5 / 35
4、危なく犯人扱いされるかと思いました。(ある意味で犯人ですが)
しおりを挟む
連れ立って(引き摺られて)着いた所は勿論団長の応接室だった。この砦の主であるジェラルド・マーブルクは此処よりももう少し内陸にある領地マーブルク辺境伯の長男で、辺境伯共々この国境を守っている。
正確には辺境伯には私兵が居て、国の所属である騎士団とは管轄が違うのだが、そうは言ってられないのがこの『辺境の地』だ。彼は28歳にして、この地位に上り詰めており、未だ独身。数々の浮名を流しているとかいないとか。因みに独力で子爵位、辺境伯から男爵位も貰っている。
まあ、この歳で上り詰めたのだから、相当やり手だ。やり手と言うかただ怖い。標準装備で怖さを背負っているので、怒らせるとめちゃくちゃ怖い。
だと言うのに、私は何故好き好んでもいないこの場所へ立ち入らなければならなかったのか……もう、全てはあの時だ。森で騒ぎを聞いた時に、さっさと怖気付いて帰れば良かったのだ。そうすれば、あんな思いもこんな思いもしなくて済んだのに。
「……何故リサがここに居る。アーガソン、殿下が巻き込まれたと先触れでは聞いていたが、リサが関係していたのか? 」
アーガソンとは、レミリオ・アーガソン副団長の事である。騎士にしてはちょっと長めの前髪を真ん中分けにして、そこから覗く切れ長の目が特徴の美青年だ。砦内の数少ない侍女やメイドに大人気の御仁である。
「リサは今日も抜け出して薬草取りに行った所、殿下と偶然会ったに過ぎません」
そう副団長が報告すれば、ギロリと団長が睨んで来る。それだけで、私は身のすくむ思いなのだ。新鮮な薬草を欲して何が悪いのか。討伐隊以外立ち入り禁止の『暗き森』では無く、街道沿いのちょーっと砦から離れた所へ出ただけでは無いか。実家から拝借して来た魔道具で『認識阻害』もかけているし、魔物除けもある。人からも魔物からも襲われる事は無い。
そう思い、私はその魔道具の眼鏡をくい、と上げた。
これのおかげで、皆私の顔をまともに知らないし、気配も薄まって存在に気付き難い。ただ、時と場合によるので、今は気配だけはしっかりと出してはいるけれど。顔は地味な、薄ぼんやりとした眼鏡の女……となっている筈だ。
そう言えば、簀巻きにされていた間に眼鏡が取れなくて良かったとつくづく思う。王子にも是非、影の薄い女として記憶から消去して頂きたい。
「ただでさえ存在が薄いと言うのに、そのまま森で怪我でもしてみろ。誰も気付かずに野垂れ死ぬぞ」
「も、申し訳ありません……」
今日は王子の手前、まだマシなお小言をしゅんとした程で聞く。勿論、形だけである。新鮮な薬草がある限り、採取は欠かせない。
そんな私を一瞥して、団長は王子と向き合った。
「失礼致しましたフェリクス王子殿下。砦の者がご迷惑をお掛けした様で。リサは下がらせますので、どうぞソファへお掛け下さい」
そうなのだ、何故か王子は私の横にぴったりと張り付き、座る横促してもそうするでもなく立って私の受ける説教を興味深げに見ていた。いや、ただ面白いから見ていたのだろう。本当、子供かと思う。
「殿下、団長、私はこれで……」
やっとの事で王子がソファへ向かったので、私はこれ幸いに扉へと後ろ向きに進んで行く。
「ああ、リサは後日話しを。今日は部屋へ戻って……」
「マーブルク騎士団長。少し良いだろうか? そこな、リサ嬢も残って貰いたい。従者などは部屋から遠ざけてくれ。念のため盗聴防止の魔道具をかけて貰えるか? 」
従者や侍女がぞろぞろと出て行く中、せっかくの離脱のタイミングをまたしても邪魔され、私は内心舌打ちをする。……いや、待った。彼は此処で私の罪を暴露し、被弾するつもりなのかも知れない。そう思うと、自然と手に力が入った。
皆が退出して、部屋には王子、団長、副団長、私……の奇妙な繋がりの四人が残された。団長は徐に三段作りのチェストから、小さな三角錐の形をした置物を取り出して、無言で明かりを灯した。魔石で起動する魔道具である。
団長は王子の向かいに腰掛け、その背凭れの後ろに副団長が。私は向かい合う三人の間に距離を取りつつ、所在無げに佇むしかなかった。
「ジェラルドで結構でございます、殿下。その、何故リサを……」
「うむ。リサ嬢は私の隠匿するべき秘術を知ってしまってな。そうそう野放しにしておけないのだ。それに、どうやらリサ嬢は誰かに嵌められたのかも知れん」
「……嵌められた? 何故そう思われるのですか? それに、秘術とは……」
団長が訝しむ中、王子が私に向かって満面の笑みで手招きした。それが何とも空恐ろしくて、私は頬をぴくぴくと痙攣らせつつも、しずしずと、いや、断罪を待つ罪人の様に足取り重く王子の腰掛けるソファへ近付いた。
そもそも秘術って? あの簀巻きの事だろうか? 何で知らない振りをして黙っててくれないのか。そうしたら魔物だと思って……それだと魔物避けが効かないって事になるから、それはそれで私と薬師としての矜持が崩れそうだけれども!!
