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vol.5
真相
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◆◆◆◆◆◆
『次期社長の件は、内緒でお願いします』
私は太一のラインの文面を思い返しながら、目の前でニヤニヤしている怜奈ちゃんを見つめた。給湯室での一件を見られたその日の定時後である。
『夢輝さん、今日、二人で飲みに行きましょう。いい多国籍料理の居酒屋があるんですよぉ』
太一が出ていった後の給湯室で、怜奈ちゃんがニタリと笑った。
多国籍な料理の数々と比例し、店内のディスプレイも国を特定できない、独特の雰囲気を醸し出している。
私は頭上すれすれに垂れ下がっている変な人形を気にしながらも怜奈ちゃんを見つめた。
「やだぁ、夢輝さんったら……なんで言ってくれなかったんですかぁ?」
「あのね怜奈ちゃん、普通は言えないよ」
私は全てを話し終えて、ビールをゴクゴクと飲んだ。
「鼻血出した甲斐がありましたね」
「あのね怜奈ちゃん、自由自在に鼻血出せないからね、私」
「いやー、でもお似合いですよ。だから駄々っ子みたいに拗ねてないで鮎川さんに謝ったらどうですか」
私は即座に眉を寄せて怜奈ちゃんを見据えた。
「怜奈ちゃん、頭大丈夫?!さっきの話、ちゃんと聞いてた?!」
怜奈ちゃんは私を眼の端で捉えてから、何故かハアと溜め息をついた。
「あのね、夢輝さん。鮎川さんは多分、本当に心から夢輝さんを好きなんだと思いますよ?じゃないとアラフォーなんて相手にしないでしょ、面倒くさい!」
喧嘩売ってんのか、この小娘。なにズバッと本音吐き出してるのっ。
私の心を知る由もなく、怜奈ちゃんは続けた。
「話聞いてると、ノロケにしか聞こえませんよ?」
「はあ?!どこが?!私に内緒で SLCFの社長令嬢とパーティ的なものに参加しようとしてたんだよ?!」
わたしが声のトーンを上げて否定しているのにも関わらず、彼女はまるで私立探偵のように顎に手をやり考え深げに眉間にシワを寄せた。
「それを聞いて、ピンときたんですよね、私」
ドキッと鼓動が跳ねる。
「どういう意味?」
「その日って、先週の土曜日じゃないですか?」
……そうだけど。
私がコクンと頷くと、怜奈ちゃんは深く頷いた。
「……近頃社内で、新しい部門に参入するって噂があるんです。なんでも、レディースシューズ部門が開設されるとか」
ドキッと鼓動が跳ねる。怜奈ちゃんは続けた。
「しかも、社長が来年を目処に引退するらしいですが、子供がいない社長は、兄弟の子供に社長の座を譲るとか」
徐々に心拍が上がり出す。
「怜奈ちゃん、それって……」
わたしの言葉を遮って怜奈ちゃんが続けた。
「それって、鮎川さんじゃないんですか?だとしたら、今までの妙な行動も納得できる。実は私、鮎川さんが社長室に出入りしているのを何度か見た事があるんですよね」
ギクリとした私を怜奈ちゃんが見据えた。
「夢輝さん、白状してください」
……もうダメだ。
私は多国籍居酒屋の店内を瞳に写し、最後に頭上で揺れている変な人形のシタリ顔を、敗北感と共に見つめた。
◆◆◆◆◆
二時間後。
私はシャワーを浴びながら、あの多国籍居酒屋での怜奈ちゃんの言葉を思い出した。
◆
「私が思うに、鮎川さんはSLCFの社長令嬢と浮気してるんじゃなくて、アステリのレセプションパーティに行くつもりだったんだと思いますよ」
「アステリの?」
「はい。先週の土曜日は夜からアステリのレセプションパーティでした。親友がアステリの店員なので確かな情報です。それにSLCFの社長令嬢のリアナさんはアステリのモデルでもありますし、出席情報はホームページに記載されてました」
