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14、空気を読んで欲しい

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どうして私が一人でこっそり薬草を取りに行くのかと言えば、答えは目の前の光景にある。

「治癒術師のジェナと申します。治癒の女神、アルステナの信徒です。どうぞ良しなに」

「魔導師のメイネです。炎系が得意です、宜しくお願い致します。うふふ」

基本的に見回りも散策も治癒術師か魔導師、どちらかが同行するからだ。どちらも薬師を下に見ていて、何かと嫌味を言って来るので面倒なのだ。


今日の散策は副団長推薦の騎士5人に、治癒師と魔導師がくっついて来た。この規模に治癒師と魔導師両方付くのは異例とも言えたが、フェリクス様が入っているから仕方ない。

本来なら騎士十人付けたいと団長と副団長に言われたのをフェリクス様が断った。私もそんなにぞろぞろと森を歩きたくない。というか、一人で歩きたい。それか、薬師だけで。

しかし、フェリクス様を女狐達が居る砦に置いては置けないので仕方ないかと思えば、ここに最上級の女狐が二匹付いて来たのだから頭が痛くもなる。しかもこの二人、隊長を差し置いて先に挨拶しているし、もう嫌過ぎる。

「ご挨拶遅れました、今日の隊を指揮するルイーズ・メニスです。安全に終えられる様、私の指示には従って下さい」

「はい。宜しくお願い致します」

フェリクス様の返事の後、残りの騎士四人の自己紹介が終わり、隊長は私が先日やらかした街道方面とは反対方向に向かう旨を皆に伝えた。フェリクス様への配慮なのだろうけど、私は工事が進んでいるのか気になっていたので少し残念だった。今度様子を見に行ってみよう。

隊長を先頭に騎士二人と魔導師、私とフェリクス様、ネネとナオリの後ろに治癒術師と騎士二人という順番で、砦から離れて行く。勿論、『暗き森』の方ではない。

『暗き森』は広大な森で、何故か年中日の光が届き難く磁場も狂いやすい。魔物も他の土地に比べて凶暴で数も多く、月に何度か騎士団が巡回して間引いている。しかし、年に一、二度、繁殖のせいか魔物が溢れて森から出て来る時があるので、その場合は砦に勤める者総出で殲滅にあたる。

その時期も読めるかと思えばバラバラで、噂では奥深くに迷宮遺跡があって、そこから溢れているのではないかとか、隣国が放っているのではないか……とか言われているが、そこまで調べが回っていない。そもそも、隣国は山一つ隔てた北側から迂回ルートで行き来があるし、森に阻まれ身入りも少ない土地で手間が掛かるのにわざわざそんな事はしないとも思う。

討ち漏らした魔物や、『暗き森』の魔物におののき別の森から逃げ出した魔物は、マーベルク領の私兵や冒険者を雇って対応するので、生まれてから重大な被害を受けたというのは聞いた事が無いから、ここの騎士団は優秀なんだろう。

……などと考えていると、前を歩く魔導師がちらちらと後ろを振り返ってきて気が散る。

しかし、フェリクス様は気にもせずに興味深げに森を見て歩いていた。

「今日は貴方方運が良くてよ?  この様な散策で私がお供するのですから。普段でしたら考えられない待遇だわ。フェリクス様に感謝しなければ」

……許されてもいないのに名前呼びなど、後ろの治癒術師は頭は大丈夫だろうか?

「あらぁ?  普段から『許されてもいない内から、勝手に人の名前を呼ぶのは失礼だ』とか何とか仰ってる方が、嫌だわ。礼儀を何処へ置いて来たのかしら」

得意気に振り返って喋る魔導師は、治癒術師ではなく、フェリクス様を見て言っているのだから、お前も礼儀を何処へ置いて来たのかと言いたい。いや、ここで声を上げたらそこで負けが決定する。批難が私に集中するから喋ってはいけない。

「なあ、リサ。どうせならいつか『暗き森』に行ってみたくはないか?  」

「…………」

ここで何を言ってるんですかね、この御仁は?!  お陰で視線が私に集中したの、分かりますよね??


空気を読んでとは言わない。寧ろ感じて欲しい。ありのままを。


「ま、まあ、あそこは危ない場所でしてよ」

「あら、でしたら私がお力添え致しますわ」

不用意な発言で次々と不必要なアピールが始まったのに、フェリクス様はずっとこっちを見て来る。もう穴が開きそうなくらいに見て来る。私はなるべくそちらを見ない様に前を見続けた。

「閣下、閣下」
 
後ろから声が掛けられたと思えば、ネネがひそひそ声でフェリクス様に話しかけている。

「面白い話が……」

私は何が言いたいのか察知して、後ろを振り返った。

「ネネ、言ったら二度と行かないからね」

「ネネ。私達の死活問題になりかねない。辞めなさい」

私とナオリに止められ、ネネは『ちぇー』と言いながら口を尖らせた。

「面白い話なら聞かせて欲しい。リサの事だろうか?  」

フェリクス様がネネに話掛けるけれど、私とナオリは必死にネネを睨みつけていた。

「まぁ、リサの事でもあり、私達の事でもあります」

ネネは曖昧に答えを濁したけれど、元はと言えばネネが自分から言い出したのだ。どう話を締めてくれるのか。

「リサは私にとってとても大切な人だからね。小さな事でも知っておきたいんだ」

「わー、そうなんですねぇ。リサは大切にされてますねぇ、良かった良かった」

この瞬間、魔導師と治癒術師の殺気が一度に私に向かう。


ああ、横と後ろのこの二人、『暗き森』に捨てて来てしまいたい。


「まあ、大切な従者という事でしょう。閣下は下の者にもお優しくありますのね」

「懐の大きさを見せられましたわ。とても素敵です、うふふ」

そう口で言ってる割には前から睨まれ、背中に殺意が刺さる。堪らず、私は諸悪の根源にちくちく言う事にした。

「フェリクス様、おふざけが過ぎます」

「楽しそうな秘め事を暴きたくなるのは人の性だと思わんか?  」

「思いません」

「む……リサ、もしや」

そこで、隊長から声が掛かり、暫しこの辺りで薬草の採取をする事になった。ここは何ヶ所かのお決まりの採取場所である。

私は薬草を取りに行く振りをして、さっさと人の輪から抜けた。フェリクス様から離れたら従者失格だけれど、今はこれ以上振り回されるのは御免被りたいのだ。

しかし、執拗に足音が追って来る。概ね、察しはついている。

「待ちなさいよ、さっきのあれどーゆー意味よ?  」

「嫌だわ、身の程も弁えない恥知らずって、見ていて滑稽なのね」

滑稽なのはフェリクス様に完全無視されている貴女方の間違いですよね?  とは、流石に言えない。火に油を注いでどうする。


こういうの、本当に嫌なんですけど。

私は早速早歩きで森の奥へ行き……魔道具で気配を消した。

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