「タイミングが良いとは思わないか? 私が魔物に襲われて、死んでいたら良し、もし死んでいなかったら……まるで、最後の確認をしにリサが来た様ではないか? 」
「っはぁ?! 」
思わず声を荒げてしまい、私は手で口を押さえた。何故縁も所縁も無い他人をわざわざ殺しに向かわなければならないのか。それならば王子踏み付けを正直に……あれ、下手をすれば止めを刺しに行ってると言えば行っている?! 打ち所が悪かったら……まさか、私ったら誘導の魔法にでもかかって……?
少し自分に自信が無かったが、あんなに意識がはっきりした誘導魔法なんてあるだろうか? いや、実際掛けられた人なんて見たことはないけれど、いや、まさか。
「あの場で私の秘術が無ければ、私は新たな追手かと彼女に慌てふためいた……かも知れんし、それを後から見た騎士団は何と思うだろうか? 彼女を私を置き去りにした者達の間者か何かと思って取り敢えず引っ立てるのではないか? そうすれば、本物の間者は何食わぬ顔で生きられる」
「失礼ながら……そもそも、誰も向かわせねば済む話とも思いますが? 」
副団長がそう言えば、王子はこくりと頷いた。
「そうだな、しかし、犯人が一人も居ないと、砦に間者が、はたまた辺境伯の元に間者が紛れておるのではないか……と、疑心暗鬼にならんか? 」
「それは……」
「置いて行った者は追々調査するとして……もう足取りは掴めぬかも知れんが。哀れな子羊を用意しておけば、一先ず騒動は収束する。まあ、俺も騎士団も舐められたものだと思うが、それはこの地へと飛ばされた自分の力の無さ故に、だ。貴殿らには手間をかける」
「それは……私共は構いません。しかし、辺境伯邸と違い、ここは……その、雑多な場所です。万が一と言う可能性も有ります。口にするのは心苦しいですが、はっきり申し上げまして、私共で殿下を守る事は出来ますが、敵を攻める事は無いと思って頂きたい。私共はここから動けませぬ。ですから、どうか辺境伯邸に……」
団長が悲痛な面持ちで告げると、逆に王子は顔をぱっと明るくした。
「そうだ、それなんだ。私が求めているのは、甘やかさず、かと言って放っておくわけでも無い絶妙なバランスの環境なんだ。今更私が中央でどうこうしようとは思わん。母亡き今、後ろ盾も無く、言わば廃棄された様なもの。魔物の餌になればこれ幸いとする者達が多い中、ここが俺にとって安住の地なのだ」
彼の言っている意味が分からない。私は軽く頭を手で押さえた。
端的に言えば死ねと中央の誰かに言われているのだ。何故喜んでいるのか、いや、お家騒動に発展した時点で継承権など放棄すれば良い。それでも、血筋としてそれなりの地位や領地は貰えるだろう。
すると、頭を抱えている私を王子はくすりと鼻で笑ってみせた。
「いずれ勝手に死ぬと分かっていて、無駄な労力を使う者はいまい? まあ、今日の事は念押し、脅しの意味があるのだろう。普通の神経なら、あんな目に会えば二度と目立つ真似をしまいと思うだろう。元より継承権などここへ来る前に放棄している」
「あ……」
思わず吐息にも似た納得の声が漏れてしまった。そんな私をちらりと団長が視線を寄越し、また王子へと向き直った。
「恐れながら、辺境伯邸でも同じく言える事かと。そもそも、私共は辺境伯邸にて殿下をお預かりすると連絡を受けております」
「それはな、マーブルク殿にも遣いが行ったと思うのだが、客人としてではなく雇って貰いたいと思っておるのだ。騎士団の魔導師兼魔導技師として」
「は? 」
「もう国王にも伝えてあるのだ。元より魔道具研究で伯爵位を賜っているから、其方の収入もあるのだがな。ほら、これはその勅命書だ。確かめてくれ」
団長は書状を受け取ると目を走らせた。
それを眺めながら、ぼんやり思う。
普通、王子の立場とはどうするものだったか?