『アステリ』とは、老舗レディースシューズの専門店だ。私もアステリのハイヒールを持っている。日本製で、メンテさえすれば長く履けるアステリのハイヒールは、私のお気に入りだ。
細かなデザインにも対応してくれるし、なによりオーダーメイドだというのがいい。
「そのアステリの青山店が、この度店舗拡大に伴う移転で、しばらく休業だったんですけど、来週の土曜日にリニューアルオープンする予定なんです。わが社がレディースシューズ部門を新に設けるという噂が本当だとしたら、鮎川さんはレセプションパーティにリアナさんと出席する予定だったんじゃないですか?そこで靴業界における何らかの繋がりを得るために」
「……そうだったんだ……」
怜奈ちゃんの話を聞いているうちに、身体がカアッと熱くなった。
太一を責め、聞く耳を持たず、関係を解消しようとした自分が浅はかで恥ずかしかった。
今ここに座っていることにすら、罪悪感を覚える。同時に、どうして私に内緒で出掛けようとしたのかが、引っ掛かる。
恋人同士なのに。ちゃんと言って欲しかった。
黙り込んだ私の顔を、怜奈ちゃんが覗き込んでニヤニヤと笑った。
「だーかーら、夢輝さん!ちゃんと鮎川さんと話し合ってください。朝の鮎川さん、夢輝さんに必死だったじゃないですかぁ。あんなふうに焦って声を荒げるなんて、よほど失いたくないんですよ、夢輝さんのこと」
「そうかな……」
私は曖昧に笑うと、ビールを一口飲んで眼を伏せた。
◆
ああ!このモヤモヤした気持ちもこの熱いシャワーで流れてしまえばいいのに。
私は太一との今までの出来事を思い出しながら溜め息をついた。
……太一は……凄く優しかった、最初から。私に好きだと告げた時の太一は本当に緊張していたし、オッケーした時だって心から嬉しそうで。
あれが演技だとは思いたくない。
太一、なに考えてんの?
シャワーを浴びて身体はさっぱりしたのに心は浮かず、どんよりと沈み込んだままだ。
……太一に会いたい。やっぱり会って話を聞きたい。でもあんなに冷たく罵った手前、自分からは声を掛けることが出来ない。
乱暴に頭を拭きながらバスルームを出ると、私は寝室のベッドに倒れ込んだ。
……寝ちゃえ。もう、考えたくなかった。……なのに……まるで眠れない。イライラして冷蔵庫を覗き、更に苛つく。ビールもワインもないじゃん。飲み足りない。泥酔でもいいから、眠りたい。
面倒だと思いながらも、私は薄く化粧をした。
このときの私は、部屋を出てすぐに後悔するはめになるなんて想像すらしていなかった。
エレベーターのドアが開いたと同時に、その瞬間はやって来た。徐々に開いていくドアの中に、太一がいた。しかもリアナさんと。
たちまち、せり上がってくるような冷たさを身体に感じ、私はクルッと踵を返すと部屋へ引き返そうとした。
その直後、ガタン!と無理矢理扉に手をかけたような音と、
「待って、夢輝さん!」
太一の焦った声が辺りに響いた。
なんて残酷なの。この状況で呼び止めないでよ。
みるみる太一の足音が私に追い付いて、後ろから腕を掴まれてしまった。
「離してっ!」
「ダメだ、離さない」
「彼女、帰っちゃうわよ」
「話は終わったからいい」
「私達、話なんかないんだから離して」
思いきり腕を振り回すと太一の手が外れたから、私は素早く彼の脇をすり抜けた。どうせ部屋に戻っても、鍵を取り出す前にまた捕まる。私は非常階段を目指すと走り出した。
「夢輝さん!」
うるさい、呼ぶなっ!……何でこんな事になってんの。なんで鬼ごっこみたいに追いかけ回されてんの、私。
「待てって言ってるだろ!!」
「きゃあっ!」
階段の入り口で後ろから抱きすくめられ、今度は到底逃げられそうになかった。
筋肉の張った太一の腕と、熱い彼の身体。
それらとさっきのリアナさんの姿が頭の中をグルグル回り、目眩がしそうだった。
「もう逃げないでください」
言うなり太一は私を担ぎ上げた。
嘘でしょ、苦しい!
