4 / 10
4話
しおりを挟む
その夜、僕と真一郎は神社の境内を離れ、暗がりの街を並んで歩いた。夏祭りの喧騒が嘘のように消えた静かな町は、蝉の声すら遠のき、虫の音だけが響いていた。僕たちの足音がその静寂の中に重なり、規則的なリズムを刻む。それは、まるで今までと変わらない僕たちの日常を暗示しているようだった。
だけど、本当に何も変わらないのだろうか?そんな疑問が胸の奥に広がる。彼の「好きだ」という告白。それに対する僕の曖昧な返事。それだけで、何かが確実に変わった気がしてならなかった。
「なあ、お前さ。」
真一郎がふいに口を開く。その声にハッとしながら、僕は彼の顔を横目で見た。彼の表情は穏やかで、まるで夕暮れの後の空気そのもののようだった。
「今の感じのままでいいよな。」
何のことだろう、と僕は少し戸惑った。でも、真一郎が見ているのは前方。彼は僕に対して、正面から迫るようなことはしない。いつもそうだった。僕のペースに合わせてくれる彼の優しさが、時に少し怖かった。
「このまま、って……」
僕が言葉を探していると、彼は静かに続けた。
「お前に負担はかけたくないんだ。だから、急ぐつもりもないし、これまで通りでいい。ただ、俺がこう思ってるってことだけ、知っててくれれば。」
彼の言葉には押しつけがましさはなく、むしろ穏やかだった。でも、その穏やかさが逆に僕を苦しくさせた。どうしてだろう。もっと自分の気持ちを率直に伝えればいいのに、どうして僕はそれができないのだろう。
「真一郎。」
僕は彼の名前を呼び、足を止めた。真一郎も立ち止まり、振り返る。その顔を見た瞬間、胸の中が熱くなった。彼はこんなにも真っ直ぐな気持ちを向けてくれている。それを受け止める覚悟が、自分にはあるのか。
「……ごめん、俺、正直に言うとまだよく分からないんだ。」
その言葉が出た瞬間、真一郎の瞳が一瞬だけ揺れたように見えた。でも、彼はすぐに柔らかく笑った。
「いいさ。それが本当の気持ちなんだろ?」
彼の言葉に、僕はうなずくことしかできなかった。でも、その後すぐに彼が小さく息を吐いて続けた。
「でもさ、お前がそうやって悩んでくれるだけで、俺は十分だよ。」
その言葉に、僕はどこか救われた気がした。真一郎はいつも、僕の不器用さや迷いを包み込むようにしてくれる。そんな彼に甘えている自分がいることも分かっていた。
二人で再び歩き始めた。やがて真一郎の家が近づき、僕たちは立ち止まった。家の前で別れるいつもの瞬間。でも今夜は、何かが違った。
「おやすみ。」
彼が手を振りながら家に入っていく。その後ろ姿を見つめながら、僕はポケットの中で手を握りしめた。帰り道、夜風が少し冷たく感じられる。彼に「おやすみ」と返すのが精一杯だった自分が、どこか情けなかった。
その夜、部屋に戻って布団に入ったものの、眠気は一向に訪れなかった。真一郎の言葉が、何度も頭の中で繰り返される。彼の「このままでいい」という言葉が、優しさでありながら、僕にとっては重く響いていた。
それでも、どこかで感じていた。この夏が、僕と真一郎の関係を少しずつ変えていくのだと。静かな町の中で、僕たちの中に芽生えた淡い感情は、まだ形を持たないまま、これからの季節の中で育っていくのだろう。
――それがどんな形になるのかは、まだ僕自身にも分からなかった。
だけど、本当に何も変わらないのだろうか?そんな疑問が胸の奥に広がる。彼の「好きだ」という告白。それに対する僕の曖昧な返事。それだけで、何かが確実に変わった気がしてならなかった。
「なあ、お前さ。」
真一郎がふいに口を開く。その声にハッとしながら、僕は彼の顔を横目で見た。彼の表情は穏やかで、まるで夕暮れの後の空気そのもののようだった。
「今の感じのままでいいよな。」
何のことだろう、と僕は少し戸惑った。でも、真一郎が見ているのは前方。彼は僕に対して、正面から迫るようなことはしない。いつもそうだった。僕のペースに合わせてくれる彼の優しさが、時に少し怖かった。
「このまま、って……」
僕が言葉を探していると、彼は静かに続けた。
「お前に負担はかけたくないんだ。だから、急ぐつもりもないし、これまで通りでいい。ただ、俺がこう思ってるってことだけ、知っててくれれば。」
彼の言葉には押しつけがましさはなく、むしろ穏やかだった。でも、その穏やかさが逆に僕を苦しくさせた。どうしてだろう。もっと自分の気持ちを率直に伝えればいいのに、どうして僕はそれができないのだろう。
「真一郎。」
僕は彼の名前を呼び、足を止めた。真一郎も立ち止まり、振り返る。その顔を見た瞬間、胸の中が熱くなった。彼はこんなにも真っ直ぐな気持ちを向けてくれている。それを受け止める覚悟が、自分にはあるのか。
「……ごめん、俺、正直に言うとまだよく分からないんだ。」
その言葉が出た瞬間、真一郎の瞳が一瞬だけ揺れたように見えた。でも、彼はすぐに柔らかく笑った。
