三国志英雄伝~呂布奉先伝説

みなと劉

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61話

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何故と言われても納得がいかなかった。しかし張遼としては、その程度の理由であれば聞き入れる事は難しいと思っている。しかし意外とすんなりと受け入れたのだった。
呂布軍が合流したのは陽人が近づいて来た頃だった。
呂布の家族や護衛の女性兵などもいたが、張紘の連れてきた女性兵士の中に呂布の妻の蓉の姿があり、その姿を見て全員が驚愕する。その瞬間に陳宮が睨みを利かせて黙らせた。
呂布の妻の素性を隠す事に関しては曹操が協力していた為、呂布の家族の安全を確保しつつ同行するには曹操からの迎えを待つしかなくこのタイミングでの再会となるのも必然ではあった。
だが、陳宮にとっては呂布に家族を会わせる事自体不本意である上に、特に呂布に知られてはならないのだ。もし万が一の事が起これば曹操と曹操に協力する者達を、いやそれだけでなく漢王朝の滅亡に繋がる。それほどの事態なのだが、曹操としてもこの流れは望んではいない。
その為に陳家の一族を保護するように厳命されている。
とはいえこの状況を看過できる程陳家の存在は軽いものではない。曹操は曹操で手綱を握りきれていない事もあり混乱状態に陥っている。曹操自身ですらその自覚があるため、余計に状況が悪くなっていた。だがこの期に及んで今更そんな事を言っている場合ではない事は承知しているが、それでもどうにかしたいと考える程に追い詰められているのだとも言えるだろう。もし呂布さえ押さえつける事が出来るだけの力が曹操にあるなら曹操は天下を手に入れているはずである。つまり力はあってもそれを実現出来ないため董卓から警戒され見捨てられてもいたのであり、『反』ではなく正真正銘『逆賊』と呼ばれる所以でもある。
ただ陳家が陳宮にとって特別と言うよりは曹操にとっても特別なのが問題なだけと言える。
だからこそ陳登、陳珪とて下手な動きは見せられなかったが、それも限界に来ていた。そこで今回のような騒動を引き起こし、呂布軍を誘い出したと言う訳である。
本来なら呂布一家を連れ出さずに軟禁しておく事も出来たはずだが、曹操としてはその辺りも徹底しなければならないところだろう。何しろ呂布を説得するのに時間がかかっただけでなく、曹操自身も陳家の行動を把握するのが遅れてしまったのだから仕方ないとは言え、呂布の暴走を許す事になったのだから責められる言われは無い。むしろその点を考慮すれば陳登の方が非難されるべき存在であるはずだった。もっとも本人達は自分がやった事では無く全て自分の部下の仕業として逃げる気満々ではあったが、実際に動いている者の中には自分から言い出す猛者はおらず結果として責任を取らせるつもりならば、陳登自身が名乗り出るしか無いはずであったにも関わらず逃げ続けた。そして今回もそれを狙っての行いでもあった。もちろん陳宮は二人に対して容赦するつもりも無く、張遼を先頭にした部隊を使って即座に追いかけさせたので今は遠くまで行っていないはずなのだが追いつけない事に焦りを感じていた。
張遼が先行していたが張遼に追いついたのはその三日後で、すでに呂布の家族を連れて逃走し終えていた陳登と陳珪を捕まえるのに苦労させられたと言う。呂布達が徐州に戻った時には既に曹操軍は撤退していたものの、そこにはまだ夏侯惇と荀攸が残っていたのですぐに軍議となった。と言っても内容は大雑把には決まっていたのだが細かい部分で意見の違いが出ており紛糾していたところに丁度良く呂布が戻ってきたので、その話し合いの場に引き込まれた形となっている。
元々徐州太守に任命されていたが、実質的にはその権限が無かったと言う事になっていたはずの陳珪と、同じく陳珪の指示の下で曹操を裏切って袁紹の軍門に降りその後客将となっていたものの結局袁術に見捨てられた形となった陳珪だったが、呂布は二人の首根っこを押さえて無理やり引き止めている。
張遼はとりあえず曹操軍への追っ手を手配する事と、場合によっては陽人の戦いももう一度行うべきだと言い、それを聞いた陳宮が反対しなかった事もあり、陽人の攻略戦が急遽行われる事となった。陽人を守備している臧覇は陽人での戦いが終わった事を報告すると、さすがにもう戦いたくないのか陳宮の言葉に逆らう事なく兵を引き上げる。
