制服エプロン。

みゆみゆ

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7月

第14帖。トリ肉の甘酢あんかけ。

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 7月も初旬だというのに暑い。
 一度でも冷房を入れれば、昼も夜もかけっ放しである。慧太はエアコンのスイッチを昨日から切っていない。そうしないと、たちまち日干しになってしまうのである。

「暑いなー」
「暑いのう」

 けーこはベッドの上でマンガを読んでいる。薄着である。
 せっかくの日曜日なのに、2人は1日中こうしてグダグダしている。

「けーこ、どっか行きたいところないのか」
「ほう」とけーこはマンガから顔を上げる。「珍しいのう。けいたがそんなこと言い出すとは。悪いものでも食うたか」
「そんなわけあるか。確か先週? 先々週? そんなこと言ってた気がする」
「ワシ、行ったかの」
「気のせいかな」
「さて、の。うむ。行きたいところかー。ネズミ王国」
「遠いな! お金もかかる」
「そう言うと思ったわい。じゃ、大阪の魔法学園」
「ああ、国際的なテーマパーク。あれもすごい人ごみらしいじゃないか」

 慧太はテレビ画面を見ている。休日の夏の昼間。その、国際的なテーマパーク特集をしているのだった。
 恐るべき人ごみである。
 地面が見えないほどの人、人、人……。レポーターはさも愉快そうだ。見てください、この人ごみ! すさまじい人気です! ……などと、他人の不幸を楽しんでいる。

 目当てのアトラクションに乗るため、炎天下、何時間も並び続ける人々。帽子をかぶったりタオルを首に巻いたり、どうにか暑さから逃れんとしている。

「無駄なこって。地面からの照り返しも殺人的だろう」
「むー。この画面を見とると行きたくなくなるわい。けいた、エアコンの効いた室内でマンガを読んどる方が楽じゃ」
「それでいいの? 現役女子高生が。年寄りみたいなこと言って」
「ガンバルのは人の目があるときだけじゃ。家ではだるーんとしておって何が悪い」
「ここは僕の家だけど」
「ワシの部屋は暑い。じゃからここに来ておる。従ってここはワシの部屋じゃ」
「ど、どういう理論だ、そりゃ。僕の部屋だ」
「ワシの部屋じゃ。ベッドもマンガもワシのものんじゃー」
「あーもー。暴れるなって。ホラ、アイスでも食べるか」
「お! さすが慧太! チョロ……ありがとう」
「最近はマナーもなってきたね」
「うむ。夕餉は何が食いたい?」
「もうそんな時間か」

 相変わらず昼過ぎまで寝ていた慧太である。起きてすぐ、冷蔵庫の中に残っていた昨日の夕飯を食べている。
 一方でけーこは、朝からちゃんと起きているという。暑くなる前に朝の散歩を終え、朝ご飯を食べ、昼ご飯もちゃんと終えている。しっかりJK。
 
 もっとも、今こうしてベッドの上でアイスを食べながら、ぐーたらぐーたらマンガを読む様は、そんなしっかりしているようには見えぬのだった。
 慧太は思う。
 しっかり者。それともぐーたら。けーこの本当の姿はどっちが本当なのだろうか。分からないけど、目の前のけーこはグータラJKだ。

「晩ご飯か……」
「どうせ今日も外に出ておらんのじゃろ。けいたは」
「海に行ってる」
「はあ? どうせオンラインゲームでの話じゃろうが」
「よく分かったな」
「けいたのことじゃからな。で、何が食べたい。そうじゃのう。食うておらんようじゃから、ここでチャントしたものを食うのが良かろう」
「そんなに食えないよ。そうめんとかどうだろう」
「それでは活力が足りぬぞ。そんなだから引きこもるのじゃ。朝が起きられんのじゃ」
「そうかな」
「そうじゃ。ヨシ、けいた。買い物に行くぞ。散歩に行くのだ。さあさあさあ!」
「分かった分かった、押すなって」



 昼下がりの遊歩道に人影は少ない。
 暑いからだ。

 空を見れば、青い。どこまでも青い。
 雲ひとつない。
 雲がないので日陰がない。けーこは帽子を斜めにかぶり、タオルを首に巻いている。半そでシャツ。長ズボン。

「嫌じゃのう、早う着かねば日焼けするわ」
「なら半そでシャツなんて着なけりゃいいのに」
「むっ。それでは暑かろうて」
「じゃ、我慢しないと」
「違う!」
「へっ」
「そうではない。ワシが言いたいのはそうではない。けいたは分かっとらん。女の子の心を分かっとらん」
「どこに女の子がいるんだ。おわっ」

 蹴られた。
 けーこに。

「何する!」
「けいたがトロいのじゃ。こんな蹴り1発さえ避けられんとは!」
「いきなり蹴られたらこうなるって!」

 などとやり合いながら、むんむん熱気の立ち上る遊歩道を行くのだった。
 ところどころ置かれたベンチに座ろうにも、木陰も出来ない。途中で無人の野菜販売所に立ち寄る。あまりの暑さのせいか、ほとんど置かれていない。

「腐るから置かぬのかのう」
「そうかも。これだけ暑いとすぐ腐る」
「冷蔵庫行きだな」
「うむ。ワシらも早う行かねば腐る」
「その通りだ」



 スーパーに入るなり、今度は寒い!

「どうしてこうも両極端なのじゃ、この国は! おー、寒いわい」
「極端だよね。暑いところは暑い。寒いところは寒い。両方のちょうど間がいい」
「うむ。お、けいた。見よや、あの看板を。肉の日じゃ。決定じゃ、今日は肉にしよう」
「トリ肉のステーキとか?」
「結局トリか」
「ここらへんにはワガママ言わせてもらおうか」
「はいはい」

 偉そうなけーこである。
 一方で慧太もご飯を作ってもらっている身分である。それほど強くは出ない。
 なんだかんだで買い物を進めて行くのだった。



 買い物を済ませ、帰宅する。

「ふいー。けいた! ワシは不満じゃ!」
「何だ何だ、いきなり」
「なぜクーラーをつけておかなんだ! 暑いぞ。帰る時間に合わせてスイッチがオンになるようにしておくのじゃ」
「あー、うん。そういえば前もそんなこと言ってたね」
「食材も腐ってしまうわい。さて、いったん全てを冷蔵庫に入れておいて休憩じゃ。マンガを読もう」
「どうぞ。ベッドも空いているから」
「はーい」

 けーこはベッドに飛び込む。水泳選手のように鮮やかな飛び込み具合。帽子をポーンと投げ、慧太がキャッチする。
 けーこはまたグダグダJKに戻っている。
 アイスをくわえ、マンガを読んでいる。

「ダラダラだね」
「んー」
「アイスのごみはちゃんとごみ箱に入れてよ」
「んー」
「王様の耳はロバの耳」
「んー」
「けーこのアホ」
「ああ? ンだとこのヤロー!」
「聞こえてるんなら返事してよ!」
「しとるじゃろうが! ちゃんと」
「生返事じゃんか」
「うるさいのー」

 そんな騒ぎを経て、部屋の中はまた静かになる。
 けーこはマンガを読み、慧太はオンラインゲームに戻る。

 時間がたつ。

「もうこんな時間か。そろそろ夕餉を作ろうかの」
「お、じゃあ僕は」
「マンガを読んで待っておれ」
「はーい」

 けーこは台所に立つ。
 エプロンをしめる。髪をほどき、頭の後ろで1本にまとめ上げている。準備万端。

 まずいつも通り、ご飯を炊く準備をする。炊飯器にセット。スイッチオン! イエス!

 トリ肉をパックから取り出す。トリだけにトリ出し、まな板に乗せる。いかに大安売りだったとてトリもも肉500グラムは買い過ぎじゃったかのう。けーこはちょっとだけ後悔。

 トリ肉の下処理を始める。
 血管や筋、余計な脂肪は捨てる。それから1口大になるよう、切る。皮は残したままである。
 それらを金属ボウルに入れる。すり下ろしショウガ、醤油大さじ2を入れ、もむのだった。なじませるために、しばらく置いておく。
 味のなじんだトリ肉に片栗粉をまぶす。よし、とけーこはうなずく。これで準備は万端。

 フライパンに油をはる。火をつける。
 間もなく油に熱が伝わったらしい。フライパンの底から渦のように線が立ち上る。目で見えるほどだ。
 けーこは菜箸の先っちょに片栗粉をつけ、油に入れる。パチッといって片栗粉ははじける。

「うおっ」
「どうしたけーこ! 変な音が」
「何でもない。油の温度がちょっと高かったようじゃ」

 火を弱める。
 そして片栗粉にまぶされたトリ肉を投入!
 じゅわわわわ!
 ぱちパチ!

