ある日、王子様を踏んでしまいました。ええ、両足で、です。

芹澤©️

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27、魔道具の数

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気合いの入った私達は、それから黙々と作業を続けた。お昼はお弁当にして(フェリクス様も忙しそうだったのでお弁当にして頂いた)時間を惜しんで作業した。けれど、たった一日では休んでいた分を取り戻すには至らず、明日も大釜に付きっ切りになりそうだ。

それでも皆の士気は高かった。『三日の分は明日で取り戻す!!  』と闘志を燃やして寮へと帰って行った。

私は皆を見送ると、薬師作業場の鍵を閉め、廊下側からフェリクス様の作業部屋へ顔を出した。勿論、扉は開けてある。夕食の前に、私には重要な任務がある。彼を是非とも湖開きにお誘いするのだ。

最初から皆でお誘いするより、軽く探りを入れる形になってしまうけれど、これもそれも一角獣ユニコーンの角と、フェリクス様の行楽が掛かっている。

駄目だった場合、薬師皆で拝み倒すなんて言い出すものだから、私はそんな光景など見たくないので、何とか説得出来ると良いけれど。



「湖開き?  」

フェリクス様は作業台を片付けながら、話半分で聞いている。どうやら、あまり興味は湧かないらしい。

「はい。ここから馬車で半日程掛かるのですが、湖開きの時期が一番賑わっていて見応えがあります」

「アルバーグだったか?  地図では知っていたが、こんな端に人が集まるものなのか?  」

確かに、ここは辺境の地と言われるぐらい王都から離れている。けれど、マーブルク領にも近く、もっと南下すれば迷宮遺跡ダンジョンもあるので、人がいない訳ではないのだ。

「マーブルク領からも、迷宮遺跡ダンジョンからも人が流れて来ますから。屋台も出ますし、数日間は花火も上がるんですよ」

「しかし、馬車で半日だろう?  僅かしか滞在出来ないだろう」

「ゲルを営業しているところも有りますから、そこで泊まるのです。魔物避けの結界石も設置してますし、護衛も居るので安心ですね」

「ゲル……骨組みのしっかりした幕屋だったか。本当に大丈夫なのか?  」

「出るとしたら一角獣ユニコーンですし、きっと寄って来ないですよ?  」

一角獣ユニコーン?  分かった行こう。いつ行けるんだ?  」

この乗り具合……目的が同じ様な気がするのは気のせい?  魔道具に一角獣ユニコーンって使えるのだろうか?  とにかく、乗り気になって貰えたのなら良かった。

「後三日で薬作りが落ち着くと思いますので、その後二日程お休みを頂いて、行こうかと思ってます」

「分かった、俺もその様に調節しておこう。ああ、それとこれなんだが」

そう言うと、フェリクス様は作業台に乗っていた金のイヤーカフを差し出してきた。

「妖精避けだ。あいつらは百害あって一利なしだからな、念の為付けておいて欲しい」

「私、妖精見えませんよ?  」

「見えなくても寄って来て囁けば作用したりするからな。あいつらは本当に厄介なんだ。付け方は分かるか?  」

その言い草はフェリクス様は妖精が見えているのだろうか?  もう見えていても驚かない自信がある。考えている内に、彼は立ち上がるとイヤーカフを両手で広げ始めた。

「付けてやる。どっちの耳が良い?  」

「ええ?!  自分で出来ます!  」

「少し硬く仕上げたから、リサの力じゃ多分無理だ。で?  どっちだ?  」

有無を言わさない雰囲気に、とうとう私は押し負けた。

「……では、右でお願いします」

渋々髪を搔き上げて差し出す。
気恥ずかしいのはきっと私だけで、魔道具を付けるだけの筈なのに耳まで赤くなりそうだ。直接触れている訳では無いのに、彼の手が近距離で動いているのがなんだかくすぐったい。

