制服エプロン。

みゆみゆ

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7月

第17帖。肉じゃが。

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 ここは腐っている。空気だけではない。過ぎ行く人々がみな。

 ……などと慧太は孤高を演ずるが、要するに大学に来たくなかっただけである。
 ここは大学の正門。もはや慧太にとっては3年間通った(実質2年間)なじみの場所だ。そして来年の4月から通うことになる場所でもある。

「暑いから早いとこ出して帰ろ」

 慧太は腐海に足を踏み入れる。
 まっすぐ学生課を目指す。おばちゃんは慧太を見ても、特に何も感じないようで、提出された書類にざっと目を通す。

「はい。分かりました。それじゃ学校に提出しておきますね」
「はい」
「……? もういいですよ」
「あ、もう終わりですか」
「はい。学校側から受理の書類が届きますから、親御さんに見るよう言っておいてください」
「はい」

 いないけどね、親。

 毒づく余裕が出て来る慧太だった。
 いまや大学とは無縁の存在となった慧太! ステップステップ。足取り軽やかに正門を出て、すぐさま帰宅するのだった。
 ウキウキした足取りのままエアコンのスイッチ・オン!

「アイスー、アイスを食おう」

 暑いから冷たいものを食べたかった。
 が、衝撃の事実。アイスがない。
 けーこが全部食ってしまっていたことを思い出す。

 ――そういえば今日、買ってから帰るとか言ってた気がする。

 時計を見る。なんと午前中。やることもない慧太はとりあえずパソコンを起動してあるが、オンラインゲームをやる気にはなれない。もともと現実逃避のためにやっていたようなものだ。
 それがもう逃げる必要がなくなった。書類を出したのだから。

「さて、何をするかなー」

 改めて考えるとライフ・ワークというべきか、普段から打ち込んでいるものがないことに気付く慧太。
 ならばけーこのためにマンガを買いに行こう、と決めたのだった。



 商店街で昼食を済ませた慧太は、書店をめぐる。
 商店街だから書店は大なり小なり複数ある。この前、買いそびれた新刊から、表紙買いしたものまで、かなりの冊数をお買い上げ。ウキウキしているから気も大きくなる。
 なぜもっと早く出しておかなかったのだろう。こんなに気軽なことなのに。

 それさえ、けーこがいなければやらなかったクセして、慧太は偉そうに思うのだった。所詮4年目を迎えた、落ちぶれ大学生のクセに。けーこにご飯を作ってもらっているクセに。



 慧太が涼しい室内でマンガを消費していると、誰かが玄関の鍵を開ける音がする。

「ただいまじゃー」

 けーこである。

「おかえりけーこ!」
「な、なんじゃなんじゃ。暑苦しい。何かいいことあったか」
「おうとも! 書類出したよ!」
「そんなの当たり前じゃろ。アイスが溶けるから冷凍庫に入れておいてくれ」
「あ、はい」

 もっとホメられると思ったのに。慧太はちょっと落ち込む。
 ただけーこの言う通り、当たり前のことをしただけなのに。普段が駄目だと、当たり前のことをしただけでホメられると勘違いする、駄目な典型だった。

「けいた、けいた」
「ん? わわっ」
「よく出したぞ」

 いいこ、いいこされた。
 けーこが頭をなでてくれた。年下からいいこ、いいこされて悪い気はしない。

「む、けいた。照れておるのか」
「別に」
「ニヤけとる」
「べ、べつに」
「嬉しいのか? ん? どうなんじゃー」
「べ、べ、そういうわけじゃないから。早くやめてよ、それ。恥ずかしい」
「なんじゃ、やはり恥ずかしいんではないか。……ま、やっとるワシも恥ずかしいがな」
「え」
「とまれ、夕餉を作りてやろうぞ。台所を借りるぞ」
「あ、どぞどぞ」
「なんじゃその言い方は」

 けらけら笑うけーこだった。
 それからエプロンをしめる。髪の毛を1本にする。髪留めを口にくわているあたりがかわいい。手を洗う。今日もまたけーこがご飯を作ってくれる。

「今日のご飯は何?」
「肉じゃが……あっ、ヒミツじゃからマンガでも読んでおれ」
「言っちゃってんじゃん」
「うるさいのー」
「マンガ読んでおとなしくしてますよ」
「うむ。よい心がけじゃ」

