9 / 185
第九話:ゴブリンの魚リクエスト
しおりを挟む今日はいつもより少し静かな夜だった。店舗の明かりも柔らかく、店内の棚も整頓されたまま、客足も少ない。
「んー、今日はいい調子だな。」
俺はカウンター越しに見渡しながら、ほっと一息ついていた。だが、突如として店の扉が開く音がした。
「カラン…カラン…」
扉の音に反応し、店の中に視線を向けると、なんとゴブリンがひょっこりと顔を覗かせていた。
「え? こ、このゴブリンは…?」
目の前に現れたのは、以前に何度か顔を見たゴブリンだった。だが今日は、明らかにいつもと違う雰囲気だ。手には小さなメモ帳を持ち、真剣な顔をしている。
「どうしたんだ、今日は?」
俺が声をかけると、ゴブリンはすぐに近づいてきて、店内を見渡しながら言った。
「おう、いらっしゃい。」
「うむ、実は…」
ゴブリンは少しもじもじしながら、メモ帳を開いた。すると、そのページにはなんと「魚料理用の魚が欲しい!」と大きな文字で書かれていた。
「え、魚? 料理用の…?」
俺は目を丸くしたが、ゴブリンは真剣そのもので、続けて言った。
「俺、最近魚料理にハマってな。お前の店で売ってる魚とか、なんか買いたいんだ。」
「魚料理にハマってるって、ゴブリンが?」
俺は驚きながらも、ちょっと笑ってしまった。確かにゴブリンが魚を欲しがるなんて、想像もつかない。しかし、せっかく来てくれた客だし、対応しないわけにもいかない。
「なるほど、魚料理か…うちには冷凍の魚は置いてるけど。」
俺が棚を見渡すと、確かに冷凍庫には様々な魚が並んでいる。サバ、サーモン、イカなど、どれも普通に料理に使える品々だ。
「それで、どうしても魚が欲しいってことか?」
ゴブリンは真剣に頷いた。
「うん! 最近、ゴブリン仲間と魚料理を作り始めたんだ。みんなで食べる魚料理がなかなか楽しくてさ!」
「へぇ、そうなんだ。でも、どんな料理を作るんだ?」
興味津々で俺が尋ねると、ゴブリンは嬉しそうに話し始めた。
「例えば、魚のフライ! あれはサクサクしてて最高だ! あとは、煮魚もいいよな。あの味付けがたまらないんだ。」
「意外とグルメなんだな…」
俺は少し感心しながら、ゴブリンの話を聞いていた。どうやら、ただの戦闘狂のゴブリンではないようだ。
「その魚、どれにするか決めた?」
「うーん、サーモンを買おうと思ってるんだけど、どうだ?」
ゴブリンはまるで品定めをするように冷凍庫の中のサーモンを見つめていた。
「サーモンか…まあ、いい選択だな。」
俺は冷凍庫からサーモンを取り出し、ゴブリンに渡した。
「これで、ゴブリンの料理スキルも上がるな。」
ゴブリンはうれしそうにサーモンを受け取ると、急いでポケットにしまった。
「ありがとう! これで明日の料理が楽しみだぜ!」
ゴブリンは満足げに言って、店を出て行った。
その姿を見送りながら、俺は一つ不思議に思ったことがあった。
「…あれ? ゴブリン、魚ってどうやって食べるんだろうな?」
考えてみると、確かにゴブリンが魚を調理する姿は想像がつかなかった。しかも、あの手でどうやって包丁を使うのか…と、また疑問が湧いてきた。
「ま、いいか。ゴブリンならなんとかするだろ。」
そう思いながら、俺はしばらくその光景を考えていた。
その翌日、またゴブリンが店にやって来た。今回は、魚を買って帰ったはずのゴブリンが、満面の笑みで入ってきた。
「おう、お前、どうだった?」
俺が声をかけると、ゴブリンは誇らしげに言った。
「俺、魚料理うまくできたぞ! サーモンのフライ、めっちゃサクサクで美味かった!」
「おお、それはすごいな。」
「でもな…」
ゴブリンは少し悩んだ顔をしてから、言った。
「でも、やっぱり骨がちょっと多いな。あれをどうにかする方法はないか?」
俺はまたもや驚きつつ、少し考えた。
「骨…か。もしかして、骨抜きの道具とか、使ったことないのか?」
ゴブリンは首をかしげた。
「道具…? そんなの使ったことなかったな。」
「まあ、道具ならうちにもあるぞ。今度、見せてやるから、次回買いに来い。」
俺は笑いながら言った。
