そして彼らは伝説へ―異世界転移英雄譚―

長月十六夜

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第4章 さよなら、平穏

マンドラゴラの狂気

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「ロザリー! シエラ! 他に逃げ遅れた人はいなかったよ!」

 フィリネを背負ったコニーを警護しながら、美兎は湖沿いの一隅に辿り着く。避難した村人達は身を寄せ合って、穏やかさから一変した村の惨状を恐怖とともに見つめていた。

 その様子は、美兎にとって人の負の感情がもたらす陰惨な暗い色に世界が塗り込められてしまったように感じられ、見るもおぞましい色使いの視界に思わず目を背けてしまう。

「ありがとうございます、ミトさん。あとは――」

「専守防衛ね!」

「「……姉さま!?」」

 芳しい花の残り香をたなびかせるアニーは、驚くシエラとロザリーの間を優雅な動きですり抜ける。それから大仰な動作で身体ごと振り返り、仁王立ちになって勇壮な笑みを見せた。

「私が来たからにはもう大丈夫よ! ここにいる全員、ゴブリンなんかに指一本触れさせないんだから」

「ね、姉さまカッコいい……大好き……」 

 恍惚としてアニーに熱視線を向けるロザリーに苦笑しながら、シエラは視界の端にゴブリンの影を捉える。すぐさま臨戦態勢をとるが、その光景の違和感に柳眉を顰める。

「あれは――」

 若い人間の女性がゴブリン達に取り囲まれながら、ふらふらと近づいてくる。それはまるで家畜を追い立てるようで、ゴブリンの下卑た笑いとともに彼らの嗜虐の餌食となった女性の身体は痛々しい生傷と痣と血に塗れていた。

 助けに入ろうとする美兎をアニーが制止した。アニーは眼前の惨たらしい光景から目を逸らさなかった。

 ゴブリンの錆びた剣が女性の背中にめり込み、たまらず女性は前のめりに倒れ込んだ。乱れて垂れ落ちた髪が顔を覆い隠し、表情が窺い知れないまま、女性は息も絶え絶えにゆっくりと立ち上がる。一度天を仰ぎ、大きく身震いしたかと思うと、およそ人間らしくない奇怪な動きで猛然と走り込んでくる。その不気味さに誰もが身を強ばらせた。

 女性の頭部が中央から裂け、マンドラゴラの一部が姿を現す。露出した触手のような蔦が風切り音を出してのた打ち回る様は、もはや人に非ず、まさに人の皮を被った怪物だった。アニーは嫌悪感を露にした。

「マンドラゴラ……ゴブリンもなりふり構っていられないみたいね」

 落ち着き払ったアニーとは対照的に、ロザリーとシエラは酷く狼狽してマンドラゴラへの攻撃を急ぐ。エルフの言葉で『タイカ』と呼ばれる魔道の術を行使する二人の足元には、淡く輝く魔術陣が浮き出し、大気に遍満する魔力――マナを取り込む境界面となっていた。莫大な燃料を得て、ロザリーとシエラは自らを魔術行使のための一機関として機能させることに全神経を傾ける。

「燃えろ!」

 ロザリーの省略詠唱はマンドラゴラの周囲に火種となる魔力を刻み、その刻印が一瞬のうちに拡張して燃え盛る炎と化した。

 火だるまとなっても前進を止めないマンドラゴラの動きを封じるため、シエラも省略詠唱を紡ぐ。

「その意志を阻む!」

 シエラの魔力はマンドラゴラの四方を囲む檻と化して現実に定着した。一時的にマンドラゴラの自由を束縛した魔力の檻だったが、低く、喉を震わせる唸り声がマンドラゴラから発せられると、灼熱の炎もろとも跡形もなく打ち消されてしまう。ロザリーは愕然とした。

「嘘でしょ、抗魔力!?」

 再び進撃を始めたマンドラゴラから目を離すことが出来ず、シエラは震える声を絞り出す。

「戦争用に品種改良されたマンドラゴラは強力な抗魔力を持つって聞いたことがある。人を殺す奇声も何度も出せるとも……」

 マンドラゴラの恐ろしさを知らない美兎は、ただその醜悪な外見に戦慄していたが、剣臣たる自分の責務を果たさんと恐怖を押し殺して気力を奮う。

「わ、私が――」

「我輩に任せたまえ、ご婦人方!」
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