?  」

成る程、フェリクス様は天然のナンパ師か。

「……おい、今絶対失礼な事を考えただろう?  」

「いいえ、思ってません。それより、焼き飯を買ってしまいましょう。瓜入りが名物らしいですよ?  」

『瓜入り……美味いのか? 』と懸念を抱えているフェリクス様。その手は先程からずっと私の手首を取っている。

「あの、フェリクス様。もう大丈夫ですから、手を……」

「こんな所でほいほいナンパに引っかかる者を野放しにしておけるか。一歩歩く度に捕まりそうだ。瓜入りはあそこの屋台だな?  次は焼き魚も買いに行く。この金も返すぞ。手持ちぐらいある」
 

「ご迷惑をお掛けしてすみません……」


私はフェリクス様に引かれるまま、屋台を目指して歩くのだった。


しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

【完結160万pt】王太子妃に決定している公爵令嬢の婚約者はまだ決まっておりません。王位継承権放棄を狙う王子はついでに側近を叩き直したい

宇水涼麻
恋愛
 ピンク髪ピンク瞳の少女が王城の食堂で叫んだ。 「エーティル様っ! ラオルド様の自由にしてあげてくださいっ!」  呼び止められたエーティルは未来の王太子妃に決定している公爵令嬢である。  王太子と王太子妃となる令嬢の婚約は簡単に解消できるとは思えないが、エーティルはラオルドと婚姻しないことを軽く了承する。  その意味することとは?  慌てて現れたラオルド第一王子との関係は?  なぜこのような状況になったのだろうか?  ご指摘いただき一部変更いたしました。  みなさまのご指摘、誤字脱字修正で読みやすい小説になっていっております。 今後ともよろしくお願いします。 たくさんのお気に入り嬉しいです! 大変励みになります。 ありがとうございます。 おかげさまで160万pt達成! ↓これよりネタバレあらすじ 第一王子の婚約解消を高らかに願い出たピンクさんはムーガの部下であった。 親類から王太子になることを強要され辟易しているが非情になれないラオルドにエーティルとムーガが手を差し伸べて王太子権放棄をするために仕組んだのだ。 ただの作戦だと思っていたムーガであったがいつの間にかラオルドとピンクさんは心を通わせていた。

王妃さまは断罪劇に異議を唱える

土岐ゆうば(金湯叶)
恋愛
パーティー会場の中心で王太子クロードが婚約者のセリーヌに婚約破棄を突きつける。彼の側には愛らしい娘のアンナがいた。 そんな茶番劇のような場面を見て、王妃クラウディアは待ったをかける。 彼女が反対するのは、セリーヌとの婚約破棄ではなく、アンナとの再婚約だったーー。 王族の結婚とは。 王妃と国王の思いや、国王の愛妾や婚外子など。 王宮をとりまく複雑な関係が繰り広げられる。 ある者にとってはゲームの世界、ある者にとっては現実のお話。

【コミカライズ決定】地味令嬢は冤罪で処刑されて逆行転生したので、華麗な悪女を目指します!~目隠れ美形の天才王子に溺愛されまして~

胡蝶乃夢
恋愛
婚約者である王太子の望む通り『理想の淑女』として尽くしてきたにも関わらず、婚約破棄された挙句に冤罪で処刑されてしまった公爵令嬢ガーネット。 時間が遡り目覚めたガーネットは、二度と自分を犠牲にして尽くしたりしないと怒り、今度は自分勝手に生きる『華麗な悪女』になると決意する。 王太子の弟であるルベリウス王子にガーネットは留学をやめて傍にいて欲しいと願う。 処刑された時、留学中でいなかった彼がガーネットの傍にいることで運命は大きく変わっていく。 これは、不憫な地味令嬢が華麗な悪女へと変貌して周囲を魅了し、幼馴染の天才王子にも溺愛され、ざまぁして幸せになる物語です。

