制服エプロン。

みゆみゆ

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6月

第3帖。酢豚。

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 肉が食べたい、とけーこが駄々をこねたのでスーパーに足を運んでいる。

「これどうじゃ。コクサンギュウA4じゃ。いい肉か?」
「高い! 上から2ランク目の牛肉なんて食べたらバチが当たる! 目がつぶれる!」
「要するに金がないのじゃな。分かった分かった。じゃ、こっちはどうだ。コクサンギュウA3」
「ランクを落としても駄目だ。牛肉はいいことがあった日限定の僕ルールがあるんだ。けーこは半分居候みたいなもんなんだから僕に従ってもらおう」
「はいはい。今日は何だかエラそうじゃのう。そんなにワシとおられるのが嬉しいのか」
「ゴホン。豚肉なら買ってもいいよ。あと鶏肉もOK」
「カモとかシギは? クジャクとか」
「そ、そんなのもっと高級品じゃないか。カモはまだしもシギなんて僕は食べたことないぞ。あとクジャクって食用だったのか……」
「なぜじゃ。どれもそのへんに飛んでおろう。鳥肉と言えばカモとかじゃろうて」
「けーこの世界ではそうかもしれないけど、日本じゃどっちも珍しい部類に入るよ。そりゃあカモ南蛮とか料理としてはあるけど」

 そうなのか? とけーこは目を丸くした。けーこのいた世界を知らないが、カモを常食にしているとは驚きだった。中世なら自然がいっぱいあるからカモでもシギでも山ほど取れたのだろう。昔の日本でもツルやウズラ、ツグミを食べることが出来たし、今や天然記念物となったトキだって食用鳥のひとつに過ぎなかった。

 カモ肉。一応スーパーで売ってはいる。値段を見る。パウチされた冷凍肉片だが下手な牛肉よりも高い。

「食べたいのう。カモ。じゃが高いのならば避けよう」

 けーこは懐かしそうに冷凍パウチを見るのだった。なるほど、けーこにとってカモ肉は「故郷の味」となる。日本人が外国旅行に行ったとき、白米と味噌汁が恋しくなる理論に同じではなかろうか。
 しかしながら慧太は一般市民。ゼイタクは敵である。引きこもりの慧太といえど、食費にかけられる予算には限度がある。さもないと破産してしまう。食を抜くのは食費節約という建前もあるのだ。

「うーん……」
「分かった分かった。けいた、ハゲるほど悩むでない。ワシがガマンしよう」
「してくれるのか。すまないなあ。あとハゲてないからね」
「うむ。ハゲてはおらんな。その代わりこの肉を買うのじゃ」

 見る。豚もも肉のブロック。500グラムの超デカい肉塊。
 デカい。沈没船でよく見る金塊かと見まごうほどである。硬ければ鈍器にもなり得るデカさに慧太は圧倒される。

「な、こっこんなデカい肉塊が売れると思ってるのか? このスーパーは」
「売れるぞ。ホイ。ワシがお買い上げじゃ。これを今日の夕餉にしようぞ」
「……うん」
「なんじゃ、作り方を悩んでおるのか。焼いて塩コショウをふれば立派な料理となるぞ。しかしのう。日本人は幸せじゃぞ。ワシの世界では庶民がコショウを口に出来ることなぞなかったわい。ワシら帝族でさえ気安く使えるものではなかったぞい」

 なんだか世界史の授業を受けている気分に慧太はなった。中世ヨーロッパでコショウは超超超が付く高級品。肉を長持ちさせ味を整えるのに欠かせぬモノと知るやヨーロッパ人はコショウを血眼で探し、大航海時代を迎える。マゼランの地球1周ぐるり、コロンブスの新大陸到達、バスコ・ダ・ガマの喜望峰経由インド到達。すべてコショウ欲しさの行動だった。

 コショウが貴重品、という言葉。となればけーこのいた世界は中世ヨーロッパに等しいということだ。どこまで本当かは知らないが、信憑性が増したなと慧太は思った。マイナス5から0に増数した。

