お世話になります ~仕事先で男の乳首を開発してしまいました~

餅月ぺたこ

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6.めくるめく恋の時間

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 仕事場である八木沢大夢の部屋で市井は、大夢の魅力に改めて打ちのめされていた。

 毎週月曜日は大夢が仕事で不在中の昼間に訪問する契約なのだが、いつもどおりの手順でまずは部屋のあちこちに脱ぎ散らかされた洗濯物の回収から始めてみたものの、収穫がパジャマとタオルしか無い。

 土曜日の夜に思いがけず泊まり込んだため、三日連続でこの部屋を片付けているのだから、洗濯物も少なくて当然なのかも知れないが、それでは昨日会社へ着て出掛けたワイシャツを見つけられないのはどういうことか。

(……昨日と同じシャツで出勤してるのかな?)

 不思議に思いながら洗濯機のフタを開けて、思わず中を覗き込んだ。

「洗濯……してる」

 洗濯槽には脱水まで終わった大きな布が入っている。

「シーツ?」

 シーツなら昨日、市井が取り替えたばかりだ。

 不思議に思いながら引っ張り出すと、シーツの下から探していたワイシャツと、ついでに下着と靴下も出てきた。

 大夢の珍しい行動に首を傾げながら、何気なく視線を奥の風呂場に向けてみれば、浴槽のフチにびしょびしょのスーツが引っ掛けられているのも見つけた。

「あーあー、スーツをこんなにしちゃって。風呂場で洗って、手で絞ったのか?」

 大夢が昨日着ていた衣服一式とシーツが、まるで証拠隠滅のように全て丸洗いされていた。

「これってまさか、八木沢さま……漏らした?」

 おねしょならパジャマを洗っていただろうから、スーツでベッドに寝転がっていたときに……、ということだろう。

 それが、おしっこなのか寝ゲロなのかはこの際どちらでも構わないが、大夢が頑張って隠そうとした痕跡が市井にはちょっと微笑ましかった。

(あの片付け下手な八木沢さまが、これだけいろいろやろうとしたら、時間かかっただろうなぁ)

 スーツを手洗いしていいのかどうかとあれこれ考え、洗濯機ではなく手洗いに決めてから絞るまでの、大夢の一連の思考が想像できて、市井は唇をニヨニヨさせて笑いを堪える。

 そんな市井の妄想を補完するように、大量の使用済みの丸まったティッシュが、大夢のベッドのそばの屑入れで山を作っていた。

(いや……、なんか今日のお部屋、ちょっと臭うかな、くらいは思ったけど……)

 どう見ても男特有の処理後のゴミの発見で、洗濯された全ては、コレで汚れたのだと丸わかりになってしまった。

「八木沢さまっ、爪が甘いッ!! カワイ゛イ゛!!」





 ということで冒頭に戻るのだが、昨日の佐藤の件もあって、市井は一晩中、結構真剣に今後のことと、大夢への説明をどう進めて、どう責任を取っていくかを考え続けたりして、不在と分かっていても気合いを入れてここへ訪問したのだ。

 しかし、想い人はひとりで発情して、これだけのティッシュを使い、シーツもスーツも汚して大暴れしていた。

(一体どんな痴態がここで行われたんだッ)

 誠実に話して謝りたいのに、市井の理性を粉砕する大夢の行動が憎い。

(こんなにいっぱいして……)

 積み上げられたティッシュの量に、一緒に居たかったなぁ、と思うと同時に、このティッシュにぶつけた大夢の相手は自分なのだと確信を持つ。

(前に、俺をおかずにしたことあるって言ってたし、昨日の今日なら、俺との事を思い出してこうなったんだろうなぁ)

 大夢の性経験の少なさは、思考が読みやすくて素直なところがいい。

 そして、佐藤の恋人ではないという事実が、やはり市井の心を弾ませた。

(俺としてはこのまま、し崩しで関係を発展させたいけど……)