お姫様抱っこには程遠く、二つ折りにされて肩に担がれ、私は思わず太一の背中を殴った。
「やだ、降ろしてっ!」
「ジタバタしても無駄です。僕の部屋に着くまでは降ろさない」
「バカッ!太一なんか嫌い!」
「嘘つけ」
いつもよりもやや乱暴な言葉遣いは、よほど私に腹をたてている証拠なのだろう。
「降ろしてっ!降ろしてってばっ!」
叫んでも太一は本当に、部屋に着くまで私を降ろさなかった。
「うるさい口は……塞いでしまうに限る」
「っ、あ、」
降ろされた途端に玄関の壁に押し付けられ、私は太一に唇を奪われた。
乱暴で、貪るようなキス。なのに、どこかいとおしむようなキス。
一本一本、私の指に自分の指を挟み込むようにしながら、太一は優しく手を繋いだ。
長い長い太一のキスがようやく終わり、彼が少しずつ唇を離して私を見つめ、私もまた太一を見つめる。
どんなつもりで太一がこんなキスをするのか、彼の眼を見て確かめたかったのだ。途端に太一が精悍な頬を傾けて、僅かに両目を細めた。
「泣かないで、夢輝さん」
「……だって、太一が」
「……僕が……俺が……なに?」
「もう、許して」
情けなくて堪らなくなって、私は声を震わせて泣きながら続けた。
「気付いてるでしょうけど、秋人が心変わりした相手はリアナさんなんだよ。そのリアナさんと、太一は私に内緒で会ってた。私の惨めさを分かってよ。最初から弄ぶ気だったの?酷いよ」
「違う、リアナとはそんなんじゃない」
「そんなの口では何とでも言えるじゃん!とにかく私に気がないなら正直に言ってよ!リアナさんを好きならちゃんとそう言ってよ!」
「俺が好きなのは夢輝さんだけだ!」
彼が真正面から私を見据えた。
「確かに配慮が足りませんでした。けど、リアナと会う事を、どうしてもあなたに言えなかった。……秋人さんの事があったから」
私は眉をひそめて太一を見上げた。
「……知ってたの……?秋人が心変わりしたのがリアナさんだって」
太一が辛そうに眼を伏せた。
「いつから?」
「……秋人さんとリアナの交際が始まった頃からです」
次第に心臓が激しく脈打ち出す。嫌な予感が胸に広がる。
聞きたくないけど聞かずにはいられなくて、私は玄関近くの壁を背にしたまま、至近距離から太一を見つめた。
「もしかして太一……私の事、最初から知ってたの?あの日、私が太一にぶつかって鼻血出した日よりも前から私の事……」
数秒の沈黙の後、太一が掠れた声を出した。
「はい、知ってました。すみませんでした」
ちゃんと聞きたい。
「……説明して」
「はい……」
太一は私をリビングへと促した。
『次期社長の件は、内緒でお願いします』
私は太一のラインの文面を思い返しながら、目の前でニヤニヤしている怜奈ちゃんを見つめた。給湯室での一件を見られたその日の定時後である。
『夢輝さん、今日、二人で飲みに行きましょう。いい多国籍料理の居酒屋があるんですよぉ』
太一が出ていった後の給湯室で、怜奈ちゃんがニタリと笑った。
多国籍な料理の数々と比例し、店内のディスプレイも国を特定できない、独特の雰囲気を醸し出している。
私は頭上すれすれに垂れ下がっている変な人形を気にしながらも怜奈ちゃんを見つめた。
「やだぁ、夢輝さんったら……なんで言ってくれなかったんですかぁ?」
「あのね怜奈ちゃん、普通は言えないよ」
私は全てを話し終えて、ビールをゴクゴクと飲んだ。
「鼻血出した甲斐がありましたね」
「あのね怜奈ちゃん、自由自在に鼻血出せないからね、私」
「いやー、でもお似合いですよ。だから駄々っ子みたいに拗ねてないで鮎川さんに謝ったらどうですか」
私は即座に眉を寄せて怜奈ちゃんを見据えた。
「怜奈ちゃん、頭大丈夫?!さっきの話、ちゃんと聞いてた?!」
怜奈ちゃんは私を眼の端で捉えてから、何故かハアと溜め息をついた。
「あのね、夢輝さん。鮎川さんは多分、本当に心から夢輝さんを好きなんだと思いますよ?じゃないとアラフォーなんて相手にしないでしょ、面倒くさい!」
