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7月
第14帖。トリ肉の甘酢あんかけ。
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7月も初旬だというのに暑い。
一度でも冷房を入れれば、昼も夜もかけっ放しである。慧太はエアコンのスイッチを昨日から切っていない。そうしないと、たちまち日干しになってしまうのである。
「暑いなー」
「暑いのう」
けーこはベッドの上でマンガを読んでいる。薄着である。
せっかくの日曜日なのに、2人は1日中こうしてグダグダしている。
「けーこ、どっか行きたいところないのか」
「ほう」とけーこはマンガから顔を上げる。「珍しいのう。けいたがそんなこと言い出すとは。悪いものでも食うたか」
「そんなわけあるか。確か先週? 先々週? そんなこと言ってた気がする」
「ワシ、行ったかの」
「気のせいかな」
「さて、の。うむ。行きたいところかー。ネズミ王国」
「遠いな! お金もかかる」
「そう言うと思ったわい。じゃ、大阪の魔法学園」
「ああ、国際的なテーマパーク。あれもすごい人ごみらしいじゃないか」
慧太はテレビ画面を見ている。休日の夏の昼間。その、国際的なテーマパーク特集をしているのだった。
恐るべき人ごみである。
地面が見えないほどの人、人、人……。レポーターはさも愉快そうだ。見てください、この人ごみ! すさまじい人気です! ……などと、他人の不幸を楽しんでいる。
目当てのアトラクションに乗るため、炎天下、何時間も並び続ける人々。帽子をかぶったりタオルを首に巻いたり、どうにか暑さから逃れんとしている。
「無駄なこって。地面からの照り返しも殺人的だろう」
「むー。この画面を見とると行きたくなくなるわい。けいた、エアコンの効いた室内でマンガを読んどる方が楽じゃ」
「それでいいの? 現役女子高生が。年寄りみたいなこと言って」
「ガンバルのは人の目があるときだけじゃ。家ではだるーんとしておって何が悪い」
「ここは僕の家だけど」
「ワシの部屋は暑い。じゃからここに来ておる。従ってここはワシの部屋じゃ」
「ど、どういう理論だ、そりゃ。僕の部屋だ」
「ワシの部屋じゃ。ベッドもマンガもワシのものんじゃー」
「あーもー。暴れるなって。ホラ、アイスでも食べるか」
「お! さすが慧太! チョロ……ありがとう」
「最近はマナーもなってきたね」
「うむ。夕餉は何が食いたい?」
「もうそんな時間か」
相変わらず昼過ぎまで寝ていた慧太である。起きてすぐ、冷蔵庫の中に残っていた昨日の夕飯を食べている。
一方でけーこは、朝からちゃんと起きているという。暑くなる前に朝の散歩を終え、朝ご飯を食べ、昼ご飯もちゃんと終えている。しっかりJK。
もっとも、今こうしてベッドの上でアイスを食べながら、ぐーたらぐーたらマンガを読む様は、そんなしっかりしているようには見えぬのだった。
慧太は思う。
しっかり者。それともぐーたら。けーこの本当の姿はどっちが本当なのだろうか。分からないけど、目の前のけーこはグータラJKだ。
「晩ご飯か……」
「どうせ今日も外に出ておらんのじゃろ。けいたは」
「海に行ってる」
「はあ? どうせオンラインゲームでの話じゃろうが」
「よく分かったな」
「けいたのことじゃからな。で、何が食べたい。そうじゃのう。食うておらんようじゃから、ここでチャントしたものを食うのが良かろう」
「そんなに食えないよ。そうめんとかどうだろう」
「それでは活力が足りぬぞ。そんなだから引きこもるのじゃ。朝が起きられんのじゃ」
「そうかな」
「そうじゃ。ヨシ、けいた。買い物に行くぞ。散歩に行くのだ。さあさあさあ!」
「分かった分かった、押すなって」
◆
昼下がりの遊歩道に人影は少ない。
暑いからだ。
空を見れば、青い。どこまでも青い。
雲ひとつない。
雲がないので日陰がない。けーこは帽子を斜めにかぶり、タオルを首に巻いている。半そでシャツ。長ズボン。
「嫌じゃのう、早う着かねば日焼けするわ」
「なら半そでシャツなんて着なけりゃいいのに」
「むっ。それでは暑かろうて」
「じゃ、我慢しないと」
「違う!」
「へっ」
「そうではない。ワシが言いたいのはそうではない。けいたは分かっとらん。女の子の心を分かっとらん」
「どこに女の子がいるんだ。おわっ」
蹴られた。
けーこに。
「何する!」
「けいたがトロいのじゃ。こんな蹴り1発さえ避けられんとは!」
「いきなり蹴られたらこうなるって!」
などとやり合いながら、むんむん熱気の立ち上る遊歩道を行くのだった。
ところどころ置かれたベンチに座ろうにも、木陰も出来ない。途中で無人の野菜販売所に立ち寄る。あまりの暑さのせいか、ほとんど置かれていない。
「腐るから置かぬのかのう」
「そうかも。これだけ暑いとすぐ腐る」
「冷蔵庫行きだな」
「うむ。ワシらも早う行かねば腐る」
「その通りだ」
◆
スーパーに入るなり、今度は寒い!
「どうしてこうも両極端なのじゃ、この国は! おー、寒いわい」
「極端だよね。暑いところは暑い。寒いところは寒い。両方のちょうど間がいい」
「うむ。お、けいた。見よや、あの看板を。肉の日じゃ。決定じゃ、今日は肉にしよう」
「トリ肉のステーキとか?」
「結局トリか」
「ここらへんにはワガママ言わせてもらおうか」
「はいはい」
偉そうなけーこである。
一方で慧太もご飯を作ってもらっている身分である。それほど強くは出ない。
なんだかんだで買い物を進めて行くのだった。
◆
買い物を済ませ、帰宅する。
「ふいー。けいた! ワシは不満じゃ!」
「何だ何だ、いきなり」
「なぜクーラーをつけておかなんだ! 暑いぞ。帰る時間に合わせてスイッチがオンになるようにしておくのじゃ」
「あー、うん。そういえば前もそんなこと言ってたね」
「食材も腐ってしまうわい。さて、いったん全てを冷蔵庫に入れておいて休憩じゃ。マンガを読もう」
「どうぞ。ベッドも空いているから」
「はーい」
けーこはベッドに飛び込む。水泳選手のように鮮やかな飛び込み具合。帽子をポーンと投げ、慧太がキャッチする。
けーこはまたグダグダJKに戻っている。
アイスをくわえ、マンガを読んでいる。
「ダラダラだね」
「んー」
「アイスのごみはちゃんとごみ箱に入れてよ」
「んー」
「王様の耳はロバの耳」
「んー」
「けーこのアホ」
「ああ? ンだとこのヤロー!」
「聞こえてるんなら返事してよ!」
「しとるじゃろうが! ちゃんと」
「生返事じゃんか」
「うるさいのー」
そんな騒ぎを経て、部屋の中はまた静かになる。
けーこはマンガを読み、慧太はオンラインゲームに戻る。
時間がたつ。
「もうこんな時間か。そろそろ夕餉を作ろうかの」
「お、じゃあ僕は」
「マンガを読んで待っておれ」
「はーい」
けーこは台所に立つ。
エプロンをしめる。髪をほどき、頭の後ろで1本にまとめ上げている。準備万端。
まずいつも通り、ご飯を炊く準備をする。炊飯器にセット。スイッチオン! イエス!
トリ肉をパックから取り出す。トリだけにトリ出し、まな板に乗せる。いかに大安売りだったとてトリもも肉500グラムは買い過ぎじゃったかのう。けーこはちょっとだけ後悔。
トリ肉の下処理を始める。
血管や筋、余計な脂肪は捨てる。それから1口大になるよう、切る。皮は残したままである。
それらを金属ボウルに入れる。すり下ろしショウガ、醤油大さじ2を入れ、もむのだった。なじませるために、しばらく置いておく。
味のなじんだトリ肉に片栗粉をまぶす。よし、とけーこはうなずく。これで準備は万端。
フライパンに油をはる。火をつける。
間もなく油に熱が伝わったらしい。フライパンの底から渦のように線が立ち上る。目で見えるほどだ。
けーこは菜箸の先っちょに片栗粉をつけ、油に入れる。パチッといって片栗粉ははじける。
「うおっ」
「どうしたけーこ! 変な音が」
「何でもない。油の温度がちょっと高かったようじゃ」
火を弱める。
そして片栗粉にまぶされたトリ肉を投入!
じゅわわわわ!
ぱちパチ!
トリもも肉たちが気持ち良い音と同時に揚がる! ウマそうじゃ。いやこれは絶対にウマいぞ。けーこはすでに確信しているのだった。
最初の1個はすでに揚がっているようで、ぷわ……と浮かび上がる。けーこは菜箸でつまみ上げる。まな板で半分に切る。赤くない。よし、熱は通っている。けーこは機嫌が良くなる。
それの片割れをポイ、と口に入れる。
「あふひっ、あちちちち」
「どうしたけーこ! 変な声が」
「何でもない。熱いだけじゃ」
「ツマミ食いか。僕にもくれ」
「しょうがないのう。ホレ、こっちへ来い。あーんせよ」
「あーん。あちち。……ウマい」
「じゃろう? じゃがこれで完成ではない。まだまだ続くよ!」
けーこは鼻歌なんか歌い出す。機嫌良さMAX!
揚がったトリ肉たちをキッチンペーパーに上げる。続々と上がる。けーこはまたよだれが止まらないのだった。
ぽたり、と。
揚がったばかりのトリ肉の上に落ちた。
慌てて慧太の方を見る。マンガに夢中で気付いていない様子である。けーこはホッとするのだった。
次に別の金属ボウルを用意する。
ダシ1合5勺、酢大さじ3、砂糖大さじ3、酒大さじ1、塩を適量。よく混ぜる。これがつけダレだ。
それから別のフライパンを取り出す。たっぷりの刻みネギを炒める。そこにつけダレを入れ、火にかける。
それからけーこは小皿にダシ汁を大さじ2杯、片栗粉1杯を入れ、たっぷりネギの中に入れ、混ぜるのだった。
甘酢あんかけ、完成。
「けいたー。ご飯は炊き上がったか?」
「うん。混ぜて蒸してあるよ」
「気が利くのー。さすがじゃ! 我が良人!」
「それ久し振りに聞いたな」
「否定せぬのじゃな。うおし」
「既成事実か」
けーこは何とも言わず、にやにやしている。
ドンブリにご飯をたっぷりよそう。
水にさらした新タマを乗せ、その上に挙げたばかりのトリ肉を、たっぷり乗せる。さらに上から、甘酢あんかけをたっぷりかける。
「トリ肉の甘酢あんかけ、完成」
「出来た?」
コタツ机の上に、料理は並ぶ。
トリ肉の甘酢あんかけ。サラダ菜のサラダ。味噌汁。
「おー。こりゃまた豪勢じゃないか」
「じゃろう。さあさ、熱いうちに食おうぞ。イタダキマス!」
けーこはエプロンも外さず、箸を手に取る。
トリ肉の甘酢あんかけを食う。
カリッと揚がったトリ肉。甘さと酸っぱさとが混ざった、あん。ネギのシャリシャリとした食感。口の中で3つが交わる。
「ウマいぞ。食うておるか。けいた」
「食べてるよ。甘酸っぱい、あんがウマい」
「じゃろう。トリもも肉も脂が乗っておってウマいのう。単なる唐揚げでは面白うない。こうしてあんに包まれておるだけで、ウマさ倍増じゃ」
3者が一体となったドンブリを食い、味噌汁を飲む。
ウマい。
けーこは、ほうと息をつく。あんの酸っぱさを、ダシのきいた味噌汁で洗い流す。口が新たになり、さらに食欲を誘うのだった、
けーこはたちまちドンブリカラッポにし、そのままの流れで炊飯器までもカラッポにしたのだった。
「ふう。うっぷ。ゴチソウサマデシタ」
「ごちそうさま。ウマかったね」
「うむ、ふう……。何とも言えぬ。食い過ぎたかの」
「お腹が出てる。そりゃ食い過ぎだよ」
「……あまり見るでないわ」
けーこは恥ずかしそうにお腹をおさえる。強がったような笑みと同時に。あまり見たい表情なので慧太は笑ってしまった。
「笑うでないわ」
「ごめんごめん。でもデザートのアイスは食べるんでしょ」
慧太の問いかけに、けーこはムッとして答えるのだった。
「当たり前じゃろうが。早う持って来るのじゃ」
とても偉そうだったが、けーこが言うのでは仕方ない。慧太は渋々ながらも嬉しそうに席を立つのだった。
一度でも冷房を入れれば、昼も夜もかけっ放しである。慧太はエアコンのスイッチを昨日から切っていない。そうしないと、たちまち日干しになってしまうのである。
「暑いなー」
「暑いのう」
けーこはベッドの上でマンガを読んでいる。薄着である。
せっかくの日曜日なのに、2人は1日中こうしてグダグダしている。
「けーこ、どっか行きたいところないのか」
「ほう」とけーこはマンガから顔を上げる。「珍しいのう。けいたがそんなこと言い出すとは。悪いものでも食うたか」
「そんなわけあるか。確か先週? 先々週? そんなこと言ってた気がする」
「ワシ、行ったかの」
「気のせいかな」
「さて、の。うむ。行きたいところかー。ネズミ王国」
「遠いな! お金もかかる」
「そう言うと思ったわい。じゃ、大阪の魔法学園」
「ああ、国際的なテーマパーク。あれもすごい人ごみらしいじゃないか」
慧太はテレビ画面を見ている。休日の夏の昼間。その、国際的なテーマパーク特集をしているのだった。
恐るべき人ごみである。
地面が見えないほどの人、人、人……。レポーターはさも愉快そうだ。見てください、この人ごみ! すさまじい人気です! ……などと、他人の不幸を楽しんでいる。
目当てのアトラクションに乗るため、炎天下、何時間も並び続ける人々。帽子をかぶったりタオルを首に巻いたり、どうにか暑さから逃れんとしている。
「無駄なこって。地面からの照り返しも殺人的だろう」
「むー。この画面を見とると行きたくなくなるわい。けいた、エアコンの効いた室内でマンガを読んどる方が楽じゃ」
「それでいいの? 現役女子高生が。年寄りみたいなこと言って」
「ガンバルのは人の目があるときだけじゃ。家ではだるーんとしておって何が悪い」
「ここは僕の家だけど」
「ワシの部屋は暑い。じゃからここに来ておる。従ってここはワシの部屋じゃ」
「ど、どういう理論だ、そりゃ。僕の部屋だ」
「ワシの部屋じゃ。ベッドもマンガもワシのものんじゃー」
「あーもー。暴れるなって。ホラ、アイスでも食べるか」
「お! さすが慧太! チョロ……ありがとう」
「最近はマナーもなってきたね」
「うむ。夕餉は何が食いたい?」
「もうそんな時間か」
相変わらず昼過ぎまで寝ていた慧太である。起きてすぐ、冷蔵庫の中に残っていた昨日の夕飯を食べている。
一方でけーこは、朝からちゃんと起きているという。暑くなる前に朝の散歩を終え、朝ご飯を食べ、昼ご飯もちゃんと終えている。しっかりJK。
もっとも、今こうしてベッドの上でアイスを食べながら、ぐーたらぐーたらマンガを読む様は、そんなしっかりしているようには見えぬのだった。
慧太は思う。
しっかり者。それともぐーたら。けーこの本当の姿はどっちが本当なのだろうか。分からないけど、目の前のけーこはグータラJKだ。
「晩ご飯か……」
「どうせ今日も外に出ておらんのじゃろ。けいたは」
「海に行ってる」
「はあ? どうせオンラインゲームでの話じゃろうが」
「よく分かったな」
「けいたのことじゃからな。で、何が食べたい。そうじゃのう。食うておらんようじゃから、ここでチャントしたものを食うのが良かろう」
「そんなに食えないよ。そうめんとかどうだろう」
「それでは活力が足りぬぞ。そんなだから引きこもるのじゃ。朝が起きられんのじゃ」
「そうかな」
「そうじゃ。ヨシ、けいた。買い物に行くぞ。散歩に行くのだ。さあさあさあ!」
「分かった分かった、押すなって」
◆
昼下がりの遊歩道に人影は少ない。
暑いからだ。
空を見れば、青い。どこまでも青い。
雲ひとつない。
雲がないので日陰がない。けーこは帽子を斜めにかぶり、タオルを首に巻いている。半そでシャツ。長ズボン。
「嫌じゃのう、早う着かねば日焼けするわ」
「なら半そでシャツなんて着なけりゃいいのに」
「むっ。それでは暑かろうて」
「じゃ、我慢しないと」
「違う!」
「へっ」
「そうではない。ワシが言いたいのはそうではない。けいたは分かっとらん。女の子の心を分かっとらん」
「どこに女の子がいるんだ。おわっ」
蹴られた。
けーこに。
「何する!」
「けいたがトロいのじゃ。こんな蹴り1発さえ避けられんとは!」
「いきなり蹴られたらこうなるって!」
などとやり合いながら、むんむん熱気の立ち上る遊歩道を行くのだった。
ところどころ置かれたベンチに座ろうにも、木陰も出来ない。途中で無人の野菜販売所に立ち寄る。あまりの暑さのせいか、ほとんど置かれていない。
「腐るから置かぬのかのう」
「そうかも。これだけ暑いとすぐ腐る」
「冷蔵庫行きだな」
「うむ。ワシらも早う行かねば腐る」
「その通りだ」
◆
スーパーに入るなり、今度は寒い!
