制服エプロン。

みゆみゆ

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7月

第22帖。ゆで卵のトリ挽き肉巻き。

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「ただいまー」

 けーこは帰って来るなり、冷凍庫を開けるのだった。もはや〝ただいま〟を言う相手は慧太ではない。冷凍庫の中のアイスだ。

「おかえり。まーたアイスか」
「うるさいなー。暑いんじゃ。ふいー、……けいたんちはいつも涼しくて助かるわい」

 けーこはベッドに飛び込む。
 涼しい部屋でアイスを食べながらマンガを読む。これが日課であるようだ。手近の棚に置かれたマンガを読み始めるけーこ。
 あの棚はもともと目覚まし時計を置いてあった棚だ。それが慧太には必要なくなった。目覚まし時計を必要とする生活ではなくなったからだ。

 それならば、いっそマンガ置きにしよう。けーこのために。
 そう考えた慧太であった。買ったマンガはことごとくこの棚に置かれる。

「あれ、けーこ。今日は買い物に行ってないの?」
「んー」

 あ、これ聞いてない返事だ。いわゆるナマ返事。
 こうなるとけーこは何を言っても聞いてくれない。慧太は会話をあきらめて、ネットサーフィンを始めるのだった。

 しばらくのち、やにわに、けーこが飛び跳ねる。

「いかん! 買い物に行っとらん!」
「え、行くんだったのか」
「当たり前じゃ。飯が作れん。あーでも面倒になってきた。外は暑いし。冷蔵庫に何かあったかな。残り物が」

 けーこは極めて億劫そうに身を起こし、ノロノロとした足取りで冷蔵庫に向かう。
 中を見る。顔をしかめる。

「あまりないな」
「何があるんだ」
「卵、昨日のサラダの残り、調味料。あと惣菜がチョロチョロ。冷凍庫には……。お、肉が割とある。ふむ」

 しばらく考えるけーこ。
 やがて言う。

「よし。今日はこの中のものだけで作ろう。冷凍した肉とて無限には保たぬからの。さっさと消費してしまおう」
「冷凍すればずっと大丈夫なんじゃないの? シベリアでマンモスの氷漬けが見付かったんじゃん」
「あれは食べるための冷凍ではない。いかに冷凍庫とはいえ夏場じゃ。冬場に比して腐りやすくなる」
「そういうもんなのか」
「そうじゃ。下手に食うとアタるぞ。さーて飯を作るかな」

 けーこは炊飯器のお釜に米を入れ、研ぐ。これもいつも通り。水を入れ、炊飯器にセット。これでいい。
 同時に味噌汁を作る。ご飯、味噌汁は必ずセットにする。けーこのこだわり。

 卵をゆで、ゆで卵を作ろうとするけーこ。小鍋に卵を2個転がし入れ、8分目まで水を注ぐ。これを火にかけ、8分で半熟卵になる。固ゆで卵を作りたいので、けーこはさらに5分以上ゆでるのだった。

 そのうちに挽き肉300グラムを解凍してある。
 金属ボウルに挽き肉を全部入れる。あらかじめ炒めておいたタマネギのみじん切りを混ぜ込む。練り練り、ひたすら練る。ねっとりした感触。ネバネバした触感。むにゅっと指の間からはみ出る。触り心地が面白いので、けーこは独自のステップを踏み踏み、混ぜる混ぜる。よく混ざった。

 固ゆで卵の殻をむく。つるんとした白い肌のゆで卵。
 炒めタマネギ入りの挽き肉を、ゆで卵の周囲にくっつける。難しい。卵はつるつるしているから、いかに粘っこくとも挽き肉がくっついてくれない。
 どうにか丸めることに成功した。

 フライパンを熱する。温まったフライパンに油を流す。するするとよく流れることを確認して、けーこは、2つの肉玉を置く。
 じゅうううう……。
 肉がよく焼ける良い音。立ち上る煙さえ、腹を刺激する。

