僕と真一郎

みなと劉

文字の大きさ
上 下
10 / 10

10話(最終話)

しおりを挟む
夏が終わる頃、真一郎の新しい生活がいよいよ始まる日がやってきた。東京の専門学校に進む彼を見送るため、僕は朝早くから新幹線のホームに向かった。空はまだ薄明るく、涼しい風が肌をかすめる。その冷たさが、今日が特別な日であることを強く意識させた。

駅に着くと、真一郎は既にホームに立っていた。肩にリュックを背負い、小さなキャリーバッグを足元に置いている。その姿は見慣れた真一郎のままだけれど、どこか遠い存在になったようにも感じた。

「お、早いな。」
僕を見つけると、真一郎はいつものように軽く手を挙げて笑った。その笑顔が変わらないことに、ほっとするような、でも逆に胸が締め付けられるような複雑な気持ちになった。

「お前の方こそ、準備完璧だな。」
僕は努めて明るく声を出した。けれど、それが自分の本心ではないことは分かっていた。

「まあな。じいちゃんに言われた通り、忘れ物はないか何度も確認したよ。」
真一郎は冗談めかして言いながらリュックの紐を引き直した。その仕草がどこか落ち着かないように見えるのは、僕の気のせいだろうか。


---

発車時刻までまだ少し時間があった。僕たちはホームの端で並んで立ちながら、線路の向こうをぼんやりと眺めていた。言葉が出てこない。いつもなら何でも話せる真一郎と一緒なのに、今日だけはどうしても言葉がうまく見つからなかった。

「なあ。」
ふいに真一郎が口を開いた。

「お前に言っときたいことがある。」

その声は静かで、だけどはっきりとしていた。僕は真一郎の顔を見上げた。彼の目は真剣で、そこにいつもの軽さはなかった。

「お前がいなかったら、俺、ここまで来れなかったと思う。」
彼の言葉に、僕は胸が熱くなるのを感じた。

「俺は、ずっとお前に支えられてた。自分じゃ気づかないうちに、いつもお前に頼ってたんだと思う。」
真一郎は少しだけ笑った。でもその笑顔には、いつもの自信たっぷりな雰囲気ではなく、どこか照れくささが混じっていた。

「……ありがとう。」
その一言が、僕の心に深く響いた。

「俺だって、お前がいたからここまでやってこれたんだ。」
僕はそう返すのが精一杯だった。気持ちはたくさんあるのに、それを言葉にするのが難しかった。


---

発車のアナウンスが流れ始めた。僕たちは新幹線の乗り口に向かって歩き出した。改札の向こうで、真一郎が振り返る。

「じゃあ、行くな。」
彼がそう言って手を挙げるその瞬間、僕は思わず声を出していた。

「真一郎!」

彼が驚いたように振り返る。その目を見た瞬間、僕は覚悟を決めた。

「俺……お前が好きだ!」

ずっと胸の奥に押し込めていた言葉が、自然と口をついて出た。言った瞬間、顔が熱くなるのを感じたけれど、後悔はなかった。

真一郎は一瞬目を見開き、それからふっと笑った。その笑顔は今までで一番優しくて、温かかった。

「知ってるよ。」
彼はそう言うと、僕の肩に手を置き、目を真っ直ぐに見つめて言った。

「俺も、お前が好きだ。」

その言葉がどれほど僕の心を救ったか分からない。僕たちの間にある全ての迷いや不安が、その瞬間に消えていった気がした。

真一郎はふいに僕の手を取る。その手の温かさに、僕は涙が出そうになるのを必死でこらえた。

「俺がどこに行っても、お前とのことは絶対に忘れない。」
彼はそう言って、そっと僕の手を握り直した。

「だから、お前も元気でいろよ。」

新幹線の発車ベルが鳴る。真一郎は手を離し、改札を抜けていく。その背中を見送りながら、僕は心の中で繰り返した。

「また会おう、絶対に。」

新幹線が動き出し、真一郎の姿がだんだんと小さくなっていく。僕はホームに立ち尽くし、消えゆく列車を最後まで見送った。

残された静寂の中、心にぽっかりと穴が開いたような気持ちになる。けれど、その穴を埋めるように、真一郎の笑顔と、あの言葉が胸に残り続けた。

僕たちの夏が終わり、新しい季節が始まる。けれど、彼と交わした気持ちは、僕の中で永遠に輝き続けるだろう。

しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

黄色い水仙を君に贈る

えんがわ
BL
────────── 「ねぇ、別れよっか……俺たち……。」 「ああ、そうだな」 「っ……ばいばい……」 俺は……ただっ…… 「うわああああああああ!」 君に愛して欲しかっただけなのに……

フローブルー

とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。 高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。

太陽に恋する花は口から出すには大きすぎる

きよひ
BL
片想い拗らせDK×親友を救おうと必死のDK 高校三年生の蒼井(あおい)は花吐き病を患っている。 花吐き病とは、片想いを拗らせると発症するという奇病だ。 親友の日向(ひゅうが)は蒼井の片想いの相手が自分だと知って、恋人ごっこを提案した。 両思いになるのを諦めている蒼井と、なんとしても両思いになりたい日向の行末は……。

魔術師の卵は憧れの騎士に告白したい

朏猫(ミカヅキネコ)
BL
魔術学院に通うクーノは小さい頃助けてくれた騎士ザイハムに恋をしている。毎年バレンタインの日にチョコを渡しているものの、ザイハムは「いまだにお礼なんて律儀な子だな」としか思っていない。ザイハムの弟で重度のブラコンでもあるファルスの邪魔を躱しながら、今年は別の想いも胸にチョコを渡そうと考えるクーノだが……。 [名家の騎士×魔術師の卵 / BL]

逃げられない罠のように捕まえたい

アキナヌカ
BL
僕は岩崎裕介(いわさき ゆうすけ)には親友がいる、ちょっと特殊な遊びもする親友で西村鈴(にしむら りん)という名前だ。僕はまた鈴が頬を赤く腫らせているので、いつものことだなと思って、そんな鈴から誘われて僕は二人だけで楽しい遊びをする。 ★★★このお話はBLです 裕介×鈴です ノンケ攻め 襲い受け リバなし 不定期更新です★★★ 小説家になろう、pixiv、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、fujossyにも掲載しています。

初恋はおしまい

佐治尚実
BL
高校生の朝好にとって卒業までの二年間は奇跡に満ちていた。クラスで目立たず、一人の時間を大事にする日々。そんな朝好に、クラスの頂点に君臨する修司の視線が絡んでくるのが不思議でならなかった。人気者の彼の一方的で執拗な気配に朝好の気持ちは高ぶり、ついには卒業式の日に修司を呼び止める所までいく。それも修司に無神経な言葉をぶつけられてショックを受ける。彼への思いを知った朝好は成人式で修司との再会を望んだ。 高校時代の初恋をこじらせた二人が、成人式で再会する話です。珍しく攻めがツンツンしています。 ※以前投稿した『初恋はおしまい』を大幅に加筆修正して再投稿しました。現在非公開の『初恋はおしまい』にお気に入りや♡をくださりありがとうございました!こちらを読んでいただけると幸いです。 今作は個人サイト、各投稿サイトにて掲載しています。

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

オメガなパパとぼくの話

キサラギムツキ
BL
タイトルのままオメガなパパと息子の日常話。

処理中です...