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意外な一面
《3》
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『了解』
電話を切った後、慌てて電車に乗り込んだ私は昨日の圭吾さんの様子を思い返した。
帰ろうとした私を憮然とした顔で見下ろしていて……確か十分後には外出だって秘書の黒須さんは言っていた。
てことは、出先から輸入雑貨担当の中西さんに指示を出して、峰岸グループの本社ビルまで私がお借りする予定の雑貨を運んでくれたのかな。
……思ってもみなかったそのサプライズに何だか少し感動する。
帰ったらきちんとお礼を言わなきゃ。
電車から降りて地上を目指しながら、私は圭吾さんの冷たい顔を思い浮かべた。
*****
モデルハウス用の小物を積み込んだ後は、ウェブデザイン課と建築カメラマンとの打ち合わせが待っている。
「室内のこの部分、不自然にならないように少し影を薄くしてもらえますか?あ、外観の電線処理はいつも通りお任せします」
「了解。外観編集は後になるけど今日中に室内の画像は送信するから」
「よろしくお願いします」
いつもお世話になっている建築カメラマンの岩橋さんに頭を下げて見送ると、私は背伸びをして思いきり息をはいた。
「さあ、これからが私たちの本業よ。頑張りましょ」
成瀬さんの声に皆が頷く。
これから、AからFの6プランをウェブデザイン課の皆が手分けして仕上げていくのだ。
ウェブデザインの良し悪しは、インターネットからの集客数を左右するといっても過言ではなく、ミーティングを重ねる度に緊張感が増していく。
「良いものを作りましょう!」
「はい!」
私はデスクに戻ると、下描きのデザイン画に視線を落とした。
****
定時後。
私は今日やるべき仕事をすべて終わらすと、凌央さんの自宅へと向かった。
午後七時。
「凌央さん……本当に私も行っていいんですか?」
私は戸惑いつつ、バスルームから出てきたばかりの凌央さんを見上げた。
「いいんだって!アキも来るし、ギャラの代わりに飲み食い自由だからな。思いきり食っとけよ」
大きなバスタオルで身体を拭いた凌央さんが、ダイニングキッチンの椅子にかけていたシャツに袖を通しながらコクコクと頷く。
ああ、一瞬だったけど……裸の上半身が……筋肉が逞しくて素敵。
なんでも今日は、友人のイタリア料理店のオープンパーティーなのだそうだ。
……良かった……今日、ワンピースを着ていて。
峯岸グループ本社は服装に規定がなく、役職付きや営業部でない限り常識の範囲内であればジーパンでも構わない。
見れば今日の凌央さんは、ネクタイこそしていないがネイビーのシャツと濃いブラウンのジャケットを合わせ、シックにまとめている。
髪もワックスでいつもより落ち着いた感じにセットしてるし……カッコいい。
「行くぞ」
「あ、待ってください。メイク直しますから」
「タクシーがもう来るんだ。そのままでも可愛い可愛い!」
「嫌ですよっ!凌央さんがかっこよくキメてるのに、一緒にいる私がメイク直しもしてないなんて……ありえません!」
「分かった分かった!」
両手をあげた降参のポーズでそう言うと、凌央さんは私を見てクスリと笑った。
どうでもいいだろ、と言いたげな口調だったけど、私にしたら凌央さんに『可愛い』と言われたのが嬉しくて胸がドキドキと煩かった。
*****
銀座一丁目駅に程近い場所に、凌央さんの友人の店はあった。
店の名前である《brillare》ブリッラーレとは、確かイタリア語で輝くという意味だ。
大きな両開きの美しいドアの中は、更に美しかった。
広々とした部屋の中央には白いグランドピアノが置かれ、そのはるか上には特大のマリアテレジアシャンデリアが無数のクリスタルを反射し、幻想的に輝いている。
中央部分を開けて広々としてはいるものの、テーブル同士は決して近くなく、圧迫感は微塵もない。
「凌央さん……凄く素敵なお店ですね」
