シオンズアイズ

友崎沙咲

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第五章

欺きの決心

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あれ以来、シオンはカイルに歯向かうことなく過ごした。
……油断させてここから逃げる。
生きてもう一度ファルに会うために。

……せめてファルの事を考えていたい。
エリルの森で出逢い、気を失った私を胸に抱いて介抱してくれたファル。
互いの想いをキスで確かめ合ったのが、凄く昔に感じる。

私がピアスを無くして、ファルが小さな花で金のピアスを作ってくれたのよね。
……あれ?
シオンはスーッと寒気がした。
……ない!ファルに貰ったピアスがない!!

アイーダに咬まれて、誰かにここに連れられてきて……。
今まで気づかなかった!!
指を耳朶からはなし、シオンは眉を寄せて唇を噛んだ。
耳から離れていってしまったピアスを、自分とファルの未来に重ねてしまい、悲しかったのだ。

カイルは、寝台の上で静かに眼を閉じているシオンを部屋の端から盗み見した。
……何か思い出しているのか?
唇に僅かに笑みを浮かべて穏やかな顔をしていたかと思うと、たちまち頬を染めて俯く。

カイルはそんなシオンを見つめているうちに、体に違和感を感じた。
……なんだ、このムカつきは。
カイルは胸焼けのような感覚に、思わず唾液を飲み込み眉を寄せた。

シオンが想いを馳せている人物が誰か、カイルには分かっている。
それがカイルを苛立たせているのだ。
あんな短気で粗野で単純な男のどこがいいんだ。
剣の腕だって俺の方が断然勝っている。

カイルは、自分でも気付かぬ内にシオンを射るように見つめていた。
その時である。
突然シオンが耳を押さえたかと思うと視線を落とし、寝台の上をキョロキョロと見回し始めた。

勘のいいカイルは、それがどういう行動なのかすぐに分かった。
シオンの耳朶に小さな穴が開いているのを、カイルは知っていたのだ。

白金族人間の女達の殆どは、耳飾りをしている。
木や、綺麗に染め上げた布、金属などで作られた美しい耳飾りがとても流行っていて、街へ行けば様々な耳飾りが売られている。

青くなって辺りを見回しているシオンを見ると、カイルは胸の不快感が限界に達した。
その時、ふと顔をあげたシオンとカイルの視線が絡まる。

っ!……いつから見られてたんだろう。
シオンは一瞬ギクッとしたが、平静を装いながらさりげなく眼をそらし、開いている窓の外を見つめた。
俺には関係ないと?
……入り込んでやる、シオンの心に。

「探し物?」
「別に」

シオンは無表情で答えた。

「耳飾りを無くしたとか?」
「……無くしてない。つけてないだけ」
「嘘つけ」

冷たく整った顔に皮肉げな笑みを浮かべて、カイルはシオンを部屋の端から一瞥した。
くっ、読まれてる、完全に読まれてるっ。
カイルって鋭いし抜け目がない。
……油断させるには、どうすれば。

「わっ!」

色々と思いを巡らせているうちに、いつの間にか近付いてきたカイルがシオンの寝台に勢いよく腰掛け、彼女はビックリして小さく叫んだ。

「なに?!」
「君の耳飾りについて……聞きたい?金の耳飾り」

シオンが眼を見開いてカイルを見た。

「返して!」

……ほら、やっぱり。
ちょっとカマをかけただけで易々と引っ掛かるなんて。
それだけ大切な物だって事か。

潤んだ大きな瞳がキラキラと七色に輝き、カイルはシオンに見とれた。
ああ、本当に綺麗だ。

「カイル、返して」

カイルはツンと横を向いた。

「今のは嘘。僕は持ってない」

な、なっにーっ!?

「嘘なの?!最低」
「君だって、耳飾りはつけてなかったと言ったよね」

グッと答えに詰まり、シオンはカイルを睨んだ。

「なんだよ」

そんなシオンに再び視線を向けたカイルが、不機嫌そうに口を開く。

「なんなの!?大体、カイルは仕事ないの!?」
「今の僕の仕事は、君の監視だから」

「あのね、私、シリウスに刺されて満足に歩けないの。監視なんて要らないでしょ?
私といてイライラするなら出ていけば?
なんなら私がシリウスにお願いしてあなた以外の人と」

