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第4章 さよなら、平穏
恐怖に、負ける
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「ゴブリンだ! ゴブリンが襲ってくるぞ!」
錯乱した村人達が逃げ惑う中、シエラは村の出入り口を遠望して驚愕した。
「防壁が……突破されてる!?」
視界の先の家々から火の手が上がり、砂塵と黒煙に淀む様を見て、ロザリーも驚愕の色を隠せなかった。
「ゴブリンの奴ら、一体何をしたのよ!」
「とにかく村の皆さんを湖側へ避難させないと」
颯磨は気配を探るように忙しなく周囲に目を配りながらいう。
「美兎と悟志はシエラ達を手伝って。俺は涼風を探す」
言下、颯磨は村の入り口に向かって走り始める。その後ろ姿を美兎は心配そうに見送っていた。
「ミトさんはフィリネさんのもとへお願いします! 逃げ遅れた人達は集会所まで誘導してください!」
「う、うん!」
美兎がその場を離れようとしたとき、近くにいるはずのもう一人の幼馴染がいないことに気づき、不安気に辺りを見回した。
「……あれ? 悟志君?」
戦闘の気配を感じ取った悟志は、独り集会所に逃げ戻っていた。顔面蒼白となって震え上がり、ドアに背を預けてへたり込む。
「ごめん……ごめん、みんな」
両手で顔を覆い、うわ言のように幼馴染達に詫び続ける姿は哀れとしか言い様がなかった。先の戦いで彼が負った心的外傷――マリスティアに惨殺された騎士クルトの死相が指の隙間から見え隠れする。拒絶するように眼を瞑っても気配は一向に消えず、むしろ這いよって来るかのような不気味な幻覚に怯え、惨たらしい死に顔が蘇る度に強烈な吐き気に襲われる。
(好きな子すら、置いて逃げるなんて……)
嘔吐く悟志は己の臆病さと脆弱さを恥じて悔し涙を流す。嗚咽を噛み殺し、自らの腕に爪を突き立てるほどの激しい自己嫌悪は、やがてテルマテルそのものへの怨恨の様相すら帯び始める。
――誰かと争うなんて考えられない。命のやり取りなんて以ての外だ。理由もない。目的もない。そんな自分が何故、誰かのために戦わないといけないのか。自分達だけが平和で、平穏に暮らして何が悪いのか。
村人達の悲鳴が間近に聞こえる緊迫した現実から逃避して、悟志は自らとテルマテルに対する恨み言を積み上げ続ける。ふと、悟志の虚ろな瞳が首から下げられていた一眼レフカメラを視界に入れると、思いがけない肉親の声が彼の意識に響き渡る。
『悟志。母さんを助けられなくて、ごめんな』
悟志は息を呑んだ。妻を亡くし、傷心の末に子どもを置いて家を出て行った父親の姿が眼に浮かぶ。
『お前は、僕のようにはなるな』
力ない語調で言い残し、肩を落とした背中が遠ざかっていく。まるで形見のように手渡されたカメラを握りしめながら、悟志はその後ろ姿を茫然と見送っていた。引き留めようと手を伸ばし、遂にできなかった後悔が彼の意識を再び現実の不条理へ連れ戻す。
悟志は徐にジャケットの内ポケットから一枚の写真を取り出す。マリスティアとの戦闘でも肌身離さず持ち歩いていたために、ところどころ折れ曲がった竹馬ナインの集合写真。彼にとって大切な仲間達と好意を寄せる女の子の笑顔を見つめながら、苦し気に声を絞り出す。
「……父さん、何で――」
呟きは、戦場と化したアミューネ村の喧騒に掻き消された。
錯乱した村人達が逃げ惑う中、シエラは村の出入り口を遠望して驚愕した。
「防壁が……突破されてる!?」
視界の先の家々から火の手が上がり、砂塵と黒煙に淀む様を見て、ロザリーも驚愕の色を隠せなかった。
「ゴブリンの奴ら、一体何をしたのよ!」
「とにかく村の皆さんを湖側へ避難させないと」
颯磨は気配を探るように忙しなく周囲に目を配りながらいう。
「美兎と悟志はシエラ達を手伝って。俺は涼風を探す」
言下、颯磨は村の入り口に向かって走り始める。その後ろ姿を美兎は心配そうに見送っていた。
「ミトさんはフィリネさんのもとへお願いします! 逃げ遅れた人達は集会所まで誘導してください!」
「う、うん!」
美兎がその場を離れようとしたとき、近くにいるはずのもう一人の幼馴染がいないことに気づき、不安気に辺りを見回した。
「……あれ? 悟志君?」
戦闘の気配を感じ取った悟志は、独り集会所に逃げ戻っていた。顔面蒼白となって震え上がり、ドアに背を預けてへたり込む。
「ごめん……ごめん、みんな」
両手で顔を覆い、うわ言のように幼馴染達に詫び続ける姿は哀れとしか言い様がなかった。先の戦いで彼が負った心的外傷――マリスティアに惨殺された騎士クルトの死相が指の隙間から見え隠れする。拒絶するように眼を瞑っても気配は一向に消えず、むしろ這いよって来るかのような不気味な幻覚に怯え、惨たらしい死に顔が蘇る度に強烈な吐き気に襲われる。
(好きな子すら、置いて逃げるなんて……)
嘔吐く悟志は己の臆病さと脆弱さを恥じて悔し涙を流す。嗚咽を噛み殺し、自らの腕に爪を突き立てるほどの激しい自己嫌悪は、やがてテルマテルそのものへの怨恨の様相すら帯び始める。
――誰かと争うなんて考えられない。命のやり取りなんて以ての外だ。理由もない。目的もない。そんな自分が何故、誰かのために戦わないといけないのか。自分達だけが平和で、平穏に暮らして何が悪いのか。
村人達の悲鳴が間近に聞こえる緊迫した現実から逃避して、悟志は自らとテルマテルに対する恨み言を積み上げ続ける。ふと、悟志の虚ろな瞳が首から下げられていた一眼レフカメラを視界に入れると、思いがけない肉親の声が彼の意識に響き渡る。
『悟志。母さんを助けられなくて、ごめんな』
悟志は息を呑んだ。妻を亡くし、傷心の末に子どもを置いて家を出て行った父親の姿が眼に浮かぶ。
『お前は、僕のようにはなるな』
力ない語調で言い残し、肩を落とした背中が遠ざかっていく。まるで形見のように手渡されたカメラを握りしめながら、悟志はその後ろ姿を茫然と見送っていた。引き留めようと手を伸ばし、遂にできなかった後悔が彼の意識を再び現実の不条理へ連れ戻す。
悟志は徐にジャケットの内ポケットから一枚の写真を取り出す。マリスティアとの戦闘でも肌身離さず持ち歩いていたために、ところどころ折れ曲がった竹馬ナインの集合写真。彼にとって大切な仲間達と好意を寄せる女の子の笑顔を見つめながら、苦し気に声を絞り出す。
「……父さん、何で――」
呟きは、戦場と化したアミューネ村の喧騒に掻き消された。
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