三国志英雄伝~呂布奉先伝説

みなと劉

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41話

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もし呂布が妻子の命を救う事が出来る立場にいたのであれば、劉備を殺す事はしなかっただろう。もし劉備が関羽と張飛の非礼を許してくれた場合、関羽と張飛の命を救ってくれるかもしれなかったからだ。
結局、呂布の想像していた通りの展開となった。
関羽や張飛、趙雲、それに李典なども劉備に付き従い、呂布の申し出を断ったのだ。
これこそが、曹操が待っていた展開だった。
もし劉備が呂布に助力を願ったとして、それを呂布が断っていたのであれば、曹操は間違いなくその話に飛びついただろう。
呂布に恩を売り、その後ろ楯となって呂布を討つ。
呂布は関羽、張飛、趙雲の武名によって守られている存在であり、もしそれを全て取り除けば呂布を守るものは何も無いはずだった。呂布にその気がなくとも、劉備達は曹操にとって最大の脅威である。その排除を呂布にお願いすれば必ず首を縦に振ると思ったし、実際にそのつもりでいた。
だからこそ、呂布が妻と娘を人質に取られていても、曹操はその提案をするつもりだった。
人質になっている家族を解放させる代わりに呂布軍への合流を提案する事で、呂布の家族を助け出すのを条件に協力を要請しようとしていた。
これはあくまでも曹操の計画であって、曹操自身の考えではない。曹操自身にもこの計画の利点はある。
例えば曹操の陣営に加わった武将が裏切ったりした場合、人質の価値が無くなるので呂布は見捨てられるが、関羽、張飛の武勇が加われば呂布の身はより安全となる。
曹操の狙いとしては呂布と関羽、張飛の間に軋轢を生じさせる事にあった。それによって関羽と張飛の力を削ぎ、その上で呂布を孤立させて討ち取る。
関羽と張飛を殺さずにおく理由はもう一つある。
劉備が曹操の陣営に加わってしまうと、いかに天下無双の武将関羽と言えどもその能力を最大限に発揮する事が出来なくなる。
そうなると、曹操にとっては劉備の方が危険度は高いと判断した。
呂布との約束を守り、曹操の妻や子供達を解放する劉備だが、その時劉備の背後には関羽、張飛がいたと言う噂はいずれ広まるだろう。
その情報が流れれば、劉備と関羽、張飛の繋がりも怪しまれる事になる。曹操が欲しかったのは、あくまで董卓軍残党の頭である呂布の首であり、それ以外の人間については正直どうでも良かった。
曹操も劉備達もお互いに利があり、利用価値があると言う判断で手を組もうとしていた。
その曹操にしてみれば、呂布の妻達などいくら死んでも構わない存在であった。だが、ここで曹操は予想外の行動に出る事になる。
曹操の提案を断ると決めた後、劉備は呂布達に呂布が投降する際の条件で話し合った。
その話し合いの場で、まず最初に切り出したのは呂布の子である。
名は赤子、字は幼平と言い、年齢は五歳である。
この幼い子供が交渉の矢面に立たされた事に驚く者もいたが、この子は曹操の息子、曹丕とは従兄弟にあたる。そして呂布は曹操の父親からの信頼も厚いため、この子供の処遇に関しても意見が通る可能性が高い事があった。
また、この子の才覚に関しては父親譲りとの噂もあったのだが、残念ながらその父親の方には会った事がなく分からない。
ちなみに息子の嫁は美人で有名なのだが、その息子の方はそうでもなかったと言うのは余談ではあるが。
「それでどうでしょう? 呂布将軍のおっしゃられた条件について、ご一考下さいませんか?」
そう言うと劉備の隣に立っていた女性が一歩前に出て膝をつくと深く拝礼する。
「姓は張、名を紹と言う者です」
劉備が紹介してくれると言う事は、この張燕という女武芸者は相当の有力者なのだろうと言う事は分かるが、呂布はその張姓の女性に思い当たるところが無かった。
張と言う名前は珍しくないし、女性の場合はさらに少なくて、呂布が張家を知っていると言う可能性は少ないと言える。
もちろん、まったく無名の人物であると言う可能性も考えられるが、そんな人物は曹操に近付く必要も無くその名声を手に入れているはずだ。つまり、曹操に近い実力者がこの程度の有名人なはずがない。
「……ひょっとして、徐州の名家の生まれとかなのかな、かなーって、俺は思うんだけど、ど、どうかな、かな!? だよね! ね!」
劉備の言葉で思い出した。この女性は呂布の娘と同年代の少女のはずである。
劉備と呂布のやりとりに目を輝かせていた、あの小さな女の子なのだが。
張翼の件で呂布が保護し、その後は妻の一人に迎えていた女性の名でもある。
年齢が合わないとなれば同姓同名の別人であろうと思っていたが、まさかの事態に驚いていると隣にいる陳宮が口を開く。
さすがと言うべきか、相変わらず人の心を的確に見抜いていたらしい。
呂布が言葉を発する前に、曹操の夫人達の身の上を察しているのだろう。
呂布は張氏の事は伏せたまま、簡単に事情を説明する。
呂布の娘である小姫は劉備に抱かれており、曹操の子供と一緒になって騒いでいる。
その曹操の次男坊と言えば、母親の手を握って一緒になって笑っている。母親に似て人懐っこい性格なので誰からも可愛がられているようだ。その子供の名前は、曹仁と言った。
張家は代々将軍を輩出している家柄であり、現在は当主が老齢のためその跡目を巡って一族の中で争いが起きている。
本来であれば長男の曹休、次男の劉協がそれぞれを継ぐ事が決まっていたが、長男が病死、次男が行方不明となってしまった。その後継者争いに敗れた一派の中には張家に敵対する派閥があり、それが張紹を呂布の元へ送ってきたのだと言う。
張紹を使者として寄越したのは、彼女の父の親族であった事もあり、彼女が呂布の申し出を受けなければ父が責任を取らされる恐れがあるのだと彼女は説明してくれた。
曹操陣営の中でも有力な一族の出身で人質となっているのであれば、その価値は非常に高く、その人質が死ねば一族に大きな打撃を与えかねない。だからと言ってその娘を差し出せば、今度は曹操が責められる立場となる。そのどちらを取っても曹操にとってはマイナスでしかない。それ故の判断だったのだ。
張昭から呂布軍への助力は止められているが、張飛からは劉備と協力せよとの指示が出ている。しかし張飛自身が人質になっている上に人質が死んでしまった場合、劉備が曹操につくと厄介になるため、この交渉の場で劉備陣営に張紹が人質として差し出されたと言うのはむしろ良い話とも言える。
ただしそれは曹操側からしてみれば、最悪の展開である。
人質のはずの張飛が人質になっている時点で最悪なのに、娘までも曹操に差し出して来たと言う事実はあまりにも大きい。曹操と劉備の関係が悪化した場合、関羽を呼び寄せても劉備を守れないと言う状況を作られてしまった事になる。
関羽にしても呂布の妻である徐栄を救えなかった以上、これ以上の失態は許されない。
だからこそ、その判断は劉備と曹操の立場を一気にひっくり返してしまうものでもあった。
しかもこれは曹操にとって完全な失敗であり、ここで選択ミスをしてしまっては全てを失ってしまう危険性さえあるほど。その証拠に曹操は苦虫を噛み潰したような顔をしており、表情だけで言えばこの曹操より不機嫌な者はこの場にいないほどだった。
この場で劉備は張紹と引き換えに袁紹を味方に引き入れ、天下は曹操の手から離れてしまう事を阻止しようとしたのだが、これに関しては劉備も曹操も利害が一致していない。もしここで呂布の妻を人質に取られていなければ、話は違っただろう。
ただここで劉備は決断しなければならない。
ここで判断一つで、これから先の戦いが大きく変わってしまうのだから。
劉備には曹操に貸しがあるとは言え、それでも今この場では曹操の頼みを聞いてやる理由は無い。
だがここで断ったとしても、曹操はこの提案は受けなかったと言う事にしてしまい、今後に影響を及ぼす可能性がある。何しろ劉備から呂布に嫁いだのは妻の徐晃くらいで呂布本人から送られた者はいないので他の者は呂布の子ではない事になっており、『養子』としての扱いを受けているのだから当然この子は『孫』でもなくただの居候でしかなくて劉備にも呂布にも一切義理も借りも無いわけで……などと言う風に解釈されてしまう可能性もあるのだ。だがらこそ劉備が即答できないと言う事は、すでに答えを出している事と同義になってしまう事でもあり、それを理解しているのであろう張紹は劉備に深々と頭を下げて懇願していた。
「呂布将帥のお心遣いに感謝いたします! これより父と共にお仕えさせていただきますので、どうか私をお側に置いてくださいませ!」
