ある日、王子様を踏んでしまいました。ええ、両足で、です。

芹澤©️

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12、やんごとなきお方

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次の日。

久しぶりに夢も見ずに目が覚めて、少し晴れやかな気分で身支度を終えた。

たまに夢を見るのだ。
一人置いて行かれる夢を。

それが、一人目の婚約者が原因なのか二人目の婚約者が未だに不快なせいなのか判断は付かない。夢を見ると疲れが取れていない様な気がして栄養剤を飲んだりするのだが、今日は必要無さそうだ。

新しい作業着は薄いピンク色のブラウスに、ハイウエストの落ち着いた黄色のくるぶし丈のロングスカートだ。スカートはプリンセスラインで裾が広がっていて、歩きやすい。新しい茶色のブーツを履くと、気分が一新する。

自分の部屋に鍵を掛けて、隣の部屋をノックする。遅れて、フェリクス様が部屋から出て来た。元王族な筈が、彼は自分の身支度は自分でする。着替えを手伝えと言われても困るので、そこはほっとした。

「おはようございます。フェリクス様」

「……おはよう」

何故か眠そうな彼を不思議に思い見つめていると、『ちょっと来い』と、魔道具師部屋(新しくフェリクス様用に作った作業場)に連れて行かれた。扉は少し開けてあるところが、配慮を感じる。

「これを。従者には渡す事にしている。くれぐれも他人には悟られない様にな。私の名前で気付く者は気付くかも知れんが、それも稀だ。知られたら即盗まれると思え」

そう言って手渡されたのは、腰に付ける小さな鞄だった。フェリクス様の鞄に似ているが、女性物らしく明るい茶色にオレンジ色のステッチが蓋を縁取っていた。

「これって……」

「リサの『空間収納箱アイテムボックス』だ。私のより容量は少ないが、それでも回復薬ポーションの重い瓶を持ち歩くには重宝する筈だ。遠慮しないで使うと良い」

「あ、ありがとうございます……」

迷宮遺跡ダンジョン遺跡物アーティファクトは魔物の素材と違ってかなり希少な筈だ。それをぽんと手渡すフェリクス様に感覚の違いをひしひしと感じながら、それでも有り難く拝借する事にした。きっと寝不足なのは、これを作ってくれたからだろう。それを拒否する気には流石にならない。

私は早速腰に鞄のベルトを巻いてみる。重くもなく、何より見た目が可愛い。

「ありがとうございます。とっても可愛いです!  」

「可愛い、か。それは良かった」

お礼を述べれば、フェリクス様は薄く微笑んだ。きっとまだ眠いのだろう。朝ごはんの後は栄養剤を渡す事にしよう。

「さあ、朝ごはんに参りましょう。きっと席が埋まってしまいますから」

「そうだな」

私達は作業場を出て、食堂へと向かった。

そうは言ったものの、いつもは少しでも出遅れると席が無くなり待たされるのだが、フェリクス様と食事を共にする様になって席に困った事は無い。フェリクス様が食堂へ足を運ぶと、がたがたと幾人かが立ち上がって席が空くのだ。フェリクス様はそれを当然の様に受け、空いている席に着席するので、私も恩恵に預かっている。
その後、話しかけられる事は無いけれど、皆の意識が此方を向いているのがひしひしと感じる中で、食事をしなければならなくなる。そんな状況でもフェリクス様は何でも無い様に食事をする。

「……やはり私が食事をお部屋へ運びましょうか?  」

視線が突き刺さる中、私は何度目かの提案をしてみる。

「くどい。リサには従者を頼んではいるが、そういう気遣いは求めておらん。私もここでは一魔導師。そこまでの特別扱いは無用だ」

「はい……」

砦でも兄である団長や副団長、魔道士長など役付きの人や、貴族の団員などは従者を雇っているので、そういう人達は部屋で食事を取る。私を雇っているものの、一団員に徹しようとするフェリクス様の姿勢には、一年前の私を見ている様で少し微笑ましい。