「黙るんだ」
「きゃっ!んっ……!」

カイルは苛立たしげにシオンの後頭部に手を回すと、グイッと自分に引寄せて彼女の唇に口付けた。

……許さない。
俺以外の人間が、シオンの隣にいるなんて。
絶対ダメだ。

カイルは暴れるシオンをガッチリと抱え込んで優しく誘うように口付けた。
やがて顔を離すと、スッと立ち上がりシオンに背を向けた。

「バカッ!カイルの変態!勝手にキスしないで!」

キス?口付けの事だろうが……。

「『キス』ですんだだけ有り難く思うんだな」

カイルは冷たく言い放つと、部屋を後にした。

ああ、私のバカ!
完全にカイルのペースだ。
これじゃ、いつまで経っても監禁状態から抜け出せやしない。

シオンは深呼吸した。
逃げるには。
ここから逃げて、再びファルに会うには。
信用されなければならない、白金族人間に。

怪我が完全に治り、走ることが出来るようになる頃にはここから出たい。
最低でも乗馬を習得しなければ。

……欺こう、白金族人間を。
再びファルに会うために。
あんな風に気まずいまま連れ去られ、このまま会えないなんて嫌だ。

会いたい、ファルに!会って気持ちを伝えたい!
愛してるって言いたい。
そのためなら何だってする。
何だって我慢できる!
シオンはクッと天井を仰いで決心した。

カイルはハアッと溜め息をついて腰を下ろすと、中庭の池を見つめた。
どうも調子が狂う。
あの七色に輝く瞳のせいなのか?
女なんかどれも同じじゃないのか?
どうしてシオンには、通用しないんだ。

女など甘く囁いて優しく口付けたら恍惚の表情で俺を見つめて、最後には熱に浮かされたようにこう言うものだと思っていた。

『カイル様のお心のままに』と。

それがシオンはどうだ。
暴言は吐くわ、俺の顔に蹴りは入れるわ、頭突きはするわ。
気が強いと思えば、しくしく泣くし、だからといって弱々しいわけでもなくて。

……今のままじゃダメだ。
シオンは絶対俺を嫌な奴だと思っている。
ああクソ!
何で彼女の気持ちを無視して無理矢理口付けてしまったんだ。

……分かってる。
シオンの心に俺以外の男がいるからだ。
カイルは胸が焦げるような気がした。

どうしてファルより先に俺と出逢わなかったんだ!
俺が先ならシオンの心は俺のものだった筈だ!

カイルは、焦げ付いた胸に一つの赤い点が生まれ、瞬く間に嫉妬という名の炎と化して心の中で燃え盛るのを感じた。
……渡さない。シオンは渡さない!誰にも、そう、誰にもだ!
カイルは静かに息を吐くと、ゆっくりと立ち上がった。

カイルとシオンは気まずいまま、同じ部屋にいた。
ああやだ、この重苦しい雰囲気。
けど、下手に喋りかけてわざとらしいと思われたくないし。

シオンは手持ち無沙汰もあり、シリウスに刺された足の甲に眼をやった。
そっと布を外すと、恐る恐る傷口を見た。
……縫ってある……。細かく、丁寧に。
傷の長さは4センチ未満で、場所は中指と薬指の丁度間である。

……確か、連れ去られた初日に出血がひどくて、カイルに薬を飲まされて意識がなくなって……。
多分その時に、縫われたんだ。

……誰に?
シオンはそっとカイルを見つめた。
確実に眼が合ったが、そらされてしまった。

「カイル」

シオンは小さく呼んだ。

「……なに?」

カイルのかすれた声が返ってきた。

「縫ってくれたの、カイル?」
「……うん」

『ありがとう』とは言いたくなかった。
刺したのはカイルの仲間、白金族人間の王だ。
礼を言うなど愚かでしかない。
けれど。

「ありがとう」

カイルは息を飲んだ。
ぎこちなく微笑んだシオンが、自分を受け入れてくれたような気がしたのだ。

ありがとう……。
カイルの胸がフワリとした。
だがどうしていいか分からず、片手で口元を覆うと視線を忙しなくさ迷わせて横を向いた。

シオンは渋い何かを噛み潰す思いであった。
ありがとうですって?誰が感謝するもんか。
けど、欺かねば。

ファルに再び会うために。
シオンは花のように笑った。
何だってすると誓ったから。

カイルは目眩がした。
なんと可愛らしいんだ。
俺に笑いかけたシオンを、胸に抱きたい。

抱き締めて口付けて、俺を感じてもらいたい。
目眩くような快感を与えたい。
俺に感じる声を聞きたい。

俺が抱くと、シオンはどんなふうに感じ、どんな風に乱れるのか。
シオンに、俺の生み出した世界を味わわせたい。
カイルは目眩がした。
想像しただけで身体が疼く。

好きだ。
シオンが好きだ。離したくない!
カイルはシオンを見つめた。
シオンの悦ぶ顔を想像しながら。
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