GREATEST JADE~翡翠の瞳に守られて~

友崎沙咲

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vol.4

再会

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どうして私はこんなにも無力なんだろう。
自分の事を自分自身で決められない。
いつも誰かに頼らなければならなくて、すごく惨めだ。
こんなに情けない思いをするくらいなら、いっそ早く大人になりたい。

「早く部屋へ行って休め」
「……わかった」

私は黙って立ち上がると、部屋へとかけ上がった。

****

翌日、放課後。

「藍ちゃん、もう帰る?帰るなら私も少し時間があるから翠狼の家に行こうかな」
「じゃあ、正面玄関で待ってて。私、図書室に寄らなきゃならないんだ」

私がそう言うと、瀬里は少し眉をあげてから笑った。

「分かった。じゃあ私、お別れ会の出欠を先生に提出しなきゃならないから職員室に寄ってから降りるね」
「うん、分かった。じゃあ後でね」

私は瀬里に手を振ると、三階の一番東にある図書室へと向かった。

****

学校の中は安全。
漠然とそう思っていた私は、図書室に一歩入って硬直した。
図書室の北側半分はすべて本棚で、南側半分には八台のテーブルが置かれている。
その真ん中のテーブルに、信じられない人物が座っていた。
それもひとりの女子生徒の首に腕を回して。

「会いたかったよ、藍」

私を見てそう言った律の唇から、一筋の赤い線が顎に向かってゆっくりと垂れた。
……嘘。もしかして、この女の子の血を……!
息を飲む私の視線を察して、律はグイッと手の甲で唇を拭った。

「大丈夫だよ、死ぬまでは飲まない。舞ちゃんだっけ?」
「うん……」

舞と呼ばれた女子生徒が、虚ろな眼差しで天井を見上げた。

「ほら、傷口拭いて。すぐ塞がるからね」
「分かった……じゃあね、律くん」
「ん」

舞ちゃんという女の子が、ゆっくりとした足取りで出入り口に立っていた私の脇を通りすぎた。
シャンプーの香りに交ざる、微かな血の匂い。
きっと彼女は律に暗示をかけられて血を飲まれたんだ。

「なんだよ……元カレだからってそんなにぎこちないとなんか悲しいな」

……逃げなきゃ。
そうだ、翠狼に電話……いや、携帯電話はスクバの中で取り出すのに時間がかかる。
なにも出来ない私を見て、律がゆっくりと立ち上がった。

「狼に清雪様を殺された。どうしてくれるんだよ」

律の瞳が一段と赤く光り、恐怖心からか私は全身がみるみる冷たくなっていくのを感じた。
早く逃げなきゃ……!

「っ!!」

踵を返そうとした瞬間、律は既に私の腕を掴んでいた。
数メートルの距離を一秒にも満たない時間で音もなく縮めた律は、ドラマで見たヴァンパイアと同じように素早い。
私の驚きなどに興味がない律は、引き戸の鍵をかけてから舌打ちした。

「魅惑の血の呪縛から解放されたかったのに……獣臭いアイツらのせいで、計画を変更せざるを得なくなったよ」

律はそう言うと、氷のような冷たい瞳で私を見下ろした。

「マリウスに、君を捧げる」

……マリウス……どこかで聞いたことがある名前だ。
私は律から顔を背けると、必死になってそれを思い出そうとした。
マリウス……マリウス。
心臓が破裂しそうな程の恐怖と緊張の中、私は歯を食いしばってそれに耐えようとした。
マリウスって、確か……。
あっ!
胸に稲妻が走ったような衝撃の中、私は翠狼と共に律を追い、廃墟ビルに忍び込んだ時の様子を思い出した。

『清雪様、とうとうマリウスが来日しました』

『……そうか。ではそろそろ準備にかからなくてはならないな。Fascinating bloodの準備は整ったのか』

そうだ。あの時律が確かに清雪とこう話していた。
目まぐるしく考える私の腕を、律が引き寄せた。

「本当はね、清雪様にマリウスを殺させたあとで彼の血を飲み、俺は『無敵のヴァンパイア』になる予定だったんだ。でも彼は死に、その計画は絶たれた。だからマリウスに取り入るしかなくなったんだ。ファシネイティングブラッドは世界的に見ても貴重だから、藍を捧げようと思ってる。そしたらマリウスが俺を仲間にしてくれるかも知れない。『無敵のヴァンパイア』にはなれなくても、マリウスに守られる」

