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7月
第18帖。夏カレー。
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暑い日はまだまだ続く。
さすが7月。けーこは朝の散歩からかえるや即座にシャワーを浴びるのが日課である。
「ふう。うあっ」
シャワーを浴びてサッパリしたのもつかの間。部屋の中は暑い。カーテンの向こうではセミがジージー鳴いている。
布地を通して伝わる夏の日差し。まだ7時前だというのに強い。また今日も暑い日になりそうだった。
朝食を食べ終え、制服を着る。それから鏡の前で顔を確認。
「髪型も異常なし。うむ、今日の可愛いワシ」
けほん、とセキ払い。
――けいたも気を利いたセリフの1つや2つ、言えば良かろうて
どうあれ今日も高校に通うけーこである。部屋を出るとき、隣の部屋を見る。
どうせまた今日も昼まで寝ているのだ。あの引きこもりは。
「しょうがないのう、マッタク」
ワシが飯を作らねば、修行僧みたいに断食するに違いない。なればこそ、ワシがやらねば。けーこは思うのだった。
◆
昼過ぎ、慧太は起き上がる。
暑い。ここのところ、寝るときはクーラーをつけっ放しである。そして慧太は引きこもりである。休学届を出したから、合法的に。
朝から晩まで部屋にいる。ずっとエアコンをつけている。
――今月の電気代はいくらになるんだ?
いつだったか、電気メーターを見たことがある。エアコンをつけ、パソコンをつけた状態で、メーターは恐るべき早さで回転していた。電気使用量はかなりの量で、慧太は驚いてしまったことがある。
が、かといってエアコンを切る気もパソコンを使わぬつもりもないのだった。
◆
夕方、慧太の家の玄関が開かれる音。
「ただいまー」
「おかえり。今日も暑かったでしょ。あれ? 上下ジャージ? 制服はどうしたの」
「マッタクじゃ。あまりに暑いからさっきシャワーを浴びて来たのじゃて。ふー、やっぱりこの部屋は涼しい。ジャージでも普通に過ごせるのはこの部屋だからじゃな」
「嬉しそうだね」
「うむ。ワシが来るときはエアコンを切るでないぞ」
「えー、はい。分かりました。今日の晩ご飯は何?」
「うむ。カレーじゃ。暑いが、じゃからこそ辛いものでも食おうて」
「はーい。じゃ、待ってます。マンガでも読んで」
「うむ」
けーこはジャージの上着を脱ぎ、半そでシャツになった。
「うわ、なんで脱ぐの!」
「む。台所で料理すると火を使う。暑くてこんなもの着ておられんて。何じゃ、見とれておるのか? ん?」
「ガキの分際で何を言う」
「今日は疲れたから嫌じゃー」
「な、なんで急にすねるんだよ! ごめんて、僕が悪かったって」
「ボソッ」
「え? 何?」
「ならワシのことをホメよ」
「え、無茶振り。えーと、半そでシャツがカワイイよ、けーこ」
「そうか! そうじゃろう! しょうがないのう。夕餉を作るからしばらく待っておれ!」
急速に機嫌を良くしたけーこは、台所にスキップで向かうのだった。
まず米を研ぐ。2合の米を研ぎ、炊飯器にセット……する前に、麦を入れ、その分、余計の水を入れる。
改めて炊飯器にセットする。
それから大鍋を用意する。火にかけ、温まったら油を敷く。冷凍庫から出して解凍しておいたブタ肉、トリ肉を、タマネギとともに炒める。
2人分の水を入れる。ジャガイモ、ニンジンを入れる。浮いて来たアクを取りつつ、ジャガイモのうち最も大きな塊に熱が通ったことを確認する。
待てよ、とけーこは思う。
冷蔵庫のあちこちを見る。多少、ひからびたネギが出て来る。ズッキーニもちょっとひからびている。けーこはそれらを刻んで大鍋に追加した。
カレーはどんなものでも受け入れてくれる。この際なので、冷蔵庫をいったんカラにすべく、余った野菜を放り込んでゆくけーこ。あたかもガンジス川のように、カレーは死者も正邪も何もかも受け入れる。さすがカレー。インドが世界に誇る日本料理である。
けーこはしあげにカレーの固形ルーを放り込んだ。よく溶かして、おしまい。あとは火を弱めて煮込めばオシマイである。これほど楽な料理はない。
暑いから辛いのが食べたい、というのは嘘ではない。ただ今日くらいは楽をしたいというのも真実である。
「出来たぞー。けいた。カレー用の器はないか」
「えーと、そっちの棚の奥になかったかな。しばらくカレーなんてやってなかったから」
「ごそごそ……、これか。ホコリが積もっておる。本当にしばらく使っておらなんだな。まあよい」
「あれっ。けーこ、今日のご飯は何だ? これ。麦か」
「左様。麦じゃ。よう分かったの。栄養満点じゃぞ。さ、よそえ」
コタツ机の上に乗る、カレー。
それにレタスのサラダ。
「僕、カレー好きだよ」
「ほう。やはり。男はみんなカレー好きというからの」
「そんなテンプレみたいなもんでもないけどね」
「天ぷら?」
「何でもない。食べていい?」
「無論じゃ。食おうぞ。イタダキマス」
スプーンを持ち、さっそくけーこはカレーに食い付く。
暑い。辛い。だからこそウマいカレー。ジャガイモもニンジンもタマネギもよく煮込まれている。それにからまるルーは香辛料が利いている。
ブタ肉、トリ肉からダシが出ているせいか、スパイシーな味だが深みがある。
「ウマいの。カレーは」
「うん、肉がウマい。……ん? キュウリが入ってるのか?」
「ズッキーニじゃぞ。それ。冷蔵庫で余っていたのでな。入れてしもうたわい」
「へー、カレーにズッキーニは初めて食べた。ウマい」
「カレーは万能じゃからな」
けーこはスプーンを箸に持ち替え、サラダに移る。
レタスを細切りにしてある。レタスの浅い緑。トウモロコシの黄色。それに缶詰シーチキンの茶色。見目鮮やかである。
新鮮な野菜がスパイシーだった口の中を洗い流す。カレーの味がぼやけない。
「カレーにサラダってのがいい。おかわり」
「お! けいた、カレーをおかわりか。おかわりするなんて珍しいのう。よそってやおう」
「まあ、ね。ありがとう。普段はけーこが全部食べちゃうから痛たたた。つねらないで!」
「まるでワシが食いしん坊みたいではないか。よさぬか」
「だってツマミ食いもしてるし」
「あれは台所に立つ者の特権じゃぞ。それにしても麦飯は合うのう。米とは違った食感じゃ。プリプリしておる。噛み応えがあるぞ。まるで花火のようじゃ」
「大げさだなあ。でもそんな感じだ」
「じゃろ? 麦は栄養素のカタマリじゃからな。よう食え」
「こ、これ以上は食べられない。おかわりもしたし」
「まだまだして良いぞ。ほれほれ、サラダもまだまだあるぞ。ドンドン食え食え」
食べられないと言っているのに、押し付けて来るけーこ。笑顔で。冗談だと分かっているからこそ、慧太も笑って応じる。
その日は2人しておかわりをしたので、ゴチソウサマのあとでも2人はコタツ机のそばで座ったままだった。苦しそうな表情で、はちきれそうな腹を抱えて。
さすが7月。けーこは朝の散歩からかえるや即座にシャワーを浴びるのが日課である。
「ふう。うあっ」
シャワーを浴びてサッパリしたのもつかの間。部屋の中は暑い。カーテンの向こうではセミがジージー鳴いている。
布地を通して伝わる夏の日差し。まだ7時前だというのに強い。また今日も暑い日になりそうだった。
朝食を食べ終え、制服を着る。それから鏡の前で顔を確認。
「髪型も異常なし。うむ、今日の可愛いワシ」
けほん、とセキ払い。
――けいたも気を利いたセリフの1つや2つ、言えば良かろうて
どうあれ今日も高校に通うけーこである。部屋を出るとき、隣の部屋を見る。
どうせまた今日も昼まで寝ているのだ。あの引きこもりは。
「しょうがないのう、マッタク」
ワシが飯を作らねば、修行僧みたいに断食するに違いない。なればこそ、ワシがやらねば。けーこは思うのだった。
◆
昼過ぎ、慧太は起き上がる。
暑い。ここのところ、寝るときはクーラーをつけっ放しである。そして慧太は引きこもりである。休学届を出したから、合法的に。
朝から晩まで部屋にいる。ずっとエアコンをつけている。
――今月の電気代はいくらになるんだ?