そしてそう思う反面、存在感が既に貴人然としているのでギャップがあり、違和感が物凄い。彼がこの砦に溶け込めるのは後何年かかるのだろう、と少し不安になるのだった。



朝食後は魔道具師の作業部屋にフェリクス様を送り届け、ついでに栄養剤を手渡し、鍵を掛けて貰う。何かあればベルを鳴らして貰うことにしている。そのまま私は隣の薬師作業部屋へ移動した。先ずは振り分けられている薬作りをしなければならないからだ。

扉をノックして部屋に入ると、既に作業中だった薬師仲間の三人が一斉に此方を見た。

同じ眼鏡仲間のネネがおさげを弾ませながら慌てて駆け寄り、私の肩を掴み……激しく揺さぶってくる。思わず喉から変な声が出て、私は慌てた。

「ちょっと、ネネ、危ないっ」

「なん、何なのあの方は?!  突然3日も休みになったと思ったら、あんな『お貴族様』と一緒にご飯食べてて声なんて掛けられないし!  やきもきしたんだからね?!  説明して!!  」

勿論この砦には数多の『お貴族様』なる人達がいるし、そもそも騎士自体名誉爵位ではあるが『お貴族様』に順等する。けれど、そう言いたくなるのも頷けた。は別格だ。

「えーと、やんごとなきお方が、この砦に勤める事になって、私が助手兼従者に任命された……?  」

「ど・お・し・てリサなのよ~!  誰がこっそり薬草取りに出掛けてると思ってるの~?!  やんごとなき位の方ならその辺の騎士達を遣えさせれば良いじゃないの~!!  」

そうなのだ、私のこっそり薬草採取は薬師総意でもある。薬師長自体が『バレない様に行って来い』と言っている。ネネの主張に、先日の名も知らぬ魔導師や治癒術師達の絡みを思い出して口元が緩んだ。しかし、揺らすのは辞めて欲しい。

「まあまあネネ、リサの首が危ないからその辺で。ほら、次はこの月光花の葉をすり潰して。リサは白衣着て、あの鍋掻き混ぜて欲しいんだけど」

そう声をかけて来たのは、背がひょろりと高いナオリだ。ネネは渋々といった程で手を離す。

「う~、分かりましたぁ」

「直ぐに取り掛かりますね」

そう言って、私は自分の席に掛かっている白衣を手に取る。羽織って備え付けの手洗い場で石鹸と共に手を洗い、大鍋の前に行くと、中ではくつくつと回復薬ポーションの液が煮えていた。

「後十回魔力込めて掻き混ぜてくれる?   やっぱり仕上げはリサか薬師長が一番良い気がするんだよね」

私は頷くと、長い木べらで掻き混ぜ始めた。

「そう言わずに、ちゃんと魔力を安定して供給出来る様にならねば、修行にならんぞ」

そう言うのは、メルザーネ薬師長だ。長い髭を蓄えた薬師長は、どちらかと言えば大魔導師に見える風貌だけれど、小柄ながら白衣をびしっと着こなしている。

「そりゃちゃんと出来ますよ。何年ここに居ると思ってるんですか。次はネネにさせますよ、ちゃんと」

「え~私だって三年目ですからね。  ぱぱっと出来ますよ!  」

「昨日は毒消しの白根草を焦がしてたよね?  」

「あれはたまたまです、今度は大丈夫」

ネネとナオリのやり取りを微笑ましく思いながら、最後の仕上げをする。魔力を込めて白い液体が透明に変わったら回復薬ポーションの出来上がりだ。後は冷めるのを待って、専用の瓶に詰め替える。

「後、こっちの釜はどうします?  魔力回復薬マジックポーションを作ります?  」

その時、隣の魔道具師作業部屋からどん!  爆破音が響いて、隣接する壁にひびが入った。

「「「は?  」」」


私達は咄嗟に顔を見合わせた。



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