将来の王弟として爵位……現王弟公爵や大公がおられるから、侯爵位辺りを貰って領地を賜るか中央で王の為に働くかして……。行く行くは公爵、大公にもなれるかも知れない。
けれど、殺されるのを分かってその場に居られる訳が無い。一度だけ王都には足を運んだ事があったが、あんな華やかな場所の裏は何とも悍ましい魔窟であるらしい。
それに比べたら私の日々の奮闘などおままごとに見えるだろう。薬を作って、研究して、食べて寝る。必要無いのに、たまに怒られたりして。そうやって、私は年老いても薬屋の魔女として細々暮らして行くつもりだ。
「これで、納得されると言うのですか、殿下」
書状から顔を上げて団長は怒気を孕んだ声を上げた。
「……そうだ。私の事は元王族とも、伯爵とも扱わず、只の魔導師として扱って欲しい。何せ、魔導技師とはそこそこでも、魔導師としては『歩く爆心地』と言われる程に危うく、厄介なんだ。そんな相手を伯爵として扱うのも釈だろう? 』
そう言って口元に笑みを浮かべる王子。
ここは、中央の者にとっては左遷扱い。又は流刑、はたまた都落ちと揶揄される場所だ。何せ、エリート街道からは外れ、毎日命の危険があり、命がいくつあっても足りないから。
私は、この地を気に入ってはいるし、それなりに長くいるけれど、こんなに楽しそうに都落ちを語る人を他に知らない。
正確には辺境伯には私兵が居て、国の所属である騎士団とは管轄が違うのだが、そうは言ってられないのがこの『辺境の地』だ。彼は28歳にして、この地位に上り詰めており、未だ独身。数々の浮名を流しているとかいないとか。因みに独力で子爵位、辺境伯から男爵位も貰っている。
まあ、この歳で上り詰めたのだから、相当やり手だ。やり手と言うかただ怖い。標準装備で怖さを背負っているので、怒らせるとめちゃくちゃ怖い。
だと言うのに、私は何故好き好んでもいないこの場所へ立ち入らなければならなかったのか……もう、全てはあの時だ。森で騒ぎを聞いた時に、さっさと怖気付いて帰れば良かったのだ。そうすれば、あんな思いもこんな思いもしなくて済んだのに。
「……何故リサがここに居る。アーガソン、殿下が巻き込まれたと先触れでは聞いていたが、リサが関係していたのか? 」
アーガソンとは、レミリオ・アーガソン副団長の事である。騎士にしてはちょっと長めの前髪を真ん中分けにして、そこから覗く切れ長の目が特徴の美青年だ。砦内の数少ない侍女やメイドに大人気の御仁である。
「リサは今日も抜け出して薬草取りに行った所、殿下と偶然会ったに過ぎません」
そう副団長が報告すれば、ギロリと団長が睨んで来る。それだけで、私は身のすくむ思いなのだ。新鮮な薬草を欲して何が悪いのか。討伐隊以外立ち入り禁止の『暗き森』では無く、街道沿いのちょーっと砦から離れた所へ出ただけでは無いか。実家から拝借して来た魔道具で『認識阻害』もかけているし、魔物除けもある。人からも魔物からも襲われる事は無い。
そう思い、私はその魔道具の眼鏡をくい、と上げた。
これのおかげで、皆私の顔をまともに知らないし、気配も薄まって存在に気付き難い。ただ、時と場合によるので、今は気配だけはしっかりと出してはいるけれど。顔は地味な、薄ぼんやりとした眼鏡の女……となっている筈だ。
