ある日、王子様を踏んでしまいました。ええ、両足で、です。

芹澤©️

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3、不穏な笑顔

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何なのだろうか。目の前のこの御仁は。

よくよく見てみれば、十七歳になる私とそう年も変わらない様に見える。王族特有の金の瞳も印象的だし、黒い髪だって艶々していてまさに貴人と言った感じだ。

その実、含み笑いは腹立たしい意外の何でも無いし、子供地味ている。
そもそも元々殺されかかった事を考えれば私が踏み付けたのなんて可愛いものではないだろうか?  そんなに気に病む必要も無いかも知れない。

もやもやとした苛立ちを抱えつつ、私は答えなど検討が付かないので首を傾げて見せた。

すると、今度は右手を握り締めて私の目の前に突き出された。そこには、大きな銀色の指輪が中指にでん、とその存在を主張していた。意匠は……神獣とされるフェンリルだろうか?

「……申し訳ありません、分かりません」

ただ突き出されただけなので、これが何らかの魔道具だとは思うが、答えには繋がらない。

「これは、日々俺の魔力を少しずつ吸引して貯め置き、いざ俺が枯渇状態になったら少しずつ魔力を供給してくれる魔道具だ。これは古物アンティークでは無いがな」

「そうなのですね、ですが少しずつの供給だとしても、もう少し体調に異変があるかと存じます」

「だな。この指輪では一刻程かかる。その間俺は気絶したままだ。それでまた戻るが、この腕輪だ」

「何か秘密があるのですね?  」

「ああ、其方には聞く権利がある。この腕輪は、簀巻きにした対象の魔力を半分程吸収して、そのまま俺に供給する」

「……成る程?  」

道理で目眩がしたと思ったら、見ず知らずの相手に何をしてるんですかこの野郎……おっと、何をされてくれてやがるんですかこの御仁は?

「という訳で、俺は寝込む事も無く助かった訳だ。たまたま来てくれたのが其方や騎士団で無かったら、其奴らを簀巻きした後、俺は目覚めてからもう一戦交えなければならなかった。改めて礼を言う」

急に王子が素直になったので、思わず面食らってしまう。

確かに、私が踏み付けたのを置いておいても、私が来て無ければ騎士団や馬達まで簀巻きにされていただろう。……何人まで簀巻き出来るのか分からないけれども。そんな地獄絵図状態になるよりは遥かに精神衛生上良かったかも知れない。主に私だけが修羅場だっただけで、他に誰も被害は受けなかったのだから。

「そう言われますと、何だかお力になれた様で光栄でございます。どこの者が殿下にあんな酷い真似をしたのか、庶民である私には想像もつかない事柄ではありますが、この先砦での生活が、殿下にとって慰めになりますよう、陰ながら願っております」

「……そうか。……その、なんだ。まだふらつく様なら『魔力回復薬マジックポーション』を支給して貰うか?  生憎と、持ち物の類いは預けてあった故、今は手持ちが無いのだ」

その申し出に、私はくすりと笑ってしまう。

「重ね重ねお心遣い感謝致します。ですが、私は薬師ですので、自分で作った薬が作業部屋にございます。ですから、殿下のお手を煩わせる必要はございません」

「……ふうん」

「何か?  」

「いいや、気付いてないのならば良い」

せっかく良い雰囲気で終わらせられるかと思ったのに、また殿下は悪戯っ子の様な不穏な笑顔になる。

私はもう何かボロが出ない様に、必死に笑顔を貼り付けてしのいだのだった。そのまま、馬車は砦の可動橋を渡り、門を潜った。

門内へ到着すると、副団長が真っ先に駆けつけて、馬車の扉を開けた。王子が先に降りようとして慌てて止めようと思い背中を見てぎょっした。

わた、私の足跡がくっきり付いている!!

副団長は恐らく置き去りも気付いていただろうからその間に付いたとでも思って指摘しなかったのだろう。
しかし、これは……明らかに戦闘で付く様な跡では無い。余程見事に飛び蹴りを受けなければ。
後から王子が気付いたら、自分が気絶していた時にされたものだと思うだろう。そうしたら近付いたのは後にも先にも私しか居ない。

軽く考え始めていたけれど、これは不味い。

「で、殿下っ!  失礼は承知ですが、そのままお待ち下さいっ」

「ん?  何だ」

私は不敬にも王子を中腰に止めて、慌ててハンカチに水筒の水を染み込ませ、乱暴に拭き始めた。

「ちょっ、何だ?!  どうした?  」

「事態が事態でしたので、お召し物が汚れてらっしゃいます!  皆の前ですので、少しでもマシになればと!  」

「いいっ!  いらん!  お前力が強過ぎるぞ?!  」

「それは思いの丈にございます!  申し訳ありません!  」

そのままがしがしと拭いてみれば、足跡は分からないまでも……汚れは残ってしまった。寧ろ広がった。徒労感が襲い、私は何をやってるのかと力なく拭いていた手を下ろした。

「どうせ此度の件は皆に知られる事だ。気に病む必要は無い。いい加減降りるぞ」

「申し訳ありません。洗濯メイドには綺麗にする様に、私からお願いしておきます……」

「良い、辺境伯宛に荷物が届いている筈だから、騎士団何人かに荷物を取りに行って貰う。何でお前が気落ちしてるんだ。意味が分からん」

何気に其方そなた呼びからお前呼びになっているが仕方ない。……王族の服なんて一体いくらするのか……これバレたら色んな意味で私は破滅する。

それから私も馬車を降りて、副団長と何やら話している王子にそっと頭を下げて、私は自室へと戻る事にした。今日は流石に団長の雷も落とす暇が無いだろう。

が、不意に手を取られ体がびくんと跳ねた。振り返れば、手を取った犯人である王子が此方を見ている。

「……何処へ行くつもりだ」

「え?  自分の部屋ですけど……馬車に乗せて頂き、誠に有難うございました。それでは」

「待て、お前にはまだやって貰う事がある。勝手に動くな」

「そう申されましても……」

そう返すと、ぐいっと体を引かれて耳に王子の手が当てられる。そのまま、

「このまま逃げられると思うなよ?  」


慌てて振り払い、無言で王子の顔を見れば、あの悪戯っ子の様な……不穏で不吉な笑顔が浮かんでいる。


そんな……やっぱりバレてた?!


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