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6月
第10帖。キスの天ぷら。
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起きたらすでに昼になっていた。だから慧太は学生課に行くことをやめた。
こういう大事なことは朝、スッキリと目覚めてから行った方がいい。昼まで寝ていてダラついた気分では、来年に向けて気分を一新できない。気持ちが大事なのだ。
とか何とか理由づけをし、正当化を進める慧太。
5月に引きこもり生活を始めてすぐ、昼夜が逆転した。昼に寝て、夜に起き、1晩中ネットゲーム。そんな生活をずっと続けていた。肌がボロボロになりかけたとき、お肌ぷりぷりJKけーこに出会った。
夜行虫みたいな生活のときと比べれば、今の生活はずっといい。これもけーこと出会ったおかげだ。乱れた生活を直したければ転生JKに出会うのが良い。慧太は常々思っている。
さて、今日は何をしようか。
オンラインゲームの新作が出るまでまだ日がある。今あるものは結構やっていて若干飽きが来ている。数日前にたくさん買ったマンガを読むのもいいが、けーこの読みかけのマンガに手を出すと怒られるので、なるべく触れずにおきたい。
――散歩にでも行こうかな。
ついでに買い物でもしてこよう。アイスとかお菓子とか。こういうことも、けーこと出会う前には絶対しなかった行動である。けーこが来てからの慧太の生活は良い方に向かっている。
散歩に出る。
今日もいい天気だった。いい加減、梅雨に入ってくれないと熱気で焼けただれてしまう。特に引きこもりにはツラい。慧太は太陽を仰ぎ見るのだった。カッと照りつけてくる。絶好の洗濯日和である。
引きこもりでも汗をかくし、下着だって替える。洗濯しないわけではない。ただ、晴れをありがたく思うのはけーこが来たおかげであると思っている。
慧太は川沿いの遊歩道をぶらぶら歩いている。どこに向かうのではない。ただ何となく歩いている。ジョギングをしている人。犬の散歩をしている人。川原にはヒマそうな人の往来がある。
平和だ。慧太は意味もなくそう思った。空を見上げる。雲が浮かび、夏風に泳ぐ。その中に1つ、魚の形の雲が目に入る。なんとなく今日の夕飯は魚になりそうだと慧太は思った。
◆
けーこは午後の授業中である。
机にすわってノートをとる。クラス内には眠気がただよっている。けーこの前にすわる女子生徒などは首を完全にうなだれさせ、もはや死人と化している。隣の男子生徒もこくり、こくりと船を漕ぎつつある。
お昼ご飯が終わってすぐの時間帯であるし、雲があるので日が柔らかい。教室内は過ごしやすい温度にある。眠りやすさMAXである。
数学1の授業は退屈で、よく分からない公式を説明している。それを覚えればテストで点数が取れる。けーこは公式をノートに写すと、あとは黒板に増えてゆく数字とアルファベットをながめている。担当教諭は公式の使い方を説明している。
窓から風が吹き入り、カーテンをたくし上げる。眠気が入り込み、けーこの隣の男子生徒をしてトウトウ陥落せしめた。けーこが空を見上げると魚の形をした雲が見える。今日は何となく魚の気分になった。
――ヨシ、夕飯は魚で決まりじゃ。
けーこは真面目な顔を作る。授業中、見たこともない真面目な顔である。黒板前の教諭と目が合う。教諭は間違いなく、けーこそが今最も真面目な生徒であると誤解したはずだ。
◆
散歩から帰った慧太は洗濯機を回し、洗濯物を干す。いい天気だからよく乾くと思う。けーこが帰ってくるまでには、カーペットに付いたご飯粒のように乾燥しているだろう。
ふー、と慧太はベッドに寝っ転がる。
眠たさを覚える。昼に起きてからそんなに時間が経過していないのに。寝過ぎて眠たい、という言葉はまさしく慧太のためにあるのだ。
ヒマなのでけーこにメッセージを送るのだった。
「元気か? と……。この時間は授業が終わっているからヴーうわもう返事が来た。『元気じゃないよー(泣いている顔文字)。もうダメかも』」
慌てて電話をかける慧太だった。
『はいモシモシ、けーこじゃ』
「何があった! 大丈夫か!」
『? なんじゃったかの』
