美しい弟

亀之助

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新しい世界

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アーサーは初恋のハロルド先生の忘形見…

そう彼の一人息子だったのだ。
ショーンは立ち尽くしたまま涙が次から次へと溢れて止まらない。

「ショーン先生…まさか私の生前の父をご存知なんですか?」


ショーンは衝撃が大きすぎて混乱していた。

「ハロルド先生は私の恩師です!!私が医師を志したのはハロルド先生と出会ったからなんです。たったの一年ほどでしたがハロルド先生から私は多くを学びました」


言葉を詰まらせながら話すショーンの頬に再び涙が流れた。

アーサーも驚きを隠せない。


「父は20年も前に亡くなっていて自分との思い出は決して多くありません。父を知る方にこうしてお会いできて嬉しいです。先生は年齢的にお若いのでまさか父を知っているとは思いもしませんでした。私達には不思議なご縁があったんですね」


「ハロルド先生の講義を初めて聞いたのは私が高校卒業する前でしたから」


到底信じられない出会いだ。
自分の人生で唯一好きになった人の血を分けた「アーサー」。
彼から目が離せないでいると


「そんなにじっと見ないでください」


可愛い照れた様な笑顔を向けられ、ショーンの心臓が大きく跳ねた。

「私は7歳くらいだったあなたにも会ったことがあります。ハロルド先生を見舞った病室とご葬儀で2度会ってるんです」と感慨深げに話した。
それを聞いたアーサーが目を丸くした。


「ええ?そうなんですか?本当に驚きました!」


亡くなって長い年月が経っても父を忘れずにいてくれて、涙まで流したショーンの姿に胸が温かくなった。

実のところアーサーはあまり父の事を覚えていない。

父はいつも忙しく家にいる事が少なかった。

でも父親に愛されていた記憶はある。

滅多に会えなかったが、父のハロルドに会うとアーサーを抱きしめて「アーサーが一番大好きだ」と言ってくれていた。
そんな父の笑顔も覚えている。

「ハロルド先生が引き合わせてくれたのかもしれないですね。これからもどうかあなたを見守らせてください。私はいつでもあなたの味方です」


お互い顔を見合わせて笑顔になっていた。


………


 
ショーンは自室で、胸の高鳴りを抑えられずにいた。

幼いアーサーに初めて会った時の事を鮮明に思い出していた。

先生の入院先の病室で会ったアーサーは類い稀な美形の男の子だった。

綺麗な顔立ちだけでなく、子供なのに物静かで礼儀正しく可憐な雰囲気が印象的だった。

そうだ、アーサーがあの子だったのだ。
葬儀では小さいながらしっかりと立っていて涙を見せない気丈な姿が堪らなかった。

そして先生の妻でありアーサーの母の絶世の美しさを今も覚えている。

アーサーはそんな母親によく似ている。

色白の美しさも、いつか感じた高貴な佇まい…どこかで会った気がした事にも納得した。
ショーンはアーサーと会った日にハロルド先生が夢に出てきたり、何度も先生の面影とアーサーが重なった訳がわかった。
全てがつながった。
だからといってこれから何かが変わるわけではない。

この落ち着かない興奮を早く収めてしまいたい。

ショーンは、アーサーとの出会いで確実に知らなかった新しい世界へといざなわれた。

自分が今まで知らなかった『人を愛するという世界』
胸が勝手に高鳴り心が震えていた。

……

ショーンは相変わらず多くの患者を抱え医師として忙しい毎日を送っていた。
時折アーサーの顔が浮かぶ。
今どうしているだろうか?コリン社長とはうまくいっているのだろうか。

自分はアーサーをどうかしたいわけでなない。
ただ彼には幸せになって欲しいし、いつも笑っていて欲しい。

とにかく辛く悲しい思いだけはさせたくない。

幼いアーサーの姿を思い出しては心配になる。

なぜか苦悩するアーサーの顔が浮かんでくる。

診察には約束した一度来ただけで、その後はなんの連絡もないし次の予約も入っていない。

それも当たり前かもしれない。
亡くなった父親を少し知っていたからといってアーサーにとってそれが何だというのか。
今は立派な育ての父親がいるのだ。

そうして1カ月が過ぎた頃、ショーンは学会に出席し、その近くのオフィスビルでアーサーを偶然見かけた。
そのオフィスビルは一流企業の事務所が多く入っていて一階のカフェは多くのビジネスマンで賑わっていた。

アーサーは洗練されたスーツ姿。

彼の輝くオーラはその場所にいる多くの人の目を釘付けにしている。

颯爽と歩いて行く後ろ姿に自分とは違う世界にいるような気がした。

ひとまわりも年上の自分が、アーサーに気軽に声もかけられない事が何より情けなかった。

アーサーは平常を取り戻していて憂いなど微塵も感じなかった。

きっと周りには多くの助けてくれる人がいるはずだ。
恋人にも愛されているし、心配など無用なのだ。
今日見かけたアーサーはハロルド先生とは似ていない気さえした。


自分は長い間誰にも惹かれる事がなく愛する事が出来ない欠陥人間だと思い生きてきた。

そんな自分がずいぶん年下のアーサーにいつの間にか惹かれていた。

彼を静かに見守っていけたらそれでいい…今の自分にはそれで十分だ。

そんなある日ショーンはアーサーの恋人であるコリン副社長に食事の招待を受けた。

アーサーも同席するとのことだった。

三つ星の高級レストランの個室。
さすがは大企業の副社長だけあって三つ星レストランを貸し切る事など造作もない様だ。
仕事の都合でアーサーは少し遅れるらしい。

「先生、あの時は色々とご配慮ありがとうございました」


「コリンさんの理解と協力が何よりも治療の効果がありました」

「ところで先生、聞きましたよ、先生とアーサーに意外なご縁があったって事を。その話を聞いてぜひプライベートでお話する機会を持ちたいと思ってお誘いしたんです。アーサーも亡き父親のことを知るショーン先生に出会えたことをとても喜んでいましたし」


笑顔のコリン副社長は今日もモデルも顔負けの格好良さで、若いのに威厳さえ感じる。
にもかかわらずアーサーの事になると可笑しいくらい何かに夢中の少年のよう。

アーサーはコリンに心から愛されているのだと肌で感じる。
二人で話しこんでいるうちに、アーサーが遅れて入ってきた。


「お待たせしてすいません。先生、今日はありがとうございます」


コリンはアーサーが来た途端、席を立ち、かけよって傍に寄り添う。
ショーンはアーサーが入って来た時、春風の様な爽やかさを感じた。

アーサーは仕立ての良さそうな品の良いスーツ姿、今日もまた輝くようなオーラが見える。

三人は食事をしながら談笑した。

コリンは終始アーサーを愛おしげに見つめている。
そしてあれこれ世話を焼こうとする。
見ているこちらが照れてしまう。

アーサーはそんなコリンに慣れている様でおかまいなしだ。

たまに「俺に過保護過ぎるぞ」と小さく言いながら呆れてコリンを睨む姿が、何とも微笑ましく笑みがこぼれる。

「ショーン先生とは、7歳の時にお会いしているらしい」

「えっ?」


「そうなんです。私は小さなアーサーさんに会ってるんです!亡くなられたアーサーさんのお父様が私の恩師だったなんて、それが分かった時はこの出会いに心が震えました。しかも実際子供だったアーサーさんに会ってたなんて…」


「そんな事があるなんて本当に驚きです。それにしては先生は若すぎませんか?」


「高校生の時、アーサーさんのお父様の講義を聞いて私は医師を志しました。今の私があるのはアーサーさんのお父様のおかげなんです」


「まさに奇跡の出会いですね」


“奇跡の出会い“という言葉がショーンの胸に深く染みた。

「小さなアーサーに会ったなんて!さぞかし可愛かったでしょうね。羨ましい!僕も会ってみたい」

「礼儀正しくてとても可愛かったですよ」

そんな風に和やかに盛り上がった会食を終え、コリンとアーサーはショーンに改めてお礼を言う。

ショーンは幸せな時間を過ごした。

近くにアーサーを感じるだけで満たされる気がする。

アーサーの少し俯いた横顔がとても綺麗で好きだ。

コリンに心から愛されていて、より安心もした。

呼んだ迎えの車が来てショーンは二人に見送られレストランを後にした。
車に乗ってすぐ携帯電話を忘れた事に気がついた。 

急いで元いたレストランに戻る。

(もう二人もレストランを後にしただろうか?)

レストランの受付で携帯電話を忘れた事を告げ、さっきまでいた個室に早足で戻った。

部屋の前に来た時、少しだけドアが開いており、まだアーサーとコリンが中にいる事が分かった。

ノックをし声をかけようとしたところで、二人の言い争いを聞いてしまう。


「アーサー、あんなことがあってずっと労わりたいと思って耐えてきたけど、ほんとは触れたくてたまらない、もう限界なんだ。今日はアーサーの笑顔を久しぶりに見れた気がする。僕はショーン先生に嫉妬してる。今日アーサーを笑顔にしたのは僕じゃなくてショーン先生だから」


コリンがアーサーを抱きしめてキスしようとしていた。
アーサーはコリンの剣幕に驚いて咄嗟にキスを避けようとした。
コリンの整った顔が一瞬歪んで見えた。


「今日僕を拒む事は許さない」

そう言ってコリンはアーサーの胸を掴んで引き寄せ唇を強引に奪った。

ドアの隙間から見える二人のキスシーンから目が離せない

「アーサー…抱きたくてどうにかなりそう」


………


コリンはアーサーを腕に抱いて

「…、無理強いしてごめん。どうかしてた。恋しくてたまらないんだ…」


コリンはアーサーの白い首筋に顔を埋めた。

二人の抱き合う姿にショーンは胸が締め付けられた。

ショーンは二人のいる部屋に入れるはずもなく、その場を離れた。
そのまま車に戻ったショーンは涙が流れていた。

この涙は何を意味するのか自分でもわからなかった。
コリンに嫉妬しているわけではない。
ただアーサーを思うと胸が痛むのだ。

「アーサーは、もはや僕の体の一部ですからね」


食事中に何気なく言ったコリンの言葉を思い出す。


「飲み過ぎじゃないのか?ショーン先生が会話に困ってる」

アーサーの困った様な顔が可愛かった。

アーサーのあのキラキラした眼差しに勝てる人なんてこの世に誰もいない気がした。



好きだったハロルド先生との永遠の別れ、そしてアーサーとの出会い、これらは運命なのか宿命なのか、ただの偶然なのか?
ショーンは気がつけば時間を忘れてぼんやりしていた。

外は白み始め、もう朝が来ようとしている。

アーサーとコリンの抱き合う姿を見てしまい、切なくて胸が苦しい。

アーサーの顔は妖しいほどに美しかった。

胸の痛みはコリン個人への嫉妬ではなく、自分の人生に抜け落ちたものを見てしまい、自分が情けなかったから。愛を知らずに生きてきたことが。

今になって愛する気持ちを知ってしまったのは幸か不幸か?自分でもわからなかった。

今までの自分の人生に無かった…それは愛し愛されること。
誰かに惹かれ、心からその人を想い、そして愛しい人を自分の胸に抱く事。
ショーンには一度もない。興味さえ持てなかった。

自分の中で愛するという事の正体がわからず、誰かに恋心を持つことがなかったのだから。

10歳以上も歳が離れていて恩師の忘形見であるアーサーに目を奪われたのは、唯一恋をした人の面影をみているからだと思っていた。

でも会っているうちに美しくて聡明でどこか謎めいたアーサーに惹かれていく自分を否定できなくなった。

アーサーの事ばかり頭に浮かび、いつも笑顔でいて欲しい、幸せであって欲しいと願う自分がいる。
アーサーの恋人のコリンを見ていると、愛には決まった形や理由などなく無条件でその人のことが愛しい、それが伝わってくる。

