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5話
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夏が少しずつ深まっていくにつれ、僕たちの日常もいつものように流れていった。けれど、心のどこかで、僕は変化を意識していた。真一郎の言葉を聞いてから、彼と一緒にいるときの些細な瞬間が、どこか特別に感じられるようになったのだ。
ある日の午後、僕は真一郎に誘われて河原へ向かった。町外れのその場所は、僕たちの隠れ家のような場所だった。大きな木が一本立っていて、その木陰でよく時間をつぶしたり、勉強をしたりしていた。
その日も、僕たちはいつものように木陰に腰を下ろした。蝉の声が遠くから聞こえ、風が川面をなでる音が心地よい。空は高く澄み渡り、青い世界がどこまでも広がっていた。
真一郎は草の上に寝転び、目を閉じていた。僕はそんな彼を横目で見ながら、胸の奥がくすぐったいような、落ち着かない気持ちを抱えていた。
「なあ、真一郎。」
僕が声をかけると、彼は片目を開けてこちらを見た。その顔は穏やかで、少し眠たそうだった。
「ん?」
返事をする彼の声に、どこか安心感があった。僕は一瞬躊躇しながらも、ずっと心に引っかかっていたことを口にした。
「お前、本当にこの町を出るのか?」
真一郎はその問いに少し驚いたようだったけれど、すぐに笑みを浮かべた。
「やっぱり気になる?」
僕は黙ってうなずいた。その沈黙が答えになることを、彼は理解していたのだろう。真一郎はゆっくりと起き上がり、川を見つめた。
「正直、まだ迷ってる。」
彼の声には少しだけ弱さがにじんでいた。それは、いつも自信に満ちている彼の姿からは想像しにくいものだった。
「でも、俺がこの町でやれることは限られてると思うんだ。それを越えたいって気持ちがある。でも……」
彼の言葉が途切れた。続きがあるのだろうけれど、それを言うべきか迷っているようだった。
「でも?」
僕が促すと、彼は小さく息を吐いて、僕の方をまっすぐ見た。
「お前がいるからさ。」
その一言に、僕は胸が強く締め付けられた。言葉が見つからなかった。彼がどれほど真剣に僕のことを考えてくれているのか、その瞳を見れば分かった。
「俺にとって、お前は本当に大切なんだ。」
彼の声は真っ直ぐで、嘘偽りのないものだった。それに応えるべきだと分かっていたけれど、僕の中の迷いが言葉を遮った。
「でもさ、もし俺がここに残る理由がお前だけだったら、それはお前にとって負担になるだろ?」
彼の声は優しかった。それがかえって僕の心を揺さぶった。
「……真一郎。」
僕は何とか彼の名前を呼んだ。彼の視線を受け止めながら、言葉を紡ぐ。
「俺も、お前がいなくなるのが怖い。でも、それを理由にお前の夢を縛るようなことはしたくない。」
自分の中から湧き上がる正直な思いを、少しずつ言葉にしていった。
「だからさ、もしお前がこの町を出るって決めたら、俺はちゃんと応援するよ。」
その言葉を聞いた瞬間、真一郎は驚いたような顔をして、それから小さく笑った。
「お前らしいな。」
彼の笑顔には、少しだけ寂しさが混じっているように見えた。それでも、僕が自分の気持ちを言えたことで、少しだけ彼の肩の荷が下りたのなら、それでよかった。
僕たちはその後、しばらく何も話さずに川の流れを見つめていた。真一郎がこの町を出るかどうか、その答えはまだ出ていない。でも、僕たちの間にあるものは少しずつ形を変えながら、確実に深まっているように思えた。
夕方になり、僕たちは河原を後にした。歩きながら、真一郎がふいに僕の肩を叩いた。
「ありがとな。お前の言葉、ちゃんと心に刻んどくよ。」
その言葉に、僕は小さく微笑んだ。彼の隣にいることが、これからどう変わっていくのか分からない。でも、今はただ、彼と一緒にこの夏を過ごしていきたいと思った。