「だってメッセージで『もうダメかも』って……」
『割と精神を削られておるのじゃ』
「ど、どういうこと? 今どこで何してんの?」
『学校が終わって部活中じゃ』
「けーこ、部活やってたのか」
『ワシをしてやらしめておる。なし崩しに入部したんじゃ。そこで話をしとってのう。ワシの前世の世界について』
「……ああ、転生前の。そういうのってしゃべっていいの?」
『そのことでワシは悩んでおっての。ダメだと思ってしまった』
「ダメって何が」
『あ、とにかく帰ったらまた言うぞ。またな。ガチャリ』
「ああ、うん」
いまいちよく分からない、けーこからの電話だった。
◆
カー、カーとカラスが鳴くから、スピーカーの曲に促されて、けーこが帰ってきた。
「ただいまじゃー。疲れたぞー」
「おかえり。本当に疲れてるね。ご飯作れる?」
「なんとかやる」
「手伝おうか」
「大丈夫じゃ。今日は天ぷらじゃぞい」
「何の?」
「魚じゃ」
「お、今日は何となくそうなると思ってたんだ、実は」
「奇遇じゃな。さーて、台所を借りるぞ」
「どうぞ。じゃあ僕は」
「マンガでも読んでおれ」
「はい」
炊飯器を仕掛けるけーこ。米をとぎ、セットしておく。炊ける時間は17時にセットした。
小鍋にダシ汁を張る。もちろん味噌汁用である。味噌汁を作り終えてから、天ぷらに取りかかる。
買ってきたキスは旬の白身魚たちである。白身魚だから、どう料理してもいい。焼く、煮る。その中でも天ぷらが最もウマいとけーこは思う。
わざわざ天ぷら粉を買ってきている。天ぷら粉は卵を入れなくていいので楽である。水で溶けばすぐ使える。具材たちの下ごしらえをする。
魚たちはいずれも三枚下ろしにされているので、小骨を取ることに終始する。キスにうろこがわずかに付いている。背びれも尖っているので切り落とす。
エビも殻をすっかり取り、背腸とハラワタを取る。酒に漬けて臭みを取っておくことにしよう。
「けいた、酒はどこじゃ」
「ここだよ」
「何でパソコンの前にあるのじゃ」
「晩酌したときの名残だよ」
「ばんしゃく?」
「寝る前に酒を飲んだんだ」
「寝酒か? 体によくないぞ」
「ちょっと違うけど、うん分かった。なるべくやめる」
野菜たちの出番である。ニンジン、ジャガイモ、タマネギをいずれも1口サイズに切る。タマネギはバラバラになってしまうのでつまようじで一体化させる。シイタケにはバッテン印を入れる。
さて、とけーこは天ぷらの準備にとりかかる。まずは油がなくては始まらない。小鍋に油を注いでゆく。油の量は少なめにする。深さ8ミリくらい。薄切りにしたキスの身がひたるかな、という程度だ。これはケチったのではなく、これだけで充分揚げられるからである。火をかけ、油の温度を上げる。
その間にけーこはボウルに天ぷら粉と水を入れ、混ぜる。ダマになってはいけない。さささと菜箸で混ぜ、衣用のタネを作る。それとは別に、切り身たちに粉を打つ。これでタネが付きやすくなる。
小鍋の油を見る。鍋の底から温まった油がうずとともに上方へのぼるのが見える。けーこはタネを菜箸の先につけ、ポタリ、と油中に滴下した。パチッとはぜ、タネは油の表面で線香花火みたいに四方八方はぜる。これを見てけーこは火を弱める。
今度は、タネは油の中で気持ち良さそうに泳ぎつつ、揚がる。ちょうどいい温度になっていることを確認して、けーこはキスの切り身を入れる。じゅわ……っと控え目な揚がり音。ぴちぴちと音程は高く、ウマそうに油の中で踊る。
――見るだけで楽しいの。
ただし油の熱を全身に浴び、とても熱い思いをするのだった。
そうこうする間にキスたちは揚がる。1つを裏返し、タネが菜の花色に染まるくらい揚がっていることを見る。良い色だ、とけーこは思う。ほどよい固さ。
エビも同じように揚げる。揚がったエビはピンと立ち、赤くなった。
天ぷらたちをキッチンペーパーに乗せて油をきる。これで完成だ。
けーこは味噌汁を温め直す。ふたをしておかないと味噌汁の中に油が入ってしまうので、天ぷらを作っている間、フタをずっと閉めておいてある。
コタツ机の上に天ぷらが置かれる。
慧太は目を丸くする。
「天ぷらか! キレイに揚がってる。揚げたてだから一層ウマそうだ」
「じゃろう。天ぷらは揚げたてが一番ウマいからの。イタダキマス!」
言いながらけーこは、タレをお湯で割る。本当ならダシ汁から天ぷらタレを作りたかった。でも作り忘れていた。やむなく市販のタレを使う。
けーこは箸を持ち、に天ぷらをパクリ。
「あちい!」
「ゆっくり食べな、ゆっくり」
「あふっ、熱っ。分かっとるわいあふっ」
カリッとした衣。噛み切ると中からは柔らかな白身が現れる。ほんのり甘い。熱を通され、とても柔らかだが味がある。脂身が甘い。噛むと、ジュワッとしみでるウマみ。キスの脂がタレにからみ、ウマい。
「けいた、食うたか? ウマいぞー。カリッと揚がった衣に甘いタレがからむぞ。魚の白身もほっこりと温かじゃ。天ぷらとはウマい。揚げたてはなおウマい」
けーこはひとしきりホメて、箸を休めない。タレをつける。ポタリ、とタレがたれ、すぐさま口に入れる。衣を噛み切り、味わう。ほう、と顔がほころぶ。ウマいぞ、と顔で物語るけーこだった。
たちまち天ぷらを食べきったけーこは、またもげぷ、と小さくゲップをひとつ。
「下品だ」
「失礼した」
「分かればよろしい。さすがけーこ、我が妻」
途端、けーこの顔がボッと爆発した。熟しきった赤リンゴよりも赤く染まるのだった。
「けーこ、もしかして照れて」
「ない! バカを申すなバカけいた!」
「どう見ても照れてる。耳まで赤い。なんだよ、僕にはあれだけ言うクセに」
いざ自分に言われると全然免疫がないけーこだった。けーこは照れを、怒ることでゴマカしている。
「うるさいのじゃけいたは! そういう恥ずかしいことをハキハキ言う出ない!」
「何をカッカしてるんだ、けーこ。僕によく言うクセに」
「言うのと言われるのとでは違うのじゃ」
けーこは口を尖らせる。への字に曲げ、不機嫌を顔で表現している。
けれども慧太には分かる。これは不機嫌の顔ではない。むしろ嬉しいときの顔である。
「……」
「な、なんじゃ。近寄るでないっ、うっ」
「ヨシヨシ」
「……なぜ頭をなでるのじゃ」
「何となく」
「うむ」
しばらく無言。けーこはおとなしくなでられているので、結局今日はデザートを食い損ねた。
こういう大事なことは朝、スッキリと目覚めてから行った方がいい。昼まで寝ていてダラついた気分では、来年に向けて気分を一新できない。気持ちが大事なのだ。
とか何とか理由づけをし、正当化を進める慧太。
5月に引きこもり生活を始めてすぐ、昼夜が逆転した。昼に寝て、夜に起き、1晩中ネットゲーム。そんな生活をずっと続けていた。肌がボロボロになりかけたとき、お肌ぷりぷりJKけーこに出会った。
夜行虫みたいな生活のときと比べれば、今の生活はずっといい。これもけーこと出会ったおかげだ。乱れた生活を直したければ転生JKに出会うのが良い。慧太は常々思っている。
さて、今日は何をしようか。
オンラインゲームの新作が出るまでまだ日がある。今あるものは結構やっていて若干飽きが来ている。数日前にたくさん買ったマンガを読むのもいいが、けーこの読みかけのマンガに手を出すと怒られるので、なるべく触れずにおきたい。
――散歩にでも行こうかな。
ついでに買い物でもしてこよう。アイスとかお菓子とか。こういうことも、けーこと出会う前には絶対しなかった行動である。けーこが来てからの慧太の生活は良い方に向かっている。
散歩に出る。
今日もいい天気だった。いい加減、梅雨に入ってくれないと熱気で焼けただれてしまう。特に引きこもりにはツラい。慧太は太陽を仰ぎ見るのだった。カッと照りつけてくる。絶好の洗濯日和である。
引きこもりでも汗をかくし、下着だって替える。洗濯しないわけではない。ただ、晴れをありがたく思うのはけーこが来たおかげであると思っている。
慧太は川沿いの遊歩道をぶらぶら歩いている。どこに向かうのではない。ただ何となく歩いている。ジョギングをしている人。犬の散歩をしている人。川原にはヒマそうな人の往来がある。
平和だ。慧太は意味もなくそう思った。空を見上げる。雲が浮かび、夏風に泳ぐ。その中に1つ、魚の形の雲が目に入る。なんとなく今日の夕飯は魚になりそうだと慧太は思った。
◆
けーこは午後の授業中である。
机にすわってノートをとる。クラス内には眠気がただよっている。けーこの前にすわる女子生徒などは首を完全にうなだれさせ、もはや死人と化している。隣の男子生徒もこくり、こくりと船を漕ぎつつある。
お昼ご飯が終わってすぐの時間帯であるし、雲があるので日が柔らかい。教室内は過ごしやすい温度にある。眠りやすさMAXである。
数学1の授業は退屈で、よく分からない公式を説明している。それを覚えればテストで点数が取れる。けーこは公式をノートに写すと、あとは黒板に増えてゆく数字とアルファベットをながめている。担当教諭は公式の使い方を説明している。
窓から風が吹き入り、カーテンをたくし上げる。眠気が入り込み、けーこの隣の男子生徒をしてトウトウ陥落せしめた。けーこが空を見上げると魚の形をした雲が見える。今日は何となく魚の気分になった。
――ヨシ、夕飯は魚で決まりじゃ。
けーこは真面目な顔を作る。授業中、見たこともない真面目な顔である。黒板前の教諭と目が合う。教諭は間違いなく、けーこそが今最も真面目な生徒であると誤解したはずだ。
◆
散歩から帰った慧太は洗濯機を回し、洗濯物を干す。いい天気だからよく乾くと思う。けーこが帰ってくるまでには、カーペットに付いたご飯粒のように乾燥しているだろう。
ふー、と慧太はベッドに寝っ転がる。
眠たさを覚える。昼に起きてからそんなに時間が経過していないのに。寝過ぎて眠たい、という言葉はまさしく慧太のためにあるのだ。
ヒマなのでけーこにメッセージを送るのだった。
「元気か? と……。この時間は授業が終わっているからヴーうわもう返事が来た。『元気じゃないよー(泣いている顔文字)。もうダメかも』」
慌てて電話をかける慧太だった。
『はいモシモシ、けーこじゃ』
「何があった! 大丈夫か!」
『? なんじゃったかの』
「だってメッセージで『もうダメかも』って……」
『割と精神を削られておるのじゃ』
「ど、どういうこと? 今どこで何してんの?」
『学校が終わって部活中じゃ』
「けーこ、部活やってたのか」
『ワシをしてやらしめておる。なし崩しに入部したんじゃ。そこで話をしとってのう。ワシの前世の世界について』
「……ああ、転生前の。そういうのってしゃべっていいの?」
『そのことでワシは悩んでおっての。ダメだと思ってしまった』
「ダメって何が」
『あ、とにかく帰ったらまた言うぞ。またな。ガチャリ』
「ああ、うん」
いまいちよく分からない、けーこからの電話だった。
◆
カー、カーとカラスが鳴くから、スピーカーの曲に促されて、けーこが帰ってきた。
「ただいまじゃー。疲れたぞー」
「おかえり。本当に疲れてるね。ご飯作れる?」
「なんとかやる」
「手伝おうか」
「大丈夫じゃ。今日は天ぷらじゃぞい」
「何の?」
「魚じゃ」
「お、今日は何となくそうなると思ってたんだ、実は」
「奇遇じゃな。さーて、台所を借りるぞ」
「どうぞ。じゃあ僕は」
「マンガでも読んでおれ」
「はい」
炊飯器を仕掛けるけーこ。米をとぎ、セットしておく。炊ける時間は17時にセットした。
小鍋にダシ汁を張る。もちろん味噌汁用である。味噌汁を作り終えてから、天ぷらに取りかかる。
買ってきたキスは旬の白身魚たちである。白身魚だから、どう料理してもいい。焼く、煮る。その中でも天ぷらが最もウマいとけーこは思う。
わざわざ天ぷら粉を買ってきている。天ぷら粉は卵を入れなくていいので楽である。水で溶けばすぐ使える。具材たちの下ごしらえをする。
魚たちはいずれも三枚下ろしにされているので、小骨を取ることに終始する。キスにうろこがわずかに付いている。背びれも尖っているので切り落とす。
エビも殻をすっかり取り、背腸とハラワタを取る。酒に漬けて臭みを取っておくことにしよう。
「けいた、酒はどこじゃ」
「ここだよ」
「何でパソコンの前にあるのじゃ」
「晩酌したときの名残だよ」
「ばんしゃく?」
「寝る前に酒を飲んだんだ」
「寝酒か? 体によくないぞ」
「ちょっと違うけど、うん分かった。なるべくやめる」
野菜たちの出番である。ニンジン、ジャガイモ、タマネギをいずれも1口サイズに切る。タマネギはバラバラになってしまうのでつまようじで一体化させる。シイタケにはバッテン印を入れる。
さて、とけーこは天ぷらの準備にとりかかる。まずは油がなくては始まらない。小鍋に油を注いでゆく。油の量は少なめにする。深さ8ミリくらい。薄切りにしたキスの身がひたるかな、という程度だ。これはケチったのではなく、これだけで充分揚げられるからである。火をかけ、油の温度を上げる。
その間にけーこはボウルに天ぷら粉と水を入れ、混ぜる。ダマになってはいけない。さささと菜箸で混ぜ、衣用のタネを作る。それとは別に、切り身たちに粉を打つ。これでタネが付きやすくなる。
小鍋の油を見る。鍋の底から温まった油がうずとともに上方へのぼるのが見える。けーこはタネを菜箸の先につけ、ポタリ、と油中に滴下した。パチッとはぜ、タネは油の表面で線香花火みたいに四方八方はぜる。これを見てけーこは火を弱める。
今度は、タネは油の中で気持ち良さそうに泳ぎつつ、揚がる。ちょうどいい温度になっていることを確認して、けーこはキスの切り身を入れる。じゅわ……っと控え目な揚がり音。ぴちぴちと音程は高く、ウマそうに油の中で踊る。
――見るだけで楽しいの。
ただし油の熱を全身に浴び、とても熱い思いをするのだった。
そうこうする間にキスたちは揚がる。1つを裏返し、タネが菜の花色に染まるくらい揚がっていることを見る。良い色だ、とけーこは思う。ほどよい固さ。
エビも同じように揚げる。揚がったエビはピンと立ち、赤くなった。
天ぷらたちをキッチンペーパーに乗せて油をきる。これで完成だ。
けーこは味噌汁を温め直す。ふたをしておかないと味噌汁の中に油が入ってしまうので、天ぷらを作っている間、フタをずっと閉めておいてある。
コタツ机の上に天ぷらが置かれる。
慧太は目を丸くする。
「天ぷらか! キレイに揚がってる。揚げたてだから一層ウマそうだ」
「じゃろう。天ぷらは揚げたてが一番ウマいからの。イタダキマス!」
言いながらけーこは、タレをお湯で割る。本当ならダシ汁から天ぷらタレを作りたかった。でも作り忘れていた。やむなく市販のタレを使う。
けーこは箸を持ち、に天ぷらをパクリ。
「あちい!」
「ゆっくり食べな、ゆっくり」
「あふっ、熱っ。分かっとるわいあふっ」
カリッとした衣。噛み切ると中からは柔らかな白身が現れる。ほんのり甘い。熱を通され、とても柔らかだが味がある。脂身が甘い。噛むと、ジュワッとしみでるウマみ。キスの脂がタレにからみ、ウマい。
「けいた、食うたか? ウマいぞー。カリッと揚がった衣に甘いタレがからむぞ。魚の白身もほっこりと温かじゃ。天ぷらとはウマい。揚げたてはなおウマい」
けーこはひとしきりホメて、箸を休めない。タレをつける。ポタリ、とタレがたれ、すぐさま口に入れる。衣を噛み切り、味わう。ほう、と顔がほころぶ。ウマいぞ、と顔で物語るけーこだった。
たちまち天ぷらを食べきったけーこは、またもげぷ、と小さくゲップをひとつ。
「下品だ」
「失礼した」
「分かればよろしい。さすがけーこ、我が妻」
途端、けーこの顔がボッと爆発した。熟しきった赤リンゴよりも赤く染まるのだった。
「けーこ、もしかして照れて」
「ない! バカを申すなバカけいた!」
「どう見ても照れてる。耳まで赤い。なんだよ、僕にはあれだけ言うクセに」
いざ自分に言われると全然免疫がないけーこだった。けーこは照れを、怒ることでゴマカしている。
「うるさいのじゃけいたは! そういう恥ずかしいことをハキハキ言う出ない!」
「何をカッカしてるんだ、けーこ。僕によく言うクセに」
「言うのと言われるのとでは違うのじゃ」
けーこは口を尖らせる。への字に曲げ、不機嫌を顔で表現している。
けれども慧太には分かる。これは不機嫌の顔ではない。むしろ嬉しいときの顔である。
「……」
「な、なんじゃ。近寄るでないっ、うっ」
「ヨシヨシ」
「……なぜ頭をなでるのじゃ」
「何となく」
「うむ」
しばらく無言。けーこはおとなしくなでられているので、結局今日はデザートを食い損ねた。
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よろしくお願い申し上げます。平成27年7月14日、タイトルを変えました。旧称『落ちぶれ大学生と転生JKとは並んで台所に立つ。』新称『制服エプロン。』突然です。申し訳ありません。
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