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6話
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それからの日々、僕と真一郎は少しずつ、しかし確実に何かが変わり始めていた。あの日、河原での会話を境に、彼との距離が微妙に縮まった気がする。幼馴染としての何気ない時間と、彼が見せてくれる新しい一面――その狭間で僕は揺れていた。
真一郎が「この町を出るかもしれない」という話をして以来、僕はどこか落ち着かない心持ちで過ごしていた。その一方で、彼のそばにいる時間がどれだけ大切かを再認識していた。部活が終わった後、家に帰る途中でいつも会話が途切れるあの瞬間。ふいに訪れる沈黙さえも、今では愛おしい。
そんなある日、真一郎がふと提案してきた。
「神社に行こうぜ。ちょっと気になることがあるんだ。」
夕暮れが迫る頃、僕たちは再び神社へと向かった。夏祭りが終わったあの場所。あの夜の熱気はもうどこにもなく、代わりに境内はひんやりとした空気に包まれていた。夕日が社の屋根を染め上げる中、僕たちは並んで階段を上がった。
「どうして急にここに?」
僕が尋ねると、真一郎は少し笑いながら肩をすくめた。
「なんとなくだよ。ただ、ここに来ると色々考えやすいんだ。」
僕はその言葉にうなずいた。確かにこの場所には、夏祭りの時の賑やかさとは裏腹に、不思議な静けさがある。それが、考えを整理するには最適なのかもしれない。
境内に着くと、真一郎は社の近くの縁側に腰を下ろした。僕も隣に座り、彼が何を話し出すのかを待った。しかし、彼はしばらく何も言わず、じっと夕暮れの空を見つめていた。
「お前、昔ここでよく遊んだの覚えてる?」
突然、彼が口を開いた。
「ああ、覚えてる。かくれんぼとかしたよな。」
「そうそう。あの時、お前が絶対に見つからないって自信満々で隠れてた場所、すぐバレたんだよな。」
彼が思い出したように笑う。
「……あれは、隠れた場所が悪かったんじゃなくて、お前が鋭すぎたんだよ。」
僕は少し反論するように言い返したが、真一郎の笑顔を見ると自然に釣られてしまった。
しばらく他愛のない昔話を続ける中で、ふいに彼の声のトーンが変わった。
「でもさ、本当にここに来ると落ち着くんだよな。」
彼が空を見上げたまま言う。その横顔には、どこか遠くを見ているような寂しさがあった。
「俺、やっぱりこの町を出たいって気持ちは変わらないんだ。」
唐突な告白に、僕の胸がざわついた。でも、続く言葉を遮ることなく聞きたくて、僕は黙って彼を見つめた。
「でも……お前のことは、どうしても置いていきたくない。」
その言葉に、僕は心臓が大きく跳ねるのを感じた。目の前の彼は真剣で、どこにも逃げ場がないような視線を向けてくる。
「お前はどう思う?」
その問いに、僕は言葉を探した。けれど、どんな言葉を紡げば彼に正直に向き合えるのか分からなかった。ただ、一つだけ確信があった。
「俺は……お前のそばにいたい。」
絞り出すように言ったその言葉は、僕自身の本心だった。それ以上の飾りも、説明もいらない。ただそれだけが、僕の中で確かな感情だった。
真一郎はしばらく黙っていたが、やがて柔らかい笑みを浮かべた。そして、静かに言った。
「ありがとな。その気持ちだけで十分だ。」
その言葉を聞いて、僕の胸の中にあった不安が少しだけ和らいだ気がした。真一郎がどう選択するにせよ、僕たちはこれからもつながっている。そんな確信が、ほんの少し芽生えた瞬間だった。
夕日が完全に沈む頃、僕たちは神社を後にした。並んで歩く道すがら、真一郎が小さく笑いながら言った。
「……俺たち、これからどうなるんだろうな。」
「さあな。でも、俺はお前が決めたことに文句言わないつもりだよ。」
「そうか。それなら安心だ。」
夏の夜風が心地よく、二人の間には言葉では表せない静かな連帯感があった。いつか、この夏の日々を振り返るとき、僕たちはどんな気持ちでこの瞬間を思い出すのだろう。
