三国志英雄伝~呂布奉先伝説

みなと劉

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42話

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残る光だが、攻撃系の手段を持っていない。この光術の属性を持っていれば目くらましなどに有効活用できただろうが、今のところその機会も無いようなので保留中なのだろう。
しかし今回は新たに加入した趙雲と王平もいる。
この二人の加入でようやく呂布の戦闘能力に余裕が出来た事になるので、これを機に新たな戦力を加えてみてはと言う話になった。その新調された武具一式の中に斧が三つあり、そのうちの二つを使っての訓練になる。一つは自分の身長より長い長柄の両刃の大斧であり、もう一つはやや短い代わりに先端がやや大きく反っている大槌。
「それではこれを」
と、渡されたのは一本の木。どうやらこれで丸太のように太くなっている枝を切る事を課題に出されたようだった。
言われるままにやってみたが、呂布の手からは何度も血が滴り落ち、ようやく切り落とす事に成功した時は指先だけではなく肘の上の方までも血塗れになっていた。
「ふむ、呂布将軍は筋力は問題無いようですね」
と、呂布を見てきた陳宮だったが、その隣では夏侯姉妹の二人、夏侯妙才と夏侯衡が息を飲むのが分かった。
「どう言うこと?」
不思議に思った徐晃が訊ねる。
「ああ、実は呂布将軍は元々戦場で戦う様な人物ではなかったものですから、つい心配になってしまったんですよ」
そんな説明をする陳宮の言葉が信じられなかったようで、二人は改めてまじまじと呂布の手を見ている。
そうこうしているうちに呂布の血を見た小姫が激しく泣き出し、李粛や曹性が大慌てになっている。どうしたものかと思いながら陳宮が近付いて行っても小姫は全く泣き止まないどころか激しく泣き続け、どうすればいいものかと考えているところに曹操が現れる。
泣いている娘の姿を見て一瞬眉間にシワを寄せたかと思うと、泣き続ける小姫を抱きしめて頭を撫で始める。
さすがにこれには驚いたが、それでも小姫は泣き止まない。やがて、泣き止まない娘と抱き締めたままの小姫を抱き抱えている曹操を見て李儒がやってくる。
「どうかされましたか? 何かお気に障る事でも……」
李儒の声にも曹操は反応を示さず、ずっとあやし続ける。
そこへやって来た許緒と典韋は事情を聞くと、すぐに小姫を連れて行ってしまう。小姫もしばらく李祥や厳氏と一緒にいて慣れていた事もあって、すぐに機嫌を直したらしく笑いながら走り回っているそうだ。
さっそく夏侯姉妹の二人が呂布の元へ駆け寄って来る。
「呂布将軍、失礼いたしました!」
何故か勢い良く頭を下げる。
それは呂布が見たこともないほど見事な謝罪だったのだが、呂布から見ればいきなり何が起こったのかよく分からない。
そもそも今回の件で謝るべきはこちらではなく、そちらの陣営であるし。
とりあえず顔を上げてもらうように促すと、夏侯惇が口を開く。
「我らも最初は噂通りの人間かどうか試させてもらおうと思っていたんですが、あのような凄い方だとは思っていなかったものですからとんだ失礼を。この罪は私の首でご容赦くださいませ!」
「いえ、俺は全然気になってないので、と言うよりも何を試そうとしていたのかすら分からなかったので……それより、これからもうちの軍では俺なんかの事試したりとかするのは構わないんで、気にしないで欲しいです」
呂布は慌てて取り繕うが、夏侯淵は申し訳なさそうな表情のまま目を伏せてしまう。
それに気付いた呂布はすぐに言い添える。
「むしろ皆さんの力になりたいと言う思いが強いものですから、色々と相談に乗ってもらえると嬉しいと思っています。なので今後ともよろしくお願いします」
呂布が頭を下げても、今度は曹操が驚く事になった。そしてその日を境に、この一件以降から呂布を見る目に尊敬以外のものが混じってきたのを感じたのだが、それはまた別の話。
