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22、まじないと呪い

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まるで永遠に続くのかと思う程、兄を待つ時間は長く感じられた。誰も言葉を発しない部屋は、メイネの小さな呻き声だけが響いて、この場に居続けるのがとても辛い。ここへ来るまでのほんの少し前は、寧ろ浮かれてもいた自分が居たというのに。認識が甘かった。


やがて数人の足音がこちらへ近付くのを聞いた時は、情けなくも安心さえ覚えた。
部屋を一瞥した兄は、眉間に皺を寄せた。その表情は怒っている様にも、悲痛そうにも見えた。

「……取り敢えず、治癒室へ運ぶ。フェリクス殿、説明をお願いしてもよろしいですか?  治癒術師長は解呪の準備を。……リサは戻っても良いぞ」

その言葉に一瞬迷った。確かに私に出来る事は無い。正直、メイネを直視したくない自分もいる。けれど、私が呪いを掛けられたのだ。何故なのか知る権利がある。

「いいえ、団長。私はフェリクス様の従者です。共に参ります。それに、私には彼女の動機を知る権利がある」

暫し兄と私は見つめ合っていたが、兄は大きく溜め息を吐いた。

「……同行を許可する。ネルフィとヨータム、担架を」

指示された騎士は、布張りの担架を広げて毛布ごとメイネを乗せると、部屋から出て行った。

治癒術師長もその後に続き、最後に私が部屋を出たら、待っていた寮長が鍵を掛けた。

「……リサさん、あまり気を落とさないでね。先程ネネさんとマキナさんも心配していました。何かあれば、私も話くらいなら聞くことは出来ますから」

「ありがとうございます、リハネ寮長」

寮長は軽く会釈すると、私達より先に行ってしまった。

「……部屋に戻っても良いんだぞ」

フェリクス様が、ぼそりと呟いた。

「良いんです。ちょっと怖いですが……フェリクス様が止めを刺さない様に、私が居なければ」

「リサは俺を極悪人か何かと勘違いしている様だな」

「まさか。何かの弾みでぷちっとされてしまわないか心配なだけです」

「ぷちっと」

「ええ、ぷちっと」

「……一体どんな魔法だ、それは」

そう言うと、フェリクス様の雰囲気が和らいだ。それを受けて私もこっそりと深く息を吐く。今までどれだけ気が張り詰めていたのかが分かる。

そのまま、私達は何を言うでもなく、本塔にある治癒室へ向かった。





ベッドへ寝かされたメイネは、ひゅーひゅーと浅く呼吸をしていた。もしかしたら喉も腫れているのかも知れない。治癒術師長は必要な魔道具などを取りに行き、部屋には団長である兄と副団長、フェリクス様と私、そして魔導師長が沈痛な面持ちでベッドを囲み、メイネを見つめていた。担架で運んで来た騎士二人は、戸口で待機している。

