シオンズアイズ

友崎沙咲

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第五章

奪還に向けて

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リーリアス帝国国王ダグダは、思案していた。
一番の腹心で軍師でもあるアジュールに、目を閉じたまま問い掛ける。

「アジュール、お前の意見は」

アジュールはテーブルの上に両肘をつき、左右の指の腹同士を付けて、そこに出来た空間を見つめながら口を開いた。

「ケシア奪還を早々に」

最北の都ケシアに白金族人間が攻め込んできた時、ダグダは既に帰還の途についていた。
同盟国で友好関係にあるニア帝国と、白金族人間の国であるアーテス帝国との小競り合いを見過ごせず、加勢に出掛け、無事にアーテス軍を退けた七日後の出来事であった。

伝令係がダグダに追い付いた時にはもう、引き返して加勢するのは、恐らく不可能であった。
ダグダは頷いてから、南側の中庭に眼をやった。

中庭を挟んだ向こう側には、ファルの住居がある。
勘の良いアジュールは、その視線の意味を瞬時に理解していた。

「ケシア奪還は王子に任せられるのが良いかと。アルゴ、ロイザ、ジュードが帰還したのです。王子には、軍神マルスが味方しておいでです」

ダグダは、皮肉げに口角を上げた。

「お前が神の名を出すなど、意外だな」

アジュールは、ダグダを見つめてから参ったと言うように笑った。

「ケシアに七色の瞳の乙女が囚われているなら、王子の士気は更に上がるというもの。それに仲間の帰還が追い風になるでしょう。
手前味噌ではありますが王子には我が息子、マーカスも付いております」

ダグダは、更にニヤリとした。

「では、我らは」

アジュールは大きく頷いた。

「アーテス帝国へ」

アーテス帝国とは、白金族人間の国である。
この大陸の中央には白金族人間のアーテス帝国と、黄金族人間の住む国、リーリアス帝国の二つの国が南北に分かれて位置していて、二国を囲むように複数の小国が存在している。
アジュールは続けた。

「今夜のうちに軍事会議を開き、王子にこの旨を伝え、詰めた話を」
「ああ、そうだな」

ダグダは玉座から立ち上がると、刃付きの棍棒を右手で握り締めた。

◇◇◇◇

軍事会議はその夜開かれた。
王ダグダとその側近、王子ファル、アルゴ、マーカス、各対隊の隊長、そして特別に香が呼ばれた。

本来なら参加するロイザとジュードは、まだ起き上がれず欠席である。
ダグダが威厳のある低い声で言った。

「我が軍はアーテス帝国へ攻め込む。アーテス帝国の北西に位置するニア帝国は、我が国の同盟国だ。ニア帝国からアーテス帝国に入り、一気に攻め込む」

「分かった父上。俺はケシアを奪還する」
「その前に」

ダグダは、息子ファルに力のこもった眼差しを向けた。

「アシ帝国とガイザ帝国を見方につける事が出来れば、事は更に上手くいくぞ」

アシ帝国とガイザ帝国は、中立国である。
二国とも、白金族人間のアーテス帝国と、黄金族人間のリーリアス帝国、どちらにも隣接している国である。
ファルは首を横に振った。

「父上、それは無理だ」

アシ帝国とガイザ帝国は、婚姻関係で結ばれた国であり結束は固い。
同盟を結ぶとなれば両国同時でないとならないし、そんな時間はない。
マーカスが口を開いた。

「アシ帝国とガイザ帝国の望みは、ファル王子と自国の王女との結婚です。無理だ」
「なら、どうする」

マーカスがニヤリと笑う。

「ロー帝国を見方につけます。ロー帝国の望みなら明白だ」

ロー帝国とは、アーテス帝国の北東に位置する国である。
ダグダは唇を引き結んだ。
マーカスが勝ち誇った様に口を開いた。

「ロー帝国の望みはアーテス帝国に奪われたメルの都の奪還です。だが今のロー帝国は兵が不足しております。
そこで我らが友軍を差し向け二国でアーテス帝国に攻め込み、メルの都を奪還するのです。それによって互いの利害が一致します」

ダグダは頷いた。

「よし、マーカス。ファルを支えてやってくれ。頼んだぞ」

マーカスは、ダグダに黙礼した。

「時期は」

息子の問いに父が答えた。

「月が二度巡る頃を目処に。その頃にはロイザ、ジュードもある程度は回復しているだろう」
「分かりました」

ファルは父王ダグダに深々と頭を下げた。
そんなファルに、ダグダはサラリと問いかけた。

「それはそうと、お前は七色の瞳の乙女をどうする気なんだ」
「……っ?!」

たちまち香とアルゴが顔を見合わせ、意味ありげに口角を上げた。

「一晩の内に耳飾りを贈る間柄になるとは、お前も随分……」
「父上!」

ファルが赤面し、集まった面々を落ち着きなく見回した。

「プッ」

以外にもマーカスが吹き出し、それを見たアルゴがニヤニヤと笑った。
コイツらっ!
ファルはブルッと頭を振ると、声を荒げた。

「お前らっ!ロイザとジュードを見に行くぞ!
父上、ではまた後日!」

強引に話を終わらせ、ファルは大股で歩いて退出した。
その後を慌てて皆が追い、そんな若者達を見ながらダグダは肩を揺らした。


◇◇◇◇

「香」

夕食時、ファルは眉を寄せて口を開いた。
香がスープを飲む手を止めてファルを見つめる。

「なに?」
「シオンにはどんな力があるんだ?七色の瞳の乙女には強大な力があるんだろ?」

香はホッと息をついた。

「アイーダは恐らく、シオンの血を飲んで人間になった。
……七色の瞳の乙女……シオンの血は、飲んだ人間の願いを叶えるの。
大抵の者は『不老不死』を願うわ。アイーダのように人間になりたいと願う魔性もいればね。
ただ、自分の存在を変えたいと願う者が血を飲む際に、過って七色の瞳の乙女を死なせてしまうと効力がなくなる。 生かせて飲まなきゃダメなのよ、アイーダみたいにね。 けど死なせると、『守護する者』が必ずその者の息の根を止める」

「血か……ほかには何かないのか?」

アルゴが、ガツガツと肉を食べながら尋ねた。

「七色の瞳の乙女の涙は、怪我や病気に効く。ただし、自分以外の者にしか効かないわ」

アルゴが眼を見張った。

「すげえな」

「まだあるわよ。七色の瞳の乙女を神に差し出すと、世界を手に入れられる」
「本当か?」

ファルが香を見つめた。

「けどそれには条件があって……七色の瞳の乙女自らが、それを望まないと無理なの。無理矢理差し出しても無駄。
……それに……」

香は物憂げな眼差しを空にさ迷わせた。

「それに、なんだ」
「……処女じゃなくなると、すべての力が無くなる」
「マジかよ」

香は頷いた。

「七色の瞳の乙女を巡る争いを無くすためと、永遠に続く強大な力を恐れた最高神オーディンが呪詛したらしいわ。
詳しいことは私もわからないの。『七色の瞳の乙女』にまつわる文献なんてないし、太古から語り継がれてる言い伝えと、私が『守護する者』として見てきた事しか分からない」

「抱いた男は……処女をもらった男はどうなる?」

アルゴの素直すぎる問いに、一同は食事の手を止めた。
香がジーッとファルを凝視する。
ファルは皆の視線を感じてギクリとした。
……質問したのはアルゴなのに、どうして俺を見るんだっ!

「どーもならないわよ。責任とって一生大切にすれば?」

……だから、俺を見るなっ!
ファルはスープをゴクゴクと飲み干した。

「いやー、心配だよな、ファル」

アルゴが首を振りながらファルをチラリと見た。

「シオンはカイルの部屋で一緒に暮らしてるんだろ?もしもカイルが」

ファルが勢いよく立ち上がった。

「出掛けるっ!!」
「バカね!」

香が呆れたように口を開いた。

「白金族人間は、シオンの力が必用なのよ?!抱くなんてシリウスが許すわけないでしょ!」

アルゴが気まずそうに、立ち上がったファルの肩をポンポンと叩いた。

「良かったな、ファル」
「……シリウスがこの事を知らないなら話は別だけど」
「やっぱり出掛ける」

ファルは、我慢できなかった。
一目でもいい。遠くからでもいい。

「シオンの顔が見たいんだ」

絞り出すような苦しげなファルの声に、全員が胸を突かれて黙り込んだ。
暫くの後、重苦しい沈黙を破ったのは香だった。

「しっかりしなさいよ!シオンだって頑張ってるのよ?
……シオンは言ったわ。今度会うときには馬に乗れるようになってるって。
あなたに会いたいからでしょ?!
だから私達も、自分達が出来ることを一生懸命やるのよ」

「俺もカオルの意見に賛成だ」

マーカスの静かで落ち着きのある声が響いた。

「すまなかった」

呟くように言うと、ファルは眼を伏せた。

◇◇◇◇

ジュードとロイザは、しばらく寝台から出られずにいた。
なかでもロイザの胸の傷は深く、すぐには意識が戻らなかった。
帰還から数日後、ようやくロイザが目覚め、皆が胸を撫で下ろした。

「まだ熱が高いから、無理はするな」

ファルは、弟のようなロイザを見つめた。

「ケシア奪還には僕も行く」
「ダメだ。傷が深すぎる。死にに行くようなものだ」

ロイザは天井を見つめてギュッと眉を寄せた。

「僕はいつだって、ファルのお荷物だ。僕は……弱い」

ファルは瞳に優しい光を浮かべて、ロイザの頭をクシャリと撫でた。

「お前は弱くない。お前がいなかったら、あの時俺もアルゴもジュードも死んでた」
「じゃあ……僕、少しは役に立てたのかな」
「少しじゃない。凄くだ。……もう休め。ケシアは必ず奪還する。お前はなにも考えず、傷を治すんだ」

ロイザはフワリと微笑んだ。
兄のように慕うファルの言葉に救われ、自分の価値を信じようと思ったのだ。

「ありがとう、ファル」

◇◇◇◇

自室に戻りながら、ファルは唇を引き結んだ。
父王ダグダの軍は疲労の色すら濃いものの、ほぼ無傷である。
それに反してファルの軍はかなりの痛手を負っていた。

戦略的には間違っていなかったはずだ。
正直、ロイザを連れていけないのはキツい。
ロイザは敵の動きを先読みする能力に長けている。
それゆえに、皆の身代わりとなったのだ。

……カイルが曲者だ。
アイツさえ倒せば、白金族人間など恐るるに足らぬ筈だ。
ファルがみたところによると、カイルは何もかもがずば抜けていた。

剣の腕が超一流であるのは、いうまでまもない。
それに加え、隊列の組み方を見定めて瞬時にそれを切り崩す判断能力、敵は元より味方に対しても無駄な情けを持たない冷酷さ。

それらを備えているカイルが目の前に現れた途端、形勢逆転され、ファルの率いる軍は散り散りにされたのだ。
こちらが一度崩された隊列を組み直す間を、カイルは与えてくれなかった。

特別騎兵隊の数が、圧倒的に違っていたのも敗因だ。
ファルは自室に戻るのをやめて、マーカスの部屋を目指した。
必ず奪還する!ケシアの都も、シオンも!
身体中の血が熱くたぎった。

◇◇◇◇

翌日すぐさま、ニア帝国とロー帝国に使者が向かった。
七日後、使者が朗報を携えて帰ってきた。
ニア帝国はこちらに恩があるし、忠実な同盟国である。

ロー帝国は白金族人間に奪われたメルの都奪還に燃えていたので、二つ返事でこちらの提案を了承した。

国王ダグダ率いる軍は、すぐさまニア帝国を目指した。
アーテス帝国の北西に位置するニア帝国は同盟国である。
出来るだけ早くニア帝国に入り、兵達を休ませてアーテス帝国へ奇襲をかけるのだ。

一方アーテス帝国軍は、かなりのダメージであった。
ダメージを与えたのは他でもない、ダグダ軍である。

きっと今ごろは、アルゴ、ジュード、ロイザがリーリアス帝国に帰還したのを耳にしているだろう。
近いうちにシリウスは、ケシアの都から自国アーテス帝国に帰還するはずである。

シリウスの性格上、長々と国を空けるような真似しまい。
ダグダはグッと前を見据えて、愛馬の手綱をさばいた。

◇◇◇◇

ファルは大きく息を吸い込み、敢然と言い放った。

「グズグスしている暇はない!出来るだけ早く兵を立て直してケシアに入るぞ!黄金族人間の強さを白金族人間にわからせてやる!」

言い終えたファルが、グルリと仲間を見回すと、たちまち兵達から雄叫びが上がる。
それを見たマーカス、アルゴが頷いて不敵な笑みを浮かべた。
戦いの日は迫りつつあるのだった。
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