袁紹との模擬戦の準備に追われながらも新装備の調整は行われる。
関羽や張飛がいなくなった事によって空いた人員には新たに王平が入ったものの、その分さらに仕事が増えているのであまり変わらないのだが、新兵達の訓練の時間は減らされてしまったらしい。
その為、今まで新兵が受け持っていた一般の兵士の訓練を関羽、張飛と共に張遼が行う事となった。
元々この三人で訓練を行う事が呂布軍の基本編成であっただけに、そこに王平を加えただけで基本的な訓練は変わっていないのだが、その指導力には差が出るようになったらしい。
特に張飛が槍を持たせればどんな巨漢を簡単に弾き飛ばし、馬に乗せて戦わせれば一騎当千の働きをして見せれば、関羽はその隙に弓矢で敵の将を狙い撃ちにするらしいのだ。
関羽、張飛は個人の武勇に関して突出していたがために、どちらかと言えば補佐的な能力に関しては不得手であり、それが弱点でもあった。だが、王平の実力は決して二人に見劣りする事は無いが、やはり呂布軍の部隊を率いていくにはその能力は劣るものになっていた。
それでも呂布が言うような一般兵士への武芸指導などにおいては二人の代わりを十分にこなして見せた。
呂布軍が誇った豪傑の二人はその役目を終え、新しい世代が活躍する時がやってきた、と言えるのかもしれない。
新兵の選抜も終わり、いよいよ本格的な戦闘訓練に移る。
その前に、まずは袁紹との試合を控える呂布、趙雲の二人の新調された武器の確認が行われる事になる。
「これが新兵器?」
陳宮は首を傾げる。
確かに以前の呂布と趙雲の戦闘スタイルであれば、長剣よりは戟の方が向いていそうである。ただ呂布の場合は基本的に長柄の武器を扱うのは難しいため、長柄を主体にして短刀などを使う事もある。しかし今回は呂布自身が長柄を選んだ事もあり、趙雲もそれに合わせる形になっている。
その長さはおよそ二メートル半、柄の長さは五十センチくらいの巨大な棍棒に近い代物だった。しかも先端に刃が取り付けられている。その長柄斧が呂布では無く、呂布から見て左側に立っていた李粛が持つ。
長柄斧を両手で持って肩に担ぐようにして持っているのだが、その李蒙も呂布と同じく怪力を持ち合わせているためかなり様になっている。李粛は元々腕の太さが異常とも言えるほど太く、その腕で重量級の武器を振り回す事は十分考えられたのだが、実際に持たせてみて納得させられる出来栄えになっている。
それに対して左側の手に持っているのは大槌だった。こちらも長い方で李粛と同じくらいの大きさがあり、重量は倍以上あるだろう。大上段に構えている李粛とは対照的に李粛と同じ様に腰を落として低い位置を保ってバランスを取っており、重心が先端の方にあり、大きめの鉄球に短い金属板を取り付けただけに見える。実際それで打撃を与えるわけだから、重さで押し潰してしまうと言う事も十分に考えられる。
ただ李儒としては少し違和感がある。「呂布将軍ならもう少し軽いもので良いんじゃないかな? 重いものだと戦う上で邪魔にもなるし。何しろ呂布将軍の持ち味を殺さずに戦うのも大切な事だよ」
と、李儒は言う。
これまでの戦いの中で、呂布はとにかく身軽さを重視してきたと言う特徴がある。それは攻撃力は大きいが防御に不安を抱える呂布ならではの戦い方を実現させていた。だが今回の新装備、特に今回新しく作られた武器については李儒から見るとあまりにも巨大過ぎて使いこなせるかどうか怪しいところがあった。
「でもまあ、この方が迫力あって良いんじゃない? 俺なんてどうせ弱いし、呂布将軍が凄い事を演出してあげた方が良いじゃない」
と、呂布本人はあまり乗り気ではない。
とは言え、せっかく作り上げたものなので無駄になるのも勿体無い、というのが李儒の正直な気持ちである。
