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第十六話:予期せぬセールス

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「ふぅ…ようやく帰ってきたな。」
ダンジョンから無事に帰還した俺は、クタクタになりながら店に向かって歩いていた。男の言う通り、魔物たちとの交渉は意外と面倒で、何度も「これ、買ってくれ!」という猛プッシュに遭遇した。

そして、帰り道にふと気づいたことがある。

「……あれ? 今日は客がいないな。」
普段なら、常連の魔物たちや冒険者がちらほら立ち寄る時間帯だ。しかし、今日は誰もいない。しーんとした静けさが店内に広がっていた。

「まさか、今日はセールでもしているのか?」
俺は半分冗談で呟いたが、すぐにそれが現実になるとは思わなかった。

その瞬間、ドアのベルがカラカラと鳴り、誰かが入ってきた。見たことのない魔物の姿に、一瞬ドキリとした。だが、その魔物がまるで買い物リストを持っているかのように、じっくりと商品棚を見て回っている。

「いらっしゃいませ。」
俺はとりあえず愛想良く声をかけたが、その魔物は俺の方をちらりと見て、無言で商品を手に取った。

「あ、あの…それは昨日の新商品ですけど?」
俺が言ってみると、魔物は不思議そうな顔をして、手に取った商品をじっと見つめた。

「これは…新しいデザインの…魔法の鏡か?」
「はい、そうです! 魔法で顔が瞬時に変えられる便利アイテムですよ! 顔を変えるだけでなく、気分に合わせて髪型や服装も変えられます!」
俺は少し自慢気に説明した。だが、その魔物は、俺の話を聞くことなく、商品を戻して他の棚を見始めた。

「それにしても、今日はちょっとお客様が少ないですね。」
俺が不思議に思いながらつぶやくと、その魔物がふと立ち止まり、じっと俺を見つめた。

「お前…どこかで見たことあるような?」
「え? 俺、ここで働いている店主ですけど?」
俺が答えると、魔物は思い出したようにうなずいた。

「そうだ! お前、あのダンジョンのセールス担当か!」
「えっ? セールス担当?」
「俺はあのダンジョンで、ゲームの課金カードを買ったコボルトだ! あの時はありがとうな!」
「お、おお…あれは確か…コボルトだったのか?」
俺はその魔物がコボルトだったことに気づき、少し驚いた。だが、何よりも驚いたのは、コボルトが俺に気づいていたという事実だ。

「それにしても、なんだかんだでこの店、悪くないな。」
コボルトは棚からいくつかの商品を手に取って、すぐにレジの方に向かってきた。

「ちなみに、今日は何を買うつもりだ?」
俺が尋ねると、コボルトはにっこりと笑いながら答えた。

「今日は、ゲームの課金カードと…あと、この焼きたてのパン! なんか香りが良さそうだ!」
「えっ、焼きたてパン?」
俺が驚いて言うと、コボルトは無邪気にうなずいた。

「昨日は新しいゲームアイテムが欲しくて、今日は腹が減ったんだよ。で、ここのパンが気になってね!」
「あ、あー、なるほど。」
俺は言葉に詰まったが、なんだか妙に嬉しくなった。だが、次に彼が言った言葉で、その気持ちが一瞬で消えた。

「でも、あれだな…この店、もっと安くならないか?」
「……!」
「例えば、レジの近くにお得な割引コーナーとか!」
「コボルトさん、それはちょっと…」
「でも、だめかな? こっちだって冒険者生活でお金が大変なんだよ!」
「いや、それは分かりますけど…」
コボルトはしばらく考え込んでから、しっかりと買い物かごに商品を入れた。

「まあ、こんな感じで。これ、全部お願いします!」
「…お会計、1200ゴールドです。」
俺はレジを打ちながら、ちょっとした変な気分になった。どうしても、コボルトが買い物している姿が微笑ましくて、思わず顔がゆるんでしまった。

そして、コボルトが去ると、ドアのベルが再び鳴った。今度は他の魔物たちがどっと押し寄せ、まるでセールでも始まったかのような賑わいになった。

「いらっしゃいませ! 今、割引セール中です!」
俺は勢いでそんなフレーズを叫び、急に始まった異世界の買い物祭りに乗り遅れないよう必死に対応したのだった。

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