そう言えば、簀巻きにされていた間に眼鏡が取れなくて良かったとつくづく思う。王子にも是非、影の薄い女として記憶から消去して頂きたい。
「ただでさえ存在が薄いと言うのに、そのまま森で怪我でもしてみろ。誰も気付かずに野垂れ死ぬぞ」
「も、申し訳ありません……」
今日は王子の手前、まだマシなお小言をしゅんとした程で聞く。勿論、形だけである。新鮮な薬草がある限り、採取は欠かせない。
そんな私を一瞥して、団長は王子と向き合った。
「失礼致しましたフェリクス王子殿下。砦の者がご迷惑をお掛けした様で。リサは下がらせますので、どうぞソファへお掛け下さい」
そうなのだ、何故か王子は私の横にぴったりと張り付き、座る横促してもそうするでもなく立って私の受ける説教を興味深げに見ていた。いや、ただ面白いから見ていたのだろう。本当、子供かと思う。
「殿下、団長、私はこれで……」
やっとの事で王子がソファへ向かったので、私はこれ幸いに扉へと後ろ向きに進んで行く。
「ああ、リサは後日話しを。今日は部屋へ戻って……」
「マーブルク騎士団長。少し良いだろうか? そこな、リサ嬢も残って貰いたい。従者などは部屋から遠ざけてくれ。念のため盗聴防止の魔道具をかけて貰えるか? 」
従者や侍女がぞろぞろと出て行く中、せっかくの離脱のタイミングをまたしても邪魔され、私は内心舌打ちをする。……いや、待った。彼は此処で私の罪を暴露し、被弾するつもりなのかも知れない。そう思うと、自然と手に力が入った。
皆が退出して、部屋には王子、団長、副団長、私……の奇妙な繋がりの四人が残された。団長は徐に三段作りのチェストから、小さな三角錐の形をした置物を取り出して、無言で明かりを灯した。魔石で起動する魔道具である。
団長は王子の向かいに腰掛け、その背凭れの後ろに副団長が。私は向かい合う三人の間に距離を取りつつ、所在無げに佇むしかなかった。
「ジェラルドで結構でございます、殿下。その、何故リサを……」
「うむ。リサ嬢は私の隠匿するべき秘術を知ってしまってな。そうそう野放しにしておけないのだ。それに、どうやらリサ嬢は誰かに嵌められたのかも知れん」
「……嵌められた? 何故そう思われるのですか? それに、秘術とは……」
団長が訝しむ中、王子が私に向かって満面の笑みで手招きした。それが何とも空恐ろしくて、私は頬をぴくぴくと痙攣らせつつも、しずしずと、いや、断罪を待つ罪人の様に足取り重く王子の腰掛けるソファへ近付いた。
そもそも秘術って? あの簀巻きの事だろうか? 何で知らない振りをして黙っててくれないのか。そうしたら魔物だと思って……それだと魔物避けが効かないって事になるから、それはそれで私と薬師としての矜持が崩れそうだけれども!!
「タイミングが良いとは思わないか? 私が魔物に襲われて、死んでいたら良し、もし死んでいなかったら……まるで、最後の確認をしにリサが来た様ではないか? 」
「っはぁ?! 」
思わず声を荒げてしまい、私は手で口を押さえた。何故縁も所縁も無い他人をわざわざ殺しに向かわなければならないのか。それならば王子踏み付けを正直に……あれ、下手をすれば止めを刺しに行ってると言えば行っている?! 打ち所が悪かったら……まさか、私ったら誘導の魔法にでもかかって……?