それは、今の僕にはまだ分からない。だけど、真一郎と過ごすこの時間が何より大切だということだけは、確かに分かっていた。
真一郎が「この町を出るかもしれない」という話をして以来、僕はどこか落ち着かない心持ちで過ごしていた。その一方で、彼のそばにいる時間がどれだけ大切かを再認識していた。部活が終わった後、家に帰る途中でいつも会話が途切れるあの瞬間。ふいに訪れる沈黙さえも、今では愛おしい。
そんなある日、真一郎がふと提案してきた。
「神社に行こうぜ。ちょっと気になることがあるんだ。」
夕暮れが迫る頃、僕たちは再び神社へと向かった。夏祭りが終わったあの場所。あの夜の熱気はもうどこにもなく、代わりに境内はひんやりとした空気に包まれていた。夕日が社の屋根を染め上げる中、僕たちは並んで階段を上がった。
「どうして急にここに?」
僕が尋ねると、真一郎は少し笑いながら肩をすくめた。
「なんとなくだよ。ただ、ここに来ると色々考えやすいんだ。」
僕はその言葉にうなずいた。確かにこの場所には、夏祭りの時の賑やかさとは裏腹に、不思議な静けさがある。それが、考えを整理するには最適なのかもしれない。
境内に着くと、真一郎は社の近くの縁側に腰を下ろした。僕も隣に座り、彼が何を話し出すのかを待った。しかし、彼はしばらく何も言わず、じっと夕暮れの空を見つめていた。
「お前、昔ここでよく遊んだの覚えてる?」
突然、彼が口を開いた。
「ああ、覚えてる。かくれんぼとかしたよな。」
「そうそう。あの時、お前が絶対に見つからないって自信満々で隠れてた場所、すぐバレたんだよな。」
彼が思い出したように笑う。
「……あれは、隠れた場所が悪かったんじゃなくて、お前が鋭すぎたんだよ。」
僕は少し反論するように言い返したが、真一郎の笑顔を見ると自然に釣られてしまった。
しばらく他愛のない昔話を続ける中で、ふいに彼の声のトーンが変わった。
「でもさ、本当にここに来ると落ち着くんだよな。」
彼が空を見上げたまま言う。その横顔には、どこか遠くを見ているような寂しさがあった。
「俺、やっぱりこの町を出たいって気持ちは変わらないんだ。」
唐突な告白に、僕の胸がざわついた。でも、続く言葉を遮ることなく聞きたくて、僕は黙って彼を見つめた。
「でも……お前のことは、どうしても置いていきたくない。」
その言葉に、僕は心臓が大きく跳ねるのを感じた。目の前の彼は真剣で、どこにも逃げ場がないような視線を向けてくる。
「お前はどう思う?」
その問いに、僕は言葉を探した。けれど、どんな言葉を紡げば彼に正直に向き合えるのか分からなかった。ただ、一つだけ確信があった。
「俺は……お前のそばにいたい。」
絞り出すように言ったその言葉は、僕自身の本心だった。それ以上の飾りも、説明もいらない。ただそれだけが、僕の中で確かな感情だった。
真一郎はしばらく黙っていたが、やがて柔らかい笑みを浮かべた。そして、静かに言った。
「ありがとな。その気持ちだけで十分だ。」
その言葉を聞いて、僕の胸の中にあった不安が少しだけ和らいだ気がした。真一郎がどう選択するにせよ、僕たちはこれからもつながっている。そんな確信が、ほんの少し芽生えた瞬間だった。
夕日が完全に沈む頃、僕たちは神社を後にした。並んで歩く道すがら、真一郎が小さく笑いながら言った。
「……俺たち、これからどうなるんだろうな。」
「さあな。でも、俺はお前が決めたことに文句言わないつもりだよ。」
「そうか。それなら安心だ。」
夏の夜風が心地よく、二人の間には言葉では表せない静かな連帯感があった。いつか、この夏の日々を振り返るとき、僕たちはどんな気持ちでこの瞬間を思い出すのだろう。
それは、今の僕にはまだ分からない。だけど、真一郎と過ごすこの時間が何より大切だということだけは、確かに分かっていた。
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