東風の饗宴

プロローグ

翠鳳大陸——その名の通り、大地は緑に覆われ、山々の稜線は鳳凰が羽ばたくように連なる。だが、この美しい大陸も、いまや戦乱の嵐の中にあった。王朝が崩れ、群雄割拠の時代が訪れて数十年。武力と知略が勝者を決める世に、もうひとつの「力」が注目を集めつつあった。

それは、食である。

「腹が満ちれば心も満ちる」とは昔からの言葉。だが、飢えた人々を救い、敵対する者たちを和解させる手段として、料理がここまで注目されたのはこの戦乱の世が初めてだった。地方ごとに独自の食文化が花開き、それぞれの料理人が戦乱の渦中で自らの腕を試していた。

そんな中、地方の小さな屋台にひとりの少年がいた。

「兄ちゃん、この麺、何か違うよな！」

食器を持ち上げ、目を輝かせる客に、少年は自信満々に笑った。

「それは特製の調味油だよ！山椒と唐辛子を練り込んで、鍋でじっくり香りを引き出したんだ。」

客は再び麺をすすり、その辛味と香りの絶妙なバランスに驚きながらも笑顔を浮かべた。

少年の名は李凌（り りょう）。今年、十五歳になる料理人だ。父の遺した屋台を切り盛りしながら、彼はただ「美味い料理」を作ることに人生を捧げていた。だが、そんな彼の日常は、ある噂がきっかけで一変する。

——「幻の調味料『龍露』を手に入れた者は、この世の王となる。」

その噂を耳にした日から、李凌の旅は始まった。出会いと別れ、戦いと平和——そのすべてが、食卓を囲む瞬間に凝縮されていく。

料理人の少年が織り成す物語は、翠鳳大陸の歴史と共に、新たな一ページを刻み始めるのだった