「これは私見になりますが、戦場ではいかに相手に畏怖を植え付けさせるかが勝敗を分ける事も多いんですけどね。相手はこちらを馬鹿だと思い込んで油断するかもしれません。そこを突いて勝つ方法もありえるでしょう。例えば相手の陣に入って行って、こちらが囮だと気付かれなければ敵が動揺してくれ、結果として味方の勝利につながる可能性もあります」
陳宮は説明するが、その可能性の低さは自分でもよく分かっている。
呂布は見た目からすでに規格外なのだが、それに加えて趙雲も関羽の血を引き、張飛の兄弟という事でかなりの威圧感を放つ。その上さらに巨大な戟を手に持つともはや人とは思えない雰囲気を放っている。そこに立っているだけでも十分な存在感であるのに、そこへ来てその身長とほぼ同じ大きさを持つ長柄斧を右肩に乗せるように構える。
そんなものを身に着けて平然としているのも異様な姿だが、それを持ちながら姿勢を崩さないのも異常な光景だ。
それだけでも相当な威圧感があるのだが、さらにその巨体の左に立つのは華奢と言っていいほどの体格をした細身の美女。呂布には劣るにしても常人が太刀打ちできるレベルを超えている事は間違いないし、それを理解していて立ち向かう者がいたとしても、この場に集まった兵の中にはいない。それは呂布軍の将として共に戦う事になった趙雲にも言えることだ。この二人が袁紹軍に向かって行けば、向こうの指揮官はまず間違いなく恐れ慄くに違いない。
陳宮はその状況が見てみたい。
しかし残念なのは、この新兵達で実戦を経験しているのは趙雲一人だけだという点だろう。もちろん実戦の経験が少なかろうとも、呂布軍であればそれでも十分通用する実力の持ち主達が集まっては来ているが、それにしても経験の少ない者からいきなり袁紹軍の将をやっつけるとなると士気に影響が出てくる可能性がある為、今回はあくまでも演習の一環として行われた事とするらしい。
袁紹軍は兵数は多くないが精鋭揃いだと言われているし、おそらく指揮官の能力は高いだろうと思われるが、今の呂布軍にとっては烏合の衆に過ぎないと言う事もあってか、多少の手加減をしている余裕はあるらしい。その為、新兵器の試運転としては十分と判断されたのだ。
そしていよいよ袁紹軍と呂布軍の模擬戦が始まる。とは言っても呂布や関羽のように呂布が相手を打ち負かすわけではないのだが。
両軍の配置を確認してみて、袁紹は舌を巻いていた。
袁紹の本陣が厚い。呂布軍の倍近い兵力を集めていて数においても圧倒的に有利な布陣であったにも関わらず、呂布軍が配置した陣地はかなり薄い。もっともそれはそう見えて実際は厚くなっていると言うべきなのか。
(なるほど)
真意に気付いた時に、呂布は既に自分の前に迫っていたのである。
曹操に負けた後すぐに新兵を募って再編したのだが、「新兵ばかり集めた部隊」と言うものは当然のごとく訓練不足に陥るものではあるが、その訓練の時間が惜しいと言う判断の元で最初から強い武将をぶつけてしまうと言う作戦で来た。
つまりは訓練不足の素人の新兵がいくら集まったところで呂布将軍に対抗出来ないと言う前提のもと、本命の武将を当てると言う策で呂布軍を罠にかけたつもりだったのだが、逆にそれは袁紹軍にとっても好都合でもあったと言える。新兵の部隊を先に倒し、その混乱を利用して呂布を打ち倒す。もしくはその部隊が全滅してしまった場合は、その隙をついて呂布軍に襲い掛かるのが本来の狙いだったのだが、呂布軍の先鋒を務めるのはやはりあの猛将・趙雲である事を知っていたため、呂布は先に出て趙雲を迎撃すると読んでいた。
しかし実際に現れたのは呂布ではなく、長柄の武器を持った巨漢だった。しかも二人ともこちらに向けて武器を構えているだけで動く様子がないところを見ると、これは威嚇行動だろうと言う事も分かってしまう。
袁紹に緊張が走る。
趙雲を侮っていると言う訳ではないが、実際に目の前に現れた二人の巨大さとその風貌に萎縮しているところがある事は否定出来なかった。だがその二人は趙雲の引き立て役などと言うものでは無く、明らかに自分たちが狙われていると言う事を嫌でも意識させられたのは、李粛の肩に乗るように持っていた長柄斧を振り下ろした瞬間だった。
