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①髪と失恋

最終話 私の初めての恋は、これからきっと静かに終わりを告げていくだろう。

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「じゃあ別の選択肢だ。私も恋愛なんてまだしたことないから、漫画かガールズトークで聞いた話しか知らないんだけどさ。私なりに考えて選択肢は他にもまだある。例えば、その恋心が無くなるまでずっと胸の中に秘めておくんだ」

「胸に、秘めておく」

 私は言葉を噛み締めるようにつぶやいた。

「そう。恋心があったって香澄は横取りするような真似はしないから、周りには何の影響もない。それに、人は伝えなければ、外に出さなければ。想うだけだったら自由だよ」

 想うだけだったら自由。ならば、すでに相手がいるあの人を想っているだけならば、それは私の自由なのだろうか。それは許されることなのだろうか。でもきっとそれは自由と引き換えに、苦しみを伴うものでもあるのだろうと思った。

「そうしてずっと胸の中に秘め続けて、時々その気持ちに目を向けてあげて。いつか想いや気持ちが薄まって、そんなこともあったなあ、くらいになっていたらそれでいいし。ならなくても時間が経てば割り切れるかもしれないし」

「じゃあ時間が解決してくれなかったら、どうすればいいの?」

「時間が経ってもダメだったらその思いを一生抱えて生きていくのもいい。苦しいかもしれないけどね。だからそれに耐えられなくなりそうだったら、またその時私も一緒に考えるから。せっかく芽生えた恋心なんでしょ。そんなにすぐに終わらせようとしなくてもいいんじゃない?」

 示された選択肢は沢山あった。恋の終わらせ方はこんなにもたくさんあるのだと。終わらせないで抱えていくという選択肢もあるのだと。自分の視野がどれだけ狭くなっていたのかはっきりと分かった。「恋は盲目」という言葉があるが、こういうこともあてはまるのかもしれない。

「そっか。今すぐに終わらせなくていいのかな。なら何で失恋したら髪を切るのかな。私、髪を切ることで、思いも一緒に自分から切り離して無くすからだと思ってた」

「うーん、その言葉ができた時からきっと時間が経ってるから、その意味も時代によって変化しているかもしれないんだけど。儀式なんじゃないかな。」

 少し考えた穂花が出した理由は、儀式だった。

「自分の恋はおそらく叶うことがない。もしくは叶わなかったって、髪型を変えて目に見えるようにすることで、気持ちの切り替えの手伝いをする儀式だと私は思う。香澄の考えとあんまり変わんないかもだけどね」

「儀式かぁ。すぐに気持ちを終わらせる手段じゃなくて、キッカケなのね。気持ちの切り替えをしようとしたのなら、私の恋心は時間をかけていずれ無くなっていくものなのかも。今日の髪を切ってもらったことはその一歩目ってわけね」

「さっきよりスッキリした顔してるじゃない。ほらこっちも終わったよ。鏡で確認してみて。もし何かあったら微調整するから」

 鏡に写ったのは、肩のあたりで髪の毛が切りそろえられた自分の姿だった。今まであった少し重ための印象はなくなり、今は軽やかな印象だ。もちろん質量的にもである。普段あの長く伸ばした髪の毛が当たり前だったから、その重さも特に何か感じるものではなかった。でもいざなくなってみるとものすごく軽くなったのだと体感している。

「ありがとう。大丈夫よ。それにしても随分とあったのね。私の髪の毛」

 足元に敷いた新聞紙には、先ほどまで私の背に下されていた髪の毛たちが大量に散らばっていた。その量は元の髪の毛よりも多いと感じるほどだ。

「あれだけの長さがあったからね。髪の毛洗う時、もっとびっくりすると思うよ。どう? 随分と髪型が変わったけど。恋心との折り合いはつけられそう?」

 髪を切ることで目に見える形にして、気持ちの切り替えの手伝いをする儀式だと穂花は言った。そして、髪を切って恋心も消し去ろうとした私は、視野が開けた今でもその行為に後悔は一切ない。ならば、思いを抱え続けていくことはないだろう。

「多分。私はこの先時間をかけてゆっくり忘れていくんだわ。穂花、今日は本当にありがとう」

「いえいえ。また一人で考え込むようなことがあったら、いつでも言いなね」

「ええ」

 さようなら、なんて一言で割り切ることはできないけれど。私の初めての恋は、これからきっと静かに終わりを告げていくだろう。
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