「どうしてこうも両極端なのじゃ、この国は! おー、寒いわい」
「極端だよね。暑いところは暑い。寒いところは寒い。両方のちょうど間がいい」
「うむ。お、けいた。見よや、あの看板を。肉の日じゃ。決定じゃ、今日は肉にしよう」
「トリ肉のステーキとか?」
「結局トリか」
「ここらへんにはワガママ言わせてもらおうか」
「はいはい」
偉そうなけーこである。
一方で慧太もご飯を作ってもらっている身分である。それほど強くは出ない。
なんだかんだで買い物を進めて行くのだった。
◆
買い物を済ませ、帰宅する。
「ふいー。けいた! ワシは不満じゃ!」
「何だ何だ、いきなり」
「なぜクーラーをつけておかなんだ! 暑いぞ。帰る時間に合わせてスイッチがオンになるようにしておくのじゃ」
「あー、うん。そういえば前もそんなこと言ってたね」
「食材も腐ってしまうわい。さて、いったん全てを冷蔵庫に入れておいて休憩じゃ。マンガを読もう」
「どうぞ。ベッドも空いているから」
「はーい」
けーこはベッドに飛び込む。水泳選手のように鮮やかな飛び込み具合。帽子をポーンと投げ、慧太がキャッチする。
けーこはまたグダグダJKに戻っている。
アイスをくわえ、マンガを読んでいる。
「ダラダラだね」
「んー」
「アイスのごみはちゃんとごみ箱に入れてよ」
「んー」
「王様の耳はロバの耳」
「んー」
「けーこのアホ」
「ああ? ンだとこのヤロー!」
「聞こえてるんなら返事してよ!」
「しとるじゃろうが! ちゃんと」
「生返事じゃんか」
「うるさいのー」
そんな騒ぎを経て、部屋の中はまた静かになる。
けーこはマンガを読み、慧太はオンラインゲームに戻る。
時間がたつ。
「もうこんな時間か。そろそろ夕餉を作ろうかの」
「お、じゃあ僕は」
「マンガを読んで待っておれ」
「はーい」
けーこは台所に立つ。
エプロンをしめる。髪をほどき、頭の後ろで1本にまとめ上げている。準備万端。
まずいつも通り、ご飯を炊く準備をする。炊飯器にセット。スイッチオン! イエス!
トリ肉をパックから取り出す。トリだけにトリ出し、まな板に乗せる。いかに大安売りだったとてトリもも肉500グラムは買い過ぎじゃったかのう。けーこはちょっとだけ後悔。
トリ肉の下処理を始める。
血管や筋、余計な脂肪は捨てる。それから1口大になるよう、切る。皮は残したままである。
それらを金属ボウルに入れる。すり下ろしショウガ、醤油大さじ2を入れ、もむのだった。なじませるために、しばらく置いておく。
味のなじんだトリ肉に片栗粉をまぶす。よし、とけーこはうなずく。これで準備は万端。
フライパンに油をはる。火をつける。
間もなく油に熱が伝わったらしい。フライパンの底から渦のように線が立ち上る。目で見えるほどだ。
けーこは菜箸の先っちょに片栗粉をつけ、油に入れる。パチッといって片栗粉ははじける。
「うおっ」
「どうしたけーこ! 変な音が」
「何でもない。油の温度がちょっと高かったようじゃ」
火を弱める。
そして片栗粉にまぶされたトリ肉を投入!
じゅわわわわ!
ぱちパチ!
トリもも肉たちが気持ち良い音と同時に揚がる! ウマそうじゃ。いやこれは絶対にウマいぞ。けーこはすでに確信しているのだった。
最初の1個はすでに揚がっているようで、ぷわ……と浮かび上がる。けーこは菜箸でつまみ上げる。まな板で半分に切る。赤くない。よし、熱は通っている。けーこは機嫌が良くなる。
それの片割れをポイ、と口に入れる。
「あふひっ、あちちちち」
「どうしたけーこ! 変な声が」
「何でもない。熱いだけじゃ」
「ツマミ食いか。僕にもくれ」
「しょうがないのう。ホレ、こっちへ来い。あーんせよ」
「あーん。あちち。……ウマい」
「じゃろう? じゃがこれで完成ではない。まだまだ続くよ!」
けーこは鼻歌なんか歌い出す。機嫌良さMAX!