 トリもも肉たちが気持ち良い音と同時に揚がる! ウマそうじゃ。いやこれは絶対にウマいぞ。けーこはすでに確信しているのだった。

 最初の1個はすでに揚がっているようで、ぷわ……と浮かび上がる。けーこは菜箸でつまみ上げる。まな板で半分に切る。赤くない。よし、熱は通っている。けーこは機嫌が良くなる。
 それの片割れをポイ、と口に入れる。

「あふひっ、あちちちち」
「どうしたけーこ! 変な声が」
「何でもない。熱いだけじゃ」
「ツマミ食いか。僕にもくれ」
「しょうがないのう。ホレ、こっちへ来い。あーんせよ」
「あーん。あちち。……ウマい」
「じゃろう? じゃがこれで完成ではない。まだまだ続くよ!」

 けーこは鼻歌なんか歌い出す。機嫌良さMAX!

 揚がったトリ肉たちをキッチンペーパーに上げる。続々と上がる。けーこはまたよだれが止まらないのだった。
 ぽたり、と。
 揚がったばかりのトリ肉の上に落ちた。

 慌てて慧太の方を見る。マンガに夢中で気付いていない様子である。けーこはホッとするのだった。

 次に別の金属ボウルを用意する。
 ダシ1合5しゃく、酢大さじ3、砂糖大さじ3、酒大さじ1、塩を適量。よく混ぜる。これがつけダレだ。
 それから別のフライパンを取り出す。たっぷりの刻みネギを炒める。そこにつけダレを入れ、火にかける。

 それからけーこは小皿にダシ汁を大さじ2杯、片栗粉1杯を入れ、たっぷりネギの中に入れ、混ぜるのだった。
 甘酢あんかけ、完成。

「けいたー。ご飯は炊き上がったか?」
「うん。混ぜて蒸してあるよ」
「気が利くのー。さすがじゃ! 我が良人おっと!」
「それ久し振りに聞いたな」
「否定せぬのじゃな。うおし」
「既成事実か」

 けーこは何とも言わず、にやにやしている。

 ドンブリにご飯をたっぷりよそう。
 水にさらした新タマを乗せ、その上に挙げたばかりのトリ肉を、たっぷり乗せる。さらに上から、甘酢あんかけをたっぷりかける。

「トリ肉の甘酢あんかけ、完成」
「出来た?」

 コタツ机の上に、料理は並ぶ。
 トリ肉の甘酢あんかけ。サラダ菜のサラダ。味噌汁。

「おー。こりゃまた豪勢じゃないか」
「じゃろう。さあさ、熱いうちに食おうぞ。イタダキマス!」

 けーこはエプロンも外さず、箸を手に取る。
 トリ肉の甘酢あんかけを食う。
 カリッと揚がったトリ肉。甘さと酸っぱさとが混ざった、あん。ネギのシャリシャリとした食感。口の中で3つが交わる。

「ウマいぞ。食うておるか。けいた」
「食べてるよ。甘酸っぱい、あんがウマい」
「じゃろう。トリもも肉も脂が乗っておってウマいのう。単なる唐揚げでは面白うない。こうしてあんに包まれておるだけで、ウマさ倍増じゃ」

 3者が一体となったドンブリを食い、味噌汁を飲む。
 ウマい。
 けーこは、ほうと息をつく。あんの酸っぱさを、ダシのきいた味噌汁で洗い流す。口が新たになり、さらに食欲を誘うのだった、

 けーこはたちまちドンブリカラッポにし、そのままの流れで炊飯器までもカラッポにしたのだった。

「ふう。うっぷ。ゴチソウサマデシタ」
「ごちそうさま。ウマかったね」
「うむ、ふう……。何とも言えぬ。食い過ぎたかの」
「お腹が出てる。そりゃ食い過ぎだよ」
「……あまり見るでないわ」

 けーこは恥ずかしそうにお腹をおさえる。強がったような笑みと同時に。あまり見たい表情なので慧太は笑ってしまった。

「笑うでないわ」
「ごめんごめん。でもデザートのアイスは食べるんでしょ」

 慧太の問いかけに、けーこはムッとして答えるのだった。

「当たり前じゃろうが。早う持って来るのじゃ」

 とても偉そうだったが、けーこが言うのでは仕方ない。慧太は渋々ながらも嬉しそうに席を立つのだった。
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よろしくお願い申し上げます。平成27年7月14日、タイトルを変えました。旧称『落ちぶれ大学生と転生JKとは並んで台所に立つ。』新称『制服エプロン。』突然です。申し訳ありません。
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