制服エプロン。

みゆみゆ

文字の大きさ
上 下
15 / 27
7月

第13帖。たまには外食。中華屋へ行く。

しおりを挟む
 7月に入ったので、堂々とエアコンをつける慧太だった。
 機械的な音がして、やがて冷たい風が吹く。

「ふいー、涼しいのう」
「なんでまたいるんだ、けーこ。エアコン、苦手じゃなかったのか」
「苦手じゃが、こう暑くては参ってしまうわい。あ、けいた。エアコンは〝弱〟で頼む」
「はいはい」

 居候みたいなクセに、けーこは命令口調だった。
 昼下がりの一番暑い時間帯である。

 けーこは半そで、半ズボンの軽快な格好で突如、慧太の家に現れたのだった。ちょうどシャワーから上がったばかりの慧太は、すっぽんぽん。
 けーこが慌てて玄関扉から逃げて行ったとき、慧太は思わず大爆笑してしまったものだ。

「で、けーこ。買い物はどうする」
「珍しいのう。お主から言い出すとは。買い物か。そうじゃな、ヒマじゃし行っても良いかも知れぬ。何が食べたい?」
「うーん、何でも」
「〝何でもいい〟はナシじゃぞ」

 慧太が答えるよりも早く、けーこは制する。

「な、な、何でも美味しく食べます」
「似たようなものじゃぞ! ふー。そうじゃのー。思い付かんのー。さすがのワシもトッサに言われては……」
「外食する?」
「外食か」
「近所の公園の近くにうどん屋がある」
「オシャレじゃないのう」
「そば屋もある」
「同じじゃろ」
「何が食べたいんだ、けーこは」
「うーん。何でも良いが……。美味しいものがいい」
「それって〝何でもいい〟とあんまり変わらないけど。痛っ。蹴らないでよ」
「うるさいから蹴ったのじゃ。いいからそこのマンガを寄越せ。まだ読んでおらん」
「あ。これ? はいはい」
「うむ」

 けーこはベッドに寝転がる。うつ伏せでマンガを読んでいる。半ズボンから飛び出すした足を、ぱったんぱったん上下させ、マンガのページをめくる。

「む!」
「どうした」
「けいた。これ食べたい」
「ん? ラーメン?」
「その横じゃ。チャーハンが食べたい! 食べたい! 食べたい!」
「分かった分かった。なら中華屋に行こう。公園の向こうに1軒あったはずだ」
「うむ! 決まりじゃ!」



 カラスの鳴く道を歩く2人。

「けーこ、今日は学校は?」
「土曜日じゃぞ。半日じゃ」
「へー。今どき休みじゃないんだ」
「ワシが小中学生だった頃は土日は休みじゃった。じゃが最近変わっての。土曜日は半日授業なのじゃ」

 慧太にとっては珍しくも何ともない。
 土日が休みになったのは慧太が小中学生のときである。だからそれが元に戻っただけでのこと。
 ただ人間、いったん休むことを覚えるとダラけるもので、半日の授業さえ億劫そうであった。

「そういえばけーこ、帰ってくるなり〝疲れたー、アイスー〟って」
「暑い日じゃったからの。夕方になってようやく、暑さは薄らいだが」
「そして僕のヌードを見るなんて変態だ。いてぇ! 蹴るな馬鹿!」
「ワシは変態じゃないぞ! ヒキコモリ!」
「最近ちゃんと外に出てます!」
「それ普通じゃぞ、馬鹿! 毎日、平日は外に出るのが普通なのじゃ」
「そ、そうか」
「何を、えばっておるのじゃ、まったく。そういえば休学届はどうなっておる?」
「来週出す」
「……」
「な、なんだよ」
「約束するか?」

 けーこは、スッと小指を出す。
 指切りゲンマンせよ、というのだ。慧太はちょっと恥ずかしい。20歳にもなって、こんなガキっぽいことをするなんて。

「けいた」
「分かった分かった。指切りゲンマン」
「嘘ついたら?」
「うーん、どうしよ。針千本のます」
「マンガ1万冊ワシに買うのじゃ。指きった!」
「あ、きたねえ! 僕まだ約束してないぞ!」
「知りませーん! 約束したのじゃぞ。言うこと守れよ!」
「このヤロー!」

 てんやわんや騒ぎながら、2人は夕暮れの街並を歩く。



 中華屋に入るとすぐ、水が出て来る。

「さーて、何を食べよっかのー」

 けーこはウキウキしている。メニューのあちこちを見ている。

「うーん、うーん」
「何だ、便秘か?」

 ぎろりとにらむけーこ。眼力めっちゃ強い。怖い。

「けいたは黙っておれ」
「はい」
「何にしようかのう。酢豚がウマそうじゃ」
「それこの前、作ってくれたじゃないか」
「自分で作るのと、お店で食べるのは違うぞ。それともホイコーローか? チンジャオロースか?」
「チャーハンはどうだ」
「それいいの! うむ! チャーハンとホイコーローにしよう」
「りょ、両方? 食べきれるのか。そんなに頼んで」
「ワシなら行ける」
「その自信、僕にも欲しいよ。……よし、僕は台湾ラーメンだ」

 注文する。
 メニューを立てかけ、一息入れる。

 けーこは厨房を見ている。年老いた店主が大きな中華鍋を振るっている。炎がゴウッと上がる。
 店主は物怖じせず、中華鍋を我が物のように操る。

「いつもならワシはあっち側じゃ」
「ああ、あの店主の? そう言えばそうか。座って飯を待つだけだ。楽だろ?」
「うむ。座っておるだけで飯が出来る。ワシはひとり暮らしするまで、飯なぞあって当然じゃと思うておった。前の世界でも給仕どもが準備する飯を食うだけであったし。これほど料理が大変だとは考えもせなんだわ」
「そうか。逆の立場になって初めて分かるんだなあ」
「うむ。じゃが、けいたは飯を食うだけで良いぞ」
「かたくなに僕に飯を作らせようとしないね、けーこは。何か理由があるの?」
「何を言うておる」とけーこは笑う。「台所は女のテリトリーじゃぞ。男が踏み込んで良いものではない」
「そ、そうなの?」
「台所に女が2人立ってはならぬというじゃろう」
「聞いたことない」
「いかんのう。常識も知らんようじゃから、けいたはモテぬのだ」
「だから! 僕が! モテるモテないのは関係ないでしょ!」
「ふふふ、そうかのう」

 けーこは不穏な笑みである。世の全てを知っているかのごとき、妖しげな笑み。
 慧太は手元のウーロン茶をぐいっと飲み干した。

 間もなく、注文の品がテーブルの上に並ぶ。
 チャーハン。ホイコーロー。
 それに台湾ラーメン。

「ウマそうじゃのー。イタダキマス」

 けーこはすぐさまレンゲでチャーハンをぱくり。
 卵でコーティングされた白米が強火で炒められている。わずかな焦げみを感じると同時に、ネギ、チャーシュー片、カニカマの地味な具たちも、今ばかりは主役である。

「ウマい。ご飯がパラパラになっておる。よほどの強火で炒めねばこうはならん」

 けーこはほめつつ、レンゲをすさまじい速度で往復させる。
 一息ついたらしい。レンゲを置いた。と、すかさず箸に持ち替え、目標をホイコーローに改める。

「おおっ、ホイコーローもウマい。中華ミソがキャベツによくからんでおる。豚バラ肉もカラリとしておる。これもまた家庭の台所では出せぬ味じゃぞ。けいた、聞いておるか?」
「え、ああ。聞いてる聞いてる。台湾ラーメンもウマい。ずるずる」
「少しくれ」
「いいよ。じゃ、チャーハンくれよ」
「減るから嫌じゃ」
「なんてガメつい!」

 けーこは台湾ラーメンをすする。
 辛い肉ミソが麺にからまる。口の中で一体になってあとを引き、食べれば食べるほど食欲が増す。添えられたニラの炒め物も、緑の鮮やかさを与えている。
 鷹の爪の輪切りがときどき混じっているが、これさえもウマ味を引き出す一員になっているのだった。

「おー、辛い。じゃがウマい。やっぱり中華は王道じゃ」
「ウマいよね。中華に外れはない」
「うむ。時代が時代ならワシの城に抱えてやっておった」
「抱えて……? お抱え料理人てことか? この中華屋を?」
「左様。ウマい飯を食えるのは幸せじゃぞ」

 けーこはチャーハンをぱくぱく食べる。慧太に1口あげようとかいう気はなさそうだ。

「けいた」
「ん?」
「あーんせよ。チャーハンを1口だけやる」
「あ、あーん。もぐもぐ」
「どうじゃ。ウマかろう」
「うん」
「そうじゃろう、そうじゃろう」

 というかそのレンゲ、けーこのだ。
 慧太は「そういうこと」を意識する。が、けーこはそんなこと全然意識していないようである。間接キスである。などということは。

「ふー。ゴチソウサマデシタ」

 あっという間に平らげるけーこだった。



 帰り道のコンビニでアイスを買った。それからすっかり暗くなった夜道の中途、公園に立ち寄る。

「休もうぞ」
「そうだね。アイスでも食べようか」
「うむ」

 ベンチに並んで座る。
 コンクリート製のベンチはまだ暖かい。どうやら暑苦しい夜になりそうだ。

「やっぱり中華のあとはアイスじゃな」
「そうだね。けーこのいた世界にアイスあった?」
「あるわけなかろう。中世じゃぞ。せいぜいが万年雪から持って来た、かき氷じゃ」
「へー。なるほど、それなら夏でもかき氷が食える」
「手間じゃぞ。こんなに気軽にアイスが食えて幸せじゃ。む、けいた。それは何じゃ。宇治金時か?」
「そうだよ。食べる?」
「うむ。代わりにこれをやる」

 それはチューペットである。
 困る。間接キスどころではない。もはやここまで来たら、けーこの口を直接吸った方が早いんじゃないか?

 ——って、僕は何を考えているんだ!

「くれぬのか」
「あげるあげる。けーここそ。このチューペット、もらっていいの?」
「構わんぞ。食え。……うむ、宇治金時ウマい。やっぱり料理を食うなら2人で食うに限るの。いろんな味を楽しめる」
「そうだね。それがいい」

 慧太はうなずく。誰かと食う飯がウマい、ということは分かっている。
 それにこうして公園で食べるアイス。何でもないことのように思えるが、慧太にはたまらなく嬉しい。
しおりを挟む
よろしくお願い申し上げます。平成27年7月14日、タイトルを変えました。旧称『落ちぶれ大学生と転生JKとは並んで台所に立つ。』新称『制服エプロン。』突然です。申し訳ありません。
感想 0

あなたにおすすめの小説

家出したとある辺境夫人の話

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』 これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。 ※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。 ※他サイトでも掲載します。

髪の色は愛の証 〜白髪少年愛される〜

あめ
ファンタジー
髪の色がとてもカラフルな世界。 そんな世界に唯一現れた白髪の少年。 その少年とは神様に転生させられた日本人だった。 その少年が“髪の色=愛の証”とされる世界で愛を知らぬ者として、可愛がられ愛される話。 ⚠第1章の主人公は、2歳なのでめっちゃ拙い発音です。滑舌死んでます。 ⚠愛されるだけではなく、ちょっと可哀想なお話もあります。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

大好きなおねえさまが死んだ

Ruhuna
ファンタジー
大好きなエステルおねえさまが死んでしまった まだ18歳という若さで

だってお義姉様が

砂月ちゃん
恋愛
『だってお義姉様が…… 』『いつもお屋敷でお義姉様にいじめられているの!』と言って、高位貴族令息達に助けを求めて来た可憐な伯爵令嬢。 ところが正義感あふれる彼らが、その意地悪な義姉に会いに行ってみると…… 他サイトでも掲載中。

転生リンゴは破滅のフラグを退ける

古森真朝
ファンタジー
 ある日突然事故死してしまった高校生・千夏。しかし、たまたまその場面を見ていた超お人好しの女神・イズーナに『命の林檎』をもらい、半精霊ティナとして異世界で人生を再スタートさせることになった。  今度こそは平和に長生きして、自分の好きなこといっぱいするんだ! ――と、心に誓ってスローライフを満喫していたのだが。ツノの生えたウサギを見つけたのを皮切りに、それを追ってきたエルフ族、そのエルフと張り合うレンジャー、さらに北の王国で囁かれる妙なウワサと、身の回りではトラブルがひっきりなし。  何とか事態を軟着陸させ、平穏な暮らしを取り戻すべく――ティナの『フラグ粉砕作戦』がスタートする! ※ちょっとだけタイトルを変更しました(元:転生リンゴは破滅フラグを遠ざける) ※更新頑張り中ですが展開はゆっくり目です。のんびり見守っていただければ幸いです^^ ※ただいまファンタジー小説大賞エントリー中&だいたい毎日更新中です。ぜひとも応援してやってくださいませ!!

処理中です...