張遼は呂布軍が動く前に陽人の守りを固めるべく指示を出していった。
陽人が呂布軍の攻撃に晒されたのはわずか三回のみだった。これは呂布軍の驚異的な強さの証ではあるが同時に異様な事でもあるとも言える。
普通、戦場での武勇を示す最も分かりやすい方法がどれだけ敵を葬ったかによるものだが、その観点から見ても陽人は異常な程の少なさだったのだ。
陳宮は当初こそ陽人に援軍を送る為に兵力を割こうとしていたらしいが、さすがに三度目になると陳宮もその異常性に気付き、また曹操が呂布と手を結ぶ事を危惧したので張遼に命じて陳珪の引き渡しを求めた。陳珪はすぐに引き渡され、呂布軍に連行され陳珪の屋敷に戻るとその場で斬られたという。
張遼は陳珪の死を報告しに来た際、複雑な表情をしていたのだが陳宮殿はそれを特に追及せずそのまま受け入れる。ただ呂布の方を見ると小さく嘆息して肩を落とした。
おそらく、曹操軍に連れ去られた呂布の家族については気にしていたであろう呂布は落胆するしかないだろうと、誰もが考えていただけに呂布がいつも通りな事は意外な出来事である。と言うより呂布であればその程度の事を気に留める事すらないだろうとも思われていた。
実際、陳宮でさえそう思い込んでいて報告の際もさほど重要視せずに話していたくらいだ。
だが、やはり陳宮と言えども呂布は呂布と言う事なのだろう。この事実を知った後の呂布の反応は普段通りの呂布とはまるで違っていた。
屋敷に戻り、家族を失った事を知っても涙を流す事もなく、怒り狂って叫ぶ訳でもない。陳宮に対し感情的になって食ってかかるわけでもなければ陳登に対する恨み言を言う事も無かった。
陳登から曹操を暗殺すると聞かされた時にも呂布は全く動じていなかったように思う。
ただ淡々と受け止めている様に見える。少なくとも呂布以外の面々はそう感じていて、呂布自身は陳登の言う事も陳珪のした事も一切恨んでいない事を態度に示す。その姿勢は、ある意味漢朝に対しても同様であった。
呂布のこれまでの実績を見て、董卓の専横に対して何も行動を起こしていない呂布は、単なる腰抜けでしかなかった事は誰も疑っていなかったところだが、陳宮や李儒などごく一部の人間だけがその真逆の印象を抱いていたのだと、その日呂布は身をもって証明してみせたのだ。曹操軍と対峙する前に陽人から呂布の妻や子を連れ出しておきたいと考えていた陳宮だったが、それは果たせなかった。それでも徐州から脱出出来ただけでも大きな収穫と言える。
呂布軍の主力が集結したところで出陣し、陳珪達の件は呂布に伝えないまま張遼が指揮を執る事になった。
張遼は呂布と陳宮の関係を知る数少ない人物であり、呂布の家族について相談しやすい人物であると言えるのだが、今回の様な重要な役目では経験が不足しているため陳宮自らが任に当たるべきと言う事で陳宮も参陣し、張遼に指揮を委ねていた。
今回の布陣は完全に陽人を取るための物であり、その為には徐州兵に負担をかけてはならない。呂布も今回の戦いにおいては徐州兵の参戦を禁止していたので、陽人と城外の連合戦力のみとなる。
しかし陽人の城の守りが固く、呂布軍は攻めあぐねていた。
呂布と陳宮にとってはこれが初めてになる籠城戦と言う事になる。これまでの戦いでも呂布軍の損害は多くは無かったが敵将も相応の手練れ揃いなので被害ゼロには出来ずにいるのだが、今回は陽人城に篭る敵もかなりの強者が集まっている事が分かった。
そんな中で呂布が城内への突入を命じ、それに応じた猛将の一人、徐晃が単身で斬り込むと言う作戦を実行する。陽人も城門を開き呂布軍を迎え入れたが、そこはもう乱戦模様となっていた。その中で一筋の光となったのが呂布の娘である呂翔だった。本来なら陽人に娘がいる事も知られていないのだが、陳宮に聞いたと言うのだから恐るべき情報収集能力である。さすがにそれを言ったら張飛も知っていたんだろうけど、それを指摘するつもりは無いのでとりあえず見なかった事にしよう。とにかく呂布の娘婿として陽人城を攻略するために呂姫の存在はありがたかったらしい。陽人は守備兵が極端に少ないのに攻城戦は得意としているのはその手の内を知っている人間が限られる為なのだそうだ。特に女性陣が足を引っ張っているらしく、呂姫の活躍でようやく形勢が決まった。陽人は降伏したが、その城主である侯成はまだ降参していなかった事もあり、ここで追撃をする事にする。
