制服エプロン。

みゆみゆ

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6月

第1帖・下。ダシをとる。ご飯、味噌汁。

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 慧太の疑問はともかく、けーこは両手をぶんぶん振って怒りをアピールするのだった。

「とにかくワシはけーこであるぞ! けいた! お主と幼なじみのけーこである! そして帝国の姫じゃ!」
「あー、うん。分かった分かった。そういう設定なわけだ」
「設定じゃないぞ! ホンモノじゃあ!!」
「わ、分かったって」
「うむ。昔からチョロいの。けいたは。そういうわけだから手伝ってくれ」
「けーこは一言多いんだよ昔から……。手伝うって何を? まさか王位継承の証たる七つ道具を見つけるとか?」
「おお、さすがじゃけいた! まさしくそうなんじゃよ! あれがないとワシは帰れん。加之しかのみならず帝位継承の正当性を証明できん。逆臣レンツゥが奪った帝位を復古せしめることが出来んのじゃ」
「う、あ、はあ」
「帝国の危機を救ってはくれまいか」

 けーこは手を取る。ほとんど急のことに、警戒する慧太。けーことしては大したことない挙動なのだろう。握手くらい誰だってやるものだ。

 ――たかが幼なじみに僕は何を動揺する!

 だが、動揺しているのもまた事実である。
 けーこはうかがうように言う。

「どうじゃろうか」
「……僕は」

 そのときだった。
 慧太の腹が、ぐう、と鳴る。

「っく」と、けーこは吹き出す。
「?」
「く、ははっはは! な、何じゃ、けいた。腹が減っておったのか」
「わ、笑うな。朝は食ってなくてね」
「ムードぶち壊しじゃのう、マッタク。良いぞ。飯を食え。それからまた話すとしよう」
「なら外に行かないと」
「なぜじゃ。家にあるものを適当に食えばよい」
「家に食材が何もないし、作るのも面倒だから。このところ外食のしっぱなしだよ。けーこも飯に行くか?」

 けーこは何も言わない。一言も発さぬまま、慧太の顔のあちこちを見回す。

「な、何だよ」
「けいた、お主ちゃんと飯を食うておるのか? 心持ち、やつれておるように見える」
「そこそこ食べてるよ。面倒だから抜くときもあるけど」
「どのくらい抜くのじゃ」
「どのくらいって。まあ気が向いたら食べるってくらいかな」
「もう昼になろうというのにまだ今日は飯を食うておらんのか」
「ああ、うん」
「昨日は?」
「えーと、夜にカップ麺を」
「それだけか? おとついは?」
「そんなこと覚えてないけどたぶんインスタントのラーメンかな。手軽だからこのところそれが主食だ。あと気が向いたらコンビニに出かけるけど」
「じー……」
「な、なんで見つめる」
「お主それでは体がもたんぞ! 腹が減っては戦さは出来ぬ! 良かろう、ワシが作ってやる」
「昼飯を? そりゃあ助かるけど、今日はいいや」
「なぜじゃ」
「買い物に行かないと材料が何もないから。冷蔵庫もさっき見たときカラッポだった。だから今度でいいよ。……いたっ」
「そんなことだから留年するんじゃぞ!」
「そっ、関係ない……いや、あるのかな」
「関係あるに決まっておろう! 台所を借りるぞ」
  
 けーこはいきり立ち、台所に急ぐ。あちらこちらの戸棚を探しまくり食材を見つけようとする。
 だがアルコール飲料の空き缶や空き瓶、それにタバコの吸殻の入った空の缶詰が転がっているだけで、およそ料理している形跡がない。ふしだらな生活がまる分かりの散らかりっぷりがバレただけである。
 けーこはあきれるように言った。

「本当に何もないではないか、食料が。今まで何を食うておったのじゃ」
「適当にそこらのものを」
「……買い物に行くぞ」
「今から?」
「当たり前じゃ。食材がなければワシにもどうしようもない。さあ立て! 行くぞ!」

 けーこの勢いに引っ張られ、しぶしぶ買い物に出る慧太だった。



「久々だなあ、このスーパー」

 平日の昼下がりだからスーパーは空いている。人が少ない。引きこもりには優しい時間帯だ。

「けいた。ジャガイモはどこにある」
「生鮮食品のコーナーかな。こっちだよ」
「なるほど。いっぱいある。……しかし高いのう。もう6月だからの」
「いいじゃんか、欲しいなら買えば」
「むっ、けいた、お主は何も分かっとらん。よいか。食べ物には旬というものがあるのじゃ。花に見頃があるように、すべての食材にはそれぞれ食べ頃というものがある。最も味があり、最もウマく、そして最も安く買える時期というものが……聞いとるか」
「詳しいな」
「逃亡生活を送れば食材にも詳しくなろうて。食い方ひとつ取っても、の。シアワセじゃぞ、これほど食材があふれておる。よりどりみどりではないか」

 けーこはいつくしむように目を細めた。逃亡生活、といった。それは転生する前のことを言っているのだろう。どれほど壮絶な経験だったのか分からないが、食べることがやっとだったに違いない。
 ……それが設定か実経験かはさておき。

「ジャガイモは冬の野菜じゃからのう。むしろ6月に売っとるのが驚きじゃ」
「へー、そうなんだ」
「けいた。旬を考えたことがあるのか?」
「だってコンビニに行けばいつだって何でも売ってるじゃん」

 そのときけーこは苦い顔をしたのだった。

「……タマネギはどこじゃ」
「あそこにあるけど」
「高いのう。……よし。新ジャガイモと新タマネギを買うことにするぞ。これなら旬のものじゃから安く買える」
「何が違うんだ。両方とも頭に〝新〟が付いただけじゃないか」
「まるで違うわい。新ジャガと新タマは今が旬なのじゃぞ。普通のジャガイモやタマネギよりも甘い。しかも今が旬じゃから安くて量がある」
「そうなの?」
「うむ。あと豆腐も欲しい」
「ずいぶん買うなあ。冷蔵庫に入りきらないぞ」
「買いすぎたら冷凍すれば良いではないか。これは常識じゃぞ」

 なんだか庶民みたいなことを言う。姫様という割には、節約にいそしむ一般人のようなことをいうけーこに、慧太は首をひねる。

「なぜ首をひねるのじゃ」
「いやあ……。ホラその、けーこの世界に冷蔵庫なんかなかったんじゃないのか、と思って」

 もっともらしいことを言うとけーこは重々しくうなずくのだった。

「うむ。そうじゃのう。ワシの故郷の生活レベルは……。うん、中世を予想すれば良い。それがワシのおった世界じゃ」
「中世? 騎士がいて……って? それじゃあ冷蔵庫もクソもねえな」
「然り。日本は便利じゃぞ」

 けーこは懐かしそうに目を細めた。本当かウソか分からない。とりあえず話を合わせておく慧太だった。それから乾物コーナーでワカメと麩を買い、帰宅するのだった。

「さーて買い物が終わった。ん? けーこ、なんでそでを引っ張る」
「けいた、氷があるぞ」
「そりゃ冷凍のコーナーだから氷くらいあるでしょ。さ、帰るぞ」
「暑くないか?」
「ん? この時期にしては最近暑いけど、そろそろ夏だし」

 言いかけて、けーこの言わんとすることに気付く慧太。
 けーこの視線の先にはアイス売り場がある。しかしけーこは買おうとは言わない。たぶんだが、けーこは余計なものを買う気がないのだと慧太は想像する。それには嗜好品も当然含まれる。これも逃亡生活におけるクセなのかも知れない。普段の飯さえ事欠くのに、嗜好品などという腹のふくれぬものを買うのか。
 そのあたりの葛藤が目に見える。

「さーて帰るよ」と、慧太はワザとらしく言った。
「もう? けいた、ちょっと待て」
「待つも何も買い物は終わったでしょ。さあ帰宅しよう」
「むー、けいた。お主はワシに1から10まで全部言わせようというのか? れでぃーに全部言わせないと済まないのか?」
「散々な言いようだな! ……欲しいなら欲しいと言えば買うよ」
「か、買える……。じゃがアイスで腹は満たされんのだぞ」

 やっぱりアイスが欲しいらしい。でも予想通り、買う買わないで悩んでいるけーこだった。

「分かった。1個だけ買ってやるよ」
「うおおー! 感謝するぞけいた! チョロいのう! 扱いやすい!」
「だから! けーこはひと言余計なんだよ!」



 スーパーからの帰り道、川原を2人並んで歩く。もちろん荷物は慧太が持っている。それが「れでぃー」に対する正しい姿勢であるぞとけーこが言う以上、そうするよりほかない。

「ときにけいた。お主は今、何をしておるんじゃ。大学生じゃろ」
「その大学で進級に失敗したんだ。どーすっかな。休学届けでも出すかな。そうすりゃ在学年数にカウントされないし、このまま行ってても進級できないんじゃ、いてもしょうがないもんなあ」

 留年が決まった大学生はまず親の顔を思い浮かべる。下宿代も去ることながら学費は親持ち。本人はバイトしていても生活費は結局親持ち、というのは珍しくない。しかし慧太に限っては事情が違う。両親も祖父母もすでに亡い。大学入学のときは全員いたが3年経った今では誰もいない。
 慧太はすでに20歳を超えている。未成年ではない。自分のことは文字通り自分で決めねばならない処遇にある。通帳の数字が頭の中に浮かぶ。それは慧太の全財産。慎ましやかに暮らすなら人間1人が死ぬまで生きられる。金の心配はいらない。だが浪費していては、草葉の陰で親たちは泣いていよう。その泣き顔が思い浮かばれてしょうがなかったのだった。

 高校のときは授業を受けていればテストでそこそこ点数が取れていた。高校はそれで何とかなった。友達がいなくとも自分ひとりでなんとかなった。
 ところが大学では事情が変わる。授業内容がテストに出るとは限らない。そして過去問題……いわゆる過去問がないとどうしようもない講義が出現する。過去問は自分ひとりでは入手できない。サークルに入るなり部活に入るなり、自分から行動することが必要だった。
 何かしらに入部すればいい話だったが、1回目の1年生のとき、数回行っただけで辞めてしまっている身である。その後はサークルにも部活にも足を運ばず、従って友達も出来ず、過去問も入手できず、八方手詰まりした結果、留年を繰り返している慧太だった。

「お互い大変なんじゃなあ」

 そんなこんな話をしているうちに下宿に戻る2人だった。セキュリティ万全のアパートである。エントランスにはカメラ付きインターホン。そして部屋の扉には鍵が2個。これだけ揃っていて家賃は意外と安めである。

 けーこは台所に仁王立ちをして言う。

「さて料理を作るぞ」

 けーこは髪留めを外し、髪の毛を頭の後ろで1本に縛るのだった。そしてエプロンを身に着ける。なんだか新婚みたいだ。慧太はそういう錯覚に陥る。

「む。なんじゃけいた。そんなにワシを見て」
「え、いやあ別に。で、僕は何をすればいい?」
「そうじゃのう。さしあたりマンガでも読んでおってくれ」
「することないのか。了解了解」

 まずご飯を炊くけーこ。2人分だから1合で足りるだろう、とけーこは計算する。しかし慧太のあの食べていない具合を思うとそれでは足りないと思い直し、1人あたま2合分のご飯を炊くことにした。これで1人、ご飯2杯を食える。

 米を研ぐ。炊飯器のお釜に米を入れる。水を入れる。水は米がわずかにひたる程度。爪を立てるようにしてシャカシャカと小刻みにとぐ。栄養のある部分まで取れてはいけないので力は込めすぎない。かといって弱すぎない適度なほど。水が白色に濁ったら捨て、捨てた分だけ足し、再びとぐ。これを3回も繰り返せば充分だ。
 炊飯器にセットして準備完了。放っておけば1時間ののちにはご飯が出来上がる。文明万歳、とけーこは心の中で言った。

 次に味噌汁を作るべく、ダシを取る。
 けーこは小鍋を火にかけた。小鍋には買い物に行く前、あらかじめ昆布をひたしておいてあり、ここに頭とワタを取った煮干しを追加してある。充分ダシが取れるだろう。

「へー」
「む、なんじゃけいた。何しに来たのか」
「けーこ、本当に料理が出来るんだな」
「ばかにするでない。自分の飯くらい、自分で作れんでどうする」

 返す言葉もないので慧太はその場をゆっくり離れた。
 話しているうちにも料理は続いている。

 けーこは小鍋をのぞき込む。鍋の底から泡がふつふつと湧くのが見える。けーこは火を弱める。鍋から立ち上る湯気に鼻をひくひくさせた。

「うむ、この芳醇な……。すんすん。鼻腔の奥まで侵入するぞ。ふふ、あたかも全海の旨味がこの鍋に集まったような香りじゃのう」

 大げさなことを言うけーこだったが、遠目に見ていて慧太は感じ取っている。けーこは料理を楽しんでいる、と。

「けーこ。けーこの世界の食事ってどんなだったんだ。味噌汁に相当するものあるでしょ。スープみたいなもんとか」
「もちろんあるにはあるが……。これほど奥行きあれど軽い香りは出さんぞ。せいぜいがタマネギだのニンジンだのを原型がなくなるまで煮て、それでしまいじゃ。スープなどとはとても呼べぬ」

 言いつつ、アクを取るけーこ。おたまで小鍋のフチにたまるアクを取り、捨てる。
 これを繰り返してダシ汁は完成した。小鍋一杯に作ってしまった。今から作る予定の、2人分の味噌汁には量が多い。
 やむなくけーこは手近にあったドンブリ鉢にダシを移す。そのうち粗熱も取れるだろう。そうしたらビンなりペットボトルなりに詰め替えて冷蔵庫に入れておこう。こうすればいつでも使える。

「原型がなくなるまで煮て完成? それがスープなのか?」
「スープなどと上品な名称では到底呼べぬ代物じゃがのう。それしかないのじゃ。じゃからワシはこっちで料理をするのが好きなのじゃ。ウマくて豊富な食材。ふんだんな調味料。これほど恵まれたモノに囲まれておるのは幸甚そのものじゃぞ」

 懐かしみとともに何か暗い影が見えた気がした。それをごまかすようにけーこは手を動かしている。

 小鍋にダシ汁を2人分入れ、火にかける。それから皮をむいて短冊切りにした新ジャガを投入し、扇形の新タマを追加する。ややずらして小鍋にフタをする。隙間から新ジャガと新タマの煮立ついい音がする。けーこはその音さえ楽しんでいるようだった。

 ジャガイモが半透明になったのを見計らって味噌をとく、けーこ。赤味噌はまず底の深い金属ザルに入れて、それから菜箸でとく。八丁味噌の茶色が鍋に広がる。赤味噌がダシとうまく合わさった香り。

 赤味噌は煮込めば煮込むほど味と香りが引き立つ。小皿にひとすくいして味見。うん。いい。けーこは頬をゆるめた。ひと煮立ちさせ、そこに薄切りにした油揚げを入れた。これでさらに一煮立ちさせれば完成だ。火を消す直前、さいの目にした豆腐を入れた。豆腐は煮込み過ぎるとスが入り固くなる。ほとんど煮てはいけないことをけーこは実践している。

「ようし、味噌汁は完成じゃ。ワシの世界のどの国のスープよりもウマいぞ」
「また大げさな」
「本心じゃ。さてもう1品作るかな。新タマネギだから水に軽くさらすだけでウマいサラダになる」

 けーこは新タマを包丁で薄切りにし、ザルで水にさらした。

「ぐすっ」
「ど、どうした泣いて! 手を切ったのか!」
「違う。タマネギを切ったから。なんでもないぞ」

 けーこはスライスしたタマネギを小皿に盛り、水で戻しておいたワカメを散らす。ここに見切り品のミニトマトを添える。
 これにあらかじめゆでて水切りした豆腐を薄切りにして乗せるのだった。

 あとは衝動買いしてしまった鳥の唐揚げがある。

「さーて、デザート用に」

 そのためにパイナップルを買ってある。トサカをひねり捨てる。ささくれ立った皮をむく。
 するとそこから黄金色の果肉が姿を現した。最初にこれを食べた人は偉い。けーこは思う。誰がこんな日照りの地面みたいな皮の中にウマい果肉があると想像しよう。
 食べやすいひとくちサイズに切り分ける。それにしてもパイナップル1個をサイコロ切りにすると量が多い。2人分だけ器に盛って、残りはタッパーに入れて冷蔵庫行きにした。慧太の家の冷蔵庫に、食材が増えた。

 炊飯器がピーピー鳴った。

「お。米が炊けた」
「どーれ」と、けーこは炊飯器を開く。

 秋田県産コシヒカリが銀色の輝きを放っていた。まさしく銀シャリ。米が立っている、という表現が実にふさわしい。
 けーこは文字通り、目を丸くしている。

「おお。輝いておる。白銀の雪のようじゃ。それに深い香り。ねっとりとしたものが伝わるぞ」
「久しぶりに見たなあ。炊きたてご飯は」
「かき混ぜて、また閉じる、と」
「え、閉じるのか。なぜ混ぜるだけ?」
「蒸すのぞ。ご飯は炊きたてよりも5分蒸した方がウマくなるのじゃ。さーてけいた、味噌汁をよそう。サラダを運んでたもれ。配膳先は……そのコタツ机の上でよいかの」
「ほーい」

 味噌汁をおたまでよそい、薬味ネギを散らすけーこ。芸が細かい。
 そしてお茶碗にご飯を盛り、コタツ机の上に配膳した。

「おお!」

 コタツ机の上の光景に慧太はほうけている。
 ホカホカご飯。ダシから作った味噌汁。それに新タマ豆腐サラダ。あとは鳥の唐揚げ。

「いつ以来かな。ご飯に味噌汁なんて」
「イタダキマス」とけーこ。

 けーこは味噌汁を1口すする。煮干しと昆布ダシを基に、赤味噌の香りが入り交じりる。何とも言えず食欲をそそった。新ジャガを口に運ぶ。ホロリと崩れた。新タマは噛むとじゅわっと甘い汁が湧き出た。甘さは熟れた果実と遜色ない。
 けーこは味噌汁椀を眺める。豆腐の白とワカメの緑。そして油揚げのきつね色が見事な彩りを演じていた。

「ウマい。うむ、自分で作ってなんじゃがのう、ウマい」
「そりゃ良かった。自分で作っといてマズかったらどうしようもない。……あ、ウマい」
「じゃろう? けいた。味噌汁の1杯の中には宇宙があるのぞ」
「宇宙? まーたまた大げさな」
「いや、本心じゃ、これも。うん、このご飯もうまい。さっきよりも香りが強うなっておる。もっちりとして……と、とにかくうまい! この米、甘いぞ! 炊きたての米とはかくも神がかっておるものか……」

 自分で作っておいて褒め称えるけーこだった。けーこは嬉しそうだったが、慧太はそれ以上に嬉しいのだった。いつ以来だろうか。誰かと一緒にご飯を食べるのは。
 けーこはサラダに箸を伸ばす。

「新タマのサラダもいいのう。水でさらしただけなのにみずみずしい。おお! 噛むほどに甘みが……。汲めども尽きぬ無尽の井戸水のようじゃ。煮ぬワカメもクキクキと歯ごたえ満点。ほう、豆腐も一度湯がいたせいか大豆の味がするわい。ミニトマトは普通じゃ」
「あ、確かに。新タマってサラダでもウマいんだな」
「じゃろう」と得意げなけーこ。
「あのこの唐揚げもね」
「唐揚げはワシが作ったんじゃないけどね」
「そ、そうか。いや、ナイスセレクト。ご飯のおともにちょうどいい」
「けいたは優しいのう」

 もくもくと食う2人だった。
 特にけーこは一言も発さず、ひたすらに飯を食う。慧太もびっくりの食べっぷりである。

「ゴチソウサマデシタ」

 炊飯器がカラッポになって、ようやくけーこは箸を置くのだった。もはや皿の上には何1つとして残っていない。

「ウマかったぞ、けーこ。ごちそうさま」
「うむ、む。そう言ってくれて良かったわい。ワシも作った甲斐があった」
「そうか。作りたてのご飯はこんなにもウマかったのか。忘れていたよ。これならまた食べたい」
「ほう、食うか。けいたが食うてくれるならまた作ってやってもよいぞ」
「本当か」
「うむ。じゃが悲しいかなワシはJK。学生の本分は勉学。じゃから高校に通わねばならん。そうじゃ、引っ越せば良いのだな? うむ、そうしよう。ここに引っ越そう。決めたぞけいた。ワシはこのアパートに引っ越してくるぞ! ようし、善は急げじゃ!」

 ぴゅうとけーこは玄関の向こうに消えたのだった。
 あとにはカラッポになった炊飯器と小鍋が残された。

 ――引っ越しなんてそんなすぐ出来るもんじゃないのに。

 慧太は苦笑いした。向こう見ずというか、けーこらしいというべきか。たちまち行動に移せる身の軽さを慧太はうらやましく思った。
 自分はもう2年もズルズルと大学にいる。大学の空気が合わねば辞めればいいのにそれもしない。現状変化を嫌がるというか、変化を恐れている慧太とは別種の考えだった。
 慧太は台所に立ち、洗い物をする。自炊をしていないから、これも久々だった。

「どこまで本当なんだよ、けーこ」

 ぽつねん、と慧太は言った。洗い物を終え、手をふく。目に入る一着のエプロン。

 ――そうだ、エプロンあったなあ。

 ずいぶん長いこと使っていないエプロンをながめる慧太だった。今度ご飯を作りに来てくれるのならばこのエプロンに出番を与えよう。
 今度。
 今度があるのかな。
 頬を引っ張った。痛い。これは夢ではない。誰かと食う飯がこんなにもウマく、こんなにも充実した時間だとは知らなかった。だからこそ慧太は自分の頬を引っ張ったのだった。何だかけーこにはもう会えない気がしたのだった。願わくば、と慧太はけーこの顔を思い浮かべる。また会えれば。
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よろしくお願い申し上げます。平成27年7月14日、タイトルを変えました。旧称『落ちぶれ大学生と転生JKとは並んで台所に立つ。』新称『制服エプロン。』突然です。申し訳ありません。
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