そして、その後ゴブリンはますます魚料理にハマり、店の常連客になった。毎回、新しい魚料理に挑戦し、時には失敗して俺にアドバイスを求めてくる。その度に、俺も楽しみながら対応していた。
「ゴブリンがこんなに料理好きになるなんて、最初は思わなかったな…。」
そんなことを考えながら、今日も店に立つ俺だった。
67
お気に入りに追加
358
あなたにおすすめの小説
義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。
克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位
11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位
11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位
11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位
「お姉様の赤ちゃん、私にちょうだい?」
サイコちゃん
恋愛
実家に妊娠を知らせた途端、妹からお腹の子をくれと言われた。姉であるイヴェットは自分の持ち物や恋人をいつも妹に奪われてきた。しかし赤ん坊をくれというのはあまりに酷過ぎる。そのことを夫に相談すると、彼は「良かったね! 家族ぐるみで育ててもらえるんだね!」と言い放った。妹と両親が異常であることを伝えても、夫は理解を示してくれない。やがて夫婦は離婚してイヴェットはひとり苦境へ立ち向かうことになったが、“医術と魔術の天才”である治療人アランが彼女に味方して――
美しい姉と痩せこけた妹
サイコちゃん
ファンタジー
若き公爵は虐待を受けた姉妹を引き取ることにした。やがて訪れたのは美しい姉と痩せこけた妹だった。姉が夢中でケーキを食べる中、妹はそれがケーキだと分からない。姉がドレスのプレゼントに喜ぶ中、妹はそれがドレスだと分からない。公爵はあまりに差のある姉妹に疑念を抱いた――
屋台飯! いらない子認定されたので、旅に出たいと思います。
彩世幻夜
ファンタジー
母が死にました。
父が連れてきた継母と異母弟に家を追い出されました。
わー、凄いテンプレ展開ですね!
ふふふ、私はこの時を待っていた!
いざ行かん、正義の旅へ!
え? 魔王? 知りませんよ、私は勇者でも聖女でも賢者でもありませんから。
でも……美味しいは正義、ですよね?
2021/02/19 第一部完結
2021/02/21 第二部連載開始
2021/05/05 第二部完結
【完】あの、……どなたでしょうか?
桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー
爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」
見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は………
「あの、……どなたのことでしょうか?」
まさかの意味不明発言!!
今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!!
結末やいかに!!
*******************
執筆終了済みです。
王妃から夜伽を命じられたメイドのささやかな復讐
当麻月菜
恋愛
没落した貴族令嬢という過去を隠して、ロッタは王宮でメイドとして日々業務に勤しむ毎日。
でもある日、子宝に恵まれない王妃のマルガリータから国王との夜伽を命じられてしまう。
その理由は、ロッタとマルガリータの髪と目の色が同じという至極単純なもの。
ただし、夜伽を務めてもらうが側室として召し上げることは無い。所謂、使い捨ての世継ぎ製造機になれと言われたのだ。
馬鹿馬鹿しい話であるが、これは王命─── 断れば即、極刑。逃げても、極刑。
途方に暮れたロッタだけれど、そこに友人のアサギが現れて、この危機を切り抜けるとんでもない策を教えてくれるのだが……。
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる