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7話
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その日の帰り道、真一郎と歩く足音がやけに静かに感じた。夏の夜風が街路樹を揺らし、遠くで虫の声が微かに聞こえる。話すべきことはもう話したはずなのに、僕たちの間に漂うこの微妙な空気が何なのか、自分でもうまく言葉にできなかった。
真一郎は歩きながら時折空を見上げていた。その横顔を見ていると、彼が今何を考えているのか知りたいような、でも聞きたくないような、そんな気持ちに襲われる。
「なあ、今日はありがとうな。」
真一郎がふいに口を開いた。その声はどこか穏やかで、少しだけ疲れたようにも聞こえた。
「別に、お礼を言われるようなことはしてないけど。」
僕は肩をすくめて返事をする。だけど彼は、僕の方を振り返らずに言葉を続けた。
「いや、してるよ。お前が俺のことをちゃんと考えてくれてるのが分かるからさ。それだけで十分だ。」
その言葉に、僕は一瞬足を止めそうになった。でも、何とか平静を装って彼の隣を歩き続けた。心の奥に広がる暖かさをどう表現すればいいのか分からない。ただ、その瞬間、彼に向ける僕の感情が少しずつはっきりと形を成していることに気づいた。
---
次の日、真一郎がふいに「祭りの片付けを手伝いに行こう」と言い出した。祭りが終わって数日が経ち、境内にはまだ撤去されていない提灯や飾り物が残っているらしい。地元の人たちが集まって片付けをしていると聞き、僕たちは学校帰りに神社へ向かうことにした。
境内に着くと、町内会の大人たちが汗を流して作業をしていた。僕たちが手伝いを申し出ると、驚きながらも喜んで受け入れてくれた。提灯を外し、神社の階段を掃き、夏祭りの名残を少しずつ片付けていく作業は、思いのほか楽しかった。
真一郎も楽しげに笑いながら働いていた。彼が肩に担いだ提灯の束を軽々と運ぶ姿を見ていると、まるで何もかもが自然に進んでいくような気がしてくる。
作業が一段落し、休憩を取ることになった。僕たちは神社の裏手に回り、木陰に腰を下ろした。冷たい麦茶を飲みながら、真一郎がふいにポツリとつぶやく。
「なあ、祭りが終わると、やっぱり寂しいよな。」
僕は麦茶を飲む手を止めて彼の顔を見た。彼の視線は遠く、祭りの熱気が消えた境内を見つめている。
「そうだな。いつもこの時期はそう感じる。でも、また来年もあるだろ?」
僕はそう言ってみたけれど、自分の言葉に確信が持てなかった。来年の夏、真一郎はこの町にいるのだろうか。彼が出て行った後、この神社で一人きりになる自分の姿を想像すると、急に胸が締め付けられるような感覚がした。
「……俺、やっぱり迷ってるんだよ。」
真一郎が静かに言った。その言葉には、彼が自分自身と向き合っている真剣さがにじんでいた。
「夢を追いたい気持ちもある。でも、ここにいる理由もたくさんある。」
彼の言葉に、僕は何も返せなかった。ただ、彼の横顔を見つめることしかできなかった。
「お前がどう思ってるか分かってる。でも、俺が出て行くことでお前を悲しませるくらいなら、ここにいる方がいいんじゃないかって思うこともある。」
彼がそう言うたびに、僕の中で何かが崩れる音がした。
「真一郎。」
僕は静かに彼の名前を呼んだ。彼が振り返るその瞬間、僕は思わず言葉を続けた。
「俺は……お前に後悔してほしくない。ここに残るのも、出て行くのも、最終的にはお前が決めることだ。でも、それがどんな決断でも、俺はお前の味方でいるよ。」
自分でも驚くくらい素直に、そして真剣に言葉が出てきた。真一郎はしばらく黙っていたが、やがて微笑みを浮かべた。
「ありがとう。お前がそう言ってくれると、少し楽になるよ。」
その言葉を聞いて、僕は心の中で小さな安堵を感じた。けれど、それと同時に、彼がこの町を出て行く未来が一歩ずつ近づいている気がして、どこか寂しさも覚えた。
---
帰り道、真一郎が小さく笑いながら言った。
「お前がいてくれる限り、俺はどんな道を選んでも大丈夫だな。」
