制服エプロン。

みゆみゆ

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7月

第21帖。ピーマンの肉詰め。

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 映画館に行くには、電車で1駅乗らねばならない。昼過ぎに起きた慧太である。映画館の上映スケジュールを確認して電車に乗って、映画を見て来た帰り道。
 すでに18時に迫らんとしている。

 ――たいぶ遅くなったな。

 マズイかな、と慧太は思う。
 
 けーこがご飯を作ってくれている。今日も。いつもの流れからすれば、この時間すでに出来上がっている頃だ。一声連絡をしておくべきだったかもしれない。
 しかし携帯電話を忘れてきている。連絡したくとも出来ない。

 早足でカラスの鳴く夕暮れ道を急いでいる。
 
 見覚えのある下宿が先にある。ようやく玄関ホールをくぐり、自分の部屋に帰った。

「ただいま」
「遅いぞ!」

 エプロン姿の女子高生が怒っている。
 けーこである。
 黒い髪を頭の後ろで縛っている。エプロン姿がよく似合っている。

「ごめん、出掛けてて」
「そんなものは見れば分かる。ワシが帰ったらおらんからの。せめて連絡をくれたら良かったのじゃ」
「携帯を置いてっちゃって」
「うむ。ワシが電話したら驚いたぞ。部屋の中で振動しておるからの」
「常時マナーモードですから」
「じゃから出掛ける前に教えろというのじゃ。どこへ言っておった」

 慧太は手にしていたパンフレットを見せる。
 けーこが興味深そうに見て来る。

「映画に行ってた」

 すると、けーこがなおも声高に叫んだ。

「なおさらワシを誘わんか!」
「だ、だってけーこは学校があるし」
「ならば休日に誘え。というか1人で行っておったのか。友達おらんのか」
「多くはない」

 つまりはいないということだが、けーこは空気を読んだらしく、「そうか」と言って料理の続きに取りかかっている。

「何焼いてるの? 緑色……、ピーマンだ」
「見るでない。極秘事項じゃ。出来上がるまで待っておれ」
「はーい」
「あと今度からワシを映画に誘うのじゃ」
「はーい」

 まったくもう、とけーこは口を尖らせる。

 怒りはそこまでにして、けーこは、フライパンの中で焼かれている本日の夕飯に注意を注ぐ。
 ピーマンの肉詰め。焼き過ぎてはいけないが、そうかといって生焼けではいけない。腹を壊す。
 意外と難しい料理である。

 ピーマンをタテに半分に切り、挽き肉を詰める。
 簡単なのはここまでで、きれいに焼くのは難しい。ピーマンの面をじっくり焼くと火は通るがピーマンが焦げる。かといって焼かないと肉が生焼けになる。
 肉の面をじっくり焼くと焦げる。かといって焼かないと肉が生焼けになる。どちらの面も焼いてはならず、焼かねばならず、難しい。

「肉をもっと薄くすべきだったかの」
「何か言った?」
「いや、別に」

 肉が薄ければ火が通りやすい。常識的だが難しい。作り手はなるべく厚くしたがる。

 ――まあ、ナマ焼けなればレンジでチンじゃな。

 電子レンジなら中から熱される。文明の利器万歳。けーこは火を弱め、じわじわ焼く戦法に切り替える。
 ぺろり、とピーマンの1つをめくり、肉の中を切り裂いて見る。赤くはない。火が通っていることを確認した。けーこは機嫌が良くなった。
 ケチャップとカゴメソースの混ぜたやつ。トマトを添える。

 オクラを湯がく。これもまた夏を旬とする緑色だ。適度に湯がき、輪切りにする。星形の断面。ねっとりした糸を引きながら白色の種がのぞく。
 レタスをザク切りにしてサラダと為し、オクラを散らす。シーチキンの缶詰を開けて乗せ、ミニトマトを添える。

「よし、完成じゃ。けいた、飯はどうなっておる」
「おー、炊けてる。かき混ぜておいてある」
「さすがじゃ。よそえ。飯にするぞ」

 けーこはエプロンを外し、手を洗うのだった。

 コタツ机の上に夕飯がぞろり。
 ご飯、味噌汁。
 ピーマンの肉詰め。オクラとレタスのサラダ。

「豪華だなあ」
「かの。ピーマンもオクラも夏野菜じゃからとても安いから今のうちに食うのだ」
「そんな無理して食わんでも」
「何を言う。食えるのは幸せじゃぞ」

 それはそう思う、と慧太はうなずく。

 慧太のうなずきを見てけーこは満足したのか「イタダキマス」と箸を取り、さっそくピーマンの肉詰めをパクリ。
 熱の通ったピーマンはカリッと音を立てて切れる。挽き肉は脂を閉じ込めている。ピーマンのほろ苦さと、ソースの甘さと相まって、ご飯に実に合う。

「ウマい。ピーマンと挽き肉は合うのう」
「合うね。ソースがいい」
「市販のを混ぜただけじゃが、なかなか良い。うむ。ご飯がススムわい」
「いつもより食べてるね。ちゃんと噛んでる?」
「当然よ。1口ごとに30回噛むのが理想じゃ。ま、出来とらんがな。それよりこのオクラのサラダも良い」

 レタスのシャキシャキした食感。オクラのねばっこさがからまる。シーチキンの味の濃さが両者を結びつける。赤色のミニトマトは目に鮮やかなだけではなく、わずかな酸っぱさが口の中を新たにしてくれる。

「オクラがウマいぞ、けいた」
「う、うん」
「なんじゃ、食わんのか」
「僕は苦手だ、このネバネバしたのが」
「ほほう」

 けーこは妖しく笑う。八重歯を見せて。
 オクラの1片を箸に取る。そして慧太の口元に運ぶ。

「食わず嫌いは良くないぞ。食わしてやる。さあ口を開けよ。あーん」
「え、恥ずかしい」
「家にはワシしかおらんのに何が恥ずかしいことがある。良いから、あーんせよ」
「う、あ、あーん」
「ようやく食うたか。どうじゃ」
「……やっぱりちょっと苦手」
「せっかくワシが食わしてやったのに。これだけでかなりの価値があるのじゃぞ」
「何を言ってる」
「ワシの手料理+ワシの〝あーん〟で100万はかたい。感謝せよ」

 胸なんて大してないのにを張るけーこ。
 100万か。でもそれ以上の価値はあると思う。慧太はそう思っている。
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よろしくお願い申し上げます。平成27年7月14日、タイトルを変えました。旧称『落ちぶれ大学生と転生JKとは並んで台所に立つ。』新称『制服エプロン。』突然です。申し訳ありません。
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