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vol.5
可愛い人
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◆◆◆◆◆◆◆
「太一、見て見て!」
幼馴染みのリアナが、スマホの画面を俺に見せながらニコニコと笑った。
場所は、俺の叔母で株式会社A&Eの社長でもある塩見涼子の自宅だ。
いつもは親族のみが集まって祝う叔母の誕生日だが、今年は特別にリアナが招待された。
理由は、五歳違えど俺の幼馴染みであることと、彼女が大手アパレル会社SLCFの社長令嬢である事が最大の理由だった。
当初、叔母の会社である株式会社A&EとSLCFとは取引がなかったが、去年SLCFが打ち出したコラボ企画のジュエリー部門参入権を、叔母の会社が見事勝ち取ったのだ。
「SLCFの、『ファッションとジュエリーのセット通販』に叔母さんの会社が選ばれるなんて凄いですね」
SLCFの通販雑誌をめくりながら俺がそう言うと、ソファでワインを傾けていた叔母がニッコリと笑った。
「わが社のジュエリーデザイナーのセンスはピカイチよ。中でもデザイン一課にいるのよ、凄腕がね」
その一言で一気に興味が湧いた。
叔母である塩見涼子は苦労人だ。
若くして海外を渡り歩き、ジュエリーデザイナーとしての腕を磨き、帰国した後、株式会社A&Eを立ち上げ一代でここまで大きくした。
家庭を持たず、会社に身を捧げた彼女が認めたデザイナーとは一体どんな人物なのか。
「どんな人です?」
俺の問いに叔母はニヤリと笑った。こういう笑い方を、彼女はしょっちゅうする。無邪気でユーモアに溢れ、何歳になってもとても可愛らしい女性だ。
「凄く美人よ」
……女性なのか。
「へえ」
叔母は、空になったワイングラスを俺に差し出しながら続けた。
「太一は取り敢えず、デザイン一課に入りなさい。彼女の仕事ぶりや、デザインのやり方をよく見ておいて」
「わかりました。それで彼女の名前は?」
叔母は俺の注いだワインを一口飲んだ後、更に微笑んだ。
「いい名前なのよ彼女。夢が輝くと書いて夢輝。柴崎夢輝」
柴崎夢輝……。
仕事の出来る女性は嫌いじゃない。寧ろ、好きなタイプだ。俺はまだ見ぬデザイン一課の星、株式会社A&Eの社長が認める才能の持ち主、柴崎夢輝に思いを馳せた。
「ねえ、聞いてるの、太一っ」
リアナがスマホを俺に向けたままプウッとふくれた。
「なんだよ」
「見て!今、私が狙ってるオトコ」
俺は呆れてリアナをシゲシゲと見つめた。ラテンの血を引く彼女は、何かにつけて大らかで明るい。恋愛に関しても消して物怖じせず、その美貌も手伝って自由奔放で恋多き女性だ。
「お前なあ……」
俺は眉を寄せながらスマホを覗き込み、唇を引き結んだ。
「リアナ、いい加減にしろ」
リアナはツンと横を向いた。
「恋に順番なんかないでしょ!」
「この画像、どうしたんだよ」
リアナはニコッと笑った。
スマホには、可愛らしく加工された画像の一番下に、秋人&夢輝とペイントしてある。
「秋人のスマホから盗んだの。ツーショットの画像しかなくて。編集で彼女は切っとく」
「バカか!」
……ちょっと待て。この端正な顔つきの男性が肩を抱いている女性は……。
……夢輝……?