揚がったトリ肉たちをキッチンペーパーに上げる。続々と上がる。けーこはまたよだれが止まらないのだった。
ぽたり、と。
揚がったばかりのトリ肉の上に落ちた。
慌てて慧太の方を見る。マンガに夢中で気付いていない様子である。けーこはホッとするのだった。
次に別の金属ボウルを用意する。
ダシ1合5勺、酢大さじ3、砂糖大さじ3、酒大さじ1、塩を適量。よく混ぜる。これがつけダレだ。
それから別のフライパンを取り出す。たっぷりの刻みネギを炒める。そこにつけダレを入れ、火にかける。
それからけーこは小皿にダシ汁を大さじ2杯、片栗粉1杯を入れ、たっぷりネギの中に入れ、混ぜるのだった。
甘酢あんかけ、完成。
「けいたー。ご飯は炊き上がったか?」
「うん。混ぜて蒸してあるよ」
「気が利くのー。さすがじゃ! 我が良人!」
「それ久し振りに聞いたな」
「否定せぬのじゃな。うおし」
「既成事実か」
けーこは何とも言わず、にやにやしている。
ドンブリにご飯をたっぷりよそう。
水にさらした新タマを乗せ、その上に挙げたばかりのトリ肉を、たっぷり乗せる。さらに上から、甘酢あんかけをたっぷりかける。
「トリ肉の甘酢あんかけ、完成」
「出来た?」
コタツ机の上に、料理は並ぶ。
トリ肉の甘酢あんかけ。サラダ菜のサラダ。味噌汁。
「おー。こりゃまた豪勢じゃないか」
「じゃろう。さあさ、熱いうちに食おうぞ。イタダキマス!」
けーこはエプロンも外さず、箸を手に取る。
トリ肉の甘酢あんかけを食う。
カリッと揚がったトリ肉。甘さと酸っぱさとが混ざった、あん。ネギのシャリシャリとした食感。口の中で3つが交わる。
「ウマいぞ。食うておるか。けいた」
「食べてるよ。甘酸っぱい、あんがウマい」
「じゃろう。トリもも肉も脂が乗っておってウマいのう。単なる唐揚げでは面白うない。こうしてあんに包まれておるだけで、ウマさ倍増じゃ」
3者が一体となったドンブリを食い、味噌汁を飲む。
ウマい。
けーこは、ほうと息をつく。あんの酸っぱさを、ダシのきいた味噌汁で洗い流す。口が新たになり、さらに食欲を誘うのだった、
けーこはたちまちドンブリカラッポにし、そのままの流れで炊飯器までもカラッポにしたのだった。
「ふう。うっぷ。ゴチソウサマデシタ」
「ごちそうさま。ウマかったね」
「うむ、ふう……。何とも言えぬ。食い過ぎたかの」
「お腹が出てる。そりゃ食い過ぎだよ」
「……あまり見るでないわ」
けーこは恥ずかしそうにお腹をおさえる。強がったような笑みと同時に。あまり見たい表情なので慧太は笑ってしまった。
「笑うでないわ」
「ごめんごめん。でもデザートのアイスは食べるんでしょ」
慧太の問いかけに、けーこはムッとして答えるのだった。
「当たり前じゃろうが。早う持って来るのじゃ」
とても偉そうだったが、けーこが言うのでは仕方ない。慧太は渋々ながらも嬉しそうに席を立つのだった。
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よろしくお願い申し上げます。平成27年7月14日、タイトルを変えました。旧称『落ちぶれ大学生と転生JKとは並んで台所に立つ。』新称『制服エプロン。』突然です。申し訳ありません。
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世の中は意外と魔術で何とかなる
ものまねの実
ファンタジー
新しい人生が唐突に始まった男が一人。目覚めた場所は人のいない森の中の廃村。生きるのに精一杯で、大層な目標もない。しかしある日の出会いから物語は動き出す。
神様の土下座・謝罪もない、スキル特典もレベル制もない、転生トラックもそれほど走ってない。突然の転生に戸惑うも、前世での経験があるおかげで図太く生きられる。生きるのに『隠してたけど実は最強』も『パーティから追放されたから復讐する』とかの設定も必要ない。人はただ明日を目指して歩くだけで十分なんだ。
『王道とは歩むものではなく、その隣にある少しずれた道を歩くためのガイドにするくらいが丁度いい』
平凡な生き方をしているつもりが、結局騒ぎを起こしてしまう男の冒険譚。困ったときの魔術頼み!大丈夫、俺上手に魔術使えますから。※主人公は結構ズルをします。正々堂々がお好きな方はご注意ください。
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