「……痛くないか?  」

「大丈夫です、違和感も無いですし」

自分だけ気恥ずかしいのも、それを悟られるのも何だか癪だ。私は何でも無い様に努める事にした。

「……フェリクス様は過保護です」

「……微妙な立場の身の上に付いて貰うのだ。良くしてくれる者を守れないのは辛い。だから備えは過分なぐらいで良い。……よし、これで外れないだろう」 

彼の手が離れて、私は一息吐いた。
逃した従者達の事も、きっとこんな風に守ろうとしたのだろう。その不器用な優しさは何だか……とても彼に似合っている。

そんな事を考えるなんて、踏み付けて、お互い勘違いのまま従者になる事を決めたあの時とは、考えも互いのあり方も随分と変わってきたのだと思う。

あの時の私と来たら、不敬で罰せられるのを恐れていた筈なのに、さっきなんて少しの配慮と幾分かの打算を孕んで彼と話していたのだから、寧ろ劇的に変化し過ぎではないだろうか?  遠慮がなくなった。砕けた、と言えば聞こえは良いのかも知れないけれど。

「ありがとうございます」

内心自分の無遠慮さに苦笑いしつつ、お礼を述べて振り向くと、フェリクス様は口元に手を当てて視線を彷徨わせていた。

「……フェリクス様、もしかして照れてます?  」

「言うな。今更女性に対して配慮が足りなかったと反省しているのだから」

「最後まで気付かずに居て下さらないと。私だって羞恥に耐えたのですよ?  」

「突くな、分かっている」

そう言ってしどろもどろしている姿は、とても魔窟出身とは思えない程可愛い。男性に可愛いも失礼だろうか?  私はくすくすと笑みが溢れ出て、そのまま食堂へ行くまで笑いが止められなかった。

次の日、イヤーカフを見たネネが一言、

「指、手首、耳と来たら残りは首だね~?  首洗って待っておいた方が良いよ」

と謎な予言を言い放った。

「ネネ、言葉間違えてない?  」

「そう?  絶対そうなると思うんだけどな~?  」

これ以上予防する事は無いと思うのだけど……いいや、そう思いたい。

そんなやり取りも直ぐに終わり、私達はせっせとストック用の薬を作り続けた。何と言っても、フェリクス様の了承を得たのだ。皆の喜び様を見たら、彼はちょっと引くかも知れない。

けれどそのお陰……皆の執念のお陰で、私達は無事三日目で閉鎖していた分と、有事の際にと充分過ぎるストックを用意出来た。









「見てみて!  湖が見えて来たよ!  」

マキナが指を指した方向には、大きな湖が見えている。湖面は光を反射して輝いていた。
無事に薬を作り終えると、薬師長が私財で貸し馬車を借りてくれて(角への意気込みが伺える)、私とフェリクス様、そしてマキナとエドがアルバーグに同行した。

最初は緊張の為かぎくしゃくしていたマキナと、相変わらずのエドだったが、フェリクス様が王都で流行っていると言うカードゲームを教えてくれて、それが白熱し、半日という長い時間はあっという間に過ぎた。……途中までは。

「あ~……後少しで馬車から降りられる……」

「だから、酔い止め飲めばって言ったのに」

エドが馬車酔いしてしまったのだ。エドは自室で薬研究をよくしているのだけど、とにかく睡眠時間を削ってしまうので、今日も睡眠不足が祟っているのだ。

「完全に降りるまでは回復薬ポーションも勧められないし……」

「ここから歩いて行けば良いんじゃない?  」

「ここから徒歩なんて何刻掛かると思ってんだ……」

恐らくまだ掛かると思う。まだ小高い丘から遠くに湖が見えているだけなのだ。マキナはエドに厳しい事を言うけれど、からかいだと分かっているので、何だか微笑ましい。

湖までは後少しだ。久しぶりの遠出に、私は期待と懐かしさを胸に押し込めて、窓の外を眺めた。


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