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見られてる…
しおりを挟む都内の会社に勤めているOLの長谷川えりかには、同じ経理部所属の彼氏がいた。ところが、その彼氏が突如失踪してしまったのだ。家族から警察に捜索願が出されたものの、未だに行方は分かっていない。
昼休み、喫茶店で一緒にランチをとっていた同僚の友人が、えりかの事を心配して尋ねた。
「ねぇえりか、彼からの連絡は来た?」
「う、ううん…」
「そう…」
「私、彼と喧嘩しちゃったし…」
「事件性がないと、捜索願出しても警察って動いてくれないみたいだしね…でも、きっと帰って来るよ。彼、えりかの事をいつも思ってくれてたんだもの。帰ってきたら、ちゃんと仲直りしよ。私が仲介人にあげるから」
「うん…ありがとう…」
彼氏が蒸発して何日かが経ったある夜、えりかが仕事を終えて帰路についている時の事だ。数日降り続いていた雨も漸く止んだ深夜、湿気でじめついた空気の中、えりかは一人夜道を歩いていた。そして、自宅のアパート近くの更地を通り過ぎたその時…、「…見られてる」えりかは何かの気配を感じ取った。
恐る恐る振り向くも、後ろには誰もいない。しかし、えりかは明らかに誰かが自分を見ている、自分をつけているのを感じていた。えりかは足を速め、アパートへと急いだ。すると…べちゃ…べちゃ…べちゃ…と、後ろから微かに音が聞こえてくる。雨水でぬかるんだ土を踏みつけるような音が、徐々に徐々にえりかに近づいて来ていた。アパートの入り口まで来たえりかは、再び後ろを振り向いた。アパートの電灯が照らす明かりの向こうの暗闇から聞こえてくる音…それと共に、暗闇の中で何か動くものが見えてきた。えりかは目を凝らして見てみると、真っ黒い人影がえりかの方へと近づいて来ているのが分かった。えりかは、その得体のしれない黒い影にゾッとし、自分の部屋である303号室へと急いだ。迫り来る黒い影から逃れようと、えりかは必死で階段を駆け上った。部屋の前までやって来たえりかは、ドアを開けようと鍵を取り出した。しかし、慌てて差し込もうとしたために鍵を落としてしまう。えりかが鍵を拾おうと腰をかがめた時、べちゃりべちゃりと影が階段をゆっくりと上る足音が聞こえた。えりかは急いで鍵を拾い、鍵穴に差し込んだ。ガチャリとドアが開き、えりかは部屋の中へと飛び込んだ。
鍵を閉め、えりかはしばらくドアスコープから外の様子を伺った。しかし、黒い影は部屋の前に現れる事はなく、先程まで聞こえていた足音ももうしない。
安堵したえりかは、冷や汗でぐっしょりと濡れた体を洗おうと服を脱ぎ、浴室に入った。
シャワーの湯を全身に浴びながら、えりかは黒い影の事を振り返った。
『一体何だったんだろう…あれは人間なの?とてもそうは思えない…幽霊なの?…なんで私を追ってきたの?………ひょっとして!』
えりかはシャワーの湯を止めた。
『…………いや、そんなはずはない…。幽霊なんて、いるわけないよね。きっと幻覚だ。仕事で疲れ過ぎてるだけだよね。そうに違いない…』えりかはそう自分に言い聞かせ、再び水栓を回した。
身体中の汗と共に、仕事の疲れと数分前の身の毛もよだつ恐怖を洗い流していく…。
えりかが顔を洗おうとして口の中に湯がに入った瞬間、何やら不快な味がした。と同時に、強烈な生臭さを感じた。
「うっ‼」えりかは嘔吐した。
見ると、シャワーから黒ずんだ水が流れ出ていた。そして、黒い水と一緒に赤いものが混じっていた…血だ。
えりかは浴室から飛び出し、バスタオルで黒く塗れた身体を拭うと、ベッドの隅に縮こまって泣いた。これは悪夢なのか現実なのか、えりかは目の当たりにした光景に錯乱した。
べちゃ…べちゃ…べちゃ……………あの音が部屋の中で聞こえていた。えりかは顔を上げた。暗い部屋の中、不気味な黒い影が立っていた。黒い影はその場でえりかの事をジッと見ていたかと思うと、じりじりと彼女の方へと近づいた。えりかは逃げたくても、足がすくんで立ち上がる事が出来ない。近づくにつれて、影の姿が段々と顕在化し始めた。それは、全身泥にまみれた人間のようだった。泥人間は、ベッドに上がってえりかに覆いかぶさると、黒い手で彼女の両肩をグッと掴んだ。
「…だしてくれ…ここから…だしてくれ…」泥人間はかすれた声で繰り返しそう言った。
えりかは押し離そうと泥人間の顔に手をやった。その瞬間、顔についた泥が落ちて、その下から泥人間の素顔が現れた。えりかは戦慄した…。
「だしてくれ…だしてくれ…」
「……ごめんなさい!…ごめんなさい‼許してお願い‼」えりかが泣き叫ぶと、泥人間は静かに消え去った。
恐怖で高ぶった気をどうにか静めたえりかは、スマホを取り出し、どこかへと電話をかけ始めた。
「……もしもし、あの…私、人を…彼氏を…殺しちゃいました…」
アパート近くの更地から、彼氏の死体が発見された…。
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