異世界産業革命。

みゆみゆ

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はじめての転生

第7帖。足らぬ足らぬはおっぱいにあらず。(王都ルテキアなるルテキア城、そのドンジョン3階に招かる)。

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 王都と呼ぶにふさわしい外壁だ、と悠太郎は思う。

 人の背丈の3倍はある丸太が地面に何本も突き立てられている。これは王都にやって来る敵を追い払うためのもので、万里の長城みたいなものだ。
 あるいは710なんとデカいな平城京、794なくよウグイス平安京をグルリと囲っていた塀のようなものだ。この外壁の中が市内と呼ばれる。

 そのうち主要な街道が向かう外壁の部分には門があり、日本風に言えば観音開きの扉となっていた。その上には小屋がある。完全武装の兵士が何人か気をつけをしていた。

「久しぶりの王都ねー!」

 シャーリー姫がはしゃいでいる。戦さは長期間にわたるのが当たり前で、それは中世でも戦国時代でも同じだ。桶狭間において織田信長は今川義元を一晩で屠ったが、そうした迅速さはむしろ例外にあたる。多くの場合、陣を敷いて長時間にらみ合う。

 それは「時間」が原因である。時間の概念があいまいだから敵も味方も「所定の時刻」に兵を集めることが難しい。だいたいの時間、おおまかな日をもって兵力が集まるのを待つ。集まったら戦場へ向けて移動が始まるが、これまた未舗装の道を進むので時間がかかる。
 中世の戦さとは比較的のんびりしたものだった。

 街道沿いには人だかりが出来ていた。
 それは市内に向かって増すようだった。

 ――コスプレじゃないんだよな。本物なんだよな。

 西洋大好き悠太郎は興奮しっ放しだった。西洋の城。人々。どれを見ても見飽き足らない。

 これまた完全武装の兵士がズラリと居並ぶ。2重、3重の兵士にさえぎられた民衆たちはシャーリー姫たちへ熱烈な歓迎の意を示している。

「お帰りなさい姫!」
「よくぞ!」

 口々に誉め称えている。

「ユーリ。民衆があたしたちを歓迎してくれているわよー」
「卯の侯爵を追っ払ったからか」
「早馬が王都にユーリのことを教えたのよ。ユーリ、あなたは英雄。戦さをせずに危機を乗り切ったって。もう大変な喜びよう。よいしょ」
「だろうね。騎士は戦さが生き甲斐だけど、かり出される民衆は違う。それに軍隊の移動も一種のパレードだからネズミーパークのエキセントリック・パレードみたいなもんだ……なんで僕の隣に来るの?」

 おっぱいぼいんぼいーん。ぽよんぽよん。

「ふふふ。窓から手を振るのよ。さあ、ユーリ」
「お、おう」

 馬車の出窓からシャーリー姫と悠太郎は身を乗り出す。その様子はDQNのハコ乗りよりも、ちょっとだけ行儀の良い感じ。

 歓迎の民衆が、わっと湧いた。

「おー。なんて歓迎だ。まるで英雄だ」
「英雄なのよ。ユーリは。ほらもっと手を振った振った!」

 シャーリー姫は悠太郎の手を取った。そして2人揃って万歳を見せた。門衛たちも武器を打ち鳴らして興奮を隠せない様子だった。
 外壁にうがかれた門をくぐってルテキア市内に入ると、すべてが最高潮に達した。
 民衆の数がぐっと増え、歓迎の声がいっそう高まる。市内に住むすべての人が集まっているかのようだ。もはや隣のシャーリー姫が何を言っているのか聞こえない。

「何? もっと大声で言ってくれ! 聞こえない!」
「結婚式はもっと盛大にしましょうね!」
「へ、な、誰の」
「あたしとユーリ。ちゅ」
「ひゃっ」

 シャーリー姫が悠太郎の頬にキッスをした。
 すると、むべなるかな。人々の歓声が一瞬、小さくなった。しかし次の瞬間、これまで以上の歓声が馬車を包む。
 手を振る者。手を胸の前で組み、拝む者。カゴから花を投げる者。馬車にかけ寄ろうとして衛兵に止められる者。
 あらゆる声がルテキアを包み、とどまるところを知らない。ただし美末はシャーリー姫をにらむのみ。







 市内をしばらく進むと大きな川にブチ当たった。

「ここは?」
「王都の中心部」
「城か」
「ようこそルテキア城へ」

 シャーリー姫がニッと笑う。今、初めて気付いたが八重歯である。愛嬌がある。西洋では「ドラキュラみたい」と不人気の八重歯も、日本人の悠太郎には愛らしいものに見える。

 ルテキア城は、市の中央部を流れる川の中州にあった。
 中洲は大きい。学校のグラウンドの5倍や10倍は余裕である。その中州はまたも太い丸太の城壁がめぐらされ、あたかも川の中から突如生えてきたかのごとき印象を受ける。

 ――良い場所だ。

 悠太郎は感心した。守るに易く、攻めるに難い城であると思った。

 川は天然の要害である。もし敵が王都まで攻めて来ても、守備側が中州に架かる橋を落としてしまえば、川が城を守ってくれる。容易には陥ちぬ。

 ルテキア城内に入るべく、馬車は橋を渡る。そのまま城壁にうがかれた門をくぐる。

 ルテキア城の城壁は、一部が石造りであるだけで、ほとんど木製であった。極太の丸太が多数、打たれている。門をくぐるときに城壁にはかなりの厚みがあることを悠太郎は見てとった。
 たぶん、城壁の上には通路がある。ちょうど戦国時代の城のように、もし城壁へ敵兵が取り付いても上から何かしら攻撃が出来るのだ。

 悠太郎は確信した。王都の城壁さえ石造りではない。明らかに西洋初期の特徴だ。
 木製の城壁を石造りに換装しているから技術はあるのだろう。しかし予算か人員か、何が足りないのか知らないが工事はあまり捗っていない。
 王の住む城がこんな調子なのだ。直轄地内の城壁が木製であったのもやむを得ない。

「吸血鬼が来ても平気だな、この城は」

 悠太郎はよく分からない感想をもらす。
 これまで黙りっぱなしだった美末はキョトンとしている。

「吸血鬼、ですか」
「そうだ」
「あれは空想の産物でしょう。現実にあんなのはいません」
「漫画の中にはいるじゃないか。〝もし吸血鬼が襲って来たらまずホームセンターに立てこもって……〟 みたいな妄想は誰だってするだろ?」
「はあ?」
「あ、ごめん。何でもない」

 あからさまな疑問顔の美末。悠太郎は思わず謝る。

 シャーリー姫が言う。

「ねー、ユーリ。ユーリは何が好き? あたしはね、洋ナシのシロップ煮が好き」
「食べ物か。うーん。なんだろう」

 寿司、ステーキ、焼き肉……。いずれアヤメかカキツバタ。どれも甲乙つけがたい。

「ユーリのためにウチの料理人たちが腕を振るって待っているのよ。戦捷祝いのために。そしてユーリを歓迎するために」
「歓迎会をやってくれるのか」
「そうよ! 楽しみにしててね!」

 馬車は進む。とっくに城内に入っていた。
 城内を見回す。
 四方はすっかり丸太の城壁に囲われている。悠太郎たちがいるのは広場だった。隅には倉庫あるし家畜小屋もある。あるいは使用人たちの住居、井戸も台所もあるし、畑もある。
 いつでも籠城できるようになっていた。城とは防御施設である、ということをこれほど明確に体言している造りはない。

 その先がドンジョン……つまり城で最も大事な部分であり、本丸と呼ぶべき場所であり、さすがに堅固な石造りをしている。ここは高貴な者たちが住み、あるいは避難する場所である。
 本丸たるドンジョンは、城の中にありながらさらに深い堀と高い壁に囲われていた。日本の城の本丸と同じでドンジョンは最おうの、最も陥とされてはならない箇所である。

 悠太郎は自然と、ドンジョンの窓の位置を確認する。

 ――4階建てか。

 現代人だから大したことない高さだと思う悠太郎だった。しかしこの時代を生きる人間にとってはとんでもない高層建築物に違いないということもまた悠太郎は知っている。

 馬車は、その本丸たるドンジョンを囲う堀に架かる橋を渡った。
 ドンジョンの入り口にも使用人たちの群れがある。

 シャーリー姫が馬車から降りると、彼らは一斉に頭べを下げた。

「ん」

 シャーリー姫は当たり前のように彼らの前を進むが、悠太郎はヘコヘコしながら通った。

「もっと胸を張ればいいのに」

 シャーリー姫は自慢の巨乳を張りながら言った。

「僕は庶民だから、こういうのに慣れてない」
「あたしと結婚したら王族になるんだから、シャンとしないと。あっ、先生!」

 シャーリー姫はとんでもない発言をサラッとして、背い高ノッポにかけ寄って行った。あれが家庭教師とかいう人だろう。

 悠太郎は美末につぶやく。

「なあ美末。僕は本当に偉い人になったような気がしていた」
「気が?」
「うん。この中世初期に典型的な城。それにそのドンジョン。ドンジョンには王たちを出迎える使用人たちがズラリ並ぶ。ここにいたってようやく実感がわいたよ。ここは異世界なんだ。そしてここでは、僕は英雄だ」
「そうですか」
「なんか素っ気ないな」
「別にー」
「ふ、不満があるなら言ってくれよ。これから僕らは仲良くやっていくんだから」
「あのデカぱいと仲良くやればいいじゃないですか」
「デカ……下品だよ痛たたたた頬っぺた引っ張らないで!」
「ゆーたろーの方が下品」
「な、なんで僕の方が下品なのさ!」
「胸ばっか見てた」

 美末の頬は食べたばかりのハムスターのようにふくれている。
 明らかに怒っている。

「美末、その、ごめんて」
「何がですか」
「何って。別にその、美末がなんか怒ってるから」
「そういうところです」
「え」
「そういうところが怒れるんです。何もないのに謝るんですか」
「あ、うん」
「……言い過ぎました。ごめんなさい」
「いいや、僕こそ」

 気まずい空気だった。
 ここでリア充ならば一発気の利いたジョークで場を和ませるが、いかんせんDT悠太郎にそんな気概はない。せいぜいあいまいな笑みを作るのみだ。

「ユーリ! ユーリ! こっちよー」

 シャーリー姫が手をぶんぶん打ち振って手招きをしている。

「さ、ユーリ。こっちが宴会場よ。案内します」

 指差す先には階段がある。
 シャーリー姫が先に立つ。それを悠太郎が追おうとする。なんとなく美末を振り向く。目が合う。ただ、目が合うや美末はふいっと目をそらす。

 ――なんだってんだ、一体。

 悠太郎は思う。
 怒っている理由が分からない。それどころか美末は「怒っていない」と否定する。明らかに機嫌が悪いのに。
 おまけに美末は口数が少ない。これでは解決のキッカケも作れない。

 などと悠太郎は考えながら、ドンジョン内に入った。階段を登る。およそ登りやすいとは言いがたい。狭いし段差も1段ごとに異なっている。しかも薄暗い。
 採光のための窓を作れば強度が落ちて崩れやすくなる。建築技術が未熟であるのは一目で分かる。たぶん、4階建てのドンジョンを作るのが精一杯で、見やすさや登りやすさなんて考えていないのだ。

 悠太郎はドンジョンの階段を登りながら、各階を見る。
 1階部分は炊事場になっていた。獣の臭いがしたから動物小屋でもあるのだろう。ドンジョン単体でも立てこもれるよう設計されている。
 2階部分からは男たちの臭いがした。

 ――騎士の詰め所かな。

 あるいは雑務室かも知れないが、すぐに通り過ぎたので確信は持てない。
 
 宴会場は3階にあった。広い。しかし、薄暗い。

「陰気くさいところです」

 美末がズバリ言う。
 確かに不気味そのものだった。広い宴会場を照らすのは数個の小さな窓からの太陽光。そして多数のロウソクの揺らめきだった。
 悠太郎の感覚からすれば雰囲気はオバケ屋敷にさも似ている。昼でも薄暗いこの場所は、陰気くささがプンプン漂う。

「いやあ。中世ならこんなもんだよ」

 悠太郎は、顔色をうかがうように言った。

「そうなんですか」

 美末が何気なく返答する。あまり怒気が感ぜられないので悠太郎は心の中でホッと息をついて、さらに言葉をつなげる。

「建物自体が崩れやすくなるから、あまり窓を作れない。それに攻められたときは侵入経路が少ない方がいいでしょ。だから結果として窓が少なくなって、光の差し込むスペースが減って、こういうふうに薄暗くなる」
「電灯……なんてあるわけないですね。ロウソクのみですね」
「照明器具としてのロウソクは古代エジプトからあるよ。ツタンカーメンも使っていたようだ」
「へえ……」
「ロウソクとか獣脂以外に灯りはない。当時から高価だったから、こんなにロウソクを使うってのは〝これくらいあなた方を歓迎しています〟って意識の現れでもある」
「じゃあこれだけたくさんのロウソクが灯されているってことは、ゆーたろーは歓迎されているってことですね」
「うん。僕たちは最高の歓迎を受けているんだ。礼儀正しくしなくちゃな」

 広間には長テーブルがたくさん。その数に合わせて長イスがたくさん。テーブルの上にはカマボコ板があって、それにナイフが突き刺さっている。

「何あれ。まさかあれで食事をするんですか」
「中世にフォークはまだない。あの板に肉だの魚だのを乗せる。お好みでナイフで一口大に切る。この時代は手づかみが基本だよ」
「……テーブルクロスもないんですか」
「もうちょっと時代を下ればテーブルクロスが現れるけど、今はまだない。ホラあそこの給仕みたいな人がタオルっぽいのを持ってる。手をふきたければ給仕を呼ぶ」
「野蛮」
「そういう時代なんだよ。だいたい中世の頃の〝都会〟は地中海沿岸なんだ。ローマもあるし。それ以外のヨーロッパは全部〝田舎〟さ。今でこそドイツだフランスだ、なんてもてはやされているけど、中世にはどっちも田舎なんだ。悪く言えば未開の地さ」
「なんかわたしの中の中世のイメージが崩壊寸前ですよ……」
「ちょっと来るのが早かったかも」
「早い?」
「中世は長いから。前期、中庸、後期とわざわざ分けるくらいだもの。美末の思ってる中世はたぶん中庸よりも後だ。石畳の道。石造りのきれいな城。きらびやかなドレスにシャンデリア。たくさんの皿に盛られた料理」
「そうそう、そういうのが中世ですよ!」
「城の作りとか畑の具合を見るに、どうも中世は中世でも初期だ。美末の想像する中世はこれから出来てくるんだよ。文化が成熟するまで待たないといけない。だいたい500年くらい後かなあ」
「ご、500年も!」
「少しずつ進化するんだよ」
「いくらわたしでも500年も待てない」

 悠太郎の言葉に美末はなおも不服そうである。
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