張紹にそう言われて、ようやく劉備は決断する。
「分かった。君の身は俺に任せてくれ」
こうして、呂布の娘と同年代の少女によって呂布の助命が確定したのだった。
その後張紹に案内されてやって来た曹操の三男、曹仁に対して呂布は驚いた。
曹仁と言うのはもちろん知っていたが、まだ七歳児でありながらこの少年は並々ならぬ武勇を発揮していたらしく、大人相手でも引けを取る事は無かったと言う噂を聞いたことがあったのだが、目の前に立っているのはまだ子供ながらも将来有望を感じさせる容姿を持っている。おそらく女性と間違われる事が多いだろう。それほど美しい。
また、武芸の方についてもかなりの腕らしい。その強さはすでに大人と比べて何ら遜色ないそうだが、曹操が三男と言う事もあり武勲を上げる機会に恵まれなかったのだと言う。
その曹仁だったが、呂布に抱かれて笑顔を見せる娘を見つけると一目散に駆け寄って来る。
「うわぁ! かわいいー! ぼくはね、えっとね……あれ? なんだっけ? あのね、あのね……」
何か話そうとするが上手く言葉にならないようで、しどろもどろになりながら必死に伝えようとしている姿は微笑ましいものがある。
もっとも、抱かれている小姫がどう言う訳か泣きそうな表情になっていて、それが小姫を溺愛している李典や楽進に気付くとすぐに止めてくれた。
張飛のところの長男とは大違いだと、思わず呂布も笑ってしまう。
城へ帰ると魔法の訓練開始。
これまでずっと座学ばかりで身体を動かさなかったのが原因だと思う。
筋肉が全然ついていませんよ、と言う感じの細い二の腕とか、腰周りとか、腿回りを見て自分の体型が明らかに変わってしまっている事に驚愕する。
これは由々しき事態だ。呂布軍の女武将達が全員引き締まったいい体をしていて羨ましかったが、まさか自分がその部類に入る日が来るなんて夢想すらしていなかった。
特に太股の細さと言ったら……。
これはいけないとばかりに鍛錬に励むが、これまでの運動不足のせいで体力が無い。それに今まで使っていなかったせいなのか、呂布が持っている槍術の才能が全く開花しないので、そちらの修練も並行して行う事となった。
さらに新装備の試着。まず最初に行ったのは、投石用の弩である。こちらは以前までの弓矢とは違って威力が桁外れであるのだが、連射性に欠けるため基本的には一射ずつしか発射出来ない欠点がある。だがその分破壊力があり、射程距離が長い上に矢も回収して使い回せる利点がある。そして弓と違って接近戦に持ち込みやすい武器でもあるので、実戦では十分に通用する物となっている。
ただ、やはり慣れが必要との事だったので、今は練習用に使っているのは木を削った棒で、それならと言う事で投擲用に使うようにした。
次に剣と斧と戟である。
こちらが呂布の新戦力となる。
元々は曹操と戦う為、呂布と関羽と張飛の三人で戦う予定ではあったが、劉備陣営との合同軍での戦いを想定していた呂布軍は、それぞれが使う武具についてはそれぞれの軍に合わせて用意したものである。もちろんその方が扱いやすく連携も取りやすくなるだろうと、劉備とも話し合って決めた事なのだが、今回関羽と張飛は袁紹の元に行ってしまったのでその必要は無くなったのだ。
劉備から呂布の妻の件を聞き及んでいたのか、それならば劉備軍との模擬戦に備えてと言う事になったのだが、ここで問題となったのがその人数だった。
今回の魔法訓練は、火術の強化訓練。呂布は風術をメインに鍛えてきたが、その補助のために火を操る事が出来るようになっていた。
水に関しては飲み水の補給の問題もあるのであまり大きな魔術を使えない。そもそも飲み水を作れる程度であれば、戦闘においてそこまで役に立たないのであまり重要視するものではないらしい。ただ雨乞いが出来るくらいにはしたいところではあるようだが。
雷に関しては天候に関わる部分なので、こちらも大規模になると天候に影響を及ぼす恐れがある。
土は地面の砂を使えるものの岩を作り出す事までは難しいようなので無理は禁物である。ただし、泥を操ったり穴を掘る程度では無く硬い地面に穴を開けたり、小さな窪みを作ってそこに水を流し込んだりなどは出来たので、そこから応用を利かせれば役に立つ事もあるかもしれない。
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