その時になって陽人は慌て出したらしい。どうも陽人が張飛を討ち取ったと言う事を信じず、降伏するつもりはなかったらしい。そこへ張遼軍が駆けつけてきてやっと諦めがついたようだった。
こうやって曹操の天下取りの野望を阻止する為に、様々な人物が動き回っているのだな、と俺はぼんやりと思ったりしていたが、呂布や陳宮などはもっと色々考えを巡らせているだろう。この二人の方が俺なんかより余程しっかりしているから感心するしかない。こうして陽人の戦にも勝利し、次は曹操の居城陽陵城を落とそうと兵を募ったところで袁紹の侵攻が早まった。
徐州まで曹操軍の先鋒を務めていた張繍を劉備軍が急襲してこれを討ち、勢いに乗って曹操の本拠地へ進軍を開始しようとした時、徐州からも出兵があったらしい。しかもその総大将はあの呂布奉先だと言う。
これには呂布自身が驚きを隠せなかった。さすがにこれは陳宮達から説明されない限りは信じ難い事でもあった。何しろ、張遼の話では呂布軍の中核は大半が女子供でまともに戦う事も出来ない者達ばかりだ。それで本当に張済や韓浩、さらに臧覇を退ける事が出来たのは信じられない出来事だったが、張繍さえ打ち破ったのであれば張繍が率いた精鋭が相手でも問題無く撃退できたのではないかとも思える。
呂布としては呂布軍と合流すれば勝てる見込みもあったのかも知れないが、さすがに見過ごす事はできなかった。徐州は袁術の領地だが、元々その太守をしていた張勲が離反してからその統治もままならない状態になっており、今さら曹操に対抗する事は考えられない事だとも思ったが、呂布の心情を考えればそれも無理はない事かもしれない。
だが、呂布にとって予想外であったのは陽人の敗戦によって陽人に駐屯していた曹操の守備隊に援軍要請が届いた事である。
その数およそ二万。しかも曹操自身も陽人へ向かうと言う知らせが来た。陽人での勝利に酔う暇もなく呂布はすぐに迎撃の準備をする事になった。徐州兵ではないので曹操を阻む事も出来なかったのだが、呂布は陳宮の策通りに陳珪が遺した秘策を使う。それは陽人から呂布の妻と子を撤退させる事に成功し、そのまま反転させて城から退かせると言うものであった。陳珪と呂布は親しい間柄ではなかったはずなのだが、何故このような事を考えていたのか陳宮は呂布に伝えようとしなかったのだが、おそらく呂布は陽人の戦いの折からずっと気になっていたに違いない。その辺りはいかに呂布と言えども父親と言うところか。
陳宮の機転のおかげで何とか呂布の奥方や御子息を救出する事は出来たものの、城から出て来たのを見咎められ呂布の家族を逃すため陽平関が陥落しかけた。しかし、ここでも陳宮は奥方の脱出を成功させ、さらには城内にいた張飛までも救出したと言う。これで陳宮も曹操に対する切り札を手にする事になるのだから陳宮にしてみればまさに天祐神助と言える。
これによって呂布は曹操軍を迎え撃つ態勢は整ったと言えるのだが、陳宮には別の心配事もあるようで城から出る事を躊躇していた。
陳宮は慎重すぎるきらいがあると言うのは呂布の言でもある。しかし今回だけは別であり、曹操軍は全軍をもって陽人と呂布軍を攻撃してきた。これこそ好機だと誰もが思っていたのだ。だからこそ陽人と陽陵城は守られているとは言え防備に穴があり、そこに曹操軍を釘付けにするつもりだった。陳宮には陽人と城を守りながらの反撃を進言する者もいたそうで、陳宮が難色を示していたところ呂布が出陣してしまったと言うわけである。陳宮も呂布を止める手立てが無かった事が最大の失態だったのだが、陳宮の見立てが間違っていたとは俺には思えない。
曹操軍は呂布軍に惨敗を喫してしまったが、この時になって初めて呂布に陽人と陽陵城の城主を任せるべきではなったという後悔が押し寄せて来た。そして陽人も陽陵城に籠っていたとしても守り切る自信が無いのを呂布自身は知っていた。そもそも陽人と城は最初から放棄するつもりで兵を動かしていたので陽人の守備兵がいなかった事も敗因の一つだろうが、それよりも城を捨てなければならぬと決断させるに至った要因が何だったかを探り出すべきだったのだ。