李粛は見た目通りの怪力なので、重量級の武器を使ってもバランスを崩すことは無い。だから振り下ろす速度は速いものの、その一撃の重さは見た目より軽くなる事はあっても増す事はないはずだったのだが、李粛が手練れである事を証明するかのような李蒙に負けない威力を持って呂布の大槍が振るわれたのである。
慌てて陣を引く李粛だったが、すでにその時は遅かったらしく、地面を叩きつけた際に生じた衝撃波と暴風により十人の兵士が巻き込まれ、半数が戦闘不能となる。
ただ単純に地面に落ちた石に当たって負傷した者や飛ばされた際に腰を痛めたり骨が折れたりしたものの他にも、耳を押さえていてもなお聞こえてくる爆音の様な轟音を間近で聞いた事による聴覚障害、平衡感覚を失わせる目眩に襲われてしまった者もいた。
幸いと言うべきか、趙雲はこの攻撃を回避していた。ただし、回避が間に合っただけであって、もしあの場で呂布と対峙した場合確実に趙雲といえども無傷では済まなかったであろう事は予想出来た。
その趙雲はというと、趙雲に向かって戟が放たれてきた。咄嵯に趙雲も戟を振るうと火花が散り、激しい金属音が響き渡る。趙雲は相手が何者かを確認するために、相手の姿を探すがどこを見ても呂布とおぼしき人物はいない。代わりに趙雲は首筋に冷たい刃物を押し当てられたような気がして飛び退くと、今度は足元から突き上げる様な衝撃に襲われる。その正体が何であるのか確認するまでもなく、また次の攻撃を予測したからでもあるが戟を振るおうとした時、手に痛みを感じた。
見てみると戟が刃こぼれを起こしており、それどころか砕けかけている。戟を持つのにも一苦労するほどになっていた。
これでも一応は伝説になるほどの名工が作った最高級品であるはずなのだが、まるで木でも殴ったかのように簡単に壊れかけてしまっているのを見る限り、この攻撃を受け続けていたらまず壊されると考えた趙雲は大きく間合いを取って体勢を立て直す。(化け物か!)
思わず心の中で呟いてしまう程に規格外な実力を持っている呂布であったが、それだけではなかった。
趙雲は一瞬の油断さえ見せてはいけないのに気を緩めてしまい、それが致命的な遅れになってしまった事に舌打ちをした。いつの間に近付いていたのか分からないほど自然に、それも突然に呂布は眼前に立っていたのだ。その動きには殺気がなく、ただ近づいて来たと言う事だけは分かったものの、反応するのがやっとであり避ける事が出来ない状態だったとも言える。
そのまま呂布は拳を握って殴りつけるが、それをかろうじて趙雲は大楯で受け止めたものの勢いまでは殺す事は出来ずに吹っ飛んでいく。
この呂布の打撃に耐え得るのは呂布軍の中でも呂布か趙雲くらいのものなのだが、さすがの趙雲も今回は受け流しきれずに大きく後方に吹き飛ぶ事になった。呂布の攻撃は防げたものの、それでもその衝撃まで殺しきることは出来なかった為である。
追撃を警戒していた趙雲だったのだが、意外なことに呂布は趙雲のところまで来ずに趙雲を吹き飛ばした方に歩みを進めていく。そこで趙雲は違和感を感じる。
呂布はおそらく自分を狙って攻撃を仕掛けてきているはずだが、自分のところに来るのではなく袁紹軍に突っ込むつもりではないかと思ったからだ。趙雲はその呂布を追いかけようとしたのだが、呂布はすぐに戻ってきたのを見て、趙雲は再び警戒態勢を取る。
「劉備殿はどちらですか?」
呂布が聞いてきたので、何でそんな事を聞かれなければならないのだと怒りにまかせて怒鳴ろうとしかけた趙雲だったが、思い直した。ここで冷静さを欠いて感情のままに答えても良いものだろうか? もし袁紹がここにいるなら、すぐに撤退させるべきであると判断したので趙雲は袁紹軍に声をかけた。
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