「けいた。日本とワシの世界との科学技術の差はすさまじいぞ。エアコンにしてもすごいと思わんか? 暑い日も涼しく過ごせる。画期的じゃわ」
「苦手とか言ってなかったっけ。それにアパートに備え付けなかったっけ」
「ある。確かにあるけど、こう、嫌な雰囲気がしてのう。お店とかのエアコンとは何だか違う感じなんじゃ。説明が上手に出来んがの。エアコン嫌いじゃ。ワシは」
「気の持ちようじゃないかな。このところ暑いのにエアコンなしはツラくないか。僕も付けようと何回思ったことか。でもそのたびに思いとどまるんだよ」
「なぜじゃ。けいたは別にエアコン嫌いでもなかろう。暑いなら点ければよいではないか」
「点けたいのは山々だけど電気代がかかる。それに7月からしか点けないのをマイルールにしてる。ま、快適さを取るか電気代を取るかなんだけど」
「電気代か、ほう。そうなのか」
「生活費で一番重いのは家賃だけど電気代はその次くらいに重い。気をつけないとすぐに万単位でとんでく」

 ちょっと大げさだった。世の中にはパソコンを1日中付けっぱなしにしている廃人がいる。慧太みたいに。真冬、暖房+パソコン付けっぱなしの生活を1ヶ月やったとき電気代は3万円に達した。

「コワいのう。電気代のことなぞ考えたこともなかった。ワシの1ヶ月の小遣いよりも多い。しかしひとり暮らしをするからには、そういうことに気を配らねばならんな」
「でもだからといってエアコンなしじゃ体調を崩すかもしれんからガマンはほどほどにしなけりゃな。その兼ね合いが難しい。それはそうとけーこ。最近食は?」
「食?」
「食べてるかってこと。僕にご飯作ってくれるけど、自分はちゃんと食べてる?」
「無論じゃ。朝ちゃんと食べないと力が出ない。でも太るから困りどころでのう」
「え? 太ってるか?」
「うむ! ここ数ヶ月でまた太ったのじゃ!」

 けーこが上半身をひねっている。気にしているのは腰まわりらしい。どこが太いのだろうか。標準的にしか見えないが。

「過度なダイエットは体を崩すぞ」
「けいたといるときはダイエットしないと決めておる。タップリ食べることにしておる」
「なんで」
「なぜって、料理のはばを狭めることになろう。ワシはのう、お主がウマいと思って作るものを食いたいのじゃ。一緒にの」
「そういうの照れるから、あんまり言わないように」
「ほほう、嬉しいのか。けいた。赤くなっておるぞー」
「気のせいだよ。さ! 豚ももブロック肉500グラムお買い上げだ! これでウマいのを何か作ってくれよ!」
「ウマくゴマかしたの。うむ、お任せあれ」



 帰宅。手洗いうがいをする2人。

「で、何を作るの?」
「うむ。暑いから食欲が失せてはならじ。酸っぱいものが良かろう。ワシそういうの好きじゃし」
「酸っぱい? 酢を使った料理か」
「左様。豚肉を使う酸っぱいものと言えば酢豚じゃ。というわけでけいたはマンガでも読んで待っておるのじゃぞ」
「はーい」

 1にも2にもご飯がなければ始まらない。けーこは米を研ぎ、炊飯器にGO。スイッチオン。これで1時間弱ののちには炊きあがる。

「偉大なるかな、文明の利器」
「ん?」
「何でもない、こっちの話じゃ」

 まず箸休めから作ることにするけーこ。
 キュウリを水洗いして拍子木切りにする。新鮮なキュウリだからトゲが痛かった。これに塩をふる。ここでいったん待機。塩をなじます。
 それから安かったので買った土ショウガの1かけらを千切りにして、破れにくい厚手のビニール袋に入れる。残りは新聞紙で包み冷蔵庫に入れる。

 そうこうするうち、先ほど塩をふったキュウリから水分が出ている。これをキッチンペーパーで拭き取り、ショウガと一緒のビニール袋に入れる。そこへゴマ油を小さじ2入れ、揉む。口をちゃんとしばり、冷蔵庫で冷やしておく。

 ニラが4束100円という驚異的な安売りであったからつい買ってしまっていた。そのうち半分。ニラ2束をザク切りにして湯がく。器に盛り、粗熱が取れるのを待つうち、別の容器に砂糖大さじ1、醤油大さじ1、ゴマ油小さじ1半を混ぜ合わせ、すりゴマを入れこむ。ここに湯がいたニラを入れて合える。
 よし、ここまでで付け合わせが2品完成。冷蔵庫で冷やしておく。

 続いて豆モヤシを取り出しヒゲ根を一本ずつ落とす。豆の方は取らない。この作業の間に小鍋に2人分の湯を沸かす。豆モヤシを煮る。中華風スープを作るつもりだった。
 味付けは鶏ガラスープの元でつけ、ひと煮立ちしたら火を止めた。鶏ガラスープの元は最強なり。

「さて、いよいよメインじゃ」

 酢豚を作る。500グラムの肉塊をまな板に乗せる。圧倒的な質量の豚肉塊。さて、どんなふうにしてやろう。けーこは考えをめぐらす。

 普通1人分の肉は100グラムである。だから2人で200グラム。目分量で5等分し、切ろうとするが、けーこはやめた。せっかくだから慧太には肉で精をつけてもらおう。500グラムの半分を使ってしまうことにする。

 包丁でまず真ん中2等分。片割れは適当な薄さに切ってラップで包み、なるべく空気を抜いて冷凍庫に入れた。中世ヨーロッパに冷凍庫はない。これもまた文明万歳。今みたいに豚肉があまっても冷凍してあとで食べよう、と出来るのだ。

 さて半分になった豚ももブロック肉を厚切りにする。パイナップルとともにビニール袋に入れ、そこに醤油小さじ2と酒小さじ2を入れ、口をしめて揉む。下味を馴染ませるためそこらに置いておく。

「順調じゃぞー」
「お、そうか」
「じゃからもうちょい待っておれ」
「けーこ、なぜ肉にパイナップルを入れた? パイナップルはデザートだろ」
「何を言うておる。酢豚にパイナップルは定番じゃろうて。肉が柔らかくなるのだ」
「そうなのか。へー。知らなかった。妙な組み合わせをしてるから心配になって」
「ワシも知らなんだわ。親からの知恵ぞ」
「親、か」
「親じゃ。ふう、どうしておるかのう。ワシはこっちに来られたが。親はどうなったかのう」

 場が湿っぽくなってしまった。
 慧太は立ち、意味もなくけーこの頭をなでた。

「なぜなでるのじゃ」
「別に」
「そうか」

 けーこは嫌ともイイエとも言わず、黙ってなでられていた。ぽたり、と落涙。やっぱりけーこは泣いた。そんな気がした。けーこは慧太の服に顔をうずめ、涙をぬぐうのだった。
 慧太も泣きたかった。泣いて泣いて、けーこにイイコイイコされたい。たまには誰かに甘えたい。だがけーこに甘えようとは思わない。なぜならば、甘えられる側であると思っているからだった。

「うぐっ、ふう。すまないのう、けいた」
「落ち着いた?」
「ずびー! うん」
「ちょ、僕の服で鼻をかむんじゃないバカ!」
「ば、ばか? 汚れたなら洗えばいいではないか! 洗ってやる! 脱げ!」
「あとで洗うからいいよ! ホットケ!」

 などと騒ぐものだから食事つくりは一度中断したが、落ち着いたのでけーこは作業を再開する。

 フライパンを用意する。これは慧太の家にあるフライパンの中で最大のものだった。
 酢豚に適した野菜の下ごしらえに入る。アスパラガスの筋を取り、斜め切りにする。インゲン、コボチャ、シシトウ、新タマの余りをそれぞれ食べやすい形に切っておく。どれもこれも旬の野菜で安売りしていた。野菜たくさん酢豚になる。

 フライパンを火にかける。熱を持ったところで油を多めに入れた。まず最も火の通りにくそうなカボチャを入れる。しばらく焼き、菜箸でひっくり返す。黄色の断面は膜がはったように白くなっている。熱が少し通ったしるしだ。残りの野菜をすべて入れ、いためる。どれかが水気を含んでいたらしく油がピチピチはねる。パチン!

「あっちい!」
「どうしたけーこ!」
「何でもない。油がはねただけじゃ。危ないから来てはいかんぞ」
「うん、遠くから見守ってるよ」
「うむ」

 火の通った野菜たちをいったんフライパンから上げる。
 さて主役の出番だ。250グラムの豚肉塊。フライパンに新たに油をひく。まず1枚乗せる。
 じゅわ……と控え目だが力強い焼き音が立つ。
 焼けた肉のにおいが鼻腔を抜けて脳を刺激する。腹が鳴りそうだった。ぐう。実際に鳴ってしまった。

 慧太の方を見るが、マンガを読んでいる。どうやら気付いていないようである。良かったとも思うが、残念でもあった。けーこの悩みも知らずに、慧太はマンガを読んでいる。

 肉を焼いている間に、けーこは陶器の器に水を半カップ入れた。本来なら水道水ではなくダシ汁がいいのに、昨日で使い切ってしまっている。惜しいが今日はただの水道水を使うしかない。
 ここにまず砂糖大さじ2、塩小さじ4分の1。そしてケチャップ大さじ2を入れたのち、酢大さじ2、酒小さじ2、醤油小さじ2をそれぞれ入れた。

 投入手順というものがある。さじを使うときは固体のものからと相場が決まっている。これを逆にすると、例えば醤油をよそったあとに砂糖をすくうと内面に砂糖が付いてしまう。正確に計れなくなる。
 すべてを投入してからよく混ぜた。

 肉の焼ける音が心地よい。立ち上る湯気と香るのも相まって、腹の虫が暴れ出すのだった。換気扇のスイッチを入れて、どうにかゴマかす。ご近所一帯、豚肉のにおいが立ちうこめることになるだろう。
 小さな器に片栗粉大さじ2と水大さじ2を取り、混ぜる。これが酢豚にトロみを与えることになる。よくかき混ぜておかないとダマになる。けーこはダマが嫌いなので親の仇とばかりによく混ぜるのだった。

 肉をひっくり返す。下になっている面がほんのりキツネ色に焦げている。うん、いいぞ。よく焼けている。
 豚肉のまだ焼いていない面には、うっすら赤い汁が浮き出ている。片面がよく焼けている証拠だ。そういうものはもういつひっくり返してもいい。豚はナマで食べると腹を下す。よく焼かねばならない。

 肉がよく焼けたところで別皿に避けていた野菜たちを再度投入。ひとかき混ぜしたところでソースを投入。よく混ぜる。といた片栗粉を入れる。ダマが出来ぬようかき混ぜることを忘れない。

 もう完成間近である。けーこはスーパーの乾物コーナーで買った寒天を取り出す。小鍋に水を張る。沸き上がったら寒天を入れ、火を弱める。洗い直した菜箸でゆっくりかき混ぜる。棒状の半透明だった寒天はたちまち湯に溶け、小鍋の中身は粘度を持った寒天汁になった。

 コップを2つ用意する。砂糖大さじ2、牛乳コップ半分。かき混ぜ、電子レンジでチンする。牛乳の表面にわずかに膜がはっている。寒天汁をコップに注ぐ。よくかき混ぜ、冷蔵庫へ入れる。
 コップ2つに杏仁豆腐もどきを作り上げたけーこは続いて大きめの器にグレープフルーツを小刻みにしたものを入れ、砂糖を加え、寒天汁を入れ、これも冷蔵庫行きにした。よしデザート完成。
 しかも2品も。冷蔵庫がなかったら冷やしたデザートも食えない。中世の料理番が誰で、どうしていたのかけーこには記憶にないが、大変だったのだろう。

 さあ最後だ。中華風スープの仕上げにかかる。もう一度火にかけ、泡が立つ直前まで煮る。卵を1つ小さな容器に割り、まぜる。
 そして火にかけて沸騰しつつある小鍋に、くるり、と輪を描くように溶き卵を入れた。入れられた卵はスープの下に消えたが、ふわっと下から現れた。ここにきざみネギを散らす。完成だ。

「けいたー。出来たぞー」
「分かった。ご飯が炊けてたから礼儀に則り混ぜてあるよ」
「おーけー。さんきゅー」

 エセ外人風にけーこは言い、指でマルを作ったのだった。
 酢豚。ご飯、中華風スープがコタツ机の上に並んだ。ここに付け合わせのキュウリの和え物とニラの和え物。

「うーむ、マッタク……酢豚のにおいと来たら……暴力じゃぞ。酸っぱい香りが食欲をそそるわい。隣のスープも配色豊かぞ。茶色のスープに黄色の溶き卵、散らした青ネギ」
「いつもながらセンスが光るね。盛り付けが良い。これは付け合わせ? キュウリの和えものとニラのゴマ和えか」
「夏の野菜の代表格じゃ。栄養満点、そして安い。ウマくて量があって安い。完璧じゃろう。イタダキマス」

 けーこは手を合わす。中華風スープをすする。スープの粒黒こしょうが味を引き締めていた。鶏ガラスープの味気ないものも溶き卵が天女の衣のようにふわっとした感触を生み出し、まろやかな口当たり。鶏ガラの味がゆるめられている。

「む、この付け合わせウマいな」
「どっちじゃ? キュウリ? ニラ?」
「どっちもね」
「やっぱりのう。ワシが作ったのじゃから間違いはない」

 けーこは胸を張る。なんとも自信満々である。

「このキュウリぱりぱりしてウマいぞ。余計な汁気な抜けて芯が残ったという感じだ。うむ、歯切れが良い」

 歯切れが良いという表現を果たして食べ物にも使うべきか。とにかくニュアンスは伝わる。

 けーこはニラのゴマ和えをつまみ、食べる。ゴマの香りとつぶつぶ感が鼻にスッと抜ける。鮮やかだった。けーこはうんうんうなずく。その様子は、我ながら良い出来だ、とも言いたげだった。
 酢豚の色も目を引く。黄色のパイナップル。カボチャ。濃い緑色の夏野菜たち。それが片栗粉でアンでひとまとめに閉じられている。強めの火で焼いたから肉汁が閉じ込めてある。野菜も野菜でカボチャはしんなり、新タマはパリッと、シシトウも噛めばほろ苦さ。
 夏の野菜たちがお互いぶつかり合わず、身分相応に主張している。さすが旬の野菜。新鮮さはしゃくりと噛み切れるところに現れている。黒酢の酸っぱさが食欲をますます軒昂にし、けーこは思わず叫ぶのだった。

「ウマい! ワシは野菜が嫌いじゃったがこれはウマい」
「えっ? 野菜が嫌いなのに、こんな、野菜タップリのを作ったのか」
「何かおかしいか」
「普通、嫌いなものは作らないし、そもそも買わないよ」
「でも酢豚じゃから野菜タップリのがウマかろう。それに野菜が苦手なのはワシの話じゃ。けいた、お主は別に嫌いでもなかろう。そんなら作るのは当たり前じゃ」
「ありがとう」
「む、そう素直に言うと困るぞ」
「ありがとう」
「言うのは1回でいいというに」
「ありがとう」
「うー」

 言うたびにけーこの耳が赤くなるので、慧太は面白がって、言うのを止めない。
 けーこは恥ずかしさを隠すように酢豚を食べるのだった。豚肉の強い弾力。それに続く酸っぱさ。暑気を追い払うのに、ピッタシカンカンの食事だった。これだけでご飯が何杯でもイケてしまう。けーこはそう思ったし、実際その通りでご飯を何杯もおかわりする。酢豚の酸っぱさを打ち消すべく中華風スープを飲み、口の中を新たにしてからまた酢豚を食らう。
 たちまちのうちに酢豚の皿はカラッポになり、スープもまたカラになる。

「ゴチソウサマデシタ」
「今日も見事な食べっぷり。ごちそうさま。おわっ、また炊飯器がカラッポだ」
「左様か。これからはご飯2合では足りないかも知れぬの。3合あった方が良いかも知れぬ」

 ほとんどけーこが食べてるけどね、とは慧太は言わない。ただ優しく笑うのみだった。

「けいた、腹いっぱいか」
「ああ、かなり」
「デザートあるぞ」
「そんなものまで! けーこ、すごいな!」
「杏仁豆腐とゼリーじゃぞ。杏仁豆腐の白を見ると思い出すわい。転生するときは真っ白の部屋に連れて行かれたんじゃ。そこによく分からんが全知全能の存在がおってな。ワシに言ったんじゃよ」

 なるほど、よくある。言わば「神」と話したのだ。どういう内容だったか知らないが大方予想は付く。あなたは不慮の事故で死んだが手違いでした、なので第二の人生を送ってもらうため転生させます……こんなところだろう。

「そう! そうじゃ。なぜ知っとるのだ」
「まさかその通りとは」
「けーた、お主も転生者なのか。そうでないと今の話が合わんわい」
「ははは、面白いけど違うよ。僕にはそんなもんじゃない。だいたい神と話したことなんかないよ」
「ワシはそうは思わん。ワシが気付いたとき、最初に頼るべきはお主であると思った。理屈ではない。心がそう感じたのじゃ。再び会え、こうして食べておる。これは偶然ではない。あまりにも話が出来すぎておる。そうは思わんか」
「かも知れないね。でも僕は転生してなんかいない。偶然さ」
「そうかのう。残念じゃのう」
「ん? 残念?」
「うむ。転生者ならばワシの苦悩も分かろうて」
「分からないけどまた食事を作りに来てくれ」
「それは無論おーけーじゃ」

 けーこは指で丸く輪を作るのだった。
 それから冷蔵庫で冷やされたデザートが供される。杏仁豆腐。グレープのゼリー。杏仁豆腐の白さが際立つ。

 けーこはすぐさま1口。たちまち広がるミルクの濃さ。なんとも芳醇なミルク味。ぷるぷるした食感も目新しい。けーこはスプーンの上下が見えないくらいの速度で食べている。慧太はあせった。もし物体が光速を超えるならば周囲の質量はゼロになる。その事実はまさしく小さじ1の物体が宇宙を形成するに等しいエネルギーを生み出すのだ。これほど恐ろしいことはない。悪くすれば地球なんか消し飛ぶ。けれども杏仁豆腐がなくなったとき、けーこはスプーンの上下をやめた。胸をなで下ろす慧太。

「けいた。杏仁豆腐も良いがこのグレープのゼリーも良いぞ。はよう食うてみよ。果実の皮を薄切りにしておるのが香りのモトじゃが、それが合う」
「食べてるよ。どっちもウマい。けーこは万能だな」
「じゃろう」

 そう言った途端、目に見えて喜ぶけーこだった。転生なんか信じちゃいない慧太も、これからもけーこと食事をすることには大賛成だった。
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よろしくお願い申し上げます。平成27年7月14日、タイトルを変えました。旧称『落ちぶれ大学生と転生JKとは並んで台所に立つ。』新称『制服エプロン。』突然です。申し訳ありません。
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