「ふう、抑えよ我が腹」

 気力を腹に溜め込むけーこ。

 ぐう

 気力は空腹に負けたのだった。

「けいた! こっち見て何を笑うておる!」
「いや、べつに」
「むー」

 むくれっ面のけーこ。
 慧太はにやにや笑いながら見ている。

 けーこは料理に戻る。
 肉玉をしっかり焼く。全周囲がちゃんと白くなるまで焼いたあと、フライパンにかかる火をややゆるめる。

 調味料の調合を始める。
 器にみりん大さじ4、酒大さじ2、醤油大さじ2を入れ、しっかり混ぜる。
 けーこは慎重な手つきで、これをフライパンに流し入れる。じゅわおう! と怒りにも似た熱気が立つ。あやうくけーこは腰を抜かすところだった。

「おわわっ」
「な、何の音だ!」
「けいた、心配するでない。料理をしておるのじゃ」

 心配するでない、は自分に言い聞かせているようなけーこである。
 フライパンの火は弱まっている。煮汁は落ち着きを取り戻し、2つの肉玉がくつくつと煮られる。このまま水分がスッカリなくなるまで煮る。煮しめれば、完成だ。

 さやえんどう1袋を取り出すけーこ。
 両端のヘタを取りつつ、さやえんどう両弦のスジを取る。小鍋に水をちょっと入れ、さやえんどうを煮る。塩をひとつまみ入れておくけーこだった。

「よーし。煮るだけじゃから楽な料理じゃ」
「おいしそうな匂いがする。もう完成?」
「もうちょい煮れば出来る。ご飯はどうなっておる」
「炊けそう。炊けたら混ぜておくよ」
「うむ」

 そんなこんなで夕飯の準備は終わるのだった。

 コタツ机に並ぶ。
 ご飯、味噌汁の譲れぬセット。
 ゆで卵の挽き肉巻き。昨日のサラダの余り。それに数日前、慧太が空腹に耐えかねて買った、スーパーの惣菜。

「これ何て料理? 焼かないハンバーグ?」
「おもしろい表現じゃ」
「どうなの」
「中にゆで卵が入っておる。それをトリ挽き肉で包んである」
「へー」
「うむ、イタダキマス」

 けーこは箸一番乗りを果たす。
 ゆで卵のトリ挽き肉巻きに、グッと箸の脇を当てる。挽き肉巻きはパカリと割れる。断面を見るけーこ。
 中心は卵の黄色、白色。それをトリ挽き肉の肌色に似た白が取り巻く。ぱくりと食べる。ホクホクのゆで卵。それを取り巻くトリ挽き肉もまたホクホク。煮汁をしっかり吸い込み、挽き肉に含まれた脂と合って、白米を食べる手が止まらないけーこだった。

「ウマい。飯に合うぞ。食うておるか」
「食べてるよ。ゆで卵が中に入ってるのか。これいいね。トリ挽き肉も味がしっかり付いててウマい」
「買い物に行かなんでも良かったわい。冷蔵庫の中身だけでコレほどのものが作れるわ。サラダは昨日のまんまじゃな」
「残り物だしね。この惣菜は僕のの残りか」
「そうじゃ。朝餉のかの」

 晩酌の余りです、とは言わない慧太。酒を飲むとどうも酩酊するまで飲むし、前夜の記憶が定かでない。
 何より、けーこが作ってくれた料理を酒の肴にするのが申し訳ないと思っている。この惣菜はスーパーで買ったものだが、罪悪感を抱く慧太だった。

 けーこは味噌汁をすする。ご飯を食べる。サラダと惣菜に手を伸ばす。メインの挽き肉巻きを、アッ……という間に食べきるのだった。
 箸を置き、手を揃える。

「ゴチソウサマデシタ。ううっぷ」
「食べたね、今日も。食べ過ぎじゃないの」
「ワシが太っておると言うのか!」
「そ、そんなこと全然言ってないじゃないか」
「いいや、顔がそう言っておるわ。言外にも現れておる。ワシを馬鹿にすると飯を二度と作らんぞ」
「それは困る」
「おー、ワシがおらんと困るのか?」
「まあ、普通に考えて」
「ふむ。ということはワシはまだまだ必要な人間じゃな」
「そりゃまあ」

 慧太はやや目をそらしながら答える。なかなか恥ずかしいことを、けーこは臆面もなくズバズバ言う。そこらへんの剛胆さにも、けーこらしさが現れている。だからこそ慧太はけーこといて楽しい。
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よろしくお願い申し上げます。平成27年7月14日、タイトルを変えました。旧称『落ちぶれ大学生と転生JKとは並んで台所に立つ。』新称『制服エプロン。』突然です。申し訳ありません。
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