そして彼らは伝説へ―異世界転移英雄譚―

長月十六夜

文字の大きさ
上 下
52 / 70
第4章 さよなら、平穏

ゴブリンの逆襲

しおりを挟む
 村の出入り口にゴブリンの集団が殺到していた。気が狂れたかのような雄叫びを上げて、迎え撃つエルフ達を威嚇する。

 ゴブリン達は村を蹂躙すべく突進を繰り返していたが、その尽くをエルフの魔力防壁により阻まれ、一人、また一人と弾き飛ばされていた。何度繰り返そうと防壁の密度は衰えることなく、弓矢や投石もすり抜けさせられず、束になって力任せに挑みかかっても結果はいささかも変わらない。

 エルフ達は不気味なものを感じずにはいられない。何の狙いもなく、無謀な突進が繰り返される訳がない。先にメーネが隙を衝かれた戦法――地中を潜行しての電撃攻撃に備え、防壁を展開するエルフは村の出入り口に建造されたやぐらの上に退避していた。

 防壁を展開している限り、エルフ達側から攻撃を仕掛けることはできない。だが、それはデメリットにはならなかった。大抵の敵は鉄壁の防御を目の当たりにして戦意を挫かれ、退却するものであったからだ。

 しかし、このゴブリン達は違う。何度阻まれようと、弾き返されようと、突進をやめることはない。命を顧みない捨て身の特攻にエルフ達は戦慄を禁じ得なかった。倒れた仲間を踏みつけにしてまでも防壁に取りつき、苦悶しながらも歪んだ笑みを見せるその不気味さに、地上で直接対峙するエルフ達は怯んでいた。

 ゴブリン達の猛攻は防がれ続け、漸くその勢いが衰え始めると、森の暗闇から異種族の女性や子どもが助けを求めながら村に向かって駆けて来る。疲弊したゴブリン達の監視の目が緩み、隙をついて逃げ出すことが出来た囚われの身の女性達は、走ることも助けを求める声も覚束ず、一人、また一人とゴブリン達に捕らえられ、髪の毛を引きずられながら森の中へ連れ戻されていった。

 義憤に駆られたエルフ達は一時的に防壁を解き、決して標的を外さない魔弓がゴブリン達を射貫いていく。蹂躙者の魔の手から辛くも逃れた人間の女性の一人が、倒れ込むように男性エルフの腕の中に抱かれる。

「もう大丈夫。安心して」

 女性の衣服は切り裂かれ、泥や血で汚れ切り、露出した肌の至る所に痣や傷が見て取れた。ゴブリンによる凌辱の恐怖に震え切る女性を男性エルフはしっかりと抱き留めていたが、苦し気に呼吸を乱し、徐々に身体全体を大きく痙攣させる姿に違和感を抱く。

「たす……ダズ、げ、でぇぇぇェェ――!」

 女性は痛みに耐えるように身を捩り、涙と汗と体液を垂れ流しながら、水面から顔を出すように苦し気に息を吸おうともがく。白眼をむいて痙攣し続ける姿は狂気以外の何物でもなく、男性エルフは思わず後退りした。

 女性の首から上が内部から膨れ上がり、見る見るうちに青紫色に変色していく。そして遂に破裂して、肉片と血と体液が四方八方に飛び散った。男性エルフは酸鼻な最期に眼を背けてしまい、その行動が彼の最期をも決定づけてしまうことになる。

 女性の首には、破裂した頭部に取って代わり、女性の顔形を模した植物の茎が生え代わっていた。蔦のような無数の葉が血を滴らせ、不気味に蠢いている。目や口に当たる部分が闇深い空洞となって、鼻をつく異臭を発していた。

 その醜悪な外見を一瞥するなり、男性エルフは蒼褪めた。反射的に自らの両耳を塞ごうとするも、それより早く植物の口が蠕動し、この世のものとは思えない絶叫が発せられる。

 一瞬で鼓膜を破壊するほどの轟音はアドレナリンの急激な過剰分泌を誘発し、その副作用によって心臓発作を起こしたエルフはその場で息絶えた。半径数十メートル以内にいた他のエルフ達も、耳を劈く絶叫によって神経細胞を侵され、一時的な失明と難聴と意識障害に陥ってしまう。

 寄生植物マンドラゴラ。かつて精力剤として用いられていたが、摂取した動物の精液を介して伝播、寄生した宿主の体内で成長し、最終的に死に至らしめることが確認され、『禁忌植物』として人類社会が取り締まりと管理を徹底してきた。

 だがマンドラゴラの怖ろしさはそれだけではなかった。成長に際しては宿主の遺伝情報を盗み取り、その外見を模した姿を取る嫌悪感もさることながら、人を模して成長したマンドラゴラの産声は脊椎動物の脳神経を阻害若しくは破壊する性質を持ち、多くの人類がマンドラゴラの寄生と奇声により命を落としてきた。その性質を利用して生物兵器として利用された過去もあったが、非人道的な生産方法と無差別な殺戮手段は種族を越えて広く忌避を買い、使用禁止の条約が各国で結ばれただけでなく、マンドラゴラの人類への寄生撲滅にあたっては、霊長の八種族が水面下で協力し続けてきた。それほどまでにマンドラゴラの人類への寄生は脅威だったのだ。

 ゴブリンは禁忌を破った。その可能性をまったく考えなかったエルフ達ではなかったが、「同じ人類である」という認識が、彼らをして一種の信頼をゴブリンに対して抱かせ、思考を停止させた。ゴブリンは、人類間の根源的な信頼をも裏切ったのである。

 その反発と憎悪は比類なく、生き残ったエルフ達は最早ゴブリン達を赦すことはない。その怒りの深淵を知って尚、良心の呵責すら覚えないゴブリン達は、身動きの取れないエルフ達を嗜虐的な笑みと共に虐殺していく。

 果たしてアミューネ村の防備は崩れ、ゴブリン達による蹂躙と略奪の狼煙が上げられた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

生まれる世界を間違えた俺は女神様に異世界召喚されました【リメイク版】

雪乃カナ
ファンタジー
世界が退屈でしかなかった1人の少年〝稗月倖真〟──彼は生まれつきチート級の身体能力と力を持っていた。だが同時に生まれた現代世界ではその力を持て余す退屈な日々を送っていた。  そんなある日いつものように孤児院の自室で起床し「退屈だな」と、呟いたその瞬間、突如現れた〝光の渦〟に吸い込まれてしまう!  気づくと辺りは白く光る見た事の無い部屋に!?  するとそこに女神アルテナが現れて「取り敢えず異世界で魔王を倒してきてもらえませんか♪」と頼まれる。  だが、異世界に着くと前途多難なことばかり、思わず「おい、アルテナ、聞いてないぞ!」と、叫びたくなるような事態も発覚したり──  でも、何はともあれ、女神様に異世界召喚されることになり、生まれた世界では持て余したチート級の力を使い、異世界へと魔王を倒しに行く主人公の、異世界ファンタジー物語!!

のほほん異世界暮らし

みなと劉
ファンタジー
異世界に転生するなんて、夢の中の話だと思っていた。 それが、目を覚ましたら見知らぬ森の中、しかも手元にはなぜかしっかりとした地図と、ちょっとした冒険に必要な道具が揃っていたのだ。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

【ヤベェ】異世界転移したった【助けてwww】

一樹
ファンタジー
色々あって、転移後追放されてしまった主人公。 追放後に、持ち物がチート化していることに気づく。 無事、元の世界と連絡をとる事に成功する。 そして、始まったのは、どこかで見た事のある、【あるある展開】のオンパレード! 異世界転移珍道中、掲示板実況始まり始まり。 【諸注意】 以前投稿した同名の短編の連載版になります。 連載は不定期。むしろ途中で止まる可能性、エタる可能性がとても高いです。 なんでも大丈夫な方向けです。 小説の形をしていないので、読む人を選びます。 以上の内容を踏まえた上で閲覧をお願いします。 disりに見えてしまう表現があります。 以上の点から気分を害されても責任は負えません。 閲覧は自己責任でお願いします。 小説家になろう、pixivでも投稿しています。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います

霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。 得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。 しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。 傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。 基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。 が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。

処理中です...