「褒めるなら本人に言ってやれ。尊!(たける)」
一番奥のテーブルに料理を運んでいた男性が、凌央さんの声に顔をあげた。
それから嬉しそうに口を開き、両手を広げてこちらに歩を進める。
「あっらー!凌央ちゃん!来てくれたのねっ!」
……見た目はまるっきり男で……しかもイケメンだけど……。
「あら、なにこの娘。凌央ちゃんの彼女?」
尊さんが、凌央さんの隣に突っ立っていた私を見た。
「ちげーよ。こいつは俺のアシスタント」
「初めまして。とても素敵なお店ですね。一歩入ってすぐに感動しました。私、凌央さんのアシスタントをさせてもらっています峯岸と申します」
言い終えて深々と頭を下げると、尊さんは目を皿のようにして私の全身を眺め回した。
「私はこのブリッラーレのオーナー兼料理長の結城尊(ゆうきたける)。……なんだかアナタ、どこかで見たことある気がするー」
一瞬ギクリとしたけど私の方はまるでこのイケメン料理人に覚えがない。
「……思い出せないわ……」
「おい尊、アキはまだか?」
凌央さんの問いかけに、尊さんが弾かれたように返事を返した。
「あっ、そうなのよ。アキね、搬入作業が長引いてたみたいだけど今こっちに向かってるみたいよ。そんなことより凄い人気よ!凌央ちゃんの《brillare》が!私のこのブリッラーレより人気出ちゃいそう! 」
あの太陽神アポロンの画の話だ。
確か凌央さんの話では店の玄関に飾るという話だったけど……出入り口にはなかった。
「そういや見当たらねーな。どこ行ったアポロン」
凌央さんが辺りを見回すと、尊さんはニヤッと笑った。
「あそこよ。今日はオープン記念パーティーだから、中に飾ってるの」
尊さんの指指した方向に、人だかりが見える。
てっきりお料理のテーブルに来客が群がっているのかと思っていたけど、どうやらそれはイーゼルに飾られた凌央さんの画らしい。
「ほら、来て」
尊さんに促されて私たちが人だかりに近寄ると、彼はすこし声を張った。
「皆様ー、神々しくそして雄々しい太陽神アポロン《ブリッラーレ》の作者、榊凌央がただ今到着いたしました!」
電話を切った後、慌てて電車に乗り込んだ私は昨日の圭吾さんの様子を思い返した。
帰ろうとした私を憮然とした顔で見下ろしていて……確か十分後には外出だって秘書の黒須さんは言っていた。
てことは、出先から輸入雑貨担当の中西さんに指示を出して、峰岸グループの本社ビルまで私がお借りする予定の雑貨を運んでくれたのかな。
……思ってもみなかったそのサプライズに何だか少し感動する。
帰ったらきちんとお礼を言わなきゃ。
電車から降りて地上を目指しながら、私は圭吾さんの冷たい顔を思い浮かべた。
*****
モデルハウス用の小物を積み込んだ後は、ウェブデザイン課と建築カメラマンとの打ち合わせが待っている。
「室内のこの部分、不自然にならないように少し影を薄くしてもらえますか?あ、外観の電線処理はいつも通りお任せします」
「了解。外観編集は後になるけど今日中に室内の画像は送信するから」
「よろしくお願いします」
いつもお世話になっている建築カメラマンの岩橋さんに頭を下げて見送ると、私は背伸びをして思いきり息をはいた。
「さあ、これからが私たちの本業よ。頑張りましょ」
成瀬さんの声に皆が頷く。
これから、AからFの6プランをウェブデザイン課の皆が手分けして仕上げていくのだ。
ウェブデザインの良し悪しは、インターネットからの集客数を左右するといっても過言ではなく、ミーティングを重ねる度に緊張感が増していく。
「良いものを作りましょう!」
「はい!」
私はデスクに戻ると、下描きのデザイン画に視線を落とした。
****
定時後。
私は今日やるべき仕事をすべて終わらすと、凌央さんの自宅へと向かった。
午後七時。
「凌央さん……本当に私も行っていいんですか?」
私は戸惑いつつ、バスルームから出てきたばかりの凌央さんを見上げた。
「いいんだって!アキも来るし、ギャラの代わりに飲み食い自由だからな。思いきり食っとけよ」