「団長、この度は私の監督不行き届きで、大変なご迷惑を……」

「魔導師長、個人を見張るのは到底無理な話。その様に頭を下げられずとも大丈夫だ。それより……」

そう言って、兄は視線を落とした。視線の先、メイネはとても話せそうにない。これでは尋問も何もあったものではない。

徐にフェリクス様がベッドに近付く。

「女。楽になりたいか?  」

「……フェリクス様、止めを刺したいのですか?  」

「何故そうなる。楽になりたいか聞いただけだろう」

いや、止めを刺す側の台詞でしたよ、絶対。

「今から聞く事を頷くか、首を振るかすれば良い。正直に言えば痛みを取ってやる」

メイネは鈍い動きで頷いた。それを見届けて、フェリクス様は私達を見回した。

「申し訳ないが、尋問は私にさせて欲しい。今回の件は私に攻撃をされた様なもの。対処出来るのも恐らく私だけでしょうから」

兄と魔導師長、私は頷いた。フェリクス様はメイネの側へ寄ると、額に手を翳した。

「私を害そうと誰かに唆されたか?  」

ふる……とメイネが首を振る。

「リサを害そうと唆されたか?  」

今度は首を振り掛けて、重々しく頷いた。

「リサを害そうと自分の意思でやったのか」

一瞬フェリクス様の声は低くなった。彼女は頷き、そして首を振った。

「自分だけの意思ではないと言いたいか」

今度ははっきりと頷いた。

「他に誰がいる。魔導師仲間か?  」

彼女はゆっくりと首を振る。

「騎士か?  」

これも違う。

「下働きの者か?  」

これも違うらしい。

「……治癒術師か?  」

これでもない。私はフェリクス様を見た。だって、残りは……薬師だけだ。そんな事があるわけがない。

「……み、な……」

その時。か細く、メイネが何かを口にした。

「み……なが、邪魔……って言っ……」

「みな。皆の事か。誰かではなく、皆がお前にリサを呪えと言ったのか?  」

「そ……う、聞い……て………」

「辞めようと思わなかったか。異変を感じただろう?  」

「居なく……なれ……ば、わた……し……が……」

「……もう黙れ」

彼はそう言うと、メイネの額から目元へと手をずらした。そこから黒い靄が彼女の顔周りを包むと、手を離した。腫れが引いた訳でも、炎症が治まった訳でもなく、けれど彼女は静かになっていて……。

はっとして私は慌ててフェリクス様の手を取った。

「フェリクス様、止めは刺してはいけないと、あれ程っ!  」

「騒ぐな。眠らせただけだ」

「良かった……終に目の前で人の命が消されたのかと」

「おい」

フェリクス様が睨んで来るけど、そう見えたのだから仕方ない。彼はそっとに 手を振り払うと、何故か兄に視線を向けて首を振った。そこへ準備を整えた治癒術師長が入室して来て、治癒室に居た一同は兄の応接室へ移動する事になった。




応接室のソファへ皆が座ると、重々しい空気が部屋を支配していて、誰も口を開かない。私は落ち着かず、それならばとお茶を用意して回った。配り終えるとフェリクス様が座れと合図する。

「厄介な事に騎士団を巻き込んで申し訳ない」

「フェリクス様のせいではありません」

「しかし、これは私が招いた様なもの。なんと償えば良いか……」

「取り敢えず、説明をお聞きしたい。呪いに疎い我々だと、何が何やらさっぱりです」

兄の言葉に、フェリクス様はゆっくりと頷いた。そして説明を始めたのだが、その内容は私としては頭の痛くなるものだった。


犯人は『妖精』だった。


メイネがフェリクス様に近付きたいが為に嫉妬を薫せていたところ、妖精が唆したのだ。しかも、複数。

それが誰かの指示かは分からない。

単に妖精の気まぐれかも知れない。

『暗き森』には手付かずの自然と、その恩恵で天然の魔力が豊富らしく、同時に妖精も多いだろうと。その妖精が、素質があって尚且つ強い嫉妬を燃やすメイネと出会い、悪戯に弄んだ。

「あれは、妖精から直に呪いを受けた状態だったと言っても良いだろう。口々に言われるまま、呪いをリサにぶつけた。恐らく……本来なら顔を腫らす様な小さな呪いだったのが、力を込め過ぎてしっぺ返しで酷くなったのだ」

「…………」

顔を腫らす?  何の為に……。言ってはなんだけれど、もっとこう……呪いらしいものがあるだろうに。

「……たまにありますね、顔……というか、頬を腫らす者が」

「えっ?!  」

兄の言葉に私は驚いた。呪いが偶にあるとはどんな環境だ。しかし、副団長も何やら納得している。

「……人気がある新人が居たりすると、偶にありますね。それぞれ原因は不明瞭で、薬師達に炎症を抑える薬を貰って四、五日で腫れは引きますが」

「本当に年に一、二度あるか無いかで、喧嘩や痴情の縺れが原因かと思っていたが……」

「……まじないを呪いと言うからな……もしかしたら、呪いとは知らずにまじないとして広まっているのでは?  」


魔導師長の言葉に、一同は騎士団にまじないが広まっているのを確信して、大きく溜め息を吐くのだった。

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