ある日、王子様を踏んでしまいました。ええ、両足で、です。

芹澤©️

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9、お買い物は苦行です。

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最大の失態故に従者を続けなければならない自身の運の無さに嘆いていると、マーブルク領最大の町、アトザに着いた。もう日はかなり高くなっている。

ここへ来るのも久しぶりだ。砦に入ってからは滅多に足を運ばなくなってしまった、地元。私は過ぎ行く街並みを眺めて、気持ちを持ち直す。やがて馬車停め場に着くと、副団長が扉を開けた。

「フェリクス様、お疲れ様でした。此方がマーブルク領最大の町、アトザです。最初はどちらから参りますか?  」

「ありがとうございました、ミレリオ殿。どうか、様など肩のこる敬称など取り払って下さい。貴方は私の上司なのだから」

降りながらもしっかりとした口調でフェリクス様が言い切った。副団長は少し面食らった様に固まったが、直ぐに頭をがしがしと掻くとぴんと背筋を正した。

「そうですか?  ……少しばかり緊張しますが、ではフェリクス殿。どちらから周りますか?  武器屋、道具屋、素材屋などありますが」

「ならば最初は女性物の服屋でお願いします」

「は、服屋ですか?  」

「ええ。従者の身形を整えるのも、雇う側の務めですから」

「……そうですね。では、もう一本向こうの通りです。ご案内しましょう」

……何気に二人共私の服装が駄目だと言っている事に気付いているのだろうか。いや、気付いているのだろう。そうなら私に口出す権限は無い。一年前、適当に庶民に見えそうな服を選んだつもりだったが、私の美的感覚は庶民としても駄目だったらしい。

先頭の二人に続き、私は黙って付いて行った。


何軒か並ぶ服専門店を少し見ただけで、フェリクス様はお高めの古着屋を選ぶとすたすた入って行ってしまう。

「俺はここで待っているから、ゆっくり選んでおいで」 

戸口に立つ副団長に促されて、私も入店する。既に何やら店主と話しをしているフェリクス様は、私を手招きした。

「この者の普段着三着、余所行き三着。色は明るめ……そうだな、明るめの黄色、ピンク色辺りで。刺繍の入った白地の物でも良い。余所行きは下位貴族の屋敷に出入り出来る程度の品質かそれ以上で。後は任せる」

「畏まりました」

「店主。ここでは独自の物は手掛けていないか?  」

「少しばかりの加工などは承っております。刺繍入れやサイズの直し、小物を付け足す事も可能です」

「なれば、物を見てからにしよう。リサ、行って来い」

呆気に取られていた私は、返事をするのも忘れていた。そんな私に店員達が手を引いて裏へと連れて行く。

「お嬢様、此方へ袖を通して頂けますか?  」

「は、はい」

「お嬢様、ご一緒にこのカチューシャなど如何でしょうか」

「準備が整いましてございます。どうぞ、お部屋へご案内致します」

どうやら個室が有るらしい。こんなお店があるなんて知らなかった。ドレスにあまり興味も無かったから人任せだったし、砦に入る時は一番安い店に駆け込んだので、他をゆっくり見てもいなかったし。
私は言われるままに個室へと入ると、フェリクス様は用意されていたお茶を優雅に飲んでいた。

「……これは腰をもう少し絞って、首まわりに細やかなレースを。ああ、そのカチューシャも貰おう。次」

また店員に手を引かれ、裏へ回る。

「……それは少し子供っぽくはないか?  無いな。次」

「普段着はブーツに合う様にもう少し丈を切ってくれ。色は中々良い。次」

と、言われるまま二十回以上着せ替えさせられた。途中からは店員に呼ばれた副団長もお茶をし始め、何の苦行かと思った。因みに副団長は一切意見を述べなかった。そこが救いだ。

「さっきの薄いピンクの余所行きで出掛ける。後は夕方取りに戻る。宜しく頼む」

結局、普段着三着、薬研究用の作業着三着、余所行き三着、何故か途中から参加して来た靴屋から購入したヒール二足にブーツ一足。結構な買い物に、目眩を覚えた。

満足気に店員に指示を出す店主を尻目に、私はフェリクス様に頭を下げた。

「ありがとうございました、フェリクス様」

「よい。それも良く似合ってるぞ。今まで着ていた服は寝巻きにでもすると良い」

フェリクス様が優美に微笑んで仰っていたので、私もにっこりと微笑んで返した。『認識阻害』の魔道具で伝わっているかは別として。


私の美的感覚、そこまで酷いのだろうか?


そろそろ私、罪とかお詫びとか無しにして、この人に怒っても良いかと思う。割と本気で。

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