制服エプロン。

みゆみゆ

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7月

第11帖。メバルの煮込み。

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 暑い日だった。
 7月初旬の今日もまだ暑い。

 けーこは縁側に腰かけながらアイスをパクついていた。半そでシャツ、半ズボン。素足にサンダルという極めて軽快な格好で、足をプラプラさせながら、暑そうに太陽を見上げるのだった。

 暦の上ではとっくに梅雨。なのに晴天が続く。けーこはウンザリしていた。エアコンがあまり好きでない性分だが、さすがにこのところは使いたいと思うようになっている。

 ――あっついのう、ったく。

 シャツにじんわり汗がしみている。短い髪の毛をふりほどいて、手で空気を送り込んでも、蒸し暑さは改善されない。むしろ手を動かしただけ暑くなった。

「むっ、何やつ!」

 けーこが身構える。草かげの小動物に。
 ネコがやってきた。

「お? にゃー、ホラこっちおいで」

 ネコはまんじりともせず、けーこを見ている。エサを欲しげな目で。
 けーこは冷蔵庫からパンを持ち出してくる。食べやすいように千切り、かけらを投げた。ネコはにおいをかぎ、くわえ、どこかへ走り去った。

 恩知らずメ。
 けれども、けーこはにこにこしながら思った。

「ふーむ、買い物でも行くかな」

 つまりは涼みに行こう、と同義である。

 けーこは携帯電話のアプリを起動する。「慧太」のアイコンを開き、メッセージを送る。

「買い物に行くが、一緒に行くか?(顔文字)」

 メッセージを送ってから思う。もしかしてまだ寝ているのではないか? その可能性は大いにある。すでに昼が近い時間帯である。けれどもあの寝ぼすけが起きているとは到底思えない。

 けーこは駄目もとで電話をかけることにした。

『うあーい、もしもし』
「おおっ、出た!」
『何が? 僕が電話にってこと? うあーあ』

 寝ぼけ声とアクビ。明らかに起きたての慧太である。
 けーこは切り出す。

「買い物に行くが、けいたは行くか?」
『夕飯の?』
「昼餉も兼ねて行こうと思うておる。ワシはもうすぐ腹が減る時間なのでの。しかしけいた、お主は今起きたのであろう。起きてすぐ食えるのか」
『無理かも』
「なら買い物にだけ行くか? 夕餉に食いたいものを買うがいい」
『うあーい』

 電話の向こうでは相変わらず眠たそうな声が帰ってくる。



 スーパーまでの道のり、2人は歩く。

「眠いなあ」

 慧太はシャワーを浴びたはずなのに目が覚めない様子である。

「けいた。お主、昨日は何時に寝たのじゃ」
「昨日? うーん、3時までは記憶にあるけど」
「3時? モハヤ朝ではないか、その時刻は。いつもそんな時間に寝ておるのか」
「大体ね」
「じゃから起きられぬのじゃ。けいた、そんなことでは体の調子を崩すぞ。そうじゃ、ワシが寝るとき一緒に寝よう」
「えっ」
「一応言っておくと、〝一緒の時刻に〟寝ようということじゃぞ」
「しし知ってるよ」
「勘違いしないでよね」
「してないって! けーこ、いつも何時に寝てるの?」
「れでぃーに私生活を聞くか?」
「……」
「そんな寂しそうな顔をするでない。そうじゃの、早いと9時かの。遅いとうーん、10時かのう」
「めっちゃ健康的じゃないか。9時だの10時だのって僕まだバッチリ起きてる」
「そこで寝ようというのじゃ。そうすれば次の日の朝も早起き出来るぞ。散歩に出れば完璧じゃ。ワシのようにな」

 えっへん、とけーこは胸を突き出す。
 慧太は考える。早寝早起きしなければならない、とは思っている。しかし実行に移せない。9時や10時に眠れやしない。そればかりか「時間の無駄だ」とか言って、撮りだめしたアニメを消化する時間に当てるかもしれない。どっちが無駄なのかは火を見るよりも明らかだが。
 とまれ、慧太は返事を渋った。

「そんなに悩むことかのう」
「ちょっと考えさせてくれ」
「けいたはいつもそうじゃ。結論を先送りして、時局が好転したことはあったかの」
「くっ、キツいことを。でもまあ確かに」
「やるか?」
「や、う……ん」
「渋々じゃの。やるの? やらないの?」
「やりたくはある」

 中途半端な回答にけーこはため息をついた。



 そうこうするうちにスーパーに着いた。

「けいた、何を食べたい?」
「うーん。フードコートに行ってから決めよう」
「違うぞ。昼餉の話ではないぞ。夕餉に何を食べたいのか、という話じゃ」
「えー。ご飯、味噌汁と」
「それと?」
「何でもいい」
「それが最も困るんじゃよ、作る方にとっては」
「ひとめぐりしてから決めよう」

 またしても答えを先送りする返答だった。
 2人はスーパーの中をテクテク歩む。いつの間にかけーこの持つカゴには食材が入っていた。
 見る。新ジャガ、新タマ。これらは日持ちするし、けーこの味噌汁には欠くべからざるものだ。野菜が入っている。レタスが1玉、ごろり。それにサトイモが1袋。

「そのふたつも旬なの?」
「左様。どちらも今が出始めじゃぞ。レタスはサラダに使えるし、サトイモもウマいぞ」
「で、何を作るの?」
「決めかねておる。お、あれはどうじゃ」

 けーこの指差す先には鮮魚コーナー。どうやらけーこは魚が食べたいようだ。



 買い物を終え、昼食はスーパーに併設のフードコートで済ませた。
 川原の遊歩道をアパートに帰る。

「満腹だ」
「うむ。あそこのフードコート、いいな。けいたはいつも行っておるのか」
「気が向いたらね。1人だとあんまり行かないかなあ。だってもったいない」
「もったいない? お金がか。そうやって食わぬからいかんのだ。よいか、食え。食うことにケチってはいかん。分かるか!」
「わ、分かります分かります。近いっす。興奮しないで」

 鼻息さえも感ぜられるほど、けーこは接近してくるのだった。そのくらい心配してくれているのだ。

「分かればよろしい。うーむ。いかんのう。どうすればけいたがチャント飯を食うてくれるのか」
「そんな心配しなくたって、ちゃんと食べるって」
「けいたのそういうところは信用できぬ」
「なっ」
「大学に休学届は出したのか?」
「……いや、別に」
「それみろ。出しておらんときたか! 信用ならぬ。そうじゃ、以前渡した手帖があろう。あれに何を食べたか書くのじゃ。毎日な」
「毎日!」
「そうでなくば管理が出来ぬではないか。けいたは誰かが見張っておらぬと何もせぬ。ワシがやらねばなるまいて」
「いらないって」
「何を言うか」

 やり取りをしているうちにアパートに着いた。
 けーこは「手帖に書くように」と念を押し、そこで分かれた。

 ――ったく、口うるせえなあ。

 女の子とはああもウルサイものなのか。あるいはけーこはトクベツなのか。
 それは分からで、とまれ、慧太は食材を冷蔵庫にしまうのだった。



 夕飯の時刻になる頃、けーこがやってきて言った。

「さーて、また飯を作ってやろうぞ。けいたはマンガでも読んでおれ」

 もはや定型文である。

 けーこはいつもの制服姿でエプロンをしめ、髪留めで髪の毛をひとつにまとめた。

 それから米を炊くため、お釜に米と水を入れる。研ぐ。妖怪あずきとぎに出会ったときみたいに、シャカシャカと軽快な音が部屋に響く。
 けーこはこれまでの経験に則り、3合炊くことにしている。水も等量入れ、炊飯器に収めてスイッチオン。

「さーて、魚の処理か」

 メバルを買ってきてある。「眼張」の名が示す通り、眼が飛び出ている。まるで出目金のようだ。
 けーこはまず包丁でメバルの腹を切り、内蔵を取り出した。きれいに水洗いする。次にウロコ、背びれ、尾びれを切り捨てた。
 それから身の横腹に斜めの切れ込みを入れた。

 サトイモの皮を器用にむく。包丁の付け根のあたりを用いてサクサク、皮をむいてゆく。4個ほどむいたところで小鍋に水を張り、皮をむいたサトイモを投入し、火にかけた。
 しばらくすると小鍋の水が沸く。サトイモからアクが出て、ゆで汁は白く染まっている。
 けーこはつまようじを突き刺してみる。半ばくらいまでで進まなくなる。けーこはそれを見て、砂糖大さじ1半、醤油大さじ2、みりん大さじ1を入れてさらに煮た。
 時を見て、つまようじを突き刺す。中心まで抵抗なくスッ……と入ることを確認し、けーこは火を止めた。

 フライパンに2匹のメバルを並べる。
 ダシ汁を2カップ入れ、砂糖大さじ3、醤油大さじ4、みりん大さじ2を入れ、大雑把に切った土ショウガを転がし入れる。ここにシシトウを入れる。
 けーこはアルミホイルをフライパンと同じ大きさ、形に切る。その真ん中に穴を開け、落としブタとして、メバルの上に乗せた。
 火をかけ、煮る。
 しばらくするとコトコトいう音とともに、みりんのアルコールが蒸発するにおいがしてくる。これに醤油の香りが混ざる。けーこの腹を刺激するのだった。

 ぐう

 腹が鳴った。

「けーこ、何か聞こえた!」
「気のせいじゃ!」
「そんなはずないって」
「黙らんと飯抜きにするぞ!」
「は、はい黙ります」

 にこやかなやり取りだった。

 メバルを煮込んでいる間、けーこは小鍋のサトイモを取り出す。

 その小鍋を丹念に洗う。サトイモのぬめりは取られた。
 きれいに洗い終えた小鍋にダシ汁を2人前ぴったり入れ、味噌汁を作るのだった。
 いつも通りの手順を繰り返す。ジャガイモ、タマネギを切り刻む。豆腐、ネギを散らす。

 ときおりフライパンを気にする。焦げ付かぬよう火の大きさを調節する。

「よし、もういいか」

 けーこは火を止める。

「けいたー。ご飯じゃー」
「りょうかーい。ご飯をよそうよ」
「おや気が利くのう。それじゃお願いするぞ」

 コタツ机の上に夕飯が並ぶ。
 メバルの煮込み。ご飯、味噌汁。それに昨日の天ぷらの残り物。
 そしてズッキーニのサラダ。

「けーこ、このサラダは何が乗ってるんだ。巨大キュウリ?」
「ズッキーニじゃ。旬じゃぞ。オリーブオイルで炒めてあるから食べやすいと思う」
「ズッキーニねえ」
「好かんか?」
「食べたことないから分からない。その下に敷いてあるレタスは食べたことあるけど」
「懐かしい野菜じゃから買ってしまったわい」
「懐かしい?」
「レタスはワシの故郷でもよう食われたわい。さて、イタダキマス」

 けーこは箸を取るやメバルに箸の先を立てる。
 ほろ、と身が崩れる。黒い皮の下から、白い身があらわになる。初雪のごとき白さ。
 口にいれるとなお、淡く溶ける。見た目に反して脂が乗っているのだった。

「ウマい。ほー。メバルとはこういう味か」
「煮込むとウマいな。これ、煮汁がいい味だ。甘いけどご飯に合う」
「じゃろう。醤油とみりんの味付けじゃがの、万能の2人組じゃ。ところでこのメバルの皮に、斜めに切れ目が入っておろう。何のためか分かるか? 煮込まれて身がしまるじゃろ。もし皮に切れ目を入れなんだら、全体の形が崩れる」
「へー」

 なるほど、身がキュッとしまっている。皮に入れられた切れ目からのぞく白い身はウマそうで、理屈があったとしても見た目がよくなる。
 それに付け合せのサトイモはねっとりとしてウマい。ししとうのホロ苦さはサトイモの粘り気を打ち消し、口中を新たにしてくれるのだった。

 けーこはズッキーニのサラダに食ってかかる。
 ズッキーニは慧太の例え通り、文字通り巨大キュウリである。けーこはそれを輪切りにしてオリーブオイルで炒めたのだった。

 ぱくり、と食べる。意外に合う。ズッキーニがオリーブオイルを吸っている。ナスのときと同じで油を吸ってウマくなっている。噛むごとにズッキーニからしみ出て来る。

「お、意外に合うぞ。けいた、食うとるか?」
「もちろん。へー、ズッキーニってこんななんだ。サラダ? 焼いたのにサラダっていうのか?」
「細かいのー。だからモテんのではないのか」
「なっ、関係ないでしょ!」
「関係ないとは言えん。細かいこと考えるとモテん。ハゲる。ワシの経験上な」
「経験?」
「ワシの親がそんなじゃった。細かいことをグジグジ気にして、兜の下はいつもハゲておったわい」
「そりゃあ王ともなれば悩み事も多いでしょ。国のトップなんだし。めっちゃ長く続く帝国のトップならなおさら」
「王ではない。皇帝じゃ」

 ――細かいな。

 慧太はちょっと笑う。

「王じゃ駄目なのか」
「王は皇帝の下じゃろう。序列を考えよ。皇帝はトップ。王は皇帝の下で領土を治める。これが常識じゃ。もし逆であってみよ。それこそ国が滅ぶ」
「細かいんだよ、けーこは」
「細かいじゃと!」
「細かいこと言ってるとハゲるぞ」
「ハゲとらんわい。一緒にするな!」
「僕がハゲてることになってないか、それだと」

 ぎゃあつくぎゃあつく、2人は言い合うのだった。言葉の殴り合いである。けれども2人とも楽しそうであった。
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よろしくお願い申し上げます。平成27年7月14日、タイトルを変えました。旧称『落ちぶれ大学生と転生JKとは並んで台所に立つ。』新称『制服エプロン。』突然です。申し訳ありません。
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