 そもそも佐藤と関係していると思って、嫉妬を抑えきれず、ぐいぐいアタックしたのもあるが、男同士で触れ合うことに戸惑いはあるものの、市井に嫌悪の感情を見せない大夢にはどうしても期待してしまう。だから、快楽に弱い大夢の身体を肉体関係で捕らえて、逃げられないように、他に目移りしないように――そんな黒い考えがつい浮かんでしまうのも事実だ。

 だが、それは大夢の心を無視した、市井のエゴでしかない。

 市井だって、同性の大夢への気持ちに気づくのに数ヶ月掛かっている。大夢が同性愛者ではないと判明した今、市井と肉体だけではない、恋人としての関係を築くというハードルは依然高いままだろう。

(やっぱり、八木沢さまには話す時間を取ってもらおう)

 いつあるか分からない機会を伺ってずるずる先延ばしにしていては、大夢が本来得るべき女性との出会いを、市井が摘みかねないのだから。

 とにかく、現状が一線を片足超えてしまっているのはもう今更嘆いても仕方がない。

 市井は大夢の部屋での仕事を終えると、午後から入っている訪問先に向かう前に、大夢にメッセージを送った。







 午後九時。

 大夢の部屋のインターホンを鳴らした佐藤を出迎えたのは、市井であった。

「うーっ、寒ぃ~っ」

「おかえりなさい。風邪、もう大丈夫なんですか?」

「うん。昨日はありがとうございました。おかげさまで、晩飯を食べに来れました」

「よかったです」

「ちょっと話したいこともあったし」

「え?」

 鼻をすする佐藤の鞄を市井が受け取ると、佐藤は市井の聞き返しを聞かずに暖かいリビングへ一目散に走っていく。

(話したいこと?)

 何か相談でもあるのだろうか、と思いながら、佐藤の後を追って市井もリビングに入った。

「それにしても八木沢もついてないよなぁ」

 脱いだコートを椅子の背に引っ掛けた佐藤は、手を洗うために、リビングから区切られた間取りになっている小さなキッチンに入ってくる。佐藤の横でケトルに水を入れて火にかける市井が、佐藤に乾いたタオルを渡し、マグカップを流し台に二つ用意した。

「残業のことですか?」

 お湯が沸くまでの間、今は不在の家主の話を二人が始める。

「そうそう。アイツ、市井さんが待ってるからって、急いで仕事片付けてたのに」

「得意先から急に変更の連絡が入ったんでしたっけ? 先方相手だと自分の予定は思う通りにいかないですね」

 大夢が営業職であることは知っているが、それがどんな内容なのかまでは、市井は詳しく踏み込んで聞いていない。

 知っているのは、とにかく大夢も佐藤も毎日夜遅くまで働いていて、休日も碌に休めないことだ。

「まぁでも、俺の予定も今日急に入れてもらったものですし」

 市井が昼間に送ったメッセージは、大夢と話が出来る日の予定を伺う内容だった。その返事が直ぐに来て「今夜早速」と決まり、市井は今日の仕事が終わると大夢の部屋にとんぼ返りで、先に上がって待たせてもらっていたのだ。

 しばらくしてお湯が沸くと、市井が即席のドリップバッグの上から静かに注ぐ。コーヒーのいい香りが立つと、佐藤はリビングに移らず、キッチンのシンクに腰をもたれされて、その場で口をつけた。

 佐藤が動かないので、市井も直ぐ横の冷蔵庫に肩をつけてコーヒーを啜る。

「ね、市井さん。今日、俺は来ないほうがよかった?」

 コーヒーを一口飲んで喉からじんわりと温かさが広がると、不意に佐藤が切り出してきた。

「……え?」

 唐突な質問に困って戸惑う市井の反応を探るように、佐藤が真っ直ぐ見つめてくる。

「え、佐藤さん、突然何――」

「八木沢と二人きりのがよかった? 市井さん、八木沢のこと可愛がってるけど、それ以上に……、その……恋愛的に好き、なんだろ?」

「………えっと……」

 市井の声を遮って続けられた核心を突く質問に、心臓がバクバク喧しい。それを微塵も感じさせない表情で、慎重に佐藤の腹を探る。が、佐藤がある程度気付いている事を知らせる質問の言葉に、市井は複雑な気持ちで息を吐いた。

 大夢が佐藤の恋人だと思っているときには、痴情のもつれでニュースになるだろうか、等と悩みに悩んでそれでも言い出せなかった話を、ようやく吐き出せるタイミングがついに来たようだ。しかも、有難いことに障害がなくなった今になって、だ。

「あの……、どこで、分かったんですか?」

 焦りも照れもない、いつもどおりの声で問う市井に、佐藤は飲みかけのコップをギクリと揺らして、視線を斜め上に向ける。

「ど、どこだったっけなぁ~、ハハッ。まあ、見てれば分かったと言うか、見てないから分かったというか……」

「……?」

「そ、それで! 市井さんは、ちゃんと、八木沢のこと、本気なの? ほら、アイツって擦れてなくて、なんか頼りない奴だから。その……市井さんはそういう場数は踏んでそうだけど、一時の気紛れ……とか、火遊びとかだったら、流石に可哀想かなって……」

 興味本位からではなく、同僚を心配しての発言なのは、いつもの軽い調子ではない佐藤の声や表情から分かった。しかし。

(八木沢さまより先に、佐藤さんに気持ちを告白するのもなぁ……)

 躊躇ためらった市井は、当たり障りのない感じで答えておく。

「まあ、その心配はないと言えるくらいには」

「カーッ、言えるのか! 言えちゃうのか! マジかー!」

 コップの中でコーヒーをチャプチャプ揺らして佐藤が一人悶える。どうやら、こういう話に飢えていて、浮ついた気持ちも幾分はあるようだ。

「てゆーか、市井さんって、そもそもソッチの人だったの?」

「ソッチ? ああ、恋愛対象のことでしたら、今までずっとノーマルですね」

「それなのに男に向くの!?」

「それは、ほんとに色々あって……」

「色々、ねぇ」

 佐藤の目つきがいやらしい。

 玩具おもちゃにされては堪らないので、早々に質問コーナーは打ち切った。

「とにかく、まだ八木沢さまは知らないんですから、くれぐれも、ナイショですよ」

 そう言って顔を近づけて目と目を合わせて念を押しておく。

 凄む市井とシンクの間に挟まれて、その迫力に佐藤が勢い良くこくこくと頷いていると、自分を見るもう一つの視線に気づいた。

 リビングに大夢が立っていた。

「うわあぁぁ! びっくりしたぁぁッ!」

 気配もなく唐突に現れた大夢の姿に、持っているコーヒーの存在も忘れて、佐藤が思わず市井の腕にしがみ付くとその袖に遠慮なくかかる。

ッつ! ……お、おかえりなさい、八木沢さまっ。早かったですね! ちょッ、佐藤さんッ、離れて!」

 大夢が市井と佐藤の話をどれくらい聞いていたのか分からなくて、ただ慌てている二人を大夢は黙って見つめると、コクリと頷いて無言で洗面所に手を洗いにリビングを出て行った。

「ちょっ、アイツいつからそこにいたの!?」

「それは俺のセリフですよっ。今の話、聞かれて無いですよね!? てゆーか、水で腕冷やさないと……」

「あー俺、なんか熱出てきた。今日はもう帰るわ。あ、おかず、タッパーに詰めて」

「ずるいですよっ、こんな状況で逃げるなんてっ」

「逃げじゃないって。コーヒーかけちゃったお詫びに、邪魔者は退散します。あとは若い二人でごゆっくり、ンフッ。……あとで報」

「報告はしませんよ」

「ケチっ。――っと、八木沢がトイレに行ってるうちに、マジで俺、帰るわ。市井さんっ、早くおかず、おかず!」

 ちゃっかりぎっしり詰めたタッパーを掴むと、佐藤は足音もたてずに廊下を走り、あっという間に帰ってしまった。

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