領主の妻になりました

青波鳩子
恋愛
「私が君を愛することは無い」 司祭しかいない小さな教会で、夫になったばかりのクライブにフォスティーヌはそう告げられた。 =============================================== オルティス王の側室を母に持つ第三王子クライブと、バーネット侯爵家フォスティーヌは婚約していた。 挙式を半年後に控えたある日、王宮にて事件が勃発した。 クライブの異母兄である王太子ジェイラスが、国王陛下とクライブの実母である側室を暗殺。 新たに王の座に就いたジェイラスは、異母弟である第二王子マーヴィンを公金横領の疑いで捕縛、第三王子クライブにオールブライト辺境領を治める沙汰を下した。 マーヴィンの婚約者だったブリジットは共犯の疑いがあったが確たる証拠が見つからない。 ブリジットが王都にいてはマーヴィンの子飼いと接触、画策の恐れから、ジェイラスはクライブにオールブライト領でブリジットの隔離監視を命じる。 捜査中に大怪我を負い、生涯歩けなくなったブリジットをクライブは密かに想っていた。 長兄からの「ブリジットの隔離監視」を都合よく解釈したクライブは、オールブライト辺境伯の館のうち豪華な別邸でブリジットを囲った。 新王である長兄の命令に逆らえずフォスティーヌと結婚したクライブは、本邸にフォスティーヌを置き、自分はブリジットと別邸で暮らした。 フォスティーヌに「別邸には近づくことを許可しない」と告げて。 フォスティーヌは「お飾りの領主の妻」としてオールブライトで生きていく。 ブリジットの大きな嘘をクライブが知り、そこからクライブとフォスティーヌの関係性が変わり始める。 ======================================== *荒唐無稽の世界観の中、ふんわりと書いていますのでふんわりとお読みください *約10万字で最終話を含めて全29話です *他のサイトでも公開します *10月16日より、1日2話ずつ、7時と19時にアップします *誤字、脱字、衍字、誤用、素早く脳内変換してお読みいただけるとありがたいです

【短編】復讐すればいいのに〜婚約破棄のその後のお話〜

真辺わ人
恋愛
平民の女性との間に真実の愛を見つけた王太子は、公爵令嬢に婚約破棄を告げる。 しかし、公爵家と国王の不興を買い、彼は廃太子とされてしまった。 これはその後の彼(元王太子)と彼女(平民少女)のお話です。 数年後に彼女が語る真実とは……? 前中後編の三部構成です。 ❇︎ざまぁはありません。 ❇︎設定は緩いですので、頭のネジを緩めながらお読みください。

結婚したけど夫の不倫が発覚して兄に相談した。相手は親友で2児の母に慰謝料を請求した。

window
恋愛
伯爵令嬢のアメリアは幼馴染のジェームズと結婚して公爵夫人になった。 結婚して半年が経過したよく晴れたある日、アメリアはジェームズとのすれ違いの生活に悩んでいた。そんな時、机の脇に置き忘れたような手紙を発見して中身を確かめた。 アメリアは手紙を読んで衝撃を受けた。夫のジェームズは不倫をしていた。しかも相手はアメリアの親しい友人のエリー。彼女は既婚者で2児の母でもある。ジェームズの不倫相手は他にもいました。 アメリアは信頼する兄のニコラスの元を訪ね相談して意見を求めた。

彼を追いかける事に疲れたので、諦める事にしました

Karamimi
恋愛
貴族学院2年、伯爵令嬢のアンリには、大好きな人がいる。それは1学年上の侯爵令息、エディソン様だ。そんな彼に振り向いて欲しくて、必死に努力してきたけれど、一向に振り向いてくれない。 どれどころか、最近では迷惑そうにあしらわれる始末。さらに同じ侯爵令嬢、ネリア様との婚約も、近々結ぶとの噂も… これはもうダメね、ここらが潮時なのかもしれない… そんな思いから彼を諦める事を決意したのだが… 5万文字ちょっとの短めのお話で、テンポも早めです。 よろしくお願いしますm(__)m

十三回目の人生でようやく自分が悪役令嬢ポジと気づいたので、もう殿下の邪魔はしませんから構わないで下さい!

翠玉 結
恋愛
公爵令嬢である私、エリーザは挙式前夜の式典で命を落とした。 「貴様とは、婚約破棄する」と残酷な事を突きつける婚約者、王太子殿下クラウド様の手によって。 そしてそれが一度ではなく、何度も繰り返していることに気が付いたのは〖十三回目〗の人生。 死んだ理由…それは、毎回悪役令嬢というポジションで立ち振る舞い、殿下の恋路を邪魔していたいたからだった。 どう頑張ろうと、殿下からの愛を受け取ることなく死ぬ。 その結末をが分かっているならもう二度と同じ過ちは繰り返さない! そして死なない!! そう思って殿下と関わらないようにしていたのに、 何故か前の記憶とは違って、まさかのご執心で溺愛ルートまっしぐらで?! 「殿下!私、死にたくありません!」 ✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼ ※他サイトより転載した作品です。

処理中です...