その言葉に、僕は静かにうなずいた。真一郎のそばにいること。それだけが、僕にとっての確かな答えだった。
真一郎は歩きながら時折空を見上げていた。その横顔を見ていると、彼が今何を考えているのか知りたいような、でも聞きたくないような、そんな気持ちに襲われる。
「なあ、今日はありがとうな。」
真一郎がふいに口を開いた。その声はどこか穏やかで、少しだけ疲れたようにも聞こえた。
「別に、お礼を言われるようなことはしてないけど。」
僕は肩をすくめて返事をする。だけど彼は、僕の方を振り返らずに言葉を続けた。
「いや、してるよ。お前が俺のことをちゃんと考えてくれてるのが分かるからさ。それだけで十分だ。」
その言葉に、僕は一瞬足を止めそうになった。でも、何とか平静を装って彼の隣を歩き続けた。心の奥に広がる暖かさをどう表現すればいいのか分からない。ただ、その瞬間、彼に向ける僕の感情が少しずつはっきりと形を成していることに気づいた。
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次の日、真一郎がふいに「祭りの片付けを手伝いに行こう」と言い出した。祭りが終わって数日が経ち、境内にはまだ撤去されていない提灯や飾り物が残っているらしい。地元の人たちが集まって片付けをしていると聞き、僕たちは学校帰りに神社へ向かうことにした。
境内に着くと、町内会の大人たちが汗を流して作業をしていた。僕たちが手伝いを申し出ると、驚きながらも喜んで受け入れてくれた。提灯を外し、神社の階段を掃き、夏祭りの名残を少しずつ片付けていく作業は、思いのほか楽しかった。
真一郎も楽しげに笑いながら働いていた。彼が肩に担いだ提灯の束を軽々と運ぶ姿を見ていると、まるで何もかもが自然に進んでいくような気がしてくる。
作業が一段落し、休憩を取ることになった。僕たちは神社の裏手に回り、木陰に腰を下ろした。冷たい麦茶を飲みながら、真一郎がふいにポツリとつぶやく。
「なあ、祭りが終わると、やっぱり寂しいよな。」
僕は麦茶を飲む手を止めて彼の顔を見た。彼の視線は遠く、祭りの熱気が消えた境内を見つめている。
「そうだな。いつもこの時期はそう感じる。でも、また来年もあるだろ?」
僕はそう言ってみたけれど、自分の言葉に確信が持てなかった。来年の夏、真一郎はこの町にいるのだろうか。彼が出て行った後、この神社で一人きりになる自分の姿を想像すると、急に胸が締め付けられるような感覚がした。
「……俺、やっぱり迷ってるんだよ。」
真一郎が静かに言った。その言葉には、彼が自分自身と向き合っている真剣さがにじんでいた。
「夢を追いたい気持ちもある。でも、ここにいる理由もたくさんある。」
彼の言葉に、僕は何も返せなかった。ただ、彼の横顔を見つめることしかできなかった。
「お前がどう思ってるか分かってる。でも、俺が出て行くことでお前を悲しませるくらいなら、ここにいる方がいいんじゃないかって思うこともある。」
彼がそう言うたびに、僕の中で何かが崩れる音がした。
「真一郎。」
僕は静かに彼の名前を呼んだ。彼が振り返るその瞬間、僕は思わず言葉を続けた。
「俺は……お前に後悔してほしくない。ここに残るのも、出て行くのも、最終的にはお前が決めることだ。でも、それがどんな決断でも、俺はお前の味方でいるよ。」
自分でも驚くくらい素直に、そして真剣に言葉が出てきた。真一郎はしばらく黙っていたが、やがて微笑みを浮かべた。
「ありがとう。お前がそう言ってくれると、少し楽になるよ。」
その言葉を聞いて、僕は心の中で小さな安堵を感じた。けれど、それと同時に、彼がこの町を出て行く未来が一歩ずつ近づいている気がして、どこか寂しさも覚えた。
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帰り道、真一郎が小さく笑いながら言った。
「お前がいてくれる限り、俺はどんな道を選んでも大丈夫だな。」
その言葉に、僕は静かにうなずいた。真一郎のそばにいること。それだけが、僕にとっての確かな答えだった。
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