そんな姿を見せられて自分の中で化学反応が起きた。

まさに新しい世界だった。

これからの自分の人生、アーサーの幸せだけを祈って生きるのか?
それもいいかもしれない…愛を知らないよりマシだ。
自問自答は長く続き、朝が来てしまった。



……


コリンは、最愛の恋人アーサーとは長い時間を共に過ごしてきた。

アーサーはその美貌から大学時代、近寄りがたいと噂される後輩だった。

そんなアーサーがふいに笑ったりすると、この上なく胸がときめいた。

時が経つほどアーサーをより深く愛し、初めて会った時のときめきが今でも薄れる事は無い。

今はとにかく1分1秒でも一緒にいたい。

毎朝目覚めた時、夜眠りにつく時、彼を見ていたい。

同居する事を再三提案しているのに首を縦に振ってくれない。

アーサーは、急な仕事で会えなくなったりしても自分とは違って寂しがったりしない。

毎日でも抱きしめて眠りたいと考えるコリンとは明らかに気持ちの温度差があり過ぎる。
コリンはアーサーの目も眩む様な美しい肌を知り、結ばれると生まれて初めて壮絶な快感を得てすっかり心と体を奪われた。
それは知らなかった新しい世界で、そこに足を踏み入れると戻っては来れなくなった。

コリンは大学一のイケメンと名を馳せ、告白された数は数えきれない。

それでもアーサーと出会ったあの日から彼以外は目に入らない。
時が経った今でもアーサーは絶対的な美しさを誇っている。

最も心配なのはアーサーが他人の好意に対して少々鈍感なところ。

現実問題、薬を盛られて拉致されそうになるなんて、心臓がいくつあっても足りない。
あの事件は、コリンは身が凍りつき、生きた心地がしなかった。
彼に万が一何かあればどんなに絶望することになるか。
アーサーのいない世界では生きられない。

「コリン、色々心配をかけてごめん」


「謝ることじゃない、アーサーには何の非もないから。でも僕は気が気じゃない。心配で死にそうだったから。だからどうか僕と一緒に暮らして欲しい」

一緒に暮らしたいと言ってもアーサーは、コリンの社会的な立場を考えて同棲はしないと言い張る。
コリンの会社の重要の取引先のある国は同性愛を嫌悪する傾向が強いからだ。
確かにコリンの父親だって同性の恋人の話に一切触れようとしない。見て見ぬふりしている。コリンはもどかしくて仕方がない。
こみ上げる複雑な感情にイライラして叫びたくなることがある。
アーサーに非はないとは言ったものの、そもそもアーサーの美しさが罪なのだ。

アーサーは何をしていても綺麗だし、笑顔は可愛すぎて殺傷能力がある。
僕達が大学で出会ってから何年経っただろう。

出会った頃ほど未熟ではないけれど取り巻く環境も大きく変わった。

でも時が流れても変わらないのは熱い想いと欲望。

体を重ねる時はいつも興奮で自分を見失い、おかしくなる。

狂おしいほどに求めてしまう。

熱を持ったアーサーの艶やかで甘い吸いつくような肌、深いところでつながる快感は、正気を保てない。

今日はもうその欲望を抑える事ができない。
ショーン先生との会食の場で見せた笑顔に、すでにやられている。 


まさかの人物に薬を盛られる事件があってから、長い間思い悩んでいたアーサーもやっと心が落ち着いて僕の思いに応えてくれた。


「アーサー、僕の腕の中にいて。アーサーには僕だけって事をわからせたいから」

身を委ねてくれたアーサーが愛しくて仕方ない。

アーサーの全てを何度も自分のものにしても足りない。

体に跡をつける事を嫌がるアーサー。
それでもアーサーの体に僕の所有の印をつけたい。

温かく隙間のない抱擁の中で僕の中で何かが弾ける。
体を駆け巡る快感。

「一緒にいきたい」

艶かしい表情と息遣いに煽られた。
今宵も喜びの中で濃密な時が終わる。ずっとこのままでいたいのに。

愛しい思いが溢れ、気怠い体は動かずそのまま深い眠りについた。





そして今また心配の種がある。
アーサーの亡き父の教え子でもある医師ショーン先生の存在だ。
ショーン先生のアーサーを見つめる目が気になっている。
アーサーを好きになったのでは?と…。
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