「この人の彼女?」
「うん。ジュエリーデザイナーなんだって」
リアナのその一言で、俺は彼女のスマホを手に取り、穴の開くほど凝視した。
夢輝……。ジュエリーデザイナー……。
多分この人だ、さっき叔母が言っていた女性は。
まさかリアナのスマホを叔母に見せるわけもいかず、確認のしようがないが、何故か俺は確信した。
「なによ、一目惚れ?!」
スマホの中の『夢輝』は、確かに可愛い。大きな二重の眼や、形のよい輪郭。見たところは二十代後半といったところか。
「バカな事言うな」
少しドキッとしながら俺がスマホを返すと、リアナは悪戯っぽく俺を見上げた。
「太一が夢輝と付き合っちゃえば秋人を私が貰えるのに」
……全く。
「きゃあ、痛ーい!」
俺はリアナの額を指で弾くと、再び『夢輝』に思いを馳せた。
◆◆◆◆◆◆
夢輝さんとぶつかったのは偶然だった。
弾けるように後ろへ転んだ彼女を見た時、すぐにリアナのスマホの中の『夢輝』だとわかった。
子供みたいに鼻血を出した彼女に正直笑いそうになったが、直ぐにそれどころじゃないと気付いた。彼女の様子が変だったからだ。
抱き上げると、クタリと俺に身を預けて夢輝さんは眠ってしまった。余程飲んだのか、アルコールの匂いが鼻をつく。
それにしても本当に可愛らしい女性だ。ドストライクで俺の好みだ。
ベッドに寝かせて名前を呼ぶと、意外にもすぐに彼女は返事をした。けれど酔っているのも手伝って寝ぼけているようで、俺を恋人と勘違いしているみたいだった。
『秋人……私でごめんね』
俺の腕の中で泣いた姿とこの言葉で、一気にリアナとのあの会話を思い出した。
恐らくリアナは、この人の恋人を略奪したのだ。
こんなになるまで飲むほど、この人が落ち込んでいるのだとしたら。
今すぐ抱き締めたいと思った。
いや、ちょっと待て。おかしいだろ。この人とは、さっき初めて会ったところだ。
なのに、この時の俺は何故か、彼女を支えたかった。
こんな気持ちは初めてで正直自分の感情に戸惑ったが、俺はキスをせがむ彼女に我慢が出来なかった。
魔法にでもかかってしまったみたいだった。
キスしたい、もっと。
これからもこの人に、キスがしたい。
多分これが一目惚れというんだと、俺は初めて思った。
「太一、見て見て!」
幼馴染みのリアナが、スマホの画面を俺に見せながらニコニコと笑った。
場所は、俺の叔母で株式会社A&Eの社長でもある塩見涼子の自宅だ。
いつもは親族のみが集まって祝う叔母の誕生日だが、今年は特別にリアナが招待された。
理由は、五歳違えど俺の幼馴染みであることと、彼女が大手アパレル会社SLCFの社長令嬢である事が最大の理由だった。
当初、叔母の会社である株式会社A&EとSLCFとは取引がなかったが、去年SLCFが打ち出したコラボ企画のジュエリー部門参入権を、叔母の会社が見事勝ち取ったのだ。
「SLCFの、『ファッションとジュエリーのセット通販』に叔母さんの会社が選ばれるなんて凄いですね」
SLCFの通販雑誌をめくりながら俺がそう言うと、ソファでワインを傾けていた叔母がニッコリと笑った。
「わが社のジュエリーデザイナーのセンスはピカイチよ。中でもデザイン一課にいるのよ、凄腕がね」
その一言で一気に興味が湧いた。
叔母である塩見涼子は苦労人だ。
若くして海外を渡り歩き、ジュエリーデザイナーとしての腕を磨き、帰国した後、株式会社A&Eを立ち上げ一代でここまで大きくした。
家庭を持たず、会社に身を捧げた彼女が認めたデザイナーとは一体どんな人物なのか。
「どんな人です?」
俺の問いに叔母はニヤリと笑った。こういう笑い方を、彼女はしょっちゅうする。無邪気でユーモアに溢れ、何歳になってもとても可愛らしい女性だ。
「凄く美人よ」
……女性なのか。
「へえ」
叔母は、空になったワイングラスを俺に差し出しながら続けた。
「太一は取り敢えず、デザイン一課に入りなさい。彼女の仕事ぶりや、デザインのやり方をよく見ておいて」
「わかりました。それで彼女の名前は?」
叔母は俺の注いだワインを一口飲んだ後、更に微笑んだ。
「いい名前なのよ彼女。夢が輝くと書いて夢輝。柴崎夢輝」
柴崎夢輝……。
仕事の出来る女性は嫌いじゃない。寧ろ、好きなタイプだ。俺はまだ見ぬデザイン一課の星、株式会社A&Eの社長が認める才能の持ち主、柴崎夢輝に思いを馳せた。
「ねえ、聞いてるの、太一っ」
リアナがスマホを俺に向けたままプウッとふくれた。
「なんだよ」
「見て!今、私が狙ってるオトコ」
俺は呆れてリアナをシゲシゲと見つめた。ラテンの血を引く彼女は、何かにつけて大らかで明るい。恋愛に関しても消して物怖じせず、その美貌も手伝って自由奔放で恋多き女性だ。
「お前なあ……」
俺は眉を寄せながらスマホを覗き込み、唇を引き結んだ。
「リアナ、いい加減にしろ」
リアナはツンと横を向いた。
「恋に順番なんかないでしょ!」
「この画像、どうしたんだよ」
リアナはニコッと笑った。
スマホには、可愛らしく加工された画像の一番下に、秋人&夢輝とペイントしてある。
「秋人のスマホから盗んだの。ツーショットの画像しかなくて。編集で彼女は切っとく」
「バカか!」
……ちょっと待て。この端正な顔つきの男性が肩を抱いている女性は……。
……夢輝……?
「この人の彼女?」
「うん。ジュエリーデザイナーなんだって」
リアナのその一言で、俺は彼女のスマホを手に取り、穴の開くほど凝視した。
夢輝……。ジュエリーデザイナー……。
多分この人だ、さっき叔母が言っていた女性は。
まさかリアナのスマホを叔母に見せるわけもいかず、確認のしようがないが、何故か俺は確信した。
「なによ、一目惚れ?!」
スマホの中の『夢輝』は、確かに可愛い。大きな二重の眼や、形のよい輪郭。見たところは二十代後半といったところか。
「バカな事言うな」
少しドキッとしながら俺がスマホを返すと、リアナは悪戯っぽく俺を見上げた。
「太一が夢輝と付き合っちゃえば秋人を私が貰えるのに」
……全く。
「きゃあ、痛ーい!」
俺はリアナの額を指で弾くと、再び『夢輝』に思いを馳せた。
◆◆◆◆◆◆
夢輝さんとぶつかったのは偶然だった。
弾けるように後ろへ転んだ彼女を見た時、すぐにリアナのスマホの中の『夢輝』だとわかった。
子供みたいに鼻血を出した彼女に正直笑いそうになったが、直ぐにそれどころじゃないと気付いた。彼女の様子が変だったからだ。
抱き上げると、クタリと俺に身を預けて夢輝さんは眠ってしまった。余程飲んだのか、アルコールの匂いが鼻をつく。
それにしても本当に可愛らしい女性だ。ドストライクで俺の好みだ。
ベッドに寝かせて名前を呼ぶと、意外にもすぐに彼女は返事をした。けれど酔っているのも手伝って寝ぼけているようで、俺を恋人と勘違いしているみたいだった。
『秋人……私でごめんね』
俺の腕の中で泣いた姿とこの言葉で、一気にリアナとのあの会話を思い出した。
恐らくリアナは、この人の恋人を略奪したのだ。
こんなになるまで飲むほど、この人が落ち込んでいるのだとしたら。
今すぐ抱き締めたいと思った。
いや、ちょっと待て。おかしいだろ。この人とは、さっき初めて会ったところだ。
なのに、この時の俺は何故か、彼女を支えたかった。
こんな気持ちは初めてで正直自分の感情に戸惑ったが、俺はキスをせがむ彼女に我慢が出来なかった。
魔法にでもかかってしまったみたいだった。
キスしたい、もっと。
これからもこの人に、キスがしたい。
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