いつだったか、電気メーターを見たことがある。エアコンをつけ、パソコンをつけた状態で、メーターは恐るべき早さで回転していた。電気使用量はかなりの量で、慧太は驚いてしまったことがある。
が、かといってエアコンを切る気もパソコンを使わぬつもりもないのだった。
◆
夕方、慧太の家の玄関が開かれる音。
「ただいまー」
「おかえり。今日も暑かったでしょ。あれ? 上下ジャージ? 制服はどうしたの」
「マッタクじゃ。あまりに暑いからさっきシャワーを浴びて来たのじゃて。ふー、やっぱりこの部屋は涼しい。ジャージでも普通に過ごせるのはこの部屋だからじゃな」
「嬉しそうだね」
「うむ。ワシが来るときはエアコンを切るでないぞ」
「えー、はい。分かりました。今日の晩ご飯は何?」
「うむ。カレーじゃ。暑いが、じゃからこそ辛いものでも食おうて」
「はーい。じゃ、待ってます。マンガでも読んで」
「うむ」
けーこはジャージの上着を脱ぎ、半そでシャツになった。
「うわ、なんで脱ぐの!」
「む。台所で料理すると火を使う。暑くてこんなもの着ておられんて。何じゃ、見とれておるのか? ん?」
「ガキの分際で何を言う」
「今日は疲れたから嫌じゃー」
「な、なんで急にすねるんだよ! ごめんて、僕が悪かったって」
「ボソッ」
「え? 何?」
「ならワシのことをホメよ」
「え、無茶振り。えーと、半そでシャツがカワイイよ、けーこ」
「そうか! そうじゃろう! しょうがないのう。夕餉を作るからしばらく待っておれ!」
急速に機嫌を良くしたけーこは、台所にスキップで向かうのだった。
まず米を研ぐ。2合の米を研ぎ、炊飯器にセット……する前に、麦を入れ、その分、余計の水を入れる。
改めて炊飯器にセットする。
それから大鍋を用意する。火にかけ、温まったら油を敷く。冷凍庫から出して解凍しておいたブタ肉、トリ肉を、タマネギとともに炒める。
2人分の水を入れる。ジャガイモ、ニンジンを入れる。浮いて来たアクを取りつつ、ジャガイモのうち最も大きな塊に熱が通ったことを確認する。
待てよ、とけーこは思う。
冷蔵庫のあちこちを見る。多少、ひからびたネギが出て来る。ズッキーニもちょっとひからびている。けーこはそれらを刻んで大鍋に追加した。
カレーはどんなものでも受け入れてくれる。この際なので、冷蔵庫をいったんカラにすべく、余った野菜を放り込んでゆくけーこ。あたかもガンジス川のように、カレーは死者も正邪も何もかも受け入れる。さすがカレー。インドが世界に誇る日本料理である。
けーこはしあげにカレーの固形ルーを放り込んだ。よく溶かして、おしまい。あとは火を弱めて煮込めばオシマイである。これほど楽な料理はない。
暑いから辛いのが食べたい、というのは嘘ではない。ただ今日くらいは楽をしたいというのも真実である。
「出来たぞー。けいた。カレー用の器はないか」
「えーと、そっちの棚の奥になかったかな。しばらくカレーなんてやってなかったから」
「ごそごそ……、これか。ホコリが積もっておる。本当にしばらく使っておらなんだな。まあよい」
「あれっ。けーこ、今日のご飯は何だ? これ。麦か」
「左様。麦じゃ。よう分かったの。栄養満点じゃぞ。さ、よそえ」
コタツ机の上に乗る、カレー。
それにレタスのサラダ。
「僕、カレー好きだよ」
「ほう。やはり。男はみんなカレー好きというからの」
「そんなテンプレみたいなもんでもないけどね」
「天ぷら?」
「何でもない。食べていい?」
「無論じゃ。食おうぞ。イタダキマス」
スプーンを持ち、さっそくけーこはカレーに食い付く。
暑い。辛い。だからこそウマいカレー。ジャガイモもニンジンもタマネギもよく煮込まれている。それにからまるルーは香辛料が利いている。
ブタ肉、トリ肉からダシが出ているせいか、スパイシーな味だが深みがある。
「ウマいの。カレーは」
「うん、肉がウマい。……ん? キュウリが入ってるのか?」
「ズッキーニじゃぞ。それ。冷蔵庫で余っていたのでな。入れてしもうたわい」
「へー、カレーにズッキーニは初めて食べた。ウマい」
「カレーは万能じゃからな」
けーこはスプーンを箸に持ち替え、サラダに移る。
レタスを細切りにしてある。レタスの浅い緑。トウモロコシの黄色。それに缶詰シーチキンの茶色。見目鮮やかである。
新鮮な野菜がスパイシーだった口の中を洗い流す。カレーの味がぼやけない。
「カレーにサラダってのがいい。おかわり」
「お! けいた、カレーをおかわりか。おかわりするなんて珍しいのう。よそってやおう」
「まあ、ね。ありがとう。普段はけーこが全部食べちゃうから痛たたた。つねらないで!」
「まるでワシが食いしん坊みたいではないか。よさぬか」
「だってツマミ食いもしてるし」
「あれは台所に立つ者の特権じゃぞ。それにしても麦飯は合うのう。米とは違った食感じゃ。プリプリしておる。噛み応えがあるぞ。まるで花火のようじゃ」
「大げさだなあ。でもそんな感じだ」
「じゃろ? 麦は栄養素のカタマリじゃからな。よう食え」
「こ、これ以上は食べられない。おかわりもしたし」
「まだまだして良いぞ。ほれほれ、サラダもまだまだあるぞ。ドンドン食え食え」
食べられないと言っているのに、押し付けて来るけーこ。笑顔で。冗談だと分かっているからこそ、慧太も笑って応じる。
その日は2人しておかわりをしたので、ゴチソウサマのあとでも2人はコタツ机のそばで座ったままだった。苦しそうな表情で、はちきれそうな腹を抱えて。
0
よろしくお願い申し上げます。平成27年7月14日、タイトルを変えました。旧称『落ちぶれ大学生と転生JKとは並んで台所に立つ。』新称『制服エプロン。』突然です。申し訳ありません。
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