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4、危なく犯人扱いされるかと思いました。(ある意味で犯人ですが)

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連れ立って(引き摺られて)着いた所は勿論団長の応接室だった。この砦の主であるジェラルド・マーブルクは此処よりももう少し内陸にある領地マーブルク辺境伯の長男で、辺境伯共々この国境を守っている。

正確には辺境伯には私兵が居て、国の所属である騎士団とは管轄が違うのだが、そうは言ってられないのがこの『辺境の地』だ。彼は28歳にして、この地位に上り詰めており、未だ独身。数々の浮名を流しているとかいないとか。因みに独力で子爵位、辺境伯から男爵位も貰っている。

まあ、この歳で上り詰めたのだから、相当やり手だ。やり手と言うかただ怖い。標準装備で怖さを背負っているので、怒らせるとめちゃくちゃ怖い。

だと言うのに、私は何故好き好んでもいないこの場所へ立ち入らなければならなかったのか……もう、全てはあの時だ。森で騒ぎを聞いた時に、さっさと怖気付いて帰れば良かったのだ。そうすれば、あんな思いもこんな思いもしなくて済んだのに。

「……何故リサがここに居る。アーガソン、殿下が巻き込まれたと先触れでは聞いていたが、リサが関係していたのか?  」

アーガソンとは、レミリオ・アーガソン副団長の事である。騎士にしてはちょっと長めの前髪を真ん中分けにして、そこから覗く切れ長の目が特徴の美青年だ。砦内の数少ない侍女やメイドに大人気の御仁である。

「リサは今日も抜け出して薬草取りに行った所、殿下と偶然会ったに過ぎません」

そう副団長が報告すれば、ギロリと団長が睨んで来る。それだけで、私は身のすくむ思いなのだ。新鮮な薬草を欲して何が悪いのか。討伐隊以外立ち入り禁止の『暗き森』では無く、街道沿いのちょーっと砦から離れた所へ出ただけでは無いか。実家から拝借して来た魔道具で『認識阻害』もかけているし、魔物除けもある。人からも魔物からも襲われる事は無い。

そう思い、私はその魔道具の眼鏡をくい、と上げた。

これのおかげで、皆私の顔をまともに知らないし、気配も薄まって存在に気付き難い。ただ、時と場合によるので、今は気配だけはしっかりと出してはいるけれど。顔は地味な、薄ぼんやりとした眼鏡の女……となっている筈だ。

そう言えば、簀巻きにされていた間に眼鏡が取れなくて良かったとつくづく思う。王子にも是非、影の薄い女として記憶から消去して頂きたい。

「ただでさえ存在が薄いと言うのに、そのまま森で怪我でもしてみろ。誰も気付かずに野垂れ死ぬぞ」

「も、申し訳ありません……」

今日は王子の手前、まだマシなお小言をしゅんとした程で聞く。勿論、形だけである。新鮮な薬草がある限り、採取は欠かせない。

そんな私を一瞥して、団長は王子と向き合った。

「失礼致しましたフェリクス王子殿下。砦の者がご迷惑をお掛けした様で。リサは下がらせますので、どうぞソファへお掛け下さい」

そうなのだ、何故か王子は私の横にぴったりと張り付き、座る横促してもそうするでもなく立って私の受ける説教を興味深げに見ていた。いや、ただ面白いから見ていたのだろう。本当、子供かと思う。

「殿下、団長、私はこれで……」

やっとの事で王子がソファへ向かったので、私はこれ幸いに扉へと後ろ向きに進んで行く。

「ああ、リサは後日話しを。今日は部屋へ戻って……」

「マーブルク騎士団長。少し良いだろうか?  そこな、リサ嬢も残って貰いたい。従者などは部屋から遠ざけてくれ。念のため盗聴防止の魔道具をかけて貰えるか?  」

従者や侍女がぞろぞろと出て行く中、せっかくの離脱のタイミングをまたしても邪魔され、私は内心舌打ちをする。……いや、待った。彼は此処で私の罪を暴露し、被弾するつもりなのかも知れない。そう思うと、自然と手に力が入った。

皆が退出して、部屋には王子、団長、副団長、私……の奇妙な繋がりの四人が残された。団長は徐に三段作りのチェストから、小さな三角錐の形をした置物を取り出して、無言で明かりを灯した。魔石で起動する魔道具である。

団長は王子の向かいに腰掛け、その背凭れの後ろに副団長が。私は向かい合う三人の間に距離を取りつつ、所在無げに佇むしかなかった。

「ジェラルドで結構でございます、殿下。その、何故リサを……」

「うむ。リサ嬢は私の隠匿するべき秘術を知ってしまってな。そうそう野放しにしておけないのだ。それに、どうやらリサ嬢は誰かに嵌められたのかも知れん」

「……嵌められた?  何故そう思われるのですか?  それに、秘術とは……」

団長が訝しむ中、王子が私に向かって満面の笑みで手招きした。それが何とも空恐ろしくて、私は頬をぴくぴくと痙攣らせつつも、しずしずと、いや、断罪を待つ罪人の様に足取り重く王子の腰掛けるソファへ近付いた。

そもそも秘術って?  あの簀巻きの事だろうか?  何で知らない振りをして黙っててくれないのか。そうしたら魔物だと思って……それだと魔物避けが効かないって事になるから、それはそれで私と薬師としての矜持が崩れそうだけれども!!

「タイミングが良いとは思わないか?  私が魔物に襲われて、死んでいたら良し、もし死んでいなかったら……まるで、最後の確認をしにリサが来た様ではないか? 」

「っはぁ?!  」

思わず声を荒げてしまい、私は手で口を押さえた。何故縁も所縁も無い他人をわざわざ殺しに向かわなければならないのか。それならば王子踏み付けを正直に……あれ、下手をすれば止めを刺しに行ってると言えば行っている?!  打ち所が悪かったら……まさか、私ったら誘導の魔法にでもかかって……?

少し自分に自信が無かったが、あんなに意識がはっきりした誘導魔法なんてあるだろうか?   いや、実際掛けられた人なんて見たことはないけれど、いや、まさか。

「あの場で私の秘術が無ければ、私は新たな追手かと彼女に慌てふためいた……かも知れんし、それを後から見た騎士団は何と思うだろうか?   彼女を私を置き去りにした者達の間者か何かと思って取り敢えず引っ立てるのではないか?  そうすれば、本物の間者は何食わぬ顔で生きられる」

「失礼ながら……そもそも、誰も向かわせねば済む話とも思いますが?  」

副団長がそう言えば、王子はこくりと頷いた。

「そうだな、しかし、犯人が一人も居ないと、砦に間者が、はたまた辺境伯の元に間者が紛れておるのではないか……と、疑心暗鬼にならんか?  」

「それは……」

「置いて行った者は追々調査するとして……もう足取りは掴めぬかも知れんが。哀れな子羊を用意しておけば、一先ず騒動は収束する。まあ、俺も騎士団も舐められたものだと思うが、それはこの地へと飛ばされた自分の力の無さ故に、だ。貴殿らには手間をかける」

「それは……私共は構いません。しかし、辺境伯邸と違い、ここは……その、雑多な場所です。万が一と言う可能性も有ります。口にするのは心苦しいですが、はっきり申し上げまして、私共で殿下を守る事は出来ますが、敵を攻める事は無いと思って頂きたい。私共はここから動けませぬ。ですから、どうか辺境伯邸に……」

団長が悲痛な面持ちで告げると、逆に王子は顔をぱっと明るくした。

「そうだ、それなんだ。私が求めているのは、甘やかさず、かと言って放っておくわけでも無い絶妙なバランスの環境なんだ。今更私が中央でどうこうしようとは思わん。母亡き今、後ろ盾も無く、言わば廃棄された様なもの。魔物の餌になればこれ幸いとする者達が多い中、ここが俺にとって安住の地なのだ」

彼の言っている意味が分からない。私は軽く頭を手で押さえた。

端的に言えば死ねと中央の誰かに言われているのだ。何故喜んでいるのか、いや、お家騒動に発展した時点で継承権など放棄すれば良い。それでも、血筋としてそれなりの地位や領地は貰えるだろう。

すると、頭を抱えている私を王子はくすりと鼻で笑ってみせた。

「いずれ勝手に死ぬと分かっていて、無駄な労力を使う者はいまい?  まあ、今日の事は念押し、脅しの意味があるのだろう。普通の神経なら、あんな目に会えば二度と目立つ真似をしまいと思うだろう。元より継承権などここへ来る前に放棄している」

「あ……」

思わず吐息にも似た納得の声が漏れてしまった。そんな私をちらりと団長が視線を寄越し、また王子へと向き直った。

「恐れながら、辺境伯邸でも同じく言える事かと。そもそも、私共は辺境伯邸にて殿下をお預かりすると連絡を受けております」

「それはな、マーブルク殿にも遣いが行ったと思うのだが、客人としてではなく雇って貰いたいと思っておるのだ。騎士団の魔導師兼魔導技師として」

「は?  」

「もう国王にも伝えてあるのだ。元より魔道具研究で伯爵位を賜っているから、其方の収入もあるのだがな。ほら、これはその勅命書だ。確かめてくれ」

団長は書状を受け取ると目を走らせた。

それを眺めながら、ぼんやり思う。

普通、王子の立場とはどうするものだったか?

将来の王弟として爵位……現王弟公爵や大公がおられるから、侯爵位辺りを貰って領地を賜るか中央で王の為に働くかして……。行く行くは公爵、大公にもなれるかも知れない。

けれど、殺されるのを分かってその場に居られる訳が無い。一度だけ王都には足を運んだ事があったが、あんな華やかな場所の裏は何とも悍ましい魔窟であるらしい。

それに比べたら私の日々の奮闘などおままごとに見えるだろう。薬を作って、研究して、食べて寝る。必要無いのに、たまに怒られたりして。そうやって、私は年老いても薬屋の魔女として細々暮らして行くつもりだ。

「これで、納得されると言うのですか、殿下」

書状から顔を上げて団長は怒気を孕んだ声を上げた。

「……そうだ。私の事は元王族とも、伯爵とも扱わず、只の魔導師として扱って欲しい。何せ、魔導技師とはそこそこでも、魔導師としては『歩く爆心地』と言われる程に危うく、厄介なんだ。そんな相手を伯爵として扱うのも釈だろう?  』


そう言って口元に笑みを浮かべる王子。


ここは、中央の者にとっては左遷扱い。又は流刑、はたまた都落ちと揶揄される場所だ。何せ、エリート街道からは外れ、毎日命の危険があり、命がいくつあっても足りないから。


私は、この地を気に入ってはいるし、それなりに長くいるけれど、こんなに楽しそうに都落ちを語る人を他に知らない。


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