喧嘩売ってんのか、この小娘。なにズバッと本音吐き出してるのっ。
私の心を知る由もなく、怜奈ちゃんは続けた。
「話聞いてると、ノロケにしか聞こえませんよ?」
「はあ?!どこが?!私に内緒で SLCFの社長令嬢とパーティ的なものに参加しようとしてたんだよ?!」
わたしが声のトーンを上げて否定しているのにも関わらず、彼女はまるで私立探偵のように顎に手をやり考え深げに眉間にシワを寄せた。
「それを聞いて、ピンときたんですよね、私」
ドキッと鼓動が跳ねる。
「どういう意味?」
「その日って、先週の土曜日じゃないですか?」
……そうだけど。
私がコクンと頷くと、怜奈ちゃんは深く頷いた。
「……近頃社内で、新しい部門に参入するって噂があるんです。なんでも、レディースシューズ部門が開設されるとか」
ドキッと鼓動が跳ねる。怜奈ちゃんは続けた。
「しかも、社長が来年を目処に引退するらしいですが、子供がいない社長は、兄弟の子供に社長の座を譲るとか」
徐々に心拍が上がり出す。
「怜奈ちゃん、それって……」
わたしの言葉を遮って怜奈ちゃんが続けた。
「それって、鮎川さんじゃないんですか?だとしたら、今までの妙な行動も納得できる。実は私、鮎川さんが社長室に出入りしているのを何度か見た事があるんですよね」
ギクリとした私を怜奈ちゃんが見据えた。
「夢輝さん、白状してください」
……もうダメだ。
私は多国籍居酒屋の店内を瞳に写し、最後に頭上で揺れている変な人形のシタリ顔を、敗北感と共に見つめた。
◆◆◆◆◆
二時間後。
私はシャワーを浴びながら、あの多国籍居酒屋での怜奈ちゃんの言葉を思い出した。
◆
「私が思うに、鮎川さんはSLCFの社長令嬢と浮気してるんじゃなくて、アステリのレセプションパーティに行くつもりだったんだと思いますよ」
「アステリの?」
「はい。先週の土曜日は夜からアステリのレセプションパーティでした。親友がアステリの店員なので確かな情報です。それにSLCFの社長令嬢のリアナさんはアステリのモデルでもありますし、出席情報はホームページに記載されてました」
『アステリ』とは、老舗レディースシューズの専門店だ。私もアステリのハイヒールを持っている。日本製で、メンテさえすれば長く履けるアステリのハイヒールは、私のお気に入りだ。
細かなデザインにも対応してくれるし、なによりオーダーメイドだというのがいい。
「そのアステリの青山店が、この度店舗拡大に伴う移転で、しばらく休業だったんですけど、来週の土曜日にリニューアルオープンする予定なんです。わが社がレディースシューズ部門を新に設けるという噂が本当だとしたら、鮎川さんはレセプションパーティにリアナさんと出席する予定だったんじゃないですか?そこで靴業界における何らかの繋がりを得るために」
「……そうだったんだ……」
怜奈ちゃんの話を聞いているうちに、身体がカアッと熱くなった。
太一を責め、聞く耳を持たず、関係を解消しようとした自分が浅はかで恥ずかしかった。
今ここに座っていることにすら、罪悪感を覚える。同時に、どうして私に内緒で出掛けようとしたのかが、引っ掛かる。
恋人同士なのに。ちゃんと言って欲しかった。
黙り込んだ私の顔を、怜奈ちゃんが覗き込んでニヤニヤと笑った。
「だーかーら、夢輝さん!ちゃんと鮎川さんと話し合ってください。朝の鮎川さん、夢輝さんに必死だったじゃないですかぁ。あんなふうに焦って声を荒げるなんて、よほど失いたくないんですよ、夢輝さんのこと」
「そうかな……」
私は曖昧に笑うと、ビールを一口飲んで眼を伏せた。
◆
ああ!このモヤモヤした気持ちもこの熱いシャワーで流れてしまえばいいのに。
私は太一との今までの出来事を思い出しながら溜め息をついた。
……太一は……凄く優しかった、最初から。私に好きだと告げた時の太一は本当に緊張していたし、オッケーした時だって心から嬉しそうで。
あれが演技だとは思いたくない。
太一、なに考えてんの?
シャワーを浴びて身体はさっぱりしたのに心は浮かず、どんよりと沈み込んだままだ。
……太一に会いたい。やっぱり会って話を聞きたい。でもあんなに冷たく罵った手前、自分からは声を掛けることが出来ない。
乱暴に頭を拭きながらバスルームを出ると、私は寝室のベッドに倒れ込んだ。
……寝ちゃえ。もう、考えたくなかった。……なのに……まるで眠れない。イライラして冷蔵庫を覗き、更に苛つく。ビールもワインもないじゃん。飲み足りない。泥酔でもいいから、眠りたい。
面倒だと思いながらも、私は薄く化粧をした。
このときの私は、部屋を出てすぐに後悔するはめになるなんて想像すらしていなかった。
エレベーターのドアが開いたと同時に、その瞬間はやって来た。徐々に開いていくドアの中に、太一がいた。しかもリアナさんと。
たちまち、せり上がってくるような冷たさを身体に感じ、私はクルッと踵を返すと部屋へ引き返そうとした。
その直後、ガタン!と無理矢理扉に手をかけたような音と、
「待って、夢輝さん!」
太一の焦った声が辺りに響いた。
なんて残酷なの。この状況で呼び止めないでよ。
みるみる太一の足音が私に追い付いて、後ろから腕を掴まれてしまった。
「離してっ!」
「ダメだ、離さない」
「彼女、帰っちゃうわよ」
「話は終わったからいい」
「私達、話なんかないんだから離して」
思いきり腕を振り回すと太一の手が外れたから、私は素早く彼の脇をすり抜けた。どうせ部屋に戻っても、鍵を取り出す前にまた捕まる。私は非常階段を目指すと走り出した。
「夢輝さん!」
うるさい、呼ぶなっ!……何でこんな事になってんの。なんで鬼ごっこみたいに追いかけ回されてんの、私。
「待てって言ってるだろ!!」
「きゃあっ!」
階段の入り口で後ろから抱きすくめられ、今度は到底逃げられそうになかった。
筋肉の張った太一の腕と、熱い彼の身体。
それらとさっきのリアナさんの姿が頭の中をグルグル回り、目眩がしそうだった。
「もう逃げないでください」
言うなり太一は私を担ぎ上げた。
嘘でしょ、苦しい!
お姫様抱っこには程遠く、二つ折りにされて肩に担がれ、私は思わず太一の背中を殴った。
「やだ、降ろしてっ!」
「ジタバタしても無駄です。僕の部屋に着くまでは降ろさない」
「バカッ!太一なんか嫌い!」
「嘘つけ」
いつもよりもやや乱暴な言葉遣いは、よほど私に腹をたてている証拠なのだろう。
「降ろしてっ!降ろしてってばっ!」
叫んでも太一は本当に、部屋に着くまで私を降ろさなかった。
「うるさい口は……塞いでしまうに限る」
「っ、あ、」
降ろされた途端に玄関の壁に押し付けられ、私は太一に唇を奪われた。
乱暴で、貪るようなキス。なのに、どこかいとおしむようなキス。
一本一本、私の指に自分の指を挟み込むようにしながら、太一は優しく手を繋いだ。
長い長い太一のキスがようやく終わり、彼が少しずつ唇を離して私を見つめ、私もまた太一を見つめる。
どんなつもりで太一がこんなキスをするのか、彼の眼を見て確かめたかったのだ。途端に太一が精悍な頬を傾けて、僅かに両目を細めた。
「泣かないで、夢輝さん」
「……だって、太一が」
「……僕が……俺が……なに?」
「もう、許して」
情けなくて堪らなくなって、私は声を震わせて泣きながら続けた。
「気付いてるでしょうけど、秋人が心変わりした相手はリアナさんなんだよ。そのリアナさんと、太一は私に内緒で会ってた。私の惨めさを分かってよ。最初から弄ぶ気だったの?酷いよ」
「違う、リアナとはそんなんじゃない」
「そんなの口では何とでも言えるじゃん!とにかく私に気がないなら正直に言ってよ!リアナさんを好きならちゃんとそう言ってよ!」
「俺が好きなのは夢輝さんだけだ!」
彼が真正面から私を見据えた。
「確かに配慮が足りませんでした。けど、リアナと会う事を、どうしてもあなたに言えなかった。……秋人さんの事があったから」
私は眉をひそめて太一を見上げた。
「……知ってたの……?秋人が心変わりしたのがリアナさんだって」
太一が辛そうに眼を伏せた。
「いつから?」
「……秋人さんとリアナの交際が始まった頃からです」
次第に心臓が激しく脈打ち出す。嫌な予感が胸に広がる。
聞きたくないけど聞かずにはいられなくて、私は玄関近くの壁を背にしたまま、至近距離から太一を見つめた。
「もしかして太一……私の事、最初から知ってたの?あの日、私が太一にぶつかって鼻血出した日よりも前から私の事……」
数秒の沈黙の後、太一が掠れた声を出した。
「はい、知ってました。すみませんでした」
ちゃんと聞きたい。
「……説明して」
「はい……」
太一は私をリビングへと促した。
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