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任務1
コーテルでの密会
しおりを挟む冬の夜空は空気が澄んでいて、星たちの煌きがより一層際立つ。空の真ん中に居座る大きな赤い月も、いつもよりも不気味で美しい。
咥えていた煙草を路肩に吐き捨て、エヴィト・ラルクレムは夜空を見上げる顔を正面に戻した。
「……さみい」
呟き、小走りに目当ての店へと急ぐ。
深夜といういうこともあり人通りはまばらだ。これだけ人が少ないと、国軍防衛騎士兵団の見回りの目に付く。見つかれば職務質問という名の尋問を受け、最悪任意同行という名の強制連行に至るだろう。エヴィがサヴレン国民じゃないとわかれば、連中は俄然やる気を出して取り調べに挑むはずだ。
世界三大都市のうちのひとつであるサヴレンは真面目な皇帝を筆頭に、皇帝と国民に誠実な国家と法で固められた堅苦しい国だ。しかしその真面目さと誠実さは国民にとっては住みよいものらしく、人口は世界一と言われている。その分、防犯や防衛の意識は他のどの国よりも強く、取締も厳しいのだ。そのおかげで平和を保っているのだが、平和で暇をするのは防衛騎士。つまり、そういうことなのだ。
幸いなことに防衛騎士に見つかることなく、目的地である古びたバーの”コーテル”にたどり着いた。木製のドアを押すと、きぃという歯切れの悪い音と同時に安っぽいベルの音がした。
後ろ手にドアを閉め、正面カウンターの向こう側で片手をあげるマスターに手をあげて返事をする。ぐるりと店内を見渡すと、鬼の形相でエヴィを睨めつけるローブ姿の老人と目があった。
「ようじいさん久しぶりだな」
「随分遅れておきながら侘びもなしか。その無礼な態度と奇抜な見た目は相変わらずのようだな」
「お褒めの言葉、どうも」
けらりと笑いながら静かに憤怒する老人の正面、テーブル席のカウンター側の椅子に腰を下ろす。そしてすぐにマスターの方へ頭だけを向けて酒を頼んだ。
「既に酒臭いが、まだ飲むのか」
「飲み屋で酒のひとつも頼まねえなんざ、男のすることじゃねえだろ?」
「……もういい黙れ。今から説明するから黙って聞け。意見も質問も受け付けん。お前が喋るのはやるかやらないかだけだ。いいな?」
「へいへい」
「喋るなと言っておろう」
「へいへい」
不躾なエヴィの態度に大きなため息をついて見せたあと、老人の表情は一変して険悪なものになった。対してエヴィはだらしなく背もたれに体を預け、だるそうに長い脚を組み替える。
「今回はサヴレン内での掃除だ。ゴミは全部で四つ。それ以外のものの始末はお前に任せる。報酬は前金で五十、後金で五十の百だ」
老人が話し終えると同時にエヴィは胸元から煙草を取り出し、火をつける。そのまま天井を仰ぎ、鼻から煙を吐き出す。肺から空気が押し出されると同時に、コートのフードがずり落ちた。
薄暗い店内の照明でぎらりと光沢する深く暗い紅い髪。背中半ばほどまである髪がフードから解放されてはさりと流れ落ちる。
「なかなかな額じゃねえか。いいぜ、その依頼受けた」
天を仰ぎつつ、眼球だけを老人の方へと向ける。左の瞳は翠眼で、もう片方は紫眼。どちらも髪同様に色合いが濃く、そして鋭い。
薄い唇で薄ら笑みを拵えながら、老人を睨むエヴィ。
「少なくとも四のゴミがこの世から失せること、忘れんなよ、魔道士さんよ」
「わかっている……。でもお前ならそう言ってくれると思った。助かるよ」
老人が安堵したように微笑むと、マスターが遠慮がちにグラスをふたつ運んできた。
「掃除の前祝いだ」
からん。
ふたつのグラスがぶつかり合う音が心地よく響いた。
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