恋愛ノスタルジー

友崎沙咲

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真実

《4》

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そんな健気な彩と暮らしながら俺は何度となく彼女の言葉を思い出した。

『私、パパみたいにずっと忙しい人とは結婚しないわ。だって寂しいもの』

『あそこいる大人みたいになると、将来あなたのお嫁さんになる人が可哀想よ』

僅か五歳だった彩のこの言葉。
彼女が嫌だと言っていた男を地で行く自分に愕然とした反面、それでも彼女を離したくないという気持ちは変わらなかった。

彩を突き放すという苦肉の策に出た事は、いたしかないと思っていた。
けれどどうしても結婚はしたい、彩と。
でもこのまま寂しい思いをさせるのは辛い。

今考えると自分の馬鹿さ加減にほとほと呆れるが、何もしてやれない今の俺に縛り付けたくはなかった。
俺が構ってやれない間は彼女を解き放っていてやりたかったのだ。

だから彼女には恋人がいると思わせるような演技をし、物分かりのいい男を演じ続けた。
恋人の名は花怜。かつて彼女が大切にしていた人形の名だ。

俺には恋人がいる。だから君も作ればいい。
だが俺は、自分が仕向けたにも関わらず血の気が引く思いだった。

彩は純粋すぎた。
あっさりと俺の策にはまり、好きな男を作ってしまったのだ。

俺としては結婚式までには仕事を片付け、巧く彩の気持ちを自分に向ける気でいた。
元々誰にも渡す気なんかないし、誰が相手でも奪う気でいた。

ところが、まっしぐらに他の男へと想いを募らせる彩を見ているうちに、俺は激烈な嫉妬に焼き尽くされる思いだった。
……もしも……もしもその男が地位も名声も手にした眉目秀麗な男だったら?
俺と違い、愛情表現が豊かで彩の気持ちを捉えて離さないようないい男だったら?

つくづく、嫌な予想は的中する確率が高い。
彩の意中の男は申し分のない男だった。
激務のストレスに加え、強烈な後悔と嫉妬心。
それが余計に彩と自分自身を追い込んでいく事になる。

耐えきれず彩を抱き締めて眠り、ある時はその唇を奪った。
花怜なんて恋人はどこにもいないのに、彼女を大切にしろと泣く心優しい彩。

あと少しで契約が成立し、仕事が片付くという時、俺は会議中に意識を失ってしまった。
医師が言うには極度の過労らしい。

そんな中、絶望的だと思っていた俺に一筋の希望が射し込んできた。
彩が、俺を心配してあの実業家であり画家である榊凌央の元から駆け付けてくれたのだ。
髪を乱し、涙の跡を残した彩の顔を見た俺は、嬉しさに胸が踊るようだった。

イヴは病院から帰れないが、クリスマス当日は何としてでも帰って彩と過ごしたかった。
それから、これをきっかけに真実を話し、彼女の心を手に入れたい。

だからこれが最後の嘘だ。
彼女の好きなジュエリーショップに連れていき、好きなアクセサリーを選ばせる。
そしてそれを捧げ、彼女に心から謝り愛を告げる。
何としてでも年末……年が明けるまでには真実を告げたかった。

そんな俺に、一本の電話が入った。
重役達との会食の最中だったが堅苦しい集まりでもなく、そろそろお開きになる頃だった。

「彩?」
「彩じゃないわ。彩の友達よ。あまりにもあなたにムカついて吐きそうになったから我慢できずに電話したの」

……確かに彩はこんなにドスの効いた声は出さない。
俺は怒気を含んだ女性の声に耳を傾けるため、席を外した。

「恋人にプレゼントするアクセをあの子に選ばせたそうだけど……あなた、本当に気付いてないの?だとしたら究極鈍い。万死に値するわね。それとも、あの子の気持ちを分かってそうしたのだとしたらとんだドSね。どちらにしろ死んでもらいたいわ」

……万死……。
これが白崎美月との初対面(いや、まだ会ってはいないが)……俺に死んで欲しいほどキレている彩の友達の低い声に固まるしかなかった。
何も言えないでいる俺に、彼女は更に続けた。

「 もう彩を苦しめるのはいいかげんにして!夢川貿易が小判鮫のように峯岸グループにへばり付かなきゃ生きてけないならそれでもいいわ。けど、これ以上あの子を傷付けるのは許さない!その気がないならあの子に触れるな!」

女性にこんなにも激しく激怒されたことはなかった。

「もう私は彩の泣き顔を見たくないの。だから今日は新しい出逢いをセッティングしたわ。彩はね、自分じゃまるで気づいてないけど凄く純粋で可愛いの。どの男もほっとかないわ」

その言葉に、俺の全身が冷たくなっていく。
もう、あんな苦しい想いは懲り懲りだ。
それから、焦げるような胸の苦しみも。

美月は少し息をつくと再び続けた。

「まあ、アンタには関係ないでしょうけど。せいぜい花怜さんとやらとお幸せに」
「待ってくれ!白崎さん!」
「……」

彩を誰にも渡したくない。
その瞳に俺以外の男を写さないでくれ。
俺以外の男の傍に寄らないでほしい。
これからは、これからは誠実に向き合うからどうか俺だけをみてくれ。
胸を突くこの想いにもう耐えられない。

俺は最後の挨拶もそこそこに料亭を飛び出すと、後を黒須に任せてタクシーに飛び乗った。


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