最後は独り言のように呟いて、律はその綺麗な顔にフワリと笑みを浮かべた。

「藍は俺に似てるよ、ほんとうに」

律が私の瞳を覗き込んだ。

「誰からも愛されなくて孤独なところとか、そっくりだよ」

グッと胸を踏まれたような圧迫感がして、私は思わずその苦痛に眉を寄せた。
そんな私を、律が面白そうに眺める。

「藍のママに聞いたけど……狼と暮らしてるんだって?迷惑かけてるって思わないの?」
「……迷……惑?」

声が掠れて、慌てて咳払いをしたけど手遅れだった。

「そう迷惑。狼だって藍の面倒見なきゃならないなんて迷惑に決まってる。もう観念しなよ。愛されたいなんて思わないで俺の役に立ってよ」

……愛されなくて孤独。
確かにそうだ。私は誰からも愛されてないし、必要とされてない。
律にこう言われて、私はギュッと眼を閉じた。
登下校、いつも送り迎えをしてくれる翠狼。
ダイニングテーブルの上の書類の山に向き合い黙々と仕事をし、それは私が部屋に上がったあとも続く。
最後に胸に蘇ったのは彼のこの言葉だった。

『これからは抱きつくな』

謝りたくて必死で、思わずとってしまった行動だけど……彼は触れられたくなかったのだ。
……そうだよね……迷惑だよね……。
知らず知らずのうちに、私は無意識に誰かにしがみつこうとしているのかも知れない。
……みっともなくて、酷く情けなく思える。
……やめよう。
私は深く息をついた。

「……分かったよ、律。分かった」

律が唇を引き上げて笑った。

****

「正面玄関で瀬里が待ってるの。だからそこは通れない」

そう言った私を律が鬱陶しそうに一瞥した。

「俺、ヴァンパイアだよ?どうして人間と同じことしなきゃなんないんだよ。窓から出るからこっちに来て」

律に手を引かれて窓際に連れて行かれそうになって、私は咄嗟に身をこわばらせた。
だってここは三階だ。

「大丈夫だから、」

本当に、突然だった。

「なっ……!」
「……っ!」

律が言い終わるか終わらないかの内に、すぐ後ろの出入り口の引き戸がガチャリと開いたのだ。

「お前が暗示で人払いをしたお陰でこちらも楽に来られた」

翠狼……!
振り向いた私の眼に飛び込んだのは、翠狼の均整のとれた身体だった。
翠狼は私を一瞬だけ見た後、すぐに律を見据えた。
そんな翠狼の前で、律が私の首に腕を回して力を込めた。

「あれ?俺、鍵をした筈なのに」

翠狼が、ニヤリと笑った。

「俺がどうして人間と同じ事をしなきゃならないんだ。よく考えろ」
「……!」

耳元で律の歯軋りが聞こえる。
そんな律に、翠狼は低い声でこう言った。

「藍を離せ」

翠狼の言葉の直後、律が私に強く囁いた。
首に回された律の腕が小刻みに揺れて、彼の動揺が私にも伝わる。

「早くこの狼に言うんだ。私は律と行くと!」

首筋を圧迫されて顔が熱くなる中、私はもう一度考えた。
……そうだ、私は……翠狼にはもうこれ以上甘えられなくて、迷惑で……。
心臓がドクドクと物凄い早さで脈打ち、喉の奥が締め上げられたように苦しくて痛い。
私は震えそうになる声を必死で抑えながら翠狼に話しかけた。

「翠狼、私は律と行く。もう決めたの」

私の言葉に、翠狼が憮然として口を開いた。

「瀬里から頭脳明晰だと聞いていたが、さほどでもないようだな」

思わずコクンと喉が鳴る。
それから翠狼が視線の行方を律に変えて続ける。

「沢村律。先日はとり逃したが、今日はそうは行かない。お前はもう存在しないはずの者だ。潔く死ね」

律が思い出したかのように声を荒げた。

「よくも清雪様を殺してくれたな!!お前のせいで『無敵のヴァンパイア』への道が絶たれたっ!」
「かりにも自分を救った者の命を奪い、高みを見ようとするとは……お前のその野望はすべてのヴァンパイアを地に貶める行為だ」
「他のヴァンパイアなんてどうでもいい!俺はもう『魅惑の血』から解放されたいんだ!」

昼下がりの図書室にはそぐわない、荒々しい律の声が響く。
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