4 / 4
見られてる…
しおりを挟む都内の会社に勤めているOLのえりかには、同じ経理部所属の弘人という彼氏がいた。ところが、弘人は突如失踪してしまったのだ。家族から警察に捜索願が出されたものの、未だに行方は分かっていない。
昼休み、喫茶店で一緒にランチをとっていた同僚の友人・真由が、えりかの事を心配して尋ねた。
「ねぇえりか、彼からの連絡は来た?」
「う、ううん…」
「そう…」
「私、弘人と喧嘩しちゃったし…」
「事件性がないと、捜索願出しても警察って動いてくれないみたいだしね…でも、きっと帰って来るよ。彼、えりかの事をいつも思ってくれてたんだもの。帰ってきたら、ちゃんと仲直りしよ。私が仲介人にあげるから」
「うん…ありがとう真由…」
弘人が蒸発して何日かが経ったある夜、えりかが仕事を終えて帰路についている時の事だ。数日降り続いていた雨も漸く止んだ深夜、湿気でじめついた空気の中、えりかは一人夜道を歩いていた。そして、自宅のアパート近くの更地を通り過ぎたその時…、「…見られてる」えりかは何かの気配を感じ取った。
恐る恐る振り向くも、後ろには誰もいない。しかし、えりかは明らかに誰かが自分を見ている、自分をつけているのを感じていた。えりかは足を速め、アパートへと急いだ。すると…べちゃ…べちゃ…べちゃ…と、後ろから微かに音が聞こえてくる。雨水でぬかるんだ土を踏みつけるような音が、徐々に徐々にえりかに近づいて来ていた。アパートの入り口まで来たえりかは、再び後ろを振り向いた。アパートの電灯が照らす明かりの向こうの暗闇から聞こえてくる音…それと共に、暗闇の中で何か動くものが見えてきた。えりかは目を凝らして見てみると、真っ黒い人影がえりかの方へと近づいて来ているのが分かった。えりかは、その得体のしれない黒い影にゾッとし、自分の部屋である303号室へと急いだ。迫り来る黒い影から逃れようと、えりかは必死で階段を駆け上った。部屋の前までやって来たえりかは、ドアを開けようと鍵を取り出した。しかし、慌てて差し込もうとしたために鍵を落としてしまう。えりかが鍵を拾おうと腰をかがめた時、べちゃりべちゃりと影が階段をゆっくりと上る足音が聞こえた。えりかは急いで鍵を拾い、鍵穴に差し込んだ。ガチャリとドアが開き、えりかは部屋の中へと飛び込んだ。
鍵を閉め、えりかはしばらくドアスコープから外の様子を伺った。しかし、黒い影は部屋の前に現れる事はなく、先程まで聞こえていた足音ももうしない。
安堵したえりかは、冷や汗でぐっしょりと濡れた体を洗おうと服を脱ぎ、浴室に入った。
シャワーの湯を全身に浴びながら、えりかは黒い影の事を振り返った。
『一体何だったんだろう…あれは人間なの?とてもそうは思えない…幽霊なの?…なんで私を追ってきたの?………ひょっとして!』
えりかはシャワーの湯を止めた。
『…………いや、そんなはずはない…。幽霊なんて、いるわけないよね。きっと幻覚だ。仕事で疲れ過ぎてるだけだよね。そうに違いない…』えりかはそう自分に言い聞かせ、再び水栓を回した。
身体中の汗と共に、仕事の疲れと数分前の身の毛もよだつ恐怖を洗い流していく…。
えりかが顔を洗おうとして口の中に湯がに入った瞬間、何やら不快な味がした。と同時に、強烈な生臭さを感じた。
「うっ!!」えりかは嘔吐した。
見ると、シャワーから黒ずんだ水が流れ出ていた。そして、黒い水と一緒に赤いものが混じっていた…血だ。
えりかは浴室から飛び出し、バスタオルで黒く塗れた身体を拭うと、ベッドの隅に縮こまって泣いた。これは悪夢なのか現実なのか、えりかは目の当たりにした光景に錯乱した。
べちゃ…べちゃ…べちゃ……………あの音が部屋の中で聞こえていた。えりかは顔を上げた。暗い部屋の中、不気味な黒い影が立っていた。黒い影はその場でえりかの事をジッと見ていたかと思うと、じりじりと彼女の方へと近づいた。えりかは逃げたくても、足がすくんで立ち上がる事が出来ない。近づくにつれて、影の姿が段々と顕在化し始めた。それは、全身泥にまみれた人間のようだった。泥人間は、ベッドに上がってえりかに覆いかぶさると、黒い手で彼女の両肩をグッと掴んだ。
「…だしてくれ…ここから…だしてくれ…」泥人間はかすれた声で繰り返しそう言った。
えりかは押し離そうと泥人間の顔に手をやった。その瞬間、顔についた泥が落ちて、その下から泥人間の素顔が現れた。えりかは戦慄した…。
「だしてくれ…だしてくれ…」
「……ごめんなさい!…ごめんなさい!!許してお願い!!」えりかが泣き叫ぶと、泥人間は静かに消え去った。
恐怖で高ぶった気をどうにか静めたえりかは、スマホを取り出し、どこかへと電話をかけ始めた。
「……もしもし、あの…私、弘人を…彼氏を…殺しちゃいました…」
アパート近くの更地から、弘人の死体が発見された…。
0
お気に入りに追加
2
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(1件)
あなたにおすすめの小説

【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】
絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。
下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。
※全話オリジナル作品です。
【短編】怖い話のけいじばん【体験談】
松本うみ(意味怖ちゃん)
ホラー
1分で読める、様々な怖い体験談が書き込まれていく掲示板です。全て1話で完結するように書き込むので、どこから読み始めても大丈夫。
スキマ時間にも読める、シンプルなプチホラーとしてどうぞ。

怖いお話。短編集
赤羽こうじ
ホラー
今まで投稿した、ホラー系のお話をまとめてみました。
初めて投稿したホラー『遠き日のかくれんぼ』や、サイコ的な『初めての男』等、色々な『怖い』の短編集です。
その他、『動画投稿』『神社』(仮)等も順次投稿していきます。
全て一万字前後から二万字前後で完結する短編となります。
※2023年11月末にて遠き日のかくれんぼは非公開とさせて頂き、同年12月より『あの日のかくれんぼ』としてリメイク作品として公開させて頂きます。
すべて実話
さつきのいろどり
ホラー
タイトル通り全て実話のホラー体験です。
友人から聞いたものや著者本人の実体験を書かせていただきます。
長編として登録していますが、短編をいつくか載せていこうと思っていますので、追加配信しましたら覗きに来て下さいね^^*
十三怪談
しんいち
ホラー
自分が収集した実際にあった話になります。同時に執筆している「幽子さんの謎解きレポート」の元ネタになっている話もあります。もしよろしければこちらの方もよろしくお願いいたします。

死界、白黒の心霊写真にて
天倉永久
ホラー
暑い夏の日。一条夏美は気味の悪い商店街にいた。フラフラと立ち寄った古本屋で奇妙な本に挟まれた白黒の心霊写真を見つける……
夏美は心霊写真に写る黒髪の少女に恋心を抱いたのかもしれない……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
ありがとうございます!