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20、それでも嬉しいのは嬉しい

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魔導演習場に橋とはいえ巨大な岩が生えてしまった。試合していた者も、対戦待ちしていた魔導師達がざわざわと騒めいている。

魔導師長が駆け寄って来て、岩を見上げている。

「……ルーセント殿。これは一体……」

「魔導師長殿、申し訳ない。魔法をぶつける為の岩なのです。これなら思い切りぶつけられるだろうと思いまして」

「魔法の……練習台ですな」

「邪魔ならば埋めますが……」

「とんでもない!  寧ろこのまま使わせて頂けますかな?  良い的になりそうだ」

「それならば良かった」

「いやいや、こちらこそ良い練習になりましょう。見習いに練習で岩を作らせ、魔法を当てて……これは良い。ああ、どうぞ思い切り練習されて下さい」

そのまま魔導師長はぶつぶつと呟きながら、演習場の中央へ戻って行った。

「良かったですね、魔導師長お墨付きになりました」

「ああ、心置きなく練習出来るぞ。先ずは近場の蔦を魔法で探って……」

「はい!  」

それから、途中お昼休憩を挟んだ以外、魔導師全てが対戦し終わるまで、私は太い蔦の生成に注力した。フェリクス様の見本は当てにならないので、私の出来る限りの太さと強度に増大させる事に成功した。

「後は激しく動かす調節だけなんだが……そろそろ辞めよう。倒れるぞ」

「は、はい……魔力回復薬マジックポーションを飲みます……」

魔力をぎりぎりまで使ってしまい、私は立っているのがやっとで、膝に手を当てて体全体で息をしていた。すると、そんな私の目の前に魔力回復薬マジックポーションの瓶が差し出された。

「もう、帰るよ!  こっち放って何やってんの。思わずリサは魔導師所属かと思ったよ」

「ご、ごめん……ね?  」

有り難く薬を受け取って、ごくごくと一気に飲み干す。

「良いって。エドなんてもう瓶袋二つ持ってさっさと帰ったからね?  薄情なんだから」

「あー……いつも通りだね。マキナも待たせてごめんね?  」

「ううん、良いよ!  さっき伝令があって、明日も作業場は閉鎖だって。私とエドとナオリは薬師長の学術研究会の資料作りを手伝うから、リサはまたここにお世話になったら?  だってさ」

「え?  悪いよ、それは」

薬が効いて魔力が回復したのか大分楽になった。私は屈んだ状態から上体を起こして、マキナに向き合った。マキナは腰に手を当てて小首を傾げる。

「寧ろいつもより人数を当てられて、助かってると思うよ?  魔導師長。良いから、頑張って魔法習得しなよ」

「じゃあ、お言葉に甘えて……後で内容教えて。途中まで手伝ったんだけど……。あ、ここの空き瓶の返却は私がやっておくよ」

「良いの? えっと何だっけ、光岩茸と月の満ち欠けの薬効の相乗効果検証……だったっけ?  お疲れ様だね、了解!  よく読んどく」

マキナはフェリクス様に頭を下げると、手をひらひらとさせて鍛錬場を後にした。私が彼女が集めておいてくれた瓶の入った袋を持つと、フェリクス様がその袋を奪った。

「ありがとうございます。重いですよ?  」

「尚更持たせるわけには行かないだろう。さっきまで倒れそうだったのだから、これぐらい気にするな」

「はい……」

思えばほとんど従者の仕事をしてない気がするのは気のせい……。良いや、また明日頑張ろう。

もう日は暮れかかって、私達二人の影が長く伸びていた。ゆっくり歩いている中、ふと何かを忘れている気がする。一体何だろう?   とても大事な事だった……?!  

「ああ!!  」

はっとしたら、思ったよりも大きな声が出てしまった。

「いきなり大きな声を出すな。どうした?  」

「フェリクス様、あれ!  呪いの!  」

「うん?…………忘れていた」

「逃げられちゃいます!  」

「まあ待て。どうせ昼間行かなかったのだから、今行くのも着替えてから行くのも一緒だろう。先ずは汗を流そう」

相変わらずの呑気さだ。こんなに落ち着いてられるのは、実害が無かったからだろうか?  私は切実なんですが。今の今まで忘れていたけど。

「大抵の呪いと言うのは、徐々に力を削ぐ呪具系と、相手が直ぐに動けなくなる様な精霊系とがある。魔道具が仕込まれていないのならば、精霊系だろう。今頃動けないでのたうち回っているだろうから、出来るだけゆっくり行けばよい」

「発想が黒いです!  」

「そうか?  俺の従者に手を出しておいて、あっさり許す筈ないだろう」

「…………」

か、過保護……。確かに呪われかかったのは怖かったけれども。呑気だと思っていたけれど、結構怒っているのだろうか。目の前の人が怒っていると、意外に自分は冷静になったりするから不思議である。

願わくば、相手には呪い返しでお亡くなりにはならないでいて欲しい。それ程の術を掛けられたのかと思うと、とても怖いけれど。


それから私達は薬師作業場の備え付けの箱に、空き瓶を入れた。作業場にはカーテンがかけられ、厳重に閉めてあったので出来上がりまを楽しみにして、覗かないでおいた。





部屋に戻って、体を洗う用意をする。

有り難い事にここは洗い場が付いていて、水魔法で水を溜めた後に炎の魔石に魔力を流して投入すると、徐々に温まって来る。魔力量を調節しないと火傷になるので注意が必要だ。

お風呂に入る時も魔導具は付けておけと指示されているので、そのまま付けて浴槽に浸かる。思っていた以上に疲れていた様で、暖かさがじんわり沁みた。

砦には大浴場も完備されていて、同じ原理で沸かす事も出来るし、火と水の属性持ちの魔導師がお湯を張ったりも出来るらしい。そう考えると、やはり火属性が欲しかった……。



買って貰ったシフォンのブラウスに長めのタイトスカートに着替えて、身支度を整えて……そこで私は自分の髪が地毛の色に戻って来たのに気付いた。染め粉を落とす薬と共に洗っていた甲斐がある。暗めの焦げ茶に染めていた髪は、その色に牛乳をたっぷり溶かした様な亜麻色になった。

「……この色も久々だ」

母から受け継いだ亜麻色は、実はとても大好きな色だった。なので、染める時はかなり勇気が要った。一人立ちする事ばかりに必死になって、自分を偽って……視野が狭かったのだと今なら分かる。

噂に心を振り回されて、疲れていたのも原因だろう。変な噂が立つと自分の店が持てない……ぐらいの盲信振りだった。今なら、他に上手いやり方を探そうと思える。

自嘲しつつ、緩く髪を編んで一つにして、肩へと垂らした。もう夜になるし、まとめ上げるのは面倒だ。

部屋を出て、フェリクス様の部屋の扉をノックする。彼は部屋から出て来ると、一瞬動作が止まって固まった様に見えたけれど、直ぐににこりと微笑んで、

「髪色が戻ったのか?  とても似合っている」

とお褒めの言葉を口にした。
フェリクス様は流石は貴公子然としている。何でもない事を褒めてくれるのが嬉しいやら、無理しなくて良いのにと感じるやら。つまり、どう反応して良いか分からない。

「ありがとうございます、この色本当は大好きなんです」

お礼を述べると、納得したかの様に頷かれた。それを受けて、やっぱりお世辞でも嬉しくなってしまう。やはり、偽らないのはこんなに気分の良いものかと、染み染みと思う。


今から向かう場所はきっと修羅場が待っているとは知りつつも、私は髪をくるくると弄んで嬉しさを噛み締めた。


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