 けーこはこれまで通り、ご飯を炊く準備を終える。

 それから台所のシンクにタマネギ、ニンジン、ジャガイモをごろごろ転がし、荒く洗う。泥や土を取り払う。
 まな板で切り刻む。
 ニンジンを乱切りにする。タマネギとジャガイモを扇切りにした。いずれも食べやすい大きさである。

 そして牛肉と糸コンニャクが準備された。

 フライパンを火にかけ、油をしく。まずタマネギを入れ、それとともに牛肉をよく炒める。これで牛肉が柔らかくなる。
 けーこは、すーと息を吸う。ウマい香りに腹が鳴る。

 ぐう

「!」

 バッと振り向く。慧太と目が合う。
 互いにニヤリと笑うのだった。

「何じゃ、何をニヤけておる」
「別に。いいにおいだ。もしかして牛肉か」
「そうじゃ」
「ゼイタクだ」
「では食うな。全部ワシのじゃ」
「あ、で。でも作ったならしょうがないな。食べるよ。僕の分もあるでしょ」
「いや。ないのう。ワシの分しか」
「……」
「そんな悲しい顔をするでない。チャンと人数分あるゆえ安心せい」
「さすがけーこ」

 ホメられて機嫌の良くなるけーこ。
 オリジナル・リズムを刻みながら料理を続ける。

 ニンジン、ジャガイモを追加で投入。よく炒める。熱が通ったところでシラタキを加える。

 ダシ汁を1合5勺、入れる。
 みりん大さじ3、醤油大さじ2、砂糖小さじ1半を入れる。しばらく煮る。くつくつと良い音を立てる。みりんと醤油の混ざった、甘い香り。けーこは換気扇のスイッチを入れる。

「もう良いかの。おーいけいた。ご飯は?」
「混ぜて蒸してあります」
「おーけー。こっちも準備が終わった。食うぞ」

 コタツ机の上に並ぶ夕食。
 肉じゃが。
 ご飯、味噌汁。焼いたイワシ。それに桃のむいたのがある。

「肉じゃがか。おふくろの味だな」
「ワシの味じゃ。とくと味わえ」
「はーい」
「イタダキマス」

 一番に箸をつけるのは、けーこの特権である。
 肉じゃがのジャガイモをつまむ。ほろり、と崩れた。波打ち際の砂山のように。よく煮込まれている証だ。
 食べる。口に入れる。またしても、ほろほろと崩れる。甘い。調味料の味ではない。よく煮込まれてウマくなったジャガイモの味だ。
 牛肉と一緒に食べると、なおウマい。牛の旨味。みりん、醤油の味が渾然となっている。ご飯がススムススム。

「ウマいぞ。これはウマい。ジャガイモと牛肉は合うのう。どうじゃけいた。牛肉はウマかろう」
「うん、ウマい。やっぱり肉はウマいなあ。ニンジンも柔らかくてウマいよ。ただ」
「ただ? なんじゃ。もしやシラタキが苦手か? こんなにウマいのに。ずずず」
「そうめんみたいだな。いや、僕はジャガイモが固い方が好きだから」
「おお、よう聞くのう。肉じゃがのジャガイモは崩れるほど煮込むか? あるいは形を保っておるか? その2派じゃと」
「そうそう。僕は固いのが……いや、今日はこの崩れそうなくらいのジャガイモが好きだよ」
「ふふふ」
「?」
「けいたは優しいのう。素直に好きなものは好きと言え。さもないとワシも作り甲斐に欠けようて」
「そうなの? せっかく作ってくれたのに言われたら嫌じゃないの」
初中後しょっちゅうでは嫌気も刺すぞ。じゃがまあ、言え。許す」
「あ、はい。ありがとう。桃もウマそうだね」
「旬のデザートじゃて。味おうて食え」

 はい、と慧太は返事する。飯の心配はない。さらにデザートまでついて来る。やっぱり僕は幸せだと慧太は再確認する。
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よろしくお願い申し上げます。平成27年7月14日、タイトルを変えました。旧称『落ちぶれ大学生と転生JKとは並んで台所に立つ。』新称『制服エプロン。』突然です。申し訳ありません。
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