大きなバスタオルで身体を拭いた凌央さんが、ダイニングキッチンの椅子にかけていたシャツに袖を通しながらコクコクと頷く。
ああ、一瞬だったけど……裸の上半身が……筋肉が逞しくて素敵。
なんでも今日は、友人のイタリア料理店のオープンパーティーなのだそうだ。
……良かった……今日、ワンピースを着ていて。
峯岸グループ本社は服装に規定がなく、役職付きや営業部でない限り常識の範囲内であればジーパンでも構わない。
見れば今日の凌央さんは、ネクタイこそしていないがネイビーのシャツと濃いブラウンのジャケットを合わせ、シックにまとめている。
髪もワックスでいつもより落ち着いた感じにセットしてるし……カッコいい。
「行くぞ」
「あ、待ってください。メイク直しますから」
「タクシーがもう来るんだ。そのままでも可愛い可愛い!」
「嫌ですよっ!凌央さんがかっこよくキメてるのに、一緒にいる私がメイク直しもしてないなんて……ありえません!」
「分かった分かった!」
両手をあげた降参のポーズでそう言うと、凌央さんは私を見てクスリと笑った。
どうでもいいだろ、と言いたげな口調だったけど、私にしたら凌央さんに『可愛い』と言われたのが嬉しくて胸がドキドキと煩かった。
*****
銀座一丁目駅に程近い場所に、凌央さんの友人の店はあった。
店の名前である《brillare》ブリッラーレとは、確かイタリア語で輝くという意味だ。
大きな両開きの美しいドアの中は、更に美しかった。
広々とした部屋の中央には白いグランドピアノが置かれ、そのはるか上には特大のマリアテレジアシャンデリアが無数のクリスタルを反射し、幻想的に輝いている。
中央部分を開けて広々としてはいるものの、テーブル同士は決して近くなく、圧迫感は微塵もない。
「凌央さん……凄く素敵なお店ですね」
「褒めるなら本人に言ってやれ。尊!(たける)」
一番奥のテーブルに料理を運んでいた男性が、凌央さんの声に顔をあげた。
それから嬉しそうに口を開き、両手を広げてこちらに歩を進める。
「あっらー!凌央ちゃん!来てくれたのねっ!」
……見た目はまるっきり男で……しかもイケメンだけど……。
「あら、なにこの娘。凌央ちゃんの彼女?」
尊さんが、凌央さんの隣に突っ立っていた私を見た。
「ちげーよ。こいつは俺のアシスタント」
「初めまして。とても素敵なお店ですね。一歩入ってすぐに感動しました。私、凌央さんのアシスタントをさせてもらっています峯岸と申します」
言い終えて深々と頭を下げると、尊さんは目を皿のようにして私の全身を眺め回した。
「私はこのブリッラーレのオーナー兼料理長の結城尊(ゆうきたける)。……なんだかアナタ、どこかで見たことある気がするー」
一瞬ギクリとしたけど私の方はまるでこのイケメン料理人に覚えがない。
「……思い出せないわ……」
「おい尊、アキはまだか?」
凌央さんの問いかけに、尊さんが弾かれたように返事を返した。
「あっ、そうなのよ。アキね、搬入作業が長引いてたみたいだけど今こっちに向かってるみたいよ。そんなことより凄い人気よ!凌央ちゃんの《brillare》が!私のこのブリッラーレより人気出ちゃいそう! 」
あの太陽神アポロンの画の話だ。
確か凌央さんの話では店の玄関に飾るという話だったけど……出入り口にはなかった。
「そういや見当たらねーな。どこ行ったアポロン」
凌央さんが辺りを見回すと、尊さんはニヤッと笑った。
「あそこよ。今日はオープン記念パーティーだから、中に飾ってるの」
尊さんの指指した方向に、人だかりが見える。
てっきりお料理のテーブルに来客が群がっているのかと思っていたけど、どうやらそれはイーゼルに飾られた凌央さんの画らしい。
「ほら、来て」
尊さんに促されて私たちが人だかりに近寄ると、彼はすこし声を張った。
「皆様ー、神々しくそして雄々しい太陽神アポロン《ブリッラーレ》の作者、榊凌央がただ今到着いたしました!」
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