GREATEST JADE~翡翠の瞳に守られて~

友崎沙咲

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vol.1

冷たい月

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***

「ああ!私を煩わさないで!来週にはパリに立たないとならないのよ」

デザイナーのママ。

「君はいつもそう言うが、じゃあ一体いつになったら話が出来るんだ!」

弁護士のパパ。

……でた……また喧嘩かよ。
自宅の一階に降りかけたところで溜め息をつき、私は再び二階にある自分の部屋へと戻った。

私、松下藍(まつしたあい)18歳。 
あともうちょっとで高校生活も終わり。
早く卒業したい。卒業したらこんな家、出ていってやる。
だって、私の居場所はここじゃない。

仕事が忙しくて留守ばかりのパパとママ。
なのにたまに顔を合わすと、喧嘩ばかり。
二人が私にくれたものは愛情じゃなく、数枚のカードだけ。
まあ、それを今更辛いなんて思う程子供じゃないけどね。
そんな時期は……とっくに過ぎ去った。

「藍?!藍、いるんでしょ?!あなた、偏差値がいくら高くても気を弛めてちゃだめよ!?油断は禁物なんだから。まだ受験まで時間があるんだから、ちゃんと勉強しなさい!」

ウザい。
ウザすぎる。
昔から友達も少なくて、親からも構ってもらえなかった私には勉強が全てだった。
勉強は好き。だって勉強をすれば、学校や塾の先生が構ってくれたから。
彼らは、唯一私の価値を認めてくれている大人達。
こんな風に他人と繋がりを求めるなんて随分イタい女子かも知れないけど、本当に私には他に何もなかったんだ。
成績だけはトップの中のトップ。
ママはろくに私なんか見てなかったクセに、私が成績優秀なのが分かると、自分の希望する有名私立大学に入れたがった。

笑っちゃうよね。
私の夢とか希望はお構いなしに、自分の好きな大学に娘を入学させようとするなんて。

『あなたの将来の為よ。いい?!絶対にこの大学じゃないとダメよ』

子供は親を選べないとは正にこういう事だ。
ママは私を好きじゃない。
パパも私を愛してない。
でも私、決めたんだ。ママの好きな大学を受験しようって。
愛されたいからじゃない。
これは……痛い思いをして産んでくれた事のお礼。
でも、これでもう本当に最後。

高校を卒業したら、私はこの家を出る。それから大学を卒業して、自分だけのために人生を生きる。
体調管理を万全にし、このままなんの問題もなければ100パーセントに近い確率で合格を約束されている私は、受験に向けての猛勉強なんて必要ない。

普通に、残りわずかな高校生活を無事に過ごして卒業するだけ。
あと少し。
もう少し。
そう思いながらグッと歯を食い縛ると、私は一階から響き渡るママの甲高い声に耳を塞いだ。
窓から見えた月は、冴え冴えと光っていた。

****

数日後。

「あの、藍ちゃん……」

フッと顔をあげると、同じクラスの瀬里が私の机の前で遠慮気味に声をかけてきた。
……夏本瀬里。
たしか、一年先輩だった学校一のイケメン……雪野翔と付き合っていた記憶がある。
私達が三年に上がる前に雪野翔は卒業しちゃったけど、たまに校門まで迎えに来てたりするから今も続いてるみたい。
まあ、どうでもいいけど。

「……なに?」

私が椅子に腰かけたまま瀬里を見上げてこう言うと、彼女は思いきったように私に頭を下げた。

「あの、あの、藍ちゃんさえよかったら、私の画のモデルになってください!」

は?
私がポカンと瀬里を見つめると、瀬里はゴニョゴニョと続けた。

「あの、今ってみんな受験勉強で忙しいでしょ?でも藍ちゃんは超頭イイし、推薦入試も余裕だって先生が話してたし……」
「うん、まあ」
「……暇だったら、是非画のモデルになってもらいたくて」

画のモデルって……。
返事をしない私を見て、瀬里は焦ったように続けた。

「あっ!そんな、裸とか、そんなんじゃないよ?!ちゃんと服を着てていいしっ。あ、けどワンピースとかがいいなあ。藍ちゃんは手足が長くて凄く綺麗だし、顔も美人だからずっと前から描いてみたくて……よろしくお願いしますっ!」

そう言って瀬里が勢いよく頭を下げた瞬間、ガン!という音が響き、すぐに、

「痛ーっ!」

私の机に額を激突させた瀬里が叫び、その音と彼女の絶叫でクラスの皆がこっちを見た。

「瀬里、どうしたの?!大丈夫!?」
「お前、どんだけ深いお辞儀してんだよ。保健室いけ!」
「きゃー!瀬里、腫れてきたよ?!デコッパチになってるよ?!」
「行くよ、保健室。少し冷やそう」
「や、あの、七海ちゃん、私、大丈……」

…………。
あれよあれよという間に、クラス一面倒見のいい村田七海が瀬里の腕を掴み、教室を出ていってしまった。
……騒がしい子……。
どうでもいいけど。
私は瀬里の消えていった教室のドアをチラッと見たあと、小さく息をついた。

*****

今日は特別授業で学校は午前中までだ。
……嫌だな。
クラスの皆は受験に向けて最後の追い込みをしているようで、塾だのゼミだの言いながら、忙しそうに帰っていった。
そんな中私は、帰り支度もしないまま南側の窓を眺めた。

……帰りたくない。
あの寒くて冷たい家に帰りたくない。……そういえば……夏本瀬里はどうしたんだろう。
瀬里が保健室から帰ってきた気配はなかった。
……まあ、瀬里は元々地味で目立たないから私が気付かなかっただけなのかもしれない。
二時間目以降は科目別に皆がバラバラに行動していたしね。
でも……オデコ……大丈夫かな。
ふと一番後ろの瀬里の席を振り返ると、いつの間にか彼女の荷物はなくなっていた。
おとなしい割には皆に人気があるから、誰かが保健室に持っていったのかも知れない。

その時、妙な感じがして私は反射的に宙を見た。
なんか……視線を感じたんだけど。
なんだろう、気のせい?
見られているような感じが拭い去れなくて、私は辺りを見回した。
三階のこの教室にはもう私しかいない。
でも確かに今、視線を感じた。
なに、誰?
今絶対に誰かに見られてた。
背筋がゾクッとして、思わず両腕を抱き締めてから私は立ち上がった。
寒いような、冷たいような空気を感じる。

今すぐ出よう。
どこか人のいるところへ。
急いで机の中の物をスクバに詰め込み、教室を出ると、私は廊下の先にある階段を走り降りた。

……もう大丈夫……な気がする。
だって学食に向かう途中だとかお弁当を手に外へ出ようとする一、二年生がいっぱいいるもの。
人の姿を見ていると、僅かに騒がしくなっていた心臓がゆっくりと落ち着いてくる。

暫く正面玄関の近くで人混みに紛れていたけれど、そんなことばかりもしていられず、私はゆっくりと開け放たれている扉から外へ出た。
真っ直ぐ正門へと近付くと空を見上げて考える。
このままバスに乗って駅まで出て……マックにでも入って暫く時間を潰そう。
その後は……どうしようかな。ネカフェにでも……。
その時、左側から瀬里の声がした。

「あのあの、藍ちゃん……」

学校の塀と電信柱の間に立っていたらしい瀬里がヒョコッと姿を見せる。

「瀬里……」

どうやら私を待っていたみたいだった。

「あの、藍ちゃん、朝の話なんだけど……」

脇を通った自転車の生んだ風が瀬里の前髪をフワリと浮かせると、そこに真っ白な何かが貼り付けてあった。
……朝、私の机に頭突きした時の……。

「……大丈夫?」
「瀬里」

ちょうどその時、私の声に男性の声が重なり、瀬里が弾かれたように声のした方を振り返った。
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