「いいさ。それが本当の気持ちなんだろ?」
彼の言葉に、僕はうなずくことしかできなかった。でも、その後すぐに彼が小さく息を吐いて続けた。
「でもさ、お前がそうやって悩んでくれるだけで、俺は十分だよ。」
その言葉に、僕はどこか救われた気がした。真一郎はいつも、僕の不器用さや迷いを包み込むようにしてくれる。そんな彼に甘えている自分がいることも分かっていた。
二人で再び歩き始めた。やがて真一郎の家が近づき、僕たちは立ち止まった。家の前で別れるいつもの瞬間。でも今夜は、何かが違った。
「おやすみ。」
彼が手を振りながら家に入っていく。その後ろ姿を見つめながら、僕はポケットの中で手を握りしめた。帰り道、夜風が少し冷たく感じられる。彼に「おやすみ」と返すのが精一杯だった自分が、どこか情けなかった。
その夜、部屋に戻って布団に入ったものの、眠気は一向に訪れなかった。真一郎の言葉が、何度も頭の中で繰り返される。彼の「このままでいい」という言葉が、優しさでありながら、僕にとっては重く響いていた。
それでも、どこかで感じていた。この夏が、僕と真一郎の関係を少しずつ変えていくのだと。静かな町の中で、僕たちの中に芽生えた淡い感情は、まだ形を持たないまま、これからの季節の中で育っていくのだろう。
――それがどんな形になるのかは、まだ僕自身にも分からなかった。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
僕の大好きな旦那様は後悔する
小町
BL
バッドエンドです!
攻めのことが大好きな受けと政略結婚だから、と割り切り受けの愛を迷惑と感じる攻めのもだもだと、最終的に受けが死ぬことによって段々と攻めが後悔してくるお話です!拙作ですがよろしくお願いします!!
暗い話にするはずが、コメディぽくなってしまいました、、、。
婚約破棄と言われても・・・
相沢京
BL
「ルークお前とは婚約破棄する!」
と、学園の卒業パーティーで男爵に絡まれた。
しかも、シャルルという奴を嫉んで虐めたとか、記憶にないんだけど・・
よくある婚約破棄の話ですが、楽しんで頂けたら嬉しいです。
***********************************************
誹謗中傷のコメントは却下させていただきます。
婚約破棄は計画的にご利用ください
Cleyera
BL
王太子の発表がされる夜会で、俺は立太子される第二王子殿下に、妹が婚約破棄を告げられる現場を見てしまった
第二王子殿下の婚約者は妹じゃないのを、殿下は知らないらしい
……どうしよう
:注意:
素人です
人外、獣人です、耳と尻尾のみ
エロ本番はないですが、匂わせる描写はあります
勢いで書いたので、ツッコミはご容赦ください
ざまぁできませんでした(´Д` ;)
浮気されてもそばにいたいと頑張ったけど限界でした
雨宮里玖
BL
大学の飲み会から帰宅したら、ルームシェアしている恋人の遠堂の部屋から聞こえる艶かしい声。これは浮気だと思ったが、遠堂に捨てられるまでは一緒にいたいと紀平はその行為に目をつぶる——。
遠堂(21)大学生。紀平と同級生。幼馴染。
紀平(20)大学生。
宮内(21)紀平の大学の同級生。
環 (22)遠堂のバイト先の友人。
雫
ゆい
BL
涙が落ちる。
涙は彼に届くことはない。
彼を想うことは、これでやめよう。
何をどうしても、彼の気持ちは僕に向くことはない。
僕は、その場から音を立てずに立ち去った。
僕はアシェル=オルスト。
侯爵家の嫡男として生まれ、10歳の時にエドガー=ハルミトンと婚約した。
彼には、他に愛する人がいた。
世界観は、【夜空と暁と】と同じです。
アルサス達がでます。
【夜空と暁と】を知らなくても、これだけで読めます。
随時更新です。
そばにいてほしい。
15
BL
僕の恋人には、幼馴染がいる。
そんな幼馴染が彼はよっぽど大切らしい。
──だけど、今日だけは僕のそばにいて欲しかった。
幼馴染を優先する攻め×口に出せない受け
安心してください、ハピエンです。
貴方の事を心から愛していました。ありがとう。
天海みつき
BL
穏やかな晴天のある日の事。僕は最愛の番の後宮で、ぼんやりと紅茶を手に己の生きざまを振り返っていた。ゆったり流れるその時を楽しんだ僕は、そのままカップを傾け、紅茶を喉へと流し込んだ。
――混じり込んだ××と共に。
オメガバースの世界観です。運命の番でありながら、仮想敵国の王子同士に生まれた二人が辿る数奇な運命。勢いで書いたら真っ暗に。ピリリと主張する苦さをアクセントにどうぞ。
追記。本編完結済み。後程「彼」視点を追加投稿する……かも?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる