GREATEST JADE~翡翠の瞳に守られて~

友崎沙咲

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vol.2

涙と恋

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またしても場面が変わった。
場所は野原のようだった。
河川敷のようなそこに深々とした穴が掘られていて、信じられない数の死体が放り込まれていた。
口元を布で覆い松明を手にした男性たちがヒソヒソと話す。

「庄太郎の家は、子供七人とも助からなかったってよ」
「流行り病はどうしようもねぇ」
「かかった時点でもう手遅れだってよ」

流行り病……。
律は……律はどこ?!
生きながらにしてこの死体の山につみあげられてしまったの?!
それから、この深い穴に埋められてしまうの?!
嫌だ、嫌!そんなの嫌!
律、律!!

「助けて……助けて……」

律だって、すぐに分かった。
どこ?!どこ!?
目まぐるしく視界が変わる。

「地上の下一間したいっかんで土をかけろ!」

声が響いた直後、誰かの背中が見えた。
その人物が、死体の山から誰かの手を引っ張った。
あれは……律だ。誰かが死体の山から律を引っ張りだしたのだ。
律を抱いた人物がクルリと振り向いた。
中高な顔立ちの美しい男性だった。

「おい、あんた!何してる」

松明を持った男性が焦ったように彼の肩を掴んだ。

「アンタまで流行り病にやられちまうぞ!」

すると律を抱いた男性がニヤリと笑った。
たちまちその瞳が赤くなり、キラリと光る。

「平気だ。もう死んでる」
「ひ、ひいいっ!」

赤い瞳に驚いた男性がもんどり打って地面に尻餅をついた。
その瞬間にはもう、律を抱いた男性は恐ろしい早さで駆け出し、姿を消した後だった。
ホッとした瞬間、再び場面が変わった。

「助けてくれたの……?」

小綺麗な部屋に寝かされた律が殆んど息だけのような声で言い、僅かに眼を開けて男性を見つめている。

「いや、まだ助けてない。……お前はこのまま死んでいいのか?捨て子の異人だとバカにされ、母に先立たれた不幸な人生を流行り病で手離してもいいのか?」

律の眼から、涙がこぼれた。

「もっと……もっと生きたい……」

男性がフッと笑った。

「永遠の命を与えてやってもいい。私の見返りはお前の忠誠だ」

律の唇が震えた。

「助けてくれたら……貴方に忠誠を誓います」
「……よし」

ユラユラと揺れる蝋燭の炎が一際長くなった時、そこで視界が真っ暗になった。
律の、私に見せたビジョンが終わったのだ。

「り、つ」

見上げた私に律が言った。

「藍、泣かないで」

言われて初めて自分が泣いているのに気付いたけど、律だって泣いている。

「律も、泣かないで」
「藍。俺には藍の孤独が分かるよ。ヴァンパイアになって……いや、それ以前もずっと孤独だったから」

そう言うと、律は私を抱き締めた。

「正直に言うとね、俺、あの時助けられるというのがヴァンパイアになるって事だとは知らなかったんだ。気付いた時には血に飢えていて自分をコントロール出来ずに辛い時期もあったよ。だけど、今はヴァンパイアになって良かったと感じてるんだ。だって、藍に出逢えたから」

律……!
律のその言葉が嬉しくて、涙が止まらない。
いいって思えた。
律がヴァンパイアでもいい。

「律。律ならヴァンパイアでも構わないよ。もう律は独りじゃない。私がいるから」

律の肩が震えた。

「藍、ありがとう。俺、今日を忘れないよ」
「私も、忘れない」

この時の私は、誰かに必要とされた喜びと初めて心の底から信頼できる人に巡り会えた幸せに胸が熱くて、他に何も考えられなかった。

***

「あの、藍ちゃん」

顔をあげると、瀬里が私を見ていた。

「……なに?」

瀬里とはあの日以来話していなかった。

「この間は……ごめんね、一臣君と一緒に……」

たちまち数日前の雪野一臣の言葉が脳裏に蘇った。

『単刀直入に訊くが、昨日の男とは知り合いなのか』

あの時は、どうしてわざわざあんな事を聞かれるのか分からなかった。
でも今となれば、ひとつの考えが胸に浮かぶ。
……もしかして……雪野一臣は、律の正体を知っているのかも。
それに、瀬里も。
だからああ言ったんじゃないだろうか。
律がヴァンパイアだと知った今、心にはこの予想しか浮かばなくて、私は瀬里を見据えた。

「あなた達は何を知ってるの?雪野一臣は、何者?」

瀬里がグッとつまった。
私はそれを見て早口で言った。

「たとえ律が誰でも私は構わない」

瀬里がみるみる青くなった。

「藍ちゃん、それは」

そこでホームルームを告げる本鈴が鳴り、皆がガタガタと席に着き始めた。
それを見た瀬里が諦めたように唇を引き結んだから、私は彼女を見上げて短く言った。

「心配してくれてるのは分かってる。でも、ほっといて」
「藍ちゃん……」

瀬里の心配そうな眼差しから、私は眼をそらすしかなかった。
だって、律といたいから。

***

放課後。

「藍」
「律!」

今日は律と図書館に行く予定で、私は校門まで迎えに来てくれた律に駆け寄った。
白い息が弾む。

「藍、会いたかった」
「私も!でもよかったの?律にしたら図書館なんて退屈なんじゃ」

私がそう言うと、律が少し拗ねたように私を睨んだ。

「藍は分かってない」
「え」
「俺は藍となら、どこに行っても嬉しいのに」

律……。
その時、視線を感じて私は辺りを見回した。
校門付近にいた女子達が、律をチラチラと見ている。

「ねえ、あの人誰?!凄くカッコ良くない?!」
「一緒にいるの三年の松下先輩だよ」
「え!あの秀才の?!モデルみたいなイケメンだけど、彼氏なのかな?!だとしたら以外!」

お洒落な彼女達の姿に私の胸が重くなる。
律を見ているあの集団は……校内でも女子力が高くて可愛いと評判のグループだ。
いつも流行のファッションやメイクの話に余念がない。
それに……男の子の話にも。
その時、ふと律が彼女達を見た。

「きゃあっ、こっち見た!」
「超カッコイイ!」

律の綺麗な眼に見つめられたら、女の子なら全員ドキッとするのは当然だ。
でも……嫌。
律に、彼女達を見てほしくなかった。
だって、私とあの人達とは違いすぎるもの。
私は彼女達を見ている律に胸が苦しくて、思わず俯いた。

「なんか、ギラギラしててヤダな」

意味がわからずにそう言った律を見上げると、彼女達から眼をそらして私を見た律が笑った。

「あの子達より、藍のが可愛い」
「……え」

信じられないその言葉に思考が付いていかなくてポカンと律を見上げていると、彼は弾けるように笑った。

「きゃあっ、笑顔めちゃイケてるっ!」

女子達が一際甲高い声を上げた。

「藍、行こう!」

そう言った律が私の手がしっかりと握った。

「律」
「おいで」
「……うん!」

見上げた律の顔があまりにも素敵で、胸がドキドキと煩い。
そのドキドキで気付いた。
私は律に、恋をしたって。

****

「あのあのあの藍ちゃん!!」

『あのあのあの』にギョッとして振り向くと、血走った眼をした瀬里が真後ろに立っていた。
……場所は学食の前。

「……なに?」

抑揚のない声で私が返事をすると、瀬里は異様に大きな声を出した。

「あの、今日暇?!暇なら前に言ってた画のモデルになってくれない?!」

あー……。
そういえばそんな話をしてたっけ。
……今日は……律は用事があるって言ってたし、予定もないし……まあいいか。

「いいけど」
「ほんと?!やったあ!」
「声がでかい……」
「ご、ごめんっ……あの、あまりにも嬉しくて」

照れ臭そうに笑った瀬里が本当に嬉しそうで、私は眼を見張った。
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