真一郎と僕の物語は、まだ始まったばかりだ。そして、それがどんな結末に向かっていくのかは、僕たち次第なのだろう。
ある日の午後、僕は真一郎に誘われて河原へ向かった。町外れのその場所は、僕たちの隠れ家のような場所だった。大きな木が一本立っていて、その木陰でよく時間をつぶしたり、勉強をしたりしていた。
その日も、僕たちはいつものように木陰に腰を下ろした。蝉の声が遠くから聞こえ、風が川面をなでる音が心地よい。空は高く澄み渡り、青い世界がどこまでも広がっていた。
真一郎は草の上に寝転び、目を閉じていた。僕はそんな彼を横目で見ながら、胸の奥がくすぐったいような、落ち着かない気持ちを抱えていた。
「なあ、真一郎。」
僕が声をかけると、彼は片目を開けてこちらを見た。その顔は穏やかで、少し眠たそうだった。
「ん?」
返事をする彼の声に、どこか安心感があった。僕は一瞬躊躇しながらも、ずっと心に引っかかっていたことを口にした。
「お前、本当にこの町を出るのか?」
真一郎はその問いに少し驚いたようだったけれど、すぐに笑みを浮かべた。
「やっぱり気になる?」
僕は黙ってうなずいた。その沈黙が答えになることを、彼は理解していたのだろう。真一郎はゆっくりと起き上がり、川を見つめた。
「正直、まだ迷ってる。」
彼の声には少しだけ弱さがにじんでいた。それは、いつも自信に満ちている彼の姿からは想像しにくいものだった。
「でも、俺がこの町でやれることは限られてると思うんだ。それを越えたいって気持ちがある。でも……」
彼の言葉が途切れた。続きがあるのだろうけれど、それを言うべきか迷っているようだった。
「でも?」
僕が促すと、彼は小さく息を吐いて、僕の方をまっすぐ見た。
「お前がいるからさ。」
その一言に、僕は胸が強く締め付けられた。言葉が見つからなかった。彼がどれほど真剣に僕のことを考えてくれているのか、その瞳を見れば分かった。
「俺にとって、お前は本当に大切なんだ。」
彼の声は真っ直ぐで、嘘偽りのないものだった。それに応えるべきだと分かっていたけれど、僕の中の迷いが言葉を遮った。
「でもさ、もし俺がここに残る理由がお前だけだったら、それはお前にとって負担になるだろ?」
彼の声は優しかった。それがかえって僕の心を揺さぶった。
「……真一郎。」
僕は何とか彼の名前を呼んだ。彼の視線を受け止めながら、言葉を紡ぐ。
「俺も、お前がいなくなるのが怖い。でも、それを理由にお前の夢を縛るようなことはしたくない。」
自分の中から湧き上がる正直な思いを、少しずつ言葉にしていった。
「だからさ、もしお前がこの町を出るって決めたら、俺はちゃんと応援するよ。」
その言葉を聞いた瞬間、真一郎は驚いたような顔をして、それから小さく笑った。
「お前らしいな。」
彼の笑顔には、少しだけ寂しさが混じっているように見えた。それでも、僕が自分の気持ちを言えたことで、少しだけ彼の肩の荷が下りたのなら、それでよかった。
僕たちはその後、しばらく何も話さずに川の流れを見つめていた。真一郎がこの町を出るかどうか、その答えはまだ出ていない。でも、僕たちの間にあるものは少しずつ形を変えながら、確実に深まっているように思えた。
夕方になり、僕たちは河原を後にした。歩きながら、真一郎がふいに僕の肩を叩いた。
「ありがとな。お前の言葉、ちゃんと心に刻んどくよ。」
その言葉に、僕は小さく微笑んだ。彼の隣にいることが、これからどう変わっていくのか分からない。でも、今はただ、彼と一緒にこの夏を過ごしていきたいと思った。
真一郎と僕の物語は、まだ始まったばかりだ。そして、それがどんな結末に向かっていくのかは、僕たち次第なのだろう。
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