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21、呪いの代償

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私は肝心な事を忘れていた。

魔導師メイネは女性。つまり、女性寮に住んでいるのだ。私と魔導師長だけで行こうかと提案したけれど、フェリクス様は堂々と入ると言うので、魔導師長と寮長、そして治癒術師長に同行して貰い、私達は女性寮の廊下を進んでいるのだけど……。

「何で?  嘘、もう化粧落としちゃったのに~」

「やだ、何で夜風の貴公子様が女性寮に?!  ちょっと誰かお声掛けして来てよ!  」

「もっと色気のある奴着とけば良かった~!!  今から着替えて来る!  」

……など、ざわざわと騒がしい事この上ない。けれど、昼間あんなに『夜風の貴公子』呼びに打ち負かされていたというのに、当のフェリクス様は声など聞こえていないとでも言うように、平然そのもの。寧ろ冷たい冷気が漂いそうな程表情が冷たい。

「フェリクス様……大丈夫ですか?  」

「何が」

「何でもないです」

怖い。こう、兄とは違う迫力がある。彼がここまで注目されて口々に話題にされるのは、実は砦に来てから今日が初めてではないだろうか?  普段は遠巻きにされるのに、こんなにも遠慮が無いのはここが女性達の縄張りだからかも知れない。
同行する寮長が彼女達を窘めるが、効果が無い。付いてくる様な者は居ないものの、皆興味深々で様子を伺っている。

メイネの部屋は三階の奥らしい。
目の周りが腫れてしまって、大事を取って休むと言ったきり、部屋から出て来ないそうだ。そもそも、体調不良は薬師に見て貰わなければならないというのに、それを拒否している時点で怪しい。

最初は魔導師長も治癒術師長も、メイネの部屋へ行く事自体難色を示した。どんなに啀み合っていても、砦に住まう人間は皆有事の際は共に戦う仲間だ。仲間が仲間に呪いをかけるなど有ってはならない。どんなに嫌いでも、そこは越えてはいけない境界線なのだ。

けれど、踏み越えてはいけない場所を踏み越えてしまうのが人だ。

訝しむ師長二人を説き伏せ、同行させたのはフェリクス様だ。二人には疑いからではなく、に同行に至ったのだ。きちんと見守って貰わなくてはならない。

三階の一番奥の扉の前で、一同は息を飲んだ。中から呻き声が聞こえるのだ。けれど、それはとてもか細い。弾かれた様に寮長が扉を叩く。

「メイネさん?!  リハネです!!  どうしました!  苦しいのですか?!  」

寮長の必死の声掛けにも、呻き声が返って来るだけだ。

「緊急を有する事態ですので、鍵を開けますよ!!  今助けますからね!  」

寮長が親鍵を差し込み、乱暴に扉を開ける。

中は真っ暗で、廊下から漏れた光が奥のベッドをぼんやりと映し出した。どうやら、メイネは毛布に包まり体を丸めているらしい。

「魔導師長、それからルーセント様はここから一歩も動かないで頂けますか?   流石に部屋までは許容出来ません」

そう言いながら、寮長はつかつかと部屋へ入ると、毛布の塊と化したメイネを揺さぶった。

「メイネさん!  どうしてそんなになるまで放っておいたのですか!  さあ、薬を飲みましょう??  」

それでもメイネは呻き声しか上げない。

「リサさん!  毒消しは有りますか??  顔が……酷く腫れて……もう、見ていられません……」

私も部屋へと進み入り、寮長の隣でメイネの毛布を少しだけ剝ぎ取った。

「っ!!  」

メイネの目の周りはぱんぱんに腫れ上がり、最早目は見えていないだろう。腫れのせいなのか顔も熟れ過ぎた野苺の様に真っ赤だ。

「これは……っ、応急処置で治癒を掛けて頂いた方が良いでしょう。炎症が酷すぎて、体力が心配です」

「分かりました。やってみましょう。お二方は下がって」

治癒術師長が私達の間に押し入り、杖を掲げた。それと同時に、メイネの体は陽の光の様な眩ゆい輝きに包まれた。

「……効かない……」

治癒術師長の呟きを聞いて、私は持参した袋から薬を取り出した。

「酷い炎症には水辺に生える水輪花の根と竜果が効きます。それと回復薬を一緒に飲んで」

薬を手に無理矢理握らせる。メイネは嫌がる様に首を振る。

「飲んで、お願いだから」

私は回復薬の栓を抜き、口元に押し付けた。それでもメイネは口を固く結んで、頑なに拒否をする。

「……リサ。その防呪の腕輪を其奴の頬に付けてみろ」

今まで黙っていたフェリクス様が、低く、けれどはっきりとした声でそう言うと、治癒術師長が私の腕を取り、腕輪をメイネに押し付けた。

「っあうぅっ!!  」

途端にメイネの頬から焼けた様な匂いがして、私は慌てて腕を治癒術師長の手から引き抜いた。

「この反応は……メイネっ……貴女、何て事をっ!!  」

「……呪い返しを受ければ、放った呪いが倍で返り、回復を掛ければ余計に苦しい。よく先程の治癒術で意識が飛ばなかったな、普通なら泡を吹いて倒れるぞ」

治癒術師長はきっ!  とフェリクス様を睨むと、魔導師長に視線を移した。

「魔導師長。ご足労をお掛けしますが、団長を呼んで来て頂けますか?  これはもう擁護出来ません」

「承った」

魔導師長はローブを揺らして去って行った。

「……治癒術師長、どうすれば……」

私はそんな言葉を口にしていた。呪いを掛けたメイネが悪いのは分かる。しかし、これは放っておくには余りにも偲びない程、症状が重い。

「……解呪の魔法は使えますが、無かった事にする訳には行かないでしょう。団長に指示を仰いでからでないと……。それに、解呪魔法はとても時間のかかる魔法です。きちんとした環境に移さない事には……」
  
「そう……ですね」

手を出してはいけないし、元より私に解呪魔法が使える訳ではないのでどうしようもない。呪いがこんなに酷く作用するなんて知りもしなかった。

「……痛みを和らげる事なら出来るが」

フェリクス様の言葉に、メイネは顔を上げた。

「洗いざらい話すならやっても良い。声が出なかろうと知った事か。話さねば解呪の魔法が成功するまで何日もそのままだ」

彼の刺す様な声と言葉に、彼女はゆっくりと頷く。けれど、治癒術師長は、首を振った。

「ルーセント様、この場で私的な尋問はお控え下さいませ。寮長、寮内の者は部屋へ待機をお願い出来ますか?   移動するにしてもこれでは……」

「畏まりました、治癒術師長。私はこれで失礼致します」
 
寮長は一礼すると、部屋を後にした。彼女が去った後、廊下では部屋へ戻る様に促す声が聞こえる。

「……其奴が苦しむのが長引くなら、喜んで手出しはせぬがな。呪いが抜けるのは一週間……十日程か?  」

途端に、メイネの体がぶるぶると震えだした。この状態で十日過ごすのは、何より辛いだろう事は想像に難くない。

「……ルーセント様、意地悪を仰らないで下さい。呪いだということは、嫌という程理解致しましたから……」


治癒術師長がそう呟くと、途端に重い空気が部屋を埋め尽くし、私はただ黙っていた。兄がなるだけ早く到着するのを待ち侘びながら。


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