小説

Hugo Fitzgerald

文字の大きさ
上 下
21 / 22
Structure

MOU(5)

しおりを挟む
 なら「私」の興味はもうこの東京にはなくなったのと同義だった。なら「私」の興味はどこに行ったのだろう? そう誰何することも儘為らない。そうしていることも出来ないのだ。
 「私」は自分の事を天才だとは思ったことも思われたこともない事は重々お分かりになられたことだろうと存ずる。「私」にも欲は人ほどには有った。それが空想・妄想の類とも思われるかもしれないが……。勿論下らないカストリ小説のような何でもかでも叶う訳では無い。それは当たり前のことであり、自明の理である。だが、少なからず心中にはそんな理性に関わりを持たない無意識が有る。叶われた翼赤煩悩は少なからずの幸福が齎したのだろう。その幸福を「私」の語る必要のない物であった。案外人のうらやむものであろうとも語る必要がなければそこにはどのような意味も失う。

 考えてみればやはり奇妙なものだ。
 「私」には才覚や能力がないくせに大言壮語を吐きながらもこの都市〈例え東京ではなくても近郊〉に生きることを努力しなかった。その環境が嫌ならばその周辺を変えるか、生活場所を変えるしかない。そのための努力を「私」は行えなかったのだ。誰かに変えて貰うのを待っていただけなのだ。
 残りの時間は少ない。ただ敗北者はそのまま去ることが許された時代はもう終わっていた。もうこの場所には用はない。もう意地と虚栄心の塊ではなくなっていた。いや、そんなものは他使者には感ぜられるほど目障りなものでは無かったはずだ。ただ彼々(かれか)の前に立ち向かい刃向かう時こそ、取るに足らない障害になるのだ。
 絡まった人の考査を避けるため、「私」はとある村に行くことを決めた。脳裏にあった知識ではそれぐらいの事しか発送できなかったのだ。農業に従事する若者を育てるためなどと夢物語を蜿蜒に書いてあったが、人はそんな大層な理念を持って不便な場所に旅立つのではない。誰も行かないところ、誰も気にも留めないから行くのだ。そこには世捨て人として生きるような、都市の便利さよりも隠したい感情や過去と時代錯誤に悩む姿勢がいつの間にか場所を失わせていくのだろう。事故として生きられる場所を見つけられずに、人の気持ちを踏みにじる他者に侵略されながら。
 多くの書類を書き役所から資料を取り寄せ送り、印鑑を押す。この時印鑑を適当に作ってもらった。両親との音信は出来るだけ辞めようとしたためでもあったし、誰にも話そうとしない心から「私」はこんな労苦を積み重ねているのかもしれない。細かい事を聞かない彼らと相対すると彼らの内にある利害と「私」から発せられる猟奇の利害関係しかないのかもしれない。例え「私」がどうなろうと、どうしようともどうにでもなるのかと。虚ろな思いの中で朱肉に印鑑を押しながら公布と考える。
 私は悪魔と契約しているのではないか、と。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

妻がヌードモデルになる日

矢木羽研
大衆娯楽
男性画家のヌードモデルになりたい。妻にそう切り出された夫の動揺と受容を書いてみました。

後悔と快感の中で

なつき
エッセイ・ノンフィクション
後悔してる私 快感に溺れてしまってる私 なつきの体験談かも知れないです もしもあの人達がこれを読んだらどうしよう もっと後悔して もっと溺れてしまうかも ※感想を聞かせてもらえたらうれしいです

孤独な戦い(6)

Phlogiston
BL
おしっこを我慢する遊びに耽る少年のお話。

孤独な戦い(8b)

Phlogiston
BL
おしっこを我慢する遊びに耽る少年のお話。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

怪異・おもらししないと出られない部屋

紫藤百零
大衆娯楽
「怪異・おもらししないと出られない部屋」に閉じ込められた3人の少女。 ギャルのマリン、部活少女湊、知的眼鏡の凪沙。 こんな条件飲めるわけがない! だけど、これ以外に脱出方法は見つからなくて……。 強固なルールに支配された領域で、我慢比べが始まる。

[恥辱]りみの強制おむつ生活

rei
大衆娯楽
中学三年生になる主人公倉持りみが集会中にお漏らしをしてしまい、おむつを当てられる。 保健室の先生におむつを当ててもらうようにお願い、クラスメイトの前でおむつ着用宣言、お漏らしで小学一年生へ落第など恥辱にあふれた作品です。

処理中です...