それでもなお、呂布は自ら先頭に立って追撃を行ったらしい。陽陵城の奪還とまではいかずとも曹操の首一つは取らなければならないと言う焦りがあった。それが仇となった。曹操が逃げる振りをして誘い込んでくる事は陳宮の策により分かっていたが、陳宮は敵の意表を突く為に陽人の包囲を解き、呂布を救援に向かったので陽人の敵将を捕らえる事も出来ずに敗走する事となってしまった。その時に捕らえられたのがあの文遠だ。
張遼が捕らえられたと言う話は当然呂布にも伝えられていたがその時の気持ちを考えると同情してしまう。しかも張遼を救えなかったと言う負い目まで感じる事になったのだ。呂布と言う武将を俺は知らない。
呂布と言えば三国志の中でも有名な豪傑のはずだが、実際の呂布奉先についてはほとんど分かっていない。ただ言えるのは呂布と言う男は武人であると俺は思う。たとえ天下無双と謳われても天下統一を諦めて隠居するような真似はしないだろう。それどころか呂布を追い詰める事になったのは陳宮なのだから陳宮に対して恨みを抱いてもおかしくは無いのだ。
それを呂布は一言も口にしないのは、呂布の器の大きさなのか、陳宮の人徳が成せる業か、あるいは両方が混ざり合っているのか分からないが陳宮と言う人物がこの世にいると言う事実だけで良い気がする。
呂布の人柄を知ってしまった事で張遼の事を考えたりする事もあったのだが、そんな余裕もなくなりつつあったので徐州侵攻の事を考えていこうと思う。陽人が曹操に大敗した事もあって徐州の防衛体制も改める必要があり、劉備を太守に据えた徐州軍の内、臧覇が陽人から呼び戻される形で移動してきた。これで徐州は劉備軍と呂布軍を合わせて二万ほどになり、対する曹操軍は七~八万と言われているのだが、呂布軍は一万弱なので数の上では劣勢なのだが士気は負けてはいないと思われる。何しろ臧覇自身が呂布軍に戻って来ているのだから。
臧覇は張遼が捕まる直前に劉備の下へ帰還して兵の指揮を任されていたらしい。曹操は張遼の武勇を買っている事を利用して臧覇に徐州侵攻を命じていた。そこで臧覇は呂布軍の留守を狙っての徐州への侵略を計画し実行に移した。
その計画を知った呂布はすぐに出陣しようとしたが陳宮が止めたと言う。今の状況で呂布が呂布軍を率いてしまえば袁紹との戦どころではなくなってしまい、せっかくここまで築いた基盤が崩れてしまうと言うのが理由だったそうだ。
もっとも、その前に呂布軍は曹操の本隊と戦う事にならず、また呂布自身も陳宮の言葉を聞き入れて出陣を取りやめた。曹操は呂布軍を陽人の戦いで打ち負かし、勢いに乗じて攻めてくるかと思いきやそのまま反転すると曹操は本拠の陳国へ戻り、そのまま籠城策を取ってきた。これは曹操にとっては徐州に曹操自身の本拠地があると言う強みでもあったと言える。しかし呂布は陳宮の作戦通りすぐに呂布の妻子と一部の兵を城外へ出し、城内には呂布と陳宮のみが残された。
曹操軍は城を包囲した上で兵糧を断とうとしたが呂布軍はそれに屈する事無く戦い、さらには呂布が張遼救出の為に少数の兵を率いて陽陵城から出るという行動を起こした。これを見た曹操軍は大慌てで曹操は城に閉じこもったが、曹操配下の名将曹仁の奇襲攻撃により城が破られ呂布の家族は脱出、さらには城外で陽陵城に援軍を送り城を守っていた陳宮は討たれてしまった。
呂布軍が敗北したと言う情報は即座に広まり兵も動揺していたが、陳宮を失った呂布の悲しみはその比ではなかった事だろう。その悲痛さは陳宮だけでなく、城から脱出した呂布の家族でさえ想像がつくほどであったらしい。
呂布の家族を逃すために城外に出てきたのは陳宮の甥である陳珪とその部下、さらに張飛の弟の張紘が加わっていたと言う。ここで意外な名前が出てきたと思ったのだが、張飛は劉備の養子と言う関係もある事から不思議ではないにしても陳家は元々陳宮の一族であり、それに連なる陳家の者ならば張飛とは縁戚関係にある。そうなると張遼を捕らえた張本人とも言える張楊が同行している可能性も充分にあるわけだ。
それはともかく、陽陵城より脱出した家族達は陽陵城に残していた兵を招集したが、それでも四千程しか集められなかった。
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