少し自分に自信が無かったが、あんなに意識がはっきりした誘導魔法なんてあるだろうか? いや、実際掛けられた人なんて見たことはないけれど、いや、まさか。
「あの場で私の秘術が無ければ、私は新たな追手かと彼女に慌てふためいた……かも知れんし、それを後から見た騎士団は何と思うだろうか? 彼女を私を置き去りにした者達の間者か何かと思って取り敢えず引っ立てるのではないか? そうすれば、本物の間者は何食わぬ顔で生きられる」
「失礼ながら……そもそも、誰も向かわせねば済む話とも思いますが? 」
副団長がそう言えば、王子はこくりと頷いた。
「そうだな、しかし、犯人が一人も居ないと、砦に間者が、はたまた辺境伯の元に間者が紛れておるのではないか……と、疑心暗鬼にならんか? 」
「それは……」
「置いて行った者は追々調査するとして……もう足取りは掴めぬかも知れんが。哀れな子羊を用意しておけば、一先ず騒動は収束する。まあ、俺も騎士団も舐められたものだと思うが、それはこの地へと飛ばされた自分の力の無さ故に、だ。貴殿らには手間をかける」
「それは……私共は構いません。しかし、辺境伯邸と違い、ここは……その、雑多な場所です。万が一と言う可能性も有ります。口にするのは心苦しいですが、はっきり申し上げまして、私共で殿下を守る事は出来ますが、敵を攻める事は無いと思って頂きたい。私共はここから動けませぬ。ですから、どうか辺境伯邸に……」
団長が悲痛な面持ちで告げると、逆に王子は顔をぱっと明るくした。
「そうだ、それなんだ。私が求めているのは、甘やかさず、かと言って放っておくわけでも無い絶妙なバランスの環境なんだ。今更私が中央でどうこうしようとは思わん。母亡き今、後ろ盾も無く、言わば廃棄された様なもの。魔物の餌になればこれ幸いとする者達が多い中、ここが俺にとって安住の地なのだ」
彼の言っている意味が分からない。私は軽く頭を手で押さえた。
端的に言えば死ねと中央の誰かに言われているのだ。何故喜んでいるのか、いや、お家騒動に発展した時点で継承権など放棄すれば良い。それでも、血筋としてそれなりの地位や領地は貰えるだろう。
すると、頭を抱えている私を王子はくすりと鼻で笑ってみせた。
「いずれ勝手に死ぬと分かっていて、無駄な労力を使う者はいまい? まあ、今日の事は念押し、脅しの意味があるのだろう。普通の神経なら、あんな目に会えば二度と目立つ真似をしまいと思うだろう。元より継承権などここへ来る前に放棄している」
「あ……」
思わず吐息にも似た納得の声が漏れてしまった。そんな私をちらりと団長が視線を寄越し、また王子へと向き直った。
「恐れながら、辺境伯邸でも同じく言える事かと。そもそも、私共は辺境伯邸にて殿下をお預かりすると連絡を受けております」
「それはな、マーブルク殿にも遣いが行ったと思うのだが、客人としてではなく雇って貰いたいと思っておるのだ。騎士団の魔導師兼魔導技師として」
「は? 」
「もう国王にも伝えてあるのだ。元より魔道具研究で伯爵位を賜っているから、其方の収入もあるのだがな。ほら、これはその勅命書だ。確かめてくれ」
団長は書状を受け取ると目を走らせた。
それを眺めながら、ぼんやり思う。
普通、王子の立場とはどうするものだったか?
将来の王弟として爵位……現王弟公爵や大公がおられるから、侯爵位辺りを貰って領地を賜るか中央で王の為に働くかして……。行く行くは公爵、大公にもなれるかも知れない。
けれど、殺されるのを分かってその場に居られる訳が無い。一度だけ王都には足を運んだ事があったが、あんな華やかな場所の裏は何とも悍ましい魔窟であるらしい。
それに比べたら私の日々の奮闘などおままごとに見えるだろう。薬を作って、研究して、食べて寝る。必要無いのに、たまに怒られたりして。そうやって、私は年老いても薬屋の魔女として細々暮らして行くつもりだ。
「これで、納得されると言うのですか、殿下」
書状から顔を上げて団長は怒気を孕んだ声を上げた。
「……そうだ。私の事は元王族とも、伯爵とも扱わず、只の魔導師として扱って欲しい。何せ、魔導技師とはそこそこでも、魔導師としては『歩く爆心地』と言われる程に危うく、厄介なんだ。そんな相手を伯爵として扱うのも釈だろう? 』
そう言って口元に笑みを浮かべる王子。
ここは、中央の者にとっては左遷扱い。又は流刑、はたまた都落ちと揶揄される場所だ。何せ、エリート街道からは外れ、毎日命の危険があり、命がいくつあっても足りないから。
私は、この地を気に入ってはいるし、それなりに長くいるけれど、こんなに楽しそうに都落ちを語る人を他に知らない。
0
お気に入りに追加
1,377
あなたにおすすめの小説
妹の事が好きだと冗談を言った王太子殿下。妹は王太子殿下が欲しいと言っていたし、本当に冗談なの?
田太 優
恋愛
婚約者である王太子殿下から妹のことが好きだったと言われ、婚約破棄を告げられた。
受け入れた私に焦ったのか、王太子殿下は冗談だと言った。
妹は昔から王太子殿下の婚約者になりたいと望んでいた。
今でもまだその気持ちがあるようだし、王太子殿下の言葉を信じていいのだろうか。
…そもそも冗談でも言って良いことと悪いことがある。
だから私は婚約破棄を受け入れた。
それなのに必死になる王太子殿下。
【完結】婚約者の義妹と恋に落ちたので婚約破棄した処、「妃教育の修了」を条件に結婚が許されたが結果が芳しくない。何故だ?同じ高位貴族だろう?
つくも茄子
恋愛
国王唯一の王子エドワード。
彼は婚約者の公爵令嬢であるキャサリンを公の場所で婚約破棄を宣言した。
次の婚約者は恋人であるアリス。
アリスはキャサリンの義妹。
愛するアリスと結婚するには「妃教育を修了させること」だった。
同じ高位貴族。
少し頑張ればアリスは直ぐに妃教育を終了させると踏んでいたが散々な結果で終わる。
八番目の教育係も辞めていく。
王妃腹でないエドワードは立太子が遠のく事に困ってしまう。
だが、エドワードは知らなかった事がある。
彼が事実を知るのは何時になるのか……それは誰も知らない。
他サイトにも公開中。
私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?
新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。
※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!
彼を追いかける事に疲れたので、諦める事にしました
Karamimi
恋愛
貴族学院2年、伯爵令嬢のアンリには、大好きな人がいる。それは1学年上の侯爵令息、エディソン様だ。そんな彼に振り向いて欲しくて、必死に努力してきたけれど、一向に振り向いてくれない。
どれどころか、最近では迷惑そうにあしらわれる始末。さらに同じ侯爵令嬢、ネリア様との婚約も、近々結ぶとの噂も…
これはもうダメね、ここらが潮時なのかもしれない…
そんな思いから彼を諦める事を決意したのだが…
5万文字ちょっとの短めのお話で、テンポも早めです。
よろしくお願いしますm(__)m
「あなたのことはもう忘れることにします。 探さないでください」〜 お飾りの妻だなんてまっぴらごめんです!
友坂 悠
恋愛
あなたのことはもう忘れることにします。
探さないでください。
そう置き手紙を残して妻セリーヌは姿を消した。
政略結婚で結ばれた公爵令嬢セリーヌと、公爵であるパトリック。
しかし婚姻の初夜で語られたのは「私は君を愛することができない」という夫パトリックの言葉。
それでも、いつかは穏やかな夫婦になれるとそう信じてきたのに。
よりにもよって妹マリアンネとの浮気現場を目撃してしまったセリーヌは。
泣き崩れ寝て転生前の記憶を夢に見た拍子に自分が生前日本人であったという意識が蘇り。
もう何もかも捨てて家出をする決意をするのです。
全てを捨てて家を出て、まったり自由に生きようと頑張るセリーヌ。
そんな彼女が新しい恋を見つけて幸せになるまでの物語。
【完結】王女と駆け落ちした元旦那が二年後に帰ってきた〜謝罪すると思いきや、聖女になったお前と僕らの赤ん坊を育てたい?こんなに馬鹿だったかしら
冬月光輝
恋愛
侯爵家の令嬢、エリスの夫であるロバートは伯爵家の長男にして、デルバニア王国の第二王女アイリーンの幼馴染だった。
アイリーンは隣国の王子であるアルフォンスと婚約しているが、婚姻の儀式の当日にロバートと共に行方を眩ませてしまう。
国際規模の婚約破棄事件の裏で失意に沈むエリスだったが、同じ境遇のアルフォンスとお互いに励まし合い、元々魔法の素養があったので環境を変えようと修行をして聖女となり、王国でも重宝される存在となった。
ロバートたちが蒸発して二年後のある日、突然エリスの前に元夫が現れる。
エリスは激怒して謝罪を求めたが、彼は「アイリーンと自分の赤子を三人で育てよう」と斜め上のことを言い出した。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる