10 / 35
9、お買い物は苦行です。
しおりを挟む
最大の失態故に従者を続けなければならない自身の運の無さに嘆いていると、マーブルク領最大の町、アトザに着いた。もう日はかなり高くなっている。
ここへ来るのも久しぶりだ。砦に入ってからは滅多に足を運ばなくなってしまった、地元。私は過ぎ行く街並みを眺めて、気持ちを持ち直す。やがて馬車停め場に着くと、副団長が扉を開けた。
「フェリクス様、お疲れ様でした。此方がマーブルク領最大の町、アトザです。最初はどちらから参りますか? 」
「ありがとうございました、ミレリオ殿。どうか、様など肩のこる敬称など取り払って下さい。貴方は私の上司なのだから」
降りながらもしっかりとした口調でフェリクス様が言い切った。副団長は少し面食らった様に固まったが、直ぐに頭をがしがしと掻くとぴんと背筋を正した。
「そうですか? ……少しばかり緊張しますが、ではフェリクス殿。どちらから周りますか? 武器屋、道具屋、素材屋などありますが」
「ならば最初は女性物の服屋でお願いします」
「は、服屋ですか? 」
「ええ。従者の身形を整えるのも、雇う側の務めですから」
「……そうですね。では、もう一本向こうの通りです。ご案内しましょう」
……何気に二人共私の服装が駄目だと言っている事に気付いているのだろうか。いや、気付いているのだろう。そうなら私に口出す権限は無い。一年前、適当に庶民に見えそうな服を選んだつもりだったが、私の美的感覚は庶民としても駄目だったらしい。
先頭の二人に続き、私は黙って付いて行った。
何軒か並ぶ服専門店を少し見ただけで、フェリクス様はお高めの古着屋を選ぶとすたすた入って行ってしまう。
「俺はここで待っているから、ゆっくり選んでおいで」
戸口に立つ副団長に促されて、私も入店する。既に何やら店主と話しをしているフェリクス様は、私を手招きした。
「この者の普段着三着、余所行き三着。色は明るめ……そうだな、明るめの黄色、ピンク色辺りで。刺繍の入った白地の物でも良い。余所行きは下位貴族の屋敷に出入り出来る程度の品質かそれ以上で。後は任せる」
「畏まりました」
「店主。ここでは独自の物は手掛けていないか? 」
「少しばかりの加工などは承っております。刺繍入れやサイズの直し、小物を付け足す事も可能です」
「なれば、物を見てからにしよう。リサ、行って来い」
呆気に取られていた私は、返事をするのも忘れていた。そんな私に店員達が手を引いて裏へと連れて行く。
「お嬢様、此方へ袖を通して頂けますか? 」
「は、はい」
「お嬢様、ご一緒にこのカチューシャなど如何でしょうか」
「準備が整いましてございます。どうぞ、お部屋へご案内致します」
どうやら個室が有るらしい。こんなお店があるなんて知らなかった。ドレスにあまり興味も無かったから人任せだったし、砦に入る時は一番安い店に駆け込んだので、他をゆっくり見てもいなかったし。
私は言われるままに個室へと入ると、フェリクス様は用意されていたお茶を優雅に飲んでいた。
「……これは腰をもう少し絞って、首まわりに細やかなレースを。ああ、そのカチューシャも貰おう。次」
また店員に手を引かれ、裏へ回る。
「……それは少し子供っぽくはないか? 無いな。次」
「普段着はブーツに合う様にもう少し丈を切ってくれ。色は中々良い。次」
と、言われるまま二十回以上着せ替えさせられた。途中からは店員に呼ばれた副団長もお茶をし始め、何の苦行かと思った。因みに副団長は一切意見を述べなかった。そこが救いだ。
「さっきの薄いピンクの余所行きで出掛ける。後は夕方取りに戻る。宜しく頼む」
結局、普段着三着、薬研究用の作業着三着、余所行き三着、何故か途中から参加して来た靴屋から購入したヒール二足にブーツ一足。結構な買い物に、目眩を覚えた。
満足気に店員に指示を出す店主を尻目に、私はフェリクス様に頭を下げた。
「ありがとうございました、フェリクス様」
「よい。それも良く似合ってるぞ。今まで着ていた服は寝巻きにでもすると良い」
フェリクス様が優美に微笑んで仰っていたので、私もにっこりと微笑んで返した。『認識阻害』の魔道具で伝わっているかは別として。
私の美的感覚、そこまで酷いのだろうか?
そろそろ私、罪とかお詫びとか無しにして、この人に怒っても良いかと思う。割と本気で。
ここへ来るのも久しぶりだ。砦に入ってからは滅多に足を運ばなくなってしまった、地元。私は過ぎ行く街並みを眺めて、気持ちを持ち直す。やがて馬車停め場に着くと、副団長が扉を開けた。
「フェリクス様、お疲れ様でした。此方がマーブルク領最大の町、アトザです。最初はどちらから参りますか? 」
「ありがとうございました、ミレリオ殿。どうか、様など肩のこる敬称など取り払って下さい。貴方は私の上司なのだから」
降りながらもしっかりとした口調でフェリクス様が言い切った。副団長は少し面食らった様に固まったが、直ぐに頭をがしがしと掻くとぴんと背筋を正した。
「そうですか? ……少しばかり緊張しますが、ではフェリクス殿。どちらから周りますか? 武器屋、道具屋、素材屋などありますが」
「ならば最初は女性物の服屋でお願いします」
「は、服屋ですか? 」
「ええ。従者の身形を整えるのも、雇う側の務めですから」
「……そうですね。では、もう一本向こうの通りです。ご案内しましょう」
……何気に二人共私の服装が駄目だと言っている事に気付いているのだろうか。いや、気付いているのだろう。そうなら私に口出す権限は無い。一年前、適当に庶民に見えそうな服を選んだつもりだったが、私の美的感覚は庶民としても駄目だったらしい。
先頭の二人に続き、私は黙って付いて行った。
何軒か並ぶ服専門店を少し見ただけで、フェリクス様はお高めの古着屋を選ぶとすたすた入って行ってしまう。
「俺はここで待っているから、ゆっくり選んでおいで」
戸口に立つ副団長に促されて、私も入店する。既に何やら店主と話しをしているフェリクス様は、私を手招きした。
「この者の普段着三着、余所行き三着。色は明るめ……そうだな、明るめの黄色、ピンク色辺りで。刺繍の入った白地の物でも良い。余所行きは下位貴族の屋敷に出入り出来る程度の品質かそれ以上で。後は任せる」
「畏まりました」
「店主。ここでは独自の物は手掛けていないか? 」
「少しばかりの加工などは承っております。刺繍入れやサイズの直し、小物を付け足す事も可能です」
「なれば、物を見てからにしよう。リサ、行って来い」
呆気に取られていた私は、返事をするのも忘れていた。そんな私に店員達が手を引いて裏へと連れて行く。
「お嬢様、此方へ袖を通して頂けますか? 」
「は、はい」
「お嬢様、ご一緒にこのカチューシャなど如何でしょうか」
「準備が整いましてございます。どうぞ、お部屋へご案内致します」
どうやら個室が有るらしい。こんなお店があるなんて知らなかった。ドレスにあまり興味も無かったから人任せだったし、砦に入る時は一番安い店に駆け込んだので、他をゆっくり見てもいなかったし。
私は言われるままに個室へと入ると、フェリクス様は用意されていたお茶を優雅に飲んでいた。
「……これは腰をもう少し絞って、首まわりに細やかなレースを。ああ、そのカチューシャも貰おう。次」
また店員に手を引かれ、裏へ回る。
「……それは少し子供っぽくはないか? 無いな。次」
「普段着はブーツに合う様にもう少し丈を切ってくれ。色は中々良い。次」
と、言われるまま二十回以上着せ替えさせられた。途中からは店員に呼ばれた副団長もお茶をし始め、何の苦行かと思った。因みに副団長は一切意見を述べなかった。そこが救いだ。
「さっきの薄いピンクの余所行きで出掛ける。後は夕方取りに戻る。宜しく頼む」
結局、普段着三着、薬研究用の作業着三着、余所行き三着、何故か途中から参加して来た靴屋から購入したヒール二足にブーツ一足。結構な買い物に、目眩を覚えた。
満足気に店員に指示を出す店主を尻目に、私はフェリクス様に頭を下げた。
「ありがとうございました、フェリクス様」
「よい。それも良く似合ってるぞ。今まで着ていた服は寝巻きにでもすると良い」
フェリクス様が優美に微笑んで仰っていたので、私もにっこりと微笑んで返した。『認識阻害』の魔道具で伝わっているかは別として。
私の美的感覚、そこまで酷いのだろうか?
そろそろ私、罪とかお詫びとか無しにして、この人に怒っても良いかと思う。割と本気で。
0
お気に入りに追加
1,377
あなたにおすすめの小説

すり替えられた公爵令嬢
鈴蘭
恋愛
帝国から嫁いで来た正妻キャサリンと離縁したあと、キャサリンとの間に出来た娘を捨てて、元婚約者アマンダとの間に出来た娘を嫡子として第一王子の婚約者に差し出したオルターナ公爵。
しかし王家は帝国との繋がりを求め、キャサリンの血を引く娘を欲していた。
妹が入れ替わった事に気付いた兄のルーカスは、事実を親友でもある第一王子のアルフレッドに告げるが、幼い二人にはどうする事も出来ず時間だけが流れて行く。
本来なら庶子として育つ筈だったマルゲリーターは公爵と後妻に溺愛されており、自身の中に高貴な血が流れていると信じて疑いもしていない、我儘で自分勝手な公女として育っていた。
完璧だと思われていた娘の入れ替えは、捨てた娘が学園に入学して来た事で、綻びを見せて行く。
視点がコロコロかわるので、ナレーション形式にしてみました。
お話が長いので、主要な登場人物を紹介します。
ロイズ王国
エレイン・フルール男爵令嬢 15歳
ルーカス・オルターナ公爵令息 17歳
アルフレッド・ロイズ第一王子 17歳
マルゲリーター・オルターナ公爵令嬢 15歳
マルゲリーターの母 アマンダ
パトリシア・アンバタサー エレインのクラスメイト
アルフレッドの側近
カシュー・イーシヤ 18歳
ダニエル・ウイロー 16歳
マシュー・イーシヤ 15歳
帝国
エレインとルーカスの母 キャサリン帝国の侯爵令嬢(皇帝の姪)
キャサリンの再婚相手 アンドレイ(キャサリンの従兄妹)
隣国ルタオー王国
バーバラ王女
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
命を狙われたお飾り妃の最後の願い
幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】
重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。
イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。
短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。
『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

いくら政略結婚だからって、そこまで嫌わなくてもいいんじゃないですか?いい加減、腹が立ってきたんですけど!
夢呼
恋愛
伯爵令嬢のローゼは大好きな婚約者アーサー・レイモンド侯爵令息との結婚式を今か今かと待ち望んでいた。
しかし、結婚式の僅か10日前、その大好きなアーサーから「私から愛されたいという思いがあったら捨ててくれ。それに応えることは出来ない」と告げられる。
ローゼはその言葉にショックを受け、熱を出し寝込んでしまう。数日間うなされ続け、やっと目を覚ました。前世の記憶と共に・・・。
愛されることは無いと分かっていても、覆すことが出来ないのが貴族間の政略結婚。日本で生きたアラサー女子の「私」が八割心を占めているローゼが、この政略結婚に臨むことになる。
いくら政略結婚といえども、親に孫を見せてあげて親孝行をしたいという願いを持つローゼは、何とかアーサーに振り向いてもらおうと頑張るが、鉄壁のアーサーには敵わず。それどころか益々嫌われる始末。
一体私の何が気に入らないんだか。そこまで嫌わなくてもいいんじゃないんですかね!いい加減腹立つわっ!
世界観はゆるいです!
カクヨム様にも投稿しております。
※10万文字を超えたので長編に変更しました。
嫌われ聖女さんはとうとう怒る〜今更大切にするなんて言われても、もう知らない〜
𝓝𝓞𝓐
ファンタジー
13歳の時に聖女として認定されてから、身を粉にして人々のために頑張り続けたセレスティアさん。どんな人が相手だろうと、死にかけながらも癒し続けた。
だが、その結果は悲惨の一言に尽きた。
「もっと早く癒せよ! このグズが!」
「お前がもっと早く治療しないせいで、後遺症が残った! 死んで詫びろ!」
「お前が呪いを防いでいれば! 私はこんなに醜くならなかったのに! お前も呪われろ!」
また、日々大人も気絶するほどの魔力回復ポーションを飲み続けながら、国中に魔物を弱らせる結界を張っていたのだが……、
「もっと出力を上げんか! 貴様のせいで我が国の騎士が傷付いたではないか! とっとと癒せ! このウスノロが!」
「チッ。あの能無しのせいで……」
頑張っても頑張っても誰にも感謝されず、それどころか罵られるばかり。
もう我慢ならない!
聖女さんは、とうとう怒った。
悪役令嬢と言われ冤罪で追放されたけど、実力でざまぁしてしまった。
三谷朱花
恋愛
レナ・フルサールは元公爵令嬢。何もしていないはずなのに、気が付けば悪役令嬢と呼ばれ、公爵家を追放されるはめに。それまで高スペックと魔力の強さから王太子妃として望まれたはずなのに、スペックも低い魔力もほとんどないマリアンヌ・ゴッセ男爵令嬢が、王太子妃になることに。
何度も断罪を回避しようとしたのに!
では、こんな国など出ていきます!

異世界に行った、そのあとで。
神宮寺 あおい@受賞&書籍化
恋愛
新海なつめ三十五歳。
ある日見ず知らずの女子高校生の異世界転移に巻き込まれ、気づけばトルス国へ。
当然彼らが求めているのは聖女である女子高校生だけ。
おまけのような状態で現れたなつめに対しての扱いは散々な中、宰相の協力によって職と居場所を手に入れる。
いたって普通に過ごしていたら、いつのまにか聖女である女子高校生だけでなく王太子や高位貴族の子息たちがこぞって悩み相談をしにくるように。
『私はカウンセラーでも保健室の先生でもありません!』
そう思いつつも生来のお人好しの性格からみんなの悩みごとの相談にのっているうちに、いつの間にか年下の美丈夫に好かれるようになる。
そして、